渡り竜の討伐⑤
本気を出したハドリーは凄かった。
あっという間に地面をならし、邪魔をしてくる竜達をはね除けながら魔方陣を描いてゆく。
「確かに……っ支援は要らないっ……ですね!!」
ヴィンスもそう言いながら大剣を振りかざし、竜を1体、2体と討伐していく。
「ヴィンスはともかく、ハドリーも珍しくやる気出してんじゃん」
すっかり余裕のメイベルが二人を振り返って確認した。もう討伐数はあと数体で充分な筈だ。
思ったより容易い……そう思った瞬間、
「……メイベル団長!」
激しい光を纏ってメイベル目掛けて飛んできたそれを、彼は咄嗟にグレイブで受け止めた為負傷は免れた。しかし新品のグレイブは弾かれ、黒焦げになってしまった。
メイベルは痺れる手を振りながら、立ちはだかった影に目を向ける。
「ってぇ!……おい、マジか」
コロニーの中央から出てきた一際大きな雌。
包卵している雌は討伐対象外だったので見もしなかったが、1体だけ他と毛色が違っている。恐らくはコロニーのボス。
渡り竜の生態があまり知られてないとは言え、コロニーのボスが雌だというのは聞いたことがない。しかしその風体や攻撃力を見るに間違いはない。
なにせ、『彼女』が出してきたのは刃なんてちゃちなものではなく、雷撃弾だったのだから。
「……亜種ですね。この場合はどうします?包卵してましたが」
「女王様のお出ましだ。丁重にもてなすしかないだろ」
一際重味のある音を響かせ、羽根を広げると雷撃弾を連続で3つ、撃ち込んできた。
「ヴィンス!喰らうとヤベエぞあれ!」
「解ってます!」
これは避けるより手がない。ハドリーの方に攻撃がいかないような方向へ、ひたすらふたりは避けつつ、他の雄の攻撃もかわす。
「おい!何体殺った?!」
「3体です!団長は?!」
「6……いや7?……8体!」
「アンタ殺りすぎでしょう!!」
メイベルが張り切り過ぎたせいで、もうこれ以上倒すのは逆によろしくなかった。雄の攻撃もかわすだけしかできない為、滅法戦いづらい。
「よし!女王様を倒して終わりだな……ヴィンス、止めはくれてやる!!結婚祝いだ!」
「そりゃ……くっ!……有り難くもないですね!!」
小柄で素早いメイベルは避けるのも上手いが、ヴィンスは攻撃をいなして進むタイプだ。敵が多く、尚且つ必要以上に傷付けてはいけないこの状況は非常に厄介だった。しかもメイベルは雷撃弾をかわすだけかわして、後方のヴィンスを全く省みない。
(……鬼だ!ヤツは鬼だ!!)
雷撃弾を他の個体が喰らわないように、その巨体を抱えて共に避けることすらあるヴィンスは心からそう思う。
「……てめぇコラ!」
俊敏な動きで女王の足下まで近付いたメイベルは、因縁をつけるチンピラの様な言葉を発しながら、飛び立とうとする彼女の脚に双剣を喰らわす。
表皮が固く切り刻む迄はいかないが、攻撃は確実に効いている。しかし女王もやられているだけではない。脚から血を噴き出してバランスを崩しながらも、尾でメイベルに直接攻撃を仕掛けつつ、地上を叩いて衝撃波を起こす。
「後ちょっとなのに邪魔をするな!!」
若干遠くからハドリーの声が届く。
魔方陣を描いている彼にとって、衝撃波は煩わしい以外の何物でもない。
「ちょっと!メイベル団長!!もう少し……考えて……っ」
しかしメイベルは聞いちゃいなかった。
「グレイブちゃんの仇いぃぃぃ~!」
……グレイブちゃんの仇、じゃねぇ。
ヴィンスは心の中でそう毒吐きながら、やっとの思いで女王に近付きメイベルと交代した。
それとほぼ同時にハドリーは魔方陣を描き終えた様だ。
「……メイベル団長、回収を始めて下さい」
時間や諸々の問題からというのもあるが、このままだと一撃の破壊力の弱い双剣を使っているメイベルに、なぶり殺される形になってしまう。
討伐対象というのはこちらの勝手な都合であり、渡り竜に罪はない。ふざけているようだがメイベルもわかっている。
「いいなヴィンス、10……いや5分で片付けろ」
狙うは一撃必殺。ならば
「……3分で充分です」
大剣を構え直してヴィンスはそう言った。
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
上空の雄竜の刃を弾き返しながら、皮の薄い喉元一点を狙い懐に入る。
ヴィンスの跳躍力が尋常ではないとはいえ、巨体の元を一撃で仕留める程ではない。少しだが魔力を使えるヴィンスは自らの足に術をかけ、その一撃の為だけに強化を行った。失敗したら後がない。
だが、失敗した。避けられたのだ。
空中で対峙する数秒にも満たないほんの少しの間のあと、女王はヴィンスへと大きな口を開き、食い付こうとする。
「こ、のおっ!」
ヴィンスは素早く身体を翻し、口の中へ大剣を突き付けた。
(このままねじ込んで破るしかない!)
防御の為に行ったそれを攻撃に転化させる。
異物を口に入れられたとはいえ、人間を一飲みにできる大きな口に、ヴィンスは自ら押し入った。鋭い歯を避け口内のえもいわれぬ生臭さに耐えながら、渾身の力で大剣を回転させながら突き刺す。
地鳴りの様な激しい音をたて、女王の巨体が倒れた。
「……やったか?」
「ああ、撤退だ」
回収を済ませたメイベルとハドリーは狼煙をあげ、ヴィンスの方に向かう。コロニーの主をやられた竜達は上空でギャアギャア騒いでいるが、闇雲に攻撃はしてこないようだ。
女王の骸は目視できるのに、何故かそこにヴィンスはいない。
「ヴィンス!?」
その喉元からヴィンスはどろどろの姿で現れた。
「うわっなんだそれお前……臭ッ!」
「死闘を繰り広げた部下に開口一番かける言葉がそれですか……」
ヴィンスは竜の唾液と血液でどろどろな上、女王の刃の様な歯に引っ掛けて隊服もボロボロである。
ハドリーがふたりに飛空術をかけ、撤退を促す。
「ちょっとハドリー、流石に重いコレ!コレにも術かけろ!」
「くそ面倒だな……それくらいやれ」
翼竜は大きさの割には重くはない。見た目よりはというだけで、充分重いが。 ハドリーは渋々骸に魔術を施し、半分くらいの軽さにしてくれた。
森の端に戻るのは意外と容易かった。入ると思っていた竜達の邪魔が入らなかったからだ。
既に操った竜を引き連れてロベルトとアーロンは戻っている。
「これ……いつまで術をかけてればいいんです?」
ぐったりしながらアーロンは言った。ロベルトだけが何故かはしゃいでいる。
捕縛した竜はもう群に返してやれない。その為一旦王都に連れていき処遇を決める。飼えるようなら躾て使いたいところだが、難しければ処分するしかない。
それを聞いたロベルトは愕然とし、子供の様に駄々をこねた。
「嫌だぁ!第四騎士団で飼うぅ~!!」
ロベルトはすっかりこの竜に情が沸いている。術をかけていることも忘れて。
「俺の空での初めてを捧げたんすよ!!」
「良くわからない表現だが……まぁいい、一応掛け合ってやろう。お前も王都にくればいい。いいか?ヴィンス」
「……むしろいいんですか?」
ロベルトを連れていく事もそうだが、第四騎士団に竜が貰えるよう掛け合ってくれる事に驚いた。どこの団だって、躾ができさえすれば竜は欲しい。
「第四騎士団なら役に立つだろう。飼い殺されるより、よっぽどいい。なによりアレとの相性が良さそうな気がする」
この作戦の一番は囮の動きにあった。術をかけているとはいえ、言うことは聞かせても上手く扱えなければ意味がない。
ロベルトは皆の想像以上に良くやってくれた。
「……僕だって頑張ったのに……僕だって欲しかったのに……」
そうごちるアーロンと、嬉しそうなロベルトを引き連れて、3人はそのまま竜に乗って王都へと飛び立っていった。
まだコレ続くんですが、一旦ここで切ります。
本当はヴィンスがもっと無双する予定だったけど、メイベルが暴れすぎてどうにもならなかった。
つーか『雷撃弾』ってなんだよ……と思いながらも他に上手い言い回しもなく、仕方ないから使用。
雷みたいなのを纏った空気砲のイメージでお願いします。




