渡り竜の討伐③
ヴィンスは代表して丁寧に挨拶をし、今回の目的の説明を行った。
これは彼がいい格好をしようと思ったからではない。彼は団長であり、他ふたりの団長よりも下っ端だからである。
メイベルもハドリーもこういうことは、『出来るけど苦手』だ。
ヴィンスは真面目に説明しながらも、自分の迂闊さを後悔していた。
それは『村』にいる殆どが『ラス』姓であるという事実をすっかり忘れていたこと。
現に彼は、今目の前にいるヘーゲルがシルヴィアの父であるか否かの判別ができない。
ヴィンスは仕事くらいでしか手紙を書かない。彼自身の両親に報告を行った際に、シルヴィアの両親側にも『別にウチは構わない』と言う彼女を言い含めてちゃんと報告と贈り物をした。しかしヴィンス自身が書いた『ご両親にむけた挨拶文』をシルヴィアの手紙に添付する形で送った為、名前がわからないのだ。
わからないからこそ『仕事に私情は挟まないぜ!』的オーラを出しつつ、最大限に敬意を払った態度をいつも以上に心掛ける。本当は今回の仕事の8、9割が私情によるものであり、私情を挟みまくっているのだが。
ヘーゲルは当然ながら『ヴィンセント・スタンフォード』がシルヴィアの結婚相手であり、長らく娘が世話になっていた男だと解っている。
シルヴィアが以前述べた通り、とうが立った娘を貰ってくれたヴィンスには感謝の念しかない。エルネに出て1年という早さでシルヴィアが同居を始めた時には些か心配はしたものの、たまに里帰りしたシルヴィアやミラの話、頻繁に送られてくるシルヴィアの手紙の内容や衣料品の量が増えた事等から安心していた。……まさかこの期に及んで結婚するとは思ってもみなかったが、それは嬉しい誤算というやつだ。
しかし、ヘーゲルはそれには触れない。彼等は職務でここに来たのだから。
「……成程、渡り竜には私共も如何ともし難く辟易していたところ。まだ秋も深まる前に討伐に来ていただけるとは大変有り難い。……ですがひとつお願いが」
「何でしょう?」
「ここの土地は少し特殊なのです。まぁサイラスがいるから大丈夫だとは思いますが……念のため私も同行させてください」
「……いや、しかし……」
ヴィンスはヘーゲルの申し出に躊躇した。ヘーゲルは一般人だし、彼は小柄でお世辞にも強そうには見えない。
比較的安全な立ち位置だとはいえ、全く攻撃が来ないとも言い切れない。一般人を捲き込むのも勿論だが、万一志半ばで撤退するような場合の要ふたりに、負担がかかるような事は避けたかった。
「ヴィンス団長、大丈夫です。むしろ心強い」
しかしその要の一人、サイラスは上品に微笑んでヘーゲルの同行を後押しする。
「そうか。ならば有り難くご厚意にあずかります。ですが一般の方を危険な目に遭わせる訳には参りません……レフィ」
「はい!」
ヴィンスはレフィを紹介し、彼が優れた後衛であり、必要なことがあれば手足の様に使ってほしいとヘーゲルに告げる。
レフィはヴィンスに褒められた形の紹介が殊の外嬉しかったようで、ヘーゲルはそんな彼が「なんでも仰ってください!」と言いながら胸を叩くのを目を細めて頷いた。
一行は彼の案内に続いて目的地へと歩を進めた。
(……むしろ心強い?)
武人として人を見た目で侮るつもりはなかったヴィンスだが、サイラスの言葉には少し驚いた。道すがらヴィンスは彼にヘーゲルの事を尋ねてみた。
そこでようやくヴィンスは『狩人』の存在を知る。
「あの方は一体?武人や魔術師には見えないが……」
「彼は『狩人』です。ラス地区は独特の文化がありましてね……土地神にモンスターを捧げる神子が『狩人』なんです」
「ほう」
「あんな好好爺みたいな感じですが、森に入ると強いですよ~。とにかく俊敏で、力こそ強くないものの的確に急所をつくっていうのが『狩人』の戦い方です……騎士や兵士の戦い方とは質が違いますからわからなくても当然です」
実際僕もビックリしましたから、とサイラスは穏やかに笑う。
「……君はこちらに詳しいようだが」
「ええ、ヘーゲルさんのところに4年程お世話に。こちらの文化や宗教に興味がありましてね」
4年もいるならシルヴィアとも面識があるかもしれない。
……これは彼女の御両親をリサーチするチャンスだ。
ヴィンスは巡り合わせに感謝し、サイラスにこっそり尋ねてみる事にした。
「『シルヴィア』と言う女性を知っているか?ここ出身の……俺の妻だ」
バルトに言った時の様に、『俺の妻』の部分にどうしても喜びが滲み出てしまうヴィンス。
そういう話に疎い……ましてや魔術師団と所属の違うサイラスですら知っているほどヴィンスの堅物は有名だった為、そんな彼が結婚したという話も勿論耳に入ってはいた。
「そうですか、ラス地区の……う~ん、聞いたことあるような気はするんですが……?」
サイラスは話に出た程度のシルヴィアの事を、残念ながら覚えてはいなかった。
それも仕方の無いことで、ヘーゲルにはシルヴィアの他に息子が3人、娘ふたりと5人の子がおり、一番下の息子1人を除いていずれも家を出ていた。ちなみにシルヴィアは4番目の子で、末の娘である。
「しかし新婚でこんな任務では、奥様はさぞかし心配でしょうね」
「!!」
そう言えば勢いで出てきてしまったことに今更ヴィンスは気付いた。
心配させてしまっているだろうか……
そういえばきちんと説明していないかもしれない。
していないかもしれない、どころではなく全くしていないのだが……彼は自分の言いたいことは言ったので、すっかりしたつもりになっていた。
よくよく考えたら説明していない気がする。新妻を放って飛び出した事に怒ってはいないだろうか、とヴィンスは俄に不安になり、わかりやすく顔色を変えた。
……いや、大事な討伐前だ。余計な事を考えてはいかん。(首を振る)
大体、俺のシルヴィアは心配こそすれ、そんなことで怒ったりしないだろうが……うん、怒らないと……(今までも散々『説明が足らない』と叱られている事を思い出す)……いやダメだコレ多分既に怒ってるやつだ。
いやだから大事な討伐前に…………(再度首を振ったあとハッとして顔を上げる)
……怒っていたとしても、竜の胆石を手に入れて捧げ『俺の気持ちだ』と伝えればきっと機嫌を直してくれるに違いない!!
そして……そしたら……(急にエロ下着の事を思い出し顔を赤らめる)……違う!俺はそんな目的の為にっ……(更に首を振る)
「…………ヴィンス団長は表情豊かですね」
サイラスのオブラートに色々包んだ感想に、ロベルトが通常通りに返した。
「あ、いつものことっす。あの人嫁馬鹿なんで」
ほぼほぼヴィンスが余計な事しか考えていないうちに、目的地である森の端の崖まで辿り着いた。
ようやく次回、討伐に入る予定。
戦闘シーン、あんまり書いたことない。どう書こうかな?と楽しみだったり。




