騎士団長の嫁②
ヴィンスとシルヴィアの二人は第七騎士団長と第四騎士団副団長に結婚の報告を行いに来ている訳だが、通常は一領地に一つの騎士団しか存在しない。
『レイヴェンタール公国騎士団』は主に国内の秩序を守るのを任としている。
余談ではあるが対国外には軍隊が控えており、軍隊は半農半軍。軍人の大半は訓練を受けつつも、平時には農夫か鉱夫として働いているのが基本だ。
騎士団の本部は王都にあり、その数はその時の領地の数によって異なる。
領地を持ち回りで回って1、2年その地に駐留し、そこの警備を行うというシステムである。
その他に特殊な騎士団として存在する部隊が4つ。
女性ばかりの第22騎士団、王都に常に駐留する第二騎士団、通称『ロイヤル』と呼ばれる精鋭部隊の第一騎士団……
そしてヴィンス率いるモンスター討伐隊、第四騎士団だ。
第22騎士団はともかく、第四騎士団が『何故第三じゃないのか』その理由は、任務が特殊なので順位として並べるのが憚られる為……と言われているが、実際のところは定かではない。
ちなみに王城で働く『近衛騎士』は第二騎士団、王の側にいる『側近近衛』は第一騎士団から選出されている。
『ロイヤル』は有事の際の特別部隊でもあるので別に置くとして、騎士団は常勤と持ち回りの2部隊置かれる形となっている。
二人が報告を済ませると、冷やかしながら第七騎士団団長バージルは『休暇をどうするか』と聞いてきた。
媚薬に冒された直後の結婚の報告だ。互いの実家になど行っていないことはわかりきっている。
『ようやくの蜜月だから早めにとれ』などとからかってはいるが、それを案じてくれての発言なのは二人共よくわかっていた。
昨夜から常にいっぱいいっぱいのヴィンスではあるが、自分がそうであったように……いやそれ以上にシルヴィアが不安であろうことはわかってはいた。
有り難くその言葉に甘えさせてもらおうと思ったその時だった。
「いえ、お言葉は大変有難いのですが、当分休暇は結構です」
この発言にはヴィンスも含む、その場の全員が驚いた。
「はぁ?いいの?なんで??」
「ヴィンスさんのご実家は王都ですので……そちらへの挨拶は2ヶ月に一度の本部報告の際に行うことにしようかと。私の実家はあまりそういうの気にしませんし」
それに今は秋口。春と秋はモンスターの動きが活発になる時期だ。
業務自体はなんとかなるだろうが、騎士団長があまり忙しい時に抜けるというのはいかがなものかとシルヴィアは考えていた。
そんな彼女がチラリと横目でヴィンスを窺うと、また情けない顔をしている。
思い余ってヴィンスが訂正をしないよう、シルヴィアはささっと挨拶を済ませて話を終わらせた。
やはりここでもヴィンスはぐちゃぐちゃ悩んだ。
シルヴィアが合理的であり、思いやりもある女性であることは自分が一番わかっているつもりだ。
それでも無理矢理結婚にこじつけたという罪悪感と、自分への気持ちに対する不安が正しい判断をできなくさせていた。
(もしかしてシルヴィアは俺の両親に会うのが嫌なのだろうか……)
ヴィンス自身、実家があまり得意ではない。
スタンフォード家には気の強い母、姉、妹と恐ろしい女性が3人もいる。
しかもシルヴィアにとっては姑と小姑だ。
そもそも結婚の『事後報告』だ。行きたいわけがない。
しかも苛烈な女3人に会うのだ……せっかくここまでこぎつけたのに、行った結果『別れる』とか言われたらどうしよう。
そんなことばかりぐるぐると考えているヴィンスの青い顔を、シルヴィアは一歩離れて観察していた。
すぐさま声をかけて上げてもいいが、自分を想い、でかい図体を小さく縮こまらせているヴィンスを見るとなんとなく悪い気はしない。
そのまま暫く見ていることにした。
(なんかまた色々思い悩んでるんだろうな……)
考えてみれば7年の生活の中、こんなことが幾度もあった。
それはシルヴィアの誕生日近くだったり、シルヴィアが男性に声をかけられた時だったりと状況は様々だったが。
『勘違いしないように』と防御線を張っていたこともあり、こんなにじっと観察をすることはなかったけれど……きっとそれらのほとんどがやはり自分への想いからだったんだろう。
そう思うと口角が意識せず上がる。
情けない姿ばかりのヴィンスだが、通常からこんなに酷い訳ではない。
普段は真面目でしっかりしており、剣技に優れ、団員にも慕われている第四騎士団団長様であり、意外なことに女性のあしらいも実は上手い。
彼がこんな醜態を晒すのはシルヴィア絡みの時だけだ。
「行きましょう、ヴィンスさん」
「……?」
そう言ったシルヴィアが、家とは逆方向に歩き出すのでヴィンスは面食らった。
「シルヴィア?どこへ……」
「決まっているでしょう、貴方のご実家に取り急ぎ挨拶の品と手紙を送るのです。今の時期でしたらワインとかが良いですかね……確か姉君はお酒が滅法お好きなハズ」
シルヴィアは職業柄から数少ないヴィンスの会話の中の、家族に関する情報をしっかりと覚えていた。
ヴィンスは知らないが、実は年一で、欠かさずお礼の品に手紙を添えて付け届けもしている。
ただこれは適齢期の彼の縁談を阻んでしまわないための配慮でもあったので、手紙には自分と彼が間違いなく雇用関係であることを匂わせる文を然りげ無く入れておくのが常と、今回とは真逆の方向性ではあるのだが。
シルヴィアはテキパキとスタンフォード家の皆の好む物を購入し、美しい便箋に結婚の報告とそれが突然であること、ヴィンスの仕事上の事情から挨拶が遅れる旨を丁寧に詫びた手紙をしたため、それらをスタンフォード家に送った。
悩んでいるだけで実際に何もできなかったヴィンスがまたも凹むので、これにはシルヴィアも困ってしまった。
可愛らしくもあるが、結構ウザい。
どこまで繊細なんだと苦笑しながらシルヴィアが声を掛ける前に、ヴィンスは悲しそうに呟いた。
「…………何もできなくて申し訳ない」
それがあまりにも情けない感じだったため、おもわずシルヴィアは吹き出してしまった。
暫く声を出してくすくすと笑う。その様を隠すように俯き、両手で口元を覆いながら。
シルヴィアは無表情なわけではないが表情は薄い方で、このように笑うのはとても珍しい。ヴィンスは戸惑いながらもドキドキと胸を高鳴らせそれに見蕩れた。
ひとしきり笑うとシルヴィアはゆっくりとヴィンスの方に向き直った。
「……こういう時は頼りにしてくださっていいんですよ?私は、」
『騎士団長の嫁』なのですから。
シルヴィアはそう言って柔らかく微笑んだ。
シリーズ新作上、少し設定変更を行った為、加筆修正しました。