渡り竜の討伐②
魔術師の役割の割り振りは、前衛と共に上陸し、渡り竜の攻撃を回避しつつ魔方陣を描く役に師団長ハドリー、難易度は低いが魔力の疲弊が激しい後衛に彼の右腕である優秀な若手魔術師、サイラス。そして最も難易度の高い、竜捕縛役には何故か一番若手のアーロンである。
アーロンは多趣味、多芸で、騎士団の試験にも合格している。どちらの試験にも合格した上で魔術師団を選んだので、どちらからも鼻つまみ者となってしまった彼だが……同情することはない。彼は少し変わっているので、そんな自分の状況も楽しくて仕方ないらしい。
彼は兎に角『動ける』ので、竜捕縛役にはうってつけではあった。
竜捕縛の難易度の高さは、魔術師の資質よりも運動神経の良さが問われる。武にも秀でている ハドリーは当然として、魔術師として一流のサイラスであっても魔術を以て捕縛が可能だが、このポジションをアーロンが強く希望したらしい。当初はハドリーとアーロンの役目が逆だったが、特に問題ないとの判断だ。
余談ではあるがアーロンとレフィはどちらも特権階級の子供であり、同級生でもある。
全員はラス地区の『村』の手前の宿で一泊することにした。
この先馬は荷物になるからである。
早朝は渡り竜が狩りをし出す時間だ。
その時間に森で討伐をするのが正しい様に思われるが、レイヴェンタールの法では討伐の時ですら森には最低限の被害までしか出してはならないので難しい。
なので今回は渡り竜の狩りが終わった昼前に、島で討伐を行うのだ。
因みに夜は森内の道程が困難なのと、渡り竜の警戒心が強いため行えない。
宿で『村』に行くのに適した鹿を借りる手筈を整え、一行はとても朝食に近い夜食を摂った。
「ラス地区か……行くのは初めてだ」
前にも述べたがラス地区は『狩人』がいる為、第四騎士団を必要としていない。
第四騎士団が討伐に出るのは大抵もっと南西部、崖の上に森があるティアニアやピエニ、森からの湧き水が川となって流れ出ているニニルゲあたりだ。
ラス地区だけが森に直接、面している……というか森の奥の一角がラス地区の一部となっている。今回『村』を使うのは、海を前にした森の端まで出るための最短ルートだからである。
ヴィンスは思った。
こんな形で行くことになるとは……
ご両親に挨拶をする時間もない。
「……せめて手土産でも用意すべきだった」
ポロっと溢したヴィンスの言葉にいち早く反応したのは、彼を尊敬してやまないレフィである。
「そういえば団長の奥様はラス地区出身でいらっしゃいましたね」
「あぁ、シルヴィアってそういやラス姓だっけか。なら帰りに寄って挨拶してくればいい。まだなんだろ?挨拶」
「ええ、まぁ……しかし……」
何も持たずに挨拶もない。ヴィンスはシルヴィアの両親に気に入られたかった。
「手土産、ですか?」
アーロンがふふふ、と笑いながら話に交ざってこう言った。
「そんなもの明日手に入るじゃないですか、とっておきが。ハドリー師団長、構いませんよね?一体や二体」
「まあ……現物支給を希望するなら可能だろうな……ただし、本作戦におけるヴィンスの立場ならば、だ」
ハドリーはやたら最後を強調して、ヴィンスよりもむしろアーロンに向けて答える。『一体や二体』と言うアーロンの言葉と彼の性格、今回の作戦のポジション変更を希望したことからハドリーはアーロンが『捕縛した竜をそのまま自分のものにする気だ』と踏んでの牽制である。
案の定、アーロンはハドリーの言葉に残念そうな顔をしていた。
「マトモな奴がいない」と言うメイベルにハドリーは「いや、お前が言うかそれ」と冷静に突っ込む。
ちなみにとてもマイペースなサイラスとロベルトは、夜食を摂るとさっさと寝てしまった。
(…………この面子で本当に大丈夫だろうか)
短期の討伐で良かった……コイツらとずっと一緒だったら胃を壊すか禿げるかの二択(もしくは両方)になるに違いない…………
ハドリーはこの討伐が終わったらちょっと長い休暇をとろう、と強く思うのだった。
それから数時間も経たないうちに出発の時刻となったが、ヴィンスは鹿を見てその大きさに驚いた。シルヴィアの話から勝手に馬より小さいものだと思っていたが……馬より全然大きい。
「ヴィンス団長、鹿は初めてですか?」
「あぁ……勝手に小さいものだと」
「小さいのもいますけどね、骨格上乗るのに適していないんです。小さいのに乗るのは『村』の人間くらいです」
骨格もそうだが小さい鹿は気性が荒い割に臆病、神経質、跳ねるように走る、と乗るのには全く適していない。
ただし小さい鹿に乗る数人の『村』人に言わせると『森の中や傾斜の鋭い土地には適していて使用が短時間なら効率がいい』そうだ。勿論慣れないと乗れたもんじゃないのだが。馬くらいの大きさのアイベックスはまだしもロバ以下のアクリスに至ってはそもそも神経質なので乗せてもくれないという。
「コイツらは大丈夫ですよ。まぁ乗り心地はさして良くありませんし、急がせるととにかく跳ねるんで乗って戦うにもあまり向いてませんが、『村』まで向かうには充分でしょう」
ヴィンス達が乗る鹿は、アイベックスとヘラジカが偶発的に掛け合わさったものを繁殖させた品種で、ヘルベックスという種類だ。ただし一般に『アイベックス』というとこのヘルベックスを指す。
先程から鹿について説明をしてくれているのはサイラスである。
彼はなんでも「興味から4年ほど『村』で生活をしていた」とのこと。実はサイラスがその間世話になっていたのは『狩人』のところ……つまりシルヴィアの実家なのだが、それは彼女がエルネに出たのとほぼ入れ違いだった為、サイラスもシルヴィアも互いに面識はない。サイラスは会話のつま程度に、シルヴィアは手紙でのやりとりで、お互いについて少し聞いたことがあるくらいだ。
サイラスはヴィンスの嫁が恩人の娘であることも知らない。
シルヴィアは誰にも話していないので、彼女が『狩人』の娘であることはヴィンスもまだ知らない。特に隠している、とか隠さなければならない、という訳でもなく……乙女心としてはそんな事なんて話したくなかっただけなのだが。
ヘルベックスに乗って傾斜のきつい一本道をひたすら進むと『村』へとたどり着いた。
騎士や魔術師と接点がほぼない住民だが、排他的な訳ではないので親切に迎え入れてくれた。とりわけ子供達は、華やかな隊服の彼等に興味と関心の瞳を向けながら近寄ってきて、始めに声を掛けてくれた村人が『案内人を呼んでくる』と言って立ち去ったらあっという間に囲まれてしまった。
魔術師のロングコートは緋色に金糸の刺繍と確かに派手なのだが、濃紺の騎士団員の隊服はそう華やかでもない。しかしラス地区はそもそも衣料品が高く種類が少ないので、良い生地に揃いの刺繍の彼等は、子供達にとってはまるで物語の登場人物の様に映っている。
「騎士様と魔術師様だ~!」
「カッコいい~」
「何しにきたの?」
近寄ってきた子供達は人懐っこく、他の土地の子供と大差ない。質問も皆いっぺんに喋る為、何を言っているか聞き取れない位だ。
「大人気だなぁ俺達」
「……あまりこういう扱いは受けた事がないな」
魔術師は基本的に今回のような有事の際しか外に出ないし、その特性上(魔力を有する者はほぼ特権階級)王都にある研究機関か王宮にいる。
特に子供に馴染みがないハドリーは些か困惑気味だが、まあ悪い気はしなかった。
子供達を適当に構っていると程なくして『案内人』がやってきた。
「ほら、お前ら散れ散れ!皆さん困ってらっしゃるだろ!……おや?サイラスじゃないか」
「ご無沙汰してます」
子供を散らしながらやって来た案内人……初老と言える歳のその男こそ『村』の何代目かの『狩人』、ヘーゲル・ラス。シルヴィアの父親である。
ほぼほぼ諸々の説明で終わってしまった……




