告白も指輪も意味がない
シルヴィアは怒った。
こんなになるまでヴィンスに酒を呑ませた実の父に。性懲りもなくその夜も酒宴を開こうとした村の輩に。
そして、勿論ヴィンスにも。
ただし、父ヘーゲルや村の男達には解りやすくピシャリと一喝かましてやったのだが、ヴィンスにだけは怒り方が違っていた。
「シルヴィア…………」
「なんですか?(無表情)」
「説明が足らなかったようで、申し訳なかった……」
「いつものことですけどね(無表情)」
「……心配かけて、す「忙しいので失礼します(無表情)」」
「怒っているのか?シルヴィア」
「……………………イイエ?(にっこり)」
ずっとシルヴィアはヴィンスに無表情でそっけなく接し、なのに決して謝らせないのだ。それは、実家を出て帰りの道中もずっと続いた。
シルヴィアの実家にはおよそ二泊だけした。元々ドライな家族である。(シルヴィア抜きで)御披露目も終わってしまった為、然したる用事はない。
ヘーゲルはシルヴィアが来てからずっと小さくなっている婿殿に気を遣って、彼の活躍や団長としての振る舞いを誉め称えたが、シルヴィアは無表情のまま相槌を軽く打つだけだった。
『村』の特産物の1つはモンスターの骨や皮である事は以前にも記した通りで、『竜の胆石』程貴重でないにせよ、研磨する事で値段が上がるものは数多く存在する。その為『村』には腕利きの研磨師がいた。宝石の研磨も出来る彼に、ヘーゲルの口利きでヴィンスは『竜の胆石』を預けている。
『村』の財政を救った英雄であるヴィンスの依頼を真っ先に引き受けてくれた研磨師だったが、それらが仕上がったのは出立時間ギリギリの事。
ヘーゲル経由で完成品を渡されたヴィンスは、箱に入ったそれらを確認することも出来なかった。……なにしろシルヴィアが近くにいるのだ。
まだ無表情を貫く娘を見て、ヘーゲルは箱をそっとヴィンスに渡しながら深く溜め息を吐いた。
「……気難しい娘で御迷惑をお掛けします。アレは死んだ母親似で……一度本気で怒らすと手がつけられない」
「……さぞかし美しくしっかりした母上で……奥様だったのでしょうね。俺は誰よりも果報者である自信があります」
そうヴィンスが返すと、ヘーゲルは照れたように頭を掻く。
「いつでもいらしてください、歓迎いたします。……なにしろ婿殿は『村』の英雄ですからな」
ふたりが固く握手を交わすと、別れ際にヘーゲルはそう言ってからかうようにニヤリと笑った。
朝早く『村』を出たふたりは、比較的ゆっくりと進んだものの……昼過ぎには家へと戻れた。
その間もシルヴィアは必要以上の口を利いてくれず、ヴィンスが謝ろうとする度かわし続けた。
(完全に怒っている…………!)
こんなになるまでシルヴィアが怒ったことは未だかつてなかった。正直もう、どうしていいかわからない。翼竜の討伐よりも、ヴィンスにとっては目の前のシルヴィアの機嫌を直す方が余程難しく感じられた。
ぎこちなく荷物を置きながらシルヴィアをチラチラ窺い、彼女に話しかけるきっかけを探る。自分の荷物を置いて上着を脱いだシルヴィアは小さく溜め息を吐いた後、ヴィンスの方に笑顔で近付いて上着を脱がせようとした。
ようやく怒りが少し解けたのかと思い、ヴィンスはホッとした。
「シルヴィ…………「団長殿」」
だがそれは一瞬だけだった。
「今回の討伐、お疲れ様で御座いました。只今湯と床を用意致します故、どうぞゆっくりとお待ちくださいませ」
(……完全にっ!とてつもなく!怒っている!!)
おたおたしながらヴィンスはシルヴィアの周りをチョロチョロと動く。でかい図体に似つかわしくないその動きは正に滑稽。そこには勿論、騎士団長……ましてや英雄と評される者の醸す威厳等、微塵も感じることはできない。
「シルヴィア、どうかヴィンス、と……」
「あらいやですわ、そんな畏れ多い……」
「~~~っシルヴィア!!」
風呂場に行こうとするシルヴィアの肩を掴むと、ヴィンスは強引に抱き寄せた。
「………………すまなかった」
「……………………」
「ずっと…………君に伝えたい事が」
「……………………」
「………………俺は」
とうとうヴィンスが告白をしようとした矢先、シルヴィアがそれを遮った。
「もう、良いです」
そう一言告げると、ヴィンスの腕をほどいてシルヴィアは風呂場に行ってしまった。
1週間に……1度……とかorz




