5年前の指輪⑦
いきなり旅立ったヴィンスが、何処へ何しに行ったのか……シルヴィアが知ったのは翌日出勤してからである。
「渡り竜の討伐?!!」
「なんだ、シルヴィアも知らなかったのか?……今騎士舎じゃその話題で持ちきりだ」
騎士舎に着いた早々……入り口で待ち構えていた副団長フレッドに連れられるようにして招かれた第二応接室で、シルヴィアはようやくその事実を知った。
通りで皆が自分に注目し、ヒソヒソと何か話す訳だ……
彼から話を聞いたシルヴィアはそれにまず納得をした。
周囲の反応にはとても納得がいったシルヴィアだが、一連の流れには全くと言っていい程納得しかねる。というか意味が解らない。
第二応接室は営舎の中央、普段は使用されない部屋の間にあり、重要な話や秘密の話をするときに使用される。
今回の『渡り竜の少数討伐』がどれだけ無茶苦茶な事か、シルヴィアはそれだけで理解できた。
応接室には第四騎士団の紅一点であるカルアもいた。カルアはヴィンスが第四騎士団に入るきっかけを作ってくれた、アレクシスの末娘だ。
元々第二騎士団というエリートの長であったアレクシスは、ロートルながら今や王の側近近衛……ロイヤルとなっていて爵位も賜っている。
娘や息子は皆優秀だが、それは子煩悩なアレクシスが子供達を危険な目に遭わせたくないという親心から、武術を推奨せず、その分教育に力を入れてきたからである。なのに何故かカルアは騎士への道を進んでしまった。
歳をとってからできたこともあって、アレクシスはカルアを目に入れても痛くない程可愛がっていた。可愛さ故に、時に騎士団に連れて行ったりしたのだが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。後悔先に立たず、である。……カルアが騎士に憧れた幾つかの理由を作ったのがそれなのだから、人生とは難しい……と後にアレクシスはヴィンスにぼやいている。
アレクシスは当然カルアが騎士になると言うのに反対したが、全くもって聞かない為……せめてクソ真面目で堅物なヴィンスが長を勤める第四騎士団に入れることにして今に至る。
ヴィンスに「くれぐれも宜しく頼む」と念を押したアレクシスだったが、それだけでは飽きたらずカルアと真面目で優秀な青年を婚約させ、その青年も第四騎士団に送った。これには流石にヴィンスも苦笑したものの、優秀な若手が増えるのは有り難いし実際重宝してはいる。
その青年こそ、今回後衛に指名されたレフィである。
婚約者が巻き込まれてしまったこの無茶な討伐の経緯を、彼女は知る権利がある……そんな意味からカルアも呼ばれたのだと考えたシルヴィアは、彼女にまず謝ったが彼女は酷く恐縮しながらこう答えた。
「いえ!私じゃ実力不足なのはわかってますから!!」
(………………んん?)
話が噛み合っていない気がするシルヴィアに、フレッドは苦笑いで説明した。
「別にカルアはレフィの婚約者だからここにいる訳じゃない。俺の身の安全の為に同席させてるだけだ。……シルヴィアを密室に連れ込んだと知れたらあの野郎、容赦ないからな」
「…………っ!」
そう、カルアがここにいるのはどちらかというとフレッドの為である。
ちなみにシルヴィアと仲の良く、ロベルトの妻であるルルゥが呼ばれずカルアなのは、ルルゥの口が軽いからだ。
(…………あれ?)
いつもなら平然と流してしまう話に、シルヴィアが赤くなって動揺するのをフレッドは見逃さなかった。
昨日、ヴィンスは『勢い付いたメイベルを止めていたが、話がまとまらないので仕方なく少数精鋭で討伐に行く事に決めた』……と、その時点で既に事実とは少し異なる報告をフレッドに行っている。
しかし夜になって突如現れたヴィンスはメイベルとなにかを話し合った後、突如無茶苦茶な人数での討伐を決行した。
「昨日の昼と随分違うんだけどさ……何かあった?」
「…………」
シルヴィアはそれには答えず、暫し頭を抱えた。
……信じられない! !何がどう転んだらあの流れから『渡り竜討伐』に繋がるの?!
全く理解ができないが、ヴィンスがあれからおかしくなったのは間違いない。だが、それをどう説明したらいいのか悩むところだ。
仕方がないのでとりあえず、下着の件だけは伏せて説明を行った。
シルヴィアにとっては意外な事に、フレッドはあっさり納得したようだ。
「そういや指輪つけてないもんなぁ。成程ねぇ……」
「……副団長は何かご存知で?」
「いや、憶測だけどさ……今回の『渡り竜』みたいなのは特別報酬が出るんだよ。それでいい指輪でも買おうとしてたんじゃないの?……よっぽど嬉しかったんじゃない」
下着の件を伏せて説明を行っているので、フレッドの『嬉しかった』は勿論、指輪をずっと探してたことが、という意味だ。シルヴィアはフレッドの言葉を微妙な気持ちで反芻する。
(よっぽど嬉しかったんだ…………)
………………あのエロ下着が。(現実)
「しっ、私情を仕事に持ち込むなんてっ騎士団長としてあるまじき行為です!!」
シルヴィアは真っ赤になって立ち上がったが、ふたりとも聞いていない様子。
カルアはキラキラした目で「流石団長はスケール違うわ…………!あぁレフィが羨ましい……」と誰に言うでもなくため息を吐き、フレッドは ニヤニヤしながらシルヴィアを見つめていた。
「……シルヴィアちゃん?ヴィンスとなにかあったのぉ?珍しくやけにムキになるじゃないの~」
「そりゃ……私が指輪をなくさなければ…………」
――――――こんなことにはならなかった。
なんだかその物言いが物凄く不吉な事を想像させ、シルヴィアは口をつぐむ。
(渡り竜の討伐……後衛は攻撃にほぼ機能していない接近戦のみ……やることが滅茶苦茶だわ……)
急激に血の気が引く。
真っ青になったシルヴィアを見てフレッドも一瞬真顔になったが、彼女の気持ちを察し、逆にまたヘラヘラした顔でヴィンスと飲みに行ったときの話をしだした。
「まぁどちらにしてもヴィンスは指輪を買う気だったんだよね!シルヴィアがなくさなくてもさ。そこに渡り竜の討伐要請が入ってきたもんだから……」
「え…………?」
フレッドはちょっとだけ考える素振りをして「あ、これ言っちゃっていいのかなぁ~?」などと勿体ぶりながら話を続けた。
「……あの指輪さ、5年前に買ったんだよ。勿論、君にプロポーズするためにね」
「!」
「ずっと渡せないままで、ようやく役にたったって訳だ。でもホラもう流行りも廃ってるし……なんせ5年前の最新デザインだからね」
昨日のローザンヌの言葉が頭に過る。
ヴィンスの事が好きな筈なのに、なんであんな言い方を彼女がしたのか不思議だったが、あれは自信のない自分に向けた彼女なりのエールとか、餞の言葉だったのかもしれない……とシルヴィアは今になって気付いた。
5年前の指輪。それはヴィンスが5年……いやそれより前からシルヴィアを愛していたことに他ならない。
最後だって、ああ言わなければ使う気にならないだろうと踏んでのことに違いない。領主の娘であるローザンヌがシルヴィアの……ましてや流行遅れの指輪を欲しがる理由なんてないのだから。
「ちゃんとした手順も踏めなかったから新しいのを……って意気込んでたけど……全く面倒臭い奴だよなぁ……『持ち合わせがない』って言うもんだからどれだけ持ってないのかと思ったら結構な額が財布に入ってるんで『これなら買えるだろ!』って言ったらもう、馬鹿みたいにキレ出してさ……」
「なんで怒ったんです?」
シルヴィアが尋ねるよりも先にカルアがフレッドに尋ねた。
「この5年間で更に積もった想いに代わるのに相応しい額じゃないんだと」
「まぁ!!流石はヴィンス団長だわ!それで少数での討伐に踏み切ったんですね!」
珍しく年相応の少女の様に、瞳をキラキラさせて、カルアは今度、レフィではなく「シルヴィアさんが羨ましい」と呟いた。
しかしシルヴィアは首を横に振る。
「そんなの……嬉しくないわ。私はヴィンスさんに、そんなのより……そんな無茶なんて……」
「シルヴィア、君に重責を与えたくてこんな話をしている訳じゃない」
厳しい声でフレッドはシルヴィアの名を呼ぶと、そう言って続ける。
「確かに今回の『渡り竜討伐』は無茶苦茶な話だが、それでも通ってしまうのはヴィンスとメイベル団長、魔術師団のハドリー団長という実力者あってのことだ。危険な討伐はこれから先、幾らでも出てくる。……今回はヴィンスの決めたことなんだし信用して待てばいい」
「…………ですが」
「俺が言いたいのは、『男は目的があると強くなる』ってこと!……待ってる嫁がオタオタしてどうする?それでも心苦しいっつーんなら、ご褒美に新しい下着でも着てヴィンスを出迎える事でも考えな!経緯は解ったことだし、以上!!」
「ご褒……?!あれはそんなつもりで……っ!」
フレッドは勿論下着の件は知らない訳だが、適当に出た軽口がなんだか当たってしまった。
「…………『あれ』?」
「えっ?!……いえあのっ……えっ?!」
慌てるシルヴィアに、ヴィンスと付き合いの長いフレッドはなんとなく全てを察した。そしてそれは大体当たっている。
「……は~、成程…………ヴィンスが急ぐわけだわ……」
「?」
アレクシスとヴィンス、そして草食系婚約者のレフィの庇護の元で、一心不乱に剣の腕だけを磨いてきたうら若き令嬢騎士、カルアだけが不思議そうな顔をしていた。
仕事に戻る前に、フレッドはシルヴィアの肩を叩き、ニヤリと笑ってこう言った。
「そういうことなら安心しろ、今のヴィンスは無敵だぞ?」
むしろ覚悟を決めておけ……
フレッドは不穏な言葉を最後に、その後に付いたカルアはシルヴィアに軽く会釈をすると、ふたりは部屋を出ていった。
閲覧ありがとうございます。
1話挟んでようやく終わり。まさかの7話。




