討伐後
3人が飛び立った後、ヴィンスはまず上官としてサイラスとレフィ、二人を労った。
特にヴィンスに心酔しているレフィには、それこそがなによりのご褒美であることを理解していての行動だ。なんで心酔されているのかはヴィンス自身にはサッパリわからないのだが、カルアとレフィは何故か尊敬の眼差しでヴィンスを眺めてくる。くすぐったいが悪い気はしない。なにしろ長い付き合いの団員共は皆、ヴィンスを『ヘタレ団長』呼ばわりするのだ。……全くの事実であるが。
案の定レフィはキラキラと瞳を輝かせながら、「お褒めいただき恐悦至極です!」と、第四騎士団では珍しい返しをしたが、何故かその後しゅんと項垂れてしまう。
「ですが……殆どヘーゲルさんの力です。指示もサイラスさんに頼ったただけで、僕は何も」
「その判断で充分だ……よくやった」
まだメイベルと女王を担いだままヴィンスはレフィを褒め、そのままヘーゲルに礼を言った。
「ヘーゲルさんも、大変助かりました。サイラスから聞いてはいたものの、見事な腕前だ」
「いやいや……スタンフォード団長……そろそろ『婿殿』、とお呼びしても?」
「は…………」
ヴィンスは固まった。
『婿殿』……ということはこの人、いやこのお方がシルヴィアの……
「はいっ!!あっいえ!どうぞ『ヴィンス』と!!」
途端に直立不動になるヴィンス。
……当然女王から手を離している。
ドシャッという中途半端な音を響かせその半身は地に着き、負荷が一気にメイベルにかかった。
「うわ!ヴィンスてめぇ、いきなり手ぇ離……っ」
しかもそのタイミングで術の効果が切れた。
「重っ!!」
メイベルも手を離した。若干放り投げる形で。地鳴りの様な低く、大きな音を立てて女王の巨体が森の端に横になる。
……と、共に例の白い布の縛ってある木がミシリ、といった。巨体に寄りかかられ、その荷重に耐えられなかったのだ。
「「あ」」
木がミシミシと鳴き出し倒れる最中、声を上げたのはサイラスとヘーゲル。
ヴィンスは慌てふためき、折れた木を戻そうという無駄な行為に出ようとした。
「うわぁぁ!おっお義父様!!これはっ……」
「止まれっ婿殿!」
「え?」
木が完全に倒れると同時に、ヘーゲルの言葉に振り返るヴィンスの背後から長い触手の様な物が沢山現れた。メイベルが即座に臨戦態勢をとる。
「いけません!メイベル団長!!」
「は?」
それが何か知っているサイラスは、双剣を構えたまま目をぱちくりとさせるメイベルを止め、説明をした。
「あれはこの土地の神です」
『村』で崇めている神……それは『トレント』と言われる木の魔物。
他の魔物を触手の様な根で養分にする。養分が足りている限り、テリトリーに入らなければどうという事はない。
彼等がいるからこそ、『村』は第四騎士団を必要としない程平和なのだ。
養分の摂取を多く必要とする冬前に神子である『狩人』が1、2体の魔物を捕って捧げる。トレントが養分としてすするのは、魔物の肉と体液。残った皮や骨は有り難く『村』が頂戴する。切り分ける手間も格段にかからなくなり、一石二鳥だ。
トレントとは話が通じる訳ではないが意思はあるようで、テリトリーに入ってもむやみやたらと生きている人間を襲ったりはしないが、サイラス曰くこれは長年人間と共存してきた『村』のトレントに限るようだ。
説明の間、触手の様なトレントの根に絡まれた女王の巨体はみるみる内に萎んでいく。皆がその様をただボンヤリ眺めている中、ヘーゲルが肩を落としながら口を開いた。
「婿殿……申し訳ない。討伐後の骸は確か……「なんだ、問題ねぇじゃん」」
メイベルがヘーゲルの言葉を遮って呆れたように言うと、くっくと笑いながら萎む竜の身体を顎で指し、続けた。
「ヘーゲルさん、『婿殿』の討伐報酬はソレだ。しかもソレ、嫁さんのご両親への手土産らしいぜ」
「……えっ、あっ!そうなんです!!つまらないものですが!」
おもわず口を突いて出たが……『つまらないもの』でもない。ヴィンスの借りてきた猫の様な態度がツボに入ったメイベルはゲラゲラ笑っている。
話している間に、満足したトレントの根はしゅるしゅると森の奥へ消えていった。
「婿殿……本当に頂いてよろしいのですか?」
確かに今秋は狩りに行けなかった為、『村』の経済事情はあまりよろしくない。しかしそれを補って余りある手土産にヘーゲルは受け取るのを躊躇わずにはいられなかった。
竜の皮や骨は毎年彼が狩るモンスターとは価格が違いすぎる。しかも渡り竜は翼竜に珍しく翼が羽根である。美しく強靭なその羽根は、1枚でもかなりの価値がある。更にこの骸は亜種ときた。
ヴィンスは直立不動のまま、先生に答えを言う子供の様に元気良く「勿論です!」と答えた後、緊張に強張った頬を紅く染める。
「……ただ、その……胆石だけはシルヴィアに」
その言葉にヘーゲルは目を見開き、そしてゆっくりと細めた。
「……シルヴィアはとんでもない娘だ」
「え……」
「こんな最高の男を手に入れるとは」
……
…………
………………い
いいいぃぃよっしゃあぁぁぁぁ!!!
ヴィンスは目の前の現実をなかなか実感できなかったが、数十秒遅れてそれを実感すると心の中でガッツポーズをとり、盛大に歓喜の雄叫びをあげた。
「ああ、シルヴィアさんてヘーゲルさんの娘さんだったんですね~」
ヴィンスはヘーゲルの家で湯あみをしてから、残りの面子も含め、『村』の有志によって盛大にもてなされた。
嫁のシルヴィア不在のまま、結婚祝いも同時に行われるという杜撰さである。シルヴィアの『ウチはそういうの気にしない』は別段、遠慮からではなかった。
ヴィンスが村人達に絡まれている中、3人は『村』の特産物である茸や山菜をふんだんに使った料理に舌鼓を打っていた。メイベルはそれらを肴に酒を水のように呑んでいるが、サイラスとレフィは下戸で、あまり酒は呑めないのでチビリチビリ舐めている。
「なにを今更……ヴィンスのシルヴィア狂いは有名だぜ?」
サイラスに対してではなく、ヴィンスを見ながら呆れたように言うあたりにその実感がこもっている。
「『狂い』……それはまた凄い。実はここだけの話、私『末の娘の婿にどうか』と言われたことがあったんですよね。……まぁ軽口でですが」
「え、どうしたんですそれ?」
「いや、魅力的な話だと思いましたけどね。ここはなかなか面白い土地ですし……人々も皆、協力的な割にいちいち干渉はしないっていう。ですが私にはちょっと無理でして。君もです、レフィ君」
「僕も、ですか?」
きょとんとするレフィに穏やかな微笑みを向けると、サイラスはどこか遠い目でヴィンスを眺め、不穏な事を言った。
「明日……生きてるといいですね。ヴィンス団長……」
翌日の昼過ぎ、第四騎士団騎士舎に戻ってきたのはメイベル、サイラス、レフィの3人だけだった。
「ヴィンスさんはどうしたんです?!」
真っ青になって駆け寄ってきたシルヴィアにメイベルは『休暇をとってやるから実家に戻れ』と言った。
「……ヴィンスは動けない、介抱してやれ」
「!!」
それを聞くやいなや、シルヴィアは何の支度もせずに騎士団の馬を借りて『村』へと走った。
手前の町で鹿に乗り替え、彼女が『村』に着いたのは夕刻のこと。
一方、シルヴィアが出ていった直後の騎士舎ではこんな会話が行われていた。
「メイベル団長……」
苦笑するサイラスと呆れた顔のレフィにメイベルはしてやった、という顔をして笑う。
「気を利かせてやったんだ。優しいだろ?」
「いや……でもちょっと意地悪じゃないですか?心配してましたよ、シルヴィアさん……」
顔面蒼白のシルヴィアは久し振りに『村』に戻ったにも関わらず、声を掛けられても振り向く事すらなく一心不乱に実家を目指し走った。
勢いよく開けた扉の先、部屋の中央には床に倒れているヴィンス。
「ヴィンスさん!!」
「うぅ……シルヴィア……?」
駆け寄って抱き起こそうと近付き、屈んで腕を肩にかけようとした瞬間、
「…………酒臭ッ!!!」
おもわず突き飛ばした。
『村』の酒宴は半端ない。
……ヴィンスは二日酔いで動けなかったのだった。




