渡り竜の討伐④
「この白い布が縛ってある木から中は入らないようにしてください」
目的地につくとヘーゲルはそれだけ言い、その布の木の前に立った。
サイラスだけはその意味をきちんと理解しているため、少し離れたところに最後衛の陣をとる。
「ではいきます。3人ですと長くはもちません。師団長、アーロン、もしもの時は補助を」
サイラスの号令でメイベル、ヴィンス、ロベルトの身体が浮く。
「ひゃ~不思議な感じっす」
「そのうち慣れる、いくぞ」
島は然程大きくなく岩と土、疎らに草が生えている程度で生物がそこで暮らすには適していない。そんなあたりが渡り竜が産卵し、羽根を休めるのにぴったりなのだ。
この島は満潮時、全体の3分の1程度になる。今回の群れはいつもの3倍の規模な為、必然的に産卵を行った雌を中心に群れは島の中央に固まっていた。
討伐対象は12体程度。抱卵している雌は除く。
渡り竜は狩りを終えると餌を島まで運び、抱卵している雌に先ず餌を与えてから他の個体も食事を行い、そのあと日中は羽根を拡げて日光浴をする。その間もコロニーの数体が代わる代わる島の周りを旋回し外部から卵を守る為の見張りをする。
報告によると通常は1体。
そいつを捕縛するのだが、どうやら群れの見張り役も総数に応じているらしく、3体いた。
見張りが鳴き声を上げると群れの約半分が攻撃してくる。流石に囮で釣るには数が多いので、その内の数体を倒し島まで運ばなければならない。メイベルとヴィンスが倒した数体を魔術でハドリーが移動させる。
「鳴き声をあげさせてからだぞ!アーロン」
「了解です」
しかしロベルトは空中での感覚に慣れず、もたついてしまう。
「ああもうっ……アーロンちゃん!悪ぃ!引っ張って俺を見張りの子の方にぶん投げてくんないっすか?!」
「ぶん投げっ……ははっ!わかりました!」
ロベルトの伸ばした手を引っ張るとアーロンはそのまま半回転させて手を離す。
旋回している3体のうち1体の、少し外れたところにロベルトは飛んだ。
「まあまあのっ……コントロールっす!」
ロベルトは空中で身体を捻り、渡り竜の長い尾の後方を掴んだ。
「ピギィィ!!」
渡り竜の鳴き声と共に島からバサバサッと重い羽根の音が広がる。
「おっしゃ始まるぜ!」
「ええ」
「おい……大丈夫なのかアレは」
抵抗する渡り竜の尻尾に振り回されているロベルトを気にすることなく、メイベルは双剣を、ヴィンスは大剣を出す。
ハドリーだけがロベルトの様子をチラリと見て少し呟いたがふたりはそちらを見る素振りも見せない。
「全くコレだから脳筋どもは……」
「ハドリー!ゴチャゴチャ言ってる場合じゃねぇぜ、用意しな!」
メイベルは高い高度まで一旦上がると群れの、やって来る攻撃部隊の中央めがけ、直滑降で突っ込む。
「先ずは1体!」
中央の1体の眉間に右の剣を突き刺すと、それを軸に竜の背へと乗る形で身体を回転させながら剣を抜き、近くの竜からの攻撃を左で防ぎつつ再び右で攻撃する。竜の口から放たれる空気の塊で出来た鋭い刃を身を翻して華麗に避けながら、背から首へと助走をつけて喉元へと斬り込む。
「……2体!」
「ちょまっ……酔っちゃうでしょおぉ!良い子にしなさいっ」
ロベルトは振り回されながらも両足をなんとか尻尾に絡ませ、しがみつく状態までもっていった。大事な囮役を傷つけるつもりはないが、このまま捕縛も難しい。ロベルトを振り落とさんと尾を激しく振りながら上昇や降下を繰り返すコイツに、アーロンも近付けないし補助的に魔術をかけようにも目測が定まらないでいる。
渡り竜の成体は全長4~6m。うち3分の1が尾。
見た目はというとプテラノドン的なものではなく、頭部は全体のバランスより大きく大きな口と鋭い歯。身体の骨格は大鷲に近いが脚は若干太めで、竜らしく乾いた鱗の様な肌に部分的に毛が生えている。羽根は羽毛に覆われ、片羽根を広げると、尾の長さを除いた全長位の大きさになる。皮膚は硬く、羽毛に覆われているのは頭頂部から羽根にかけての一部と尾の先の平たい部分。狩りの際にはこの部分を擬似餌に使用し虫系や蛇系のモンスターを近くまで誘き寄せ、尾で地を叩き、衝撃波で動きを鈍らせ止めを刺す。
「アーロンちゃぁぁん!『はい』って言ったらこの子の動き止めれるっすかぁ?!3秒で良いんで!」
「それくらいなら!」
もたつくふたりにヴィンスの激が飛ぶ。
「早くしろ!誰がこの数を止めてると思ってる!」
メイベルは最早狩る事しか頭にないので、サポートは全てヴィンスだ。
囮を確保するまでそちらに近付かないように延々と往復を繰り返して竜の足止めをしつつ、メイベルが避けたものを含め、放たれる刃を捌かなければならない。
ロベルトは上に尾が振られるタイミングで手を離し、上着のベルトを外しながら降下した。
「……はいっ!」
すかさずアーロンは暴れまわる竜の目前まで近付き術を放った。魔術師といえど同時に術をかけることは難しく、アーロンは自らの飛空術を上手く制御出来ず緩やかに落下する。
(いーち、にーい)
カウントを始めつつ、ロベルトは手早くベルトを竜の首に巻き付けた。
「……アーロン!!」
くっ、と小さく声を発したアーロンは体勢を整えて上昇、再び暴れる竜の背中でロベルトの伸ばす手を取る。自らの術を解くアーロンを抱えるようにロベルトが引き寄せると同時に、竜へ術をかける。
ヴィンスは全ての刃を防ぐ事ができず、ふたりの方に流れたいくつかのそれの処理をとっさにハドリーに促した。
「師団長!アレをっ」
メイベルが倒した竜の回収に追われていた彼は反応が遅れた。
「まずいっ……!」
しかし後衛側から矢が放たれ、相殺された。遠眼鏡で状況を察したレフィがサイラスに指示を仰ぎ、ヘーゲルに支援を願い出たのだ。
距離がありすぎるため弓矢に幾ばくかの魔力をこめ、竜が刃を放つ時の溜めや放たれた刃の軌道から、大体の位置に弓を打ち込み、近くで魔力を爆発させるという方法をとった。
「……君らはいつもこんなギリギリの戦いをしてるのか?」
「いえ、今回は特別で……しかしヘーゲルさん、お見事です!僕自信なくしちゃうな…………2時方向、来ます!」
「おおぉぉりゃぁぁ!!」
「馬鹿か貴様!私の負担を考えろ!」
メイベルは悪鬼の様な勢いで仕留めた竜の背中を渡りつつ次を仕留め、既に5体を討伐していた。倒されて落下する巨体が海に沈むより先に次々回収し、島まで運ばなければならないハドリーの負担は相当である。ハドリーへの竜からの攻撃は全てヴィンスが防いでいるから良いような物だ。
「捕縛成功お待たせっす!!」
ロベルトはそう叫ぶと指笛で鳥の様な高い音を出し群れの注目を引き、アーロンに命じて一旦上昇させてその場で止まった。メイベルとヴィンスの方に群がっている輩に懐から取り出したスリングショット(投石用パチンコ)を一発ずつお見舞いする。
一発がヴィンスの横を掠め、彼の頬に赤い線を引いた。
「あぶっ……このノーコンが!!」
「失礼な!さっさと上陸すればいっすよ!!」
後方へと遠ざかっていくいくロベルトの声を耳に、大剣を振り回し刃をかわしながらヴィンスは1体を仕留めると尾を掴んで島の方へぶん投げながら島へと急ぐ。
素早く群れの中から脱したメイベルは既に上陸を果たしている。
遅れて上陸を果たしたヴィンスは彼を見て呟いた。
「化け物だなあの人……」
「いや、お前もな」
……だが助かった。
若手の後衛ふたりの判断力といい、これが第四騎士団の実力か。
実際の戦闘経験は第四騎士団はどこの部隊よりも多く、人外を相手にしている為戦術に頼れない。組織の統率力よりもその場での個人の判断が必要であり、頭で戦闘を行うタイプのハドリーには新鮮な体験だった。
魔術師団が戦闘に加わる事は通常あまりないが、ハドリーは指揮官として騎士としての経験も積んでいた。
数と統率力により、国内で反乱が起こった時ですら騎士団が苦戦を強いられる事はなかった。
血が騒ぐ。
こんな感覚は初めての戦闘の時以来だった。
「……ヴィンス、時間が押している」
潮の関係上、急がなければならない。
本来良い状況ではないにも関わらず、狼煙を上げながらハドリーは自身の口角が上げるのを抑えられなかった。
「支援は要らない。ここからは存分にいけ」
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