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騎士団長と嫁【連載版】  作者: 砂臥 環
騎士団長ヴィンスと嫁シルヴィア

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22/41

5年前の指輪④

 シルヴィアは体力も筋力もある『狩人』の娘……とはいえラス地区から離れてもう8年も経っている。今や滅多にダッシュすることなどないし、年齢も三十路前の28だ。


 一方のローザンヌはまだ17歳で、2・3日に一回は家を抜け出しバルトと追いかけっこに興じている。

 15の時に『私は第四騎士団に入る!』と公言してからは剣技も嗜むようになった。

 第四騎士団に入るためには他の騎士団の様な入団テストは必要ない。『ソルドラに在住』し、あとはある程度の実力が備わっていれば団長の権限で自由に採ることができる。

 ローザンヌの剣技が嗜むレベルで済んでいるのは、ヴィンスが早々にお断りしたからである。



 シルヴィアは地の利を生かしたり、隠れたりすることで上手いこと逃げてはいるが、捕まるのは時間の問題だった。

 下着セットを捨ててしまえば良いのだろうが、お値段を考えるとシルヴィアにはどうしてもそれが出来ない。


(転売できる物なら良いけれど、下着じゃそれも無理よね…………せめて一度くらいは使わなきゃ……それで迫るとかは別として!!)


 ミラの言っていた『使う』は迫ることに他ならないので、ただ着たところで意味をなさない。だがシルヴィアは本来の目的を忘れている。

 もともと衣料品に対する興味が薄いうえ、今まで下着を見せるものとして想定したことがなかった……あれは本来の目的を忘れても尚手放せないほど、彼女にとっては驚愕のお値段だったのだ。

 なにしろ彼女の想定していた高い値段の倍以上。衣料品が高いラス地区ですらそんな値段、想定外の更に外。



「ふっふっふ……見つけたわよ、シルヴィア……」


 細い路地に隠れていたシルヴィアの後ろにとうとうローザンヌが現れた。しかも下着の事を考えてたあまり気付かなかったが、そこは袋小路……後がない。


 ジリジリと迫り来るローザンヌ。


 何故かヴィンスに迫る筈の下着のせいで、こんなところでローザンヌに迫られることとなったシルヴィア。


 猪突猛進のローザンヌが下着を奪いに襲いかかってくるタイミングで避けるしかない。

 壁に激突するローザンヌを想像し、シルヴィアは「ごめんなさい」と心の中で呟きながらもその覚悟を決め、胸に抱えている下着の袋を抱え直した。


 その時、異変に気付いた。


「覚悟しなさいシルヴィアっっ!!」


 そうローザンヌが袋を目掛けて飛びかかるよりほんの少しだけ早く、バサッという音と共に袋がその場に落ちた。

 しかもシルヴィアは茫然自失といった体で真っ青になってその場に立ち竦んでいる。


「ちょっと……?なに?どうしたの?」





 それより大分前……シルヴィアとローザンヌが追いかけっこを始めたばかりの頃。


「ね~、ミラさん。そこで茶でも飲みながら待たない?俺、喉乾いた」


「あんたねぇ……仕事しなさいよ。追い掛けなくていいわけ?」


 まるでやる気のないバルトを、ミラは呆れた目で眺めながら一応は叱責するが、足先はバルトの誘った茶屋に向いている。


「無駄無駄、体力の。なんかやたらとあのふたり速ぇーし。どうせいつもの様にシルヴィアさんがうまくやるっしょ…………あれ?」


 バルトは急に二人が揉めた位置に走り寄るとしゃがみこんだ。


「なによ、急に」


「ミラさん、コレって……」





 二人が茶を飲んでいると、暫くしてローザンヌが下着の袋を抱えてやってきた。なにやら複雑な表情をしながら。


「お嬢、こっちこっち!お帰りぃ~」


 ケーキまで食べているバルトは、デザートフォークをふりふりローザンヌにいい加減に声を掛ける。今でこそ彼はこんなだが、ローザンヌ付きになったばかりの頃は『領主の娘に相応しい振舞い』をする少年だった。……色々諦めたのである。


「ちょっと……なに呑気に茶なんか飲んでんのよ……しかもミラなんかと……」


 ジト目で二人を見詰めてそう言うも、なんだか覇気がない。いつもならば同じ台詞でも『……』にあたる部分が『!』になっているところ。


 袋を抱えているのを見て、ミラが薄く笑みを浮かべながら尋ねた。


「それは私がシルヴィアにあげたものですが、ローザンヌ様が欲しいのでしたら差し上げましてよ?」


「どおりで趣味の悪い……要らないわ、こんなの。シルヴィアに返しておいて」


 はぁ、と溜め息を吐きながらミラの横の席にいい加減にそれを置くと、令嬢らしからぬ動作で席に座り、不貞腐れたように頬杖をつく。


「あらあら……シルヴィアに構って貰えなくてご機嫌斜めのご様子ですわね?」


「誰がよ!」


「で、お嬢。シルヴィアさんは?」


 ローザンヌの話を聞くと、シルヴィアは突然荷物を落とした後、真っ青になりながら走ったり止まったりを繰り返しだしたのだという。ローザンヌが何を言っても耳に入っていない風で「お気になさらず」としか答えない。

 挙げ句、ローザンヌにミラへ「先に帰って」と伝言を頼んだらしい。


「気付いたようね」


 ミラがそう言うとバルトは頷く。何も知らないローザンヌが二人を詰問した。


「なによ?なんか知ってるんでしょ?!教えなさい!」


「シルヴィアはコレを落としたんですわ、ローザンヌ様」


 ミラの掌の上で銀色に光る小さなもの。

 それはヴィンスがシルヴィアに渡した指輪。


「それ……なんで渡してあげないのよ」


「あら~、お優しいですわねぇローザンヌ様は。暫くほっといたらよろしいのでは?」


 ニヤニヤしながら二人がローザンヌを眺めるもんだから、彼女も意固地になる。


「……っそうね!いい気味だわ!ちょっとそこの人、私にもコイツとおんなじの!」


 ローザンヌは注文したケーキがきても、モソモソと頬張るだけで全く美味しそうではない。食べ終わってもチラチラ道を眺めてはソワソワしている。

 一方でミラはそんなローザンヌを気にする素振りもなく、バルトと談笑している。バルトはそれに乗りつつも、ローザンヌを時折気にしていた。


 昼過ぎになっていい加減に焦れたローザンヌが席を立とうとするのを、バルトが腕を掴んで制止する。ミラは一口紅茶を飲むと、それに合わせて静かに口を開いた。


「……ローザンヌ様、シルヴィアが気になりますか?」


「そりゃそうよ!探しても見つからないものを馬鹿みたいに探して……!!」


 ミラを睨み付けながらローザンヌは声を荒げる。そんな彼女にミラはおもわず目を細めてしまい、それを隠すように視線を落としたが、抑揚を変えないままに厳しい口調で言い放った。


「ほっておきなさい。あの子にはいい薬です」


「…………!」


 いつもの嫌がらせ的に丁寧な口調と違うその物言いに、ローザンヌは反論することが出来ず、ただ口をハクハクさせる。


「……ローザンヌ様はシルヴィアの団長への想いがいまひとつ感じられないから怒っているのでしょう?この際納得いくまでシルヴィアに探させたらいいのですよ、見つかる筈のない指輪を」


「…………」


 ローザンヌは力なく席に座り直す。路上の見える今までの席ではなく、路上に背を向けた位置に。


 それから彼女は道の方を眺めることはせず、ただただ黙っていた。

 シルヴィアが途中で諦めて帰ってしまえばいい、という気持ちと、その反対の気持ちの狭間で揺れながら。





『秋の日はつるべ落とし』というのは四季のあるここ、レイヴェンタールでも同じ。昼過ぎを更に過ぎた時刻になると、あっという間に空がオレンジに彩られる。


「あ、そろそろ帰って夕飯の支度しなきゃ」


「は?!ちょっと……」


 慌てるローザンヌに、席を立ったミラはにっこり笑ってテーブルに指輪を置いた。


「お好きにどうぞ?ローザンヌ様」


 ではご機嫌よう……そう言ってミラは軽やかに店を出ていった。

まだ終わらないというまさかの事態。

二話くらいの予定だったんだけどな……

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