騎士団長の嫁①
★はじめて読む方へ★
第四騎士団団長ヴィンスは8年前からずっとシルヴィアが好きだったので、自分の家の管理を頼むことで囲い込んだのにも関わらず、ヘタレなので手が出せませんでした。
でもモンスターの媚薬にやられた団長はその勢いでようやく手を出し、プロポーズした……というのが前回です。
興味があったら短編『騎士団長と嫁』をどうぞ。(※前日譚として差し込みました)
『ヘタレ騎士団長』こと、ヴィンセント・スタンフォードがシルヴィア・ラスにプロポーズしたところから話は始まる。
ヴィンスは長い間シルヴィアが好きだったのだが、勇気がでないままプラトニックな関係を突き進んでいたのだ。
しかしそんな日々は終わりを告げた。
ヴィンスはシルヴィアにベタ惚れなので、とにかく手放したくない一心から法的手続きを即座に行うことにした。
幸い昨夜毒に侵されたため、今日は必然的に休みになっている。
当然シルヴィアは渋ったが、ヴィンスが「今すぐ、気が変わらないうちに、どうしても」と再び土下座をせんばかりの勢いで頼み込むものだから諦めた。
ここレイヴェンタール公国の婚姻の手続きは国が交付する書面によるもののみ。
役場で然るべき手続きを行い、騎士舎に報告に行く道すがら、ヴィンスはどうお披露目(結婚式的な意味で)をするかを考えていた。
レイヴェンタール公国は『土地』を神として信仰している。
ざっくり言うと『人は土から生まれて土に還る』という考え方だ。
土地によって宗教観やそれに伴った風習が異なるのはある程度仕方ない。
そのため国が定めた幾つかの法から逸脱しない限りは割と自由に宗教を信仰出来る。
シルヴィアの地元ではどんな風に結婚式を行ったのか気になったヴィンスは、それも含めてお披露目をどうするか尋ねたが、返事はすげないものだった。
「うちの村は小さいため、お披露目は村で酒盛りをする程度ですし、騎士団長という立場上不都合が生じるならやりますが、私の為でしたらやらなくて結構です」
シルヴィアの地元は辺境の地ソルドラの中でも更に辺境のラス地区……物凄い田舎であり山間部だ。村人も少ない為、ここのものは皆一緒くたに村から出ると『ラス』姓を名乗る。(元々移住してきた者は除く)
森に隣接しているが、独自の方法でモンスターを討伐しているらしく、第四騎士団もほぼほぼ行くことがないという謎の地区だ。
謎の地区……と言っても奥地なため村に行く者が数少ないというだけで、村人自体は近隣の村で働いたり嫁いだりと、至って普通である。
特産物はキノコとモンスターの骨や皮。
どうやってとっているかは村の秘密らしい……やっぱり少し謎かもしれない。
地形的な意味から自給自足には充分であるし、村の特産物はどちらも高く売れるが決して村は豊かな訳ではなかった。
村まで行くのは、舗装はされていても傾斜の多い狭い道を通らねばならず、結構な距離があるうちから馬車が使えなくなる。その為近隣で作られていない、服や日用品の一部の物価が物凄く高いのだ。
そんな訳で、村には結婚式だからといって着飾る習慣などは存在しなかった。
「そうでなくても私は28。十二分にトウがたっています。殊更に飾り立てるのは気が引けます」
ヴィンスはバッサリとそう言われてしまい、少しガッカリしたが、同時に安心もした。
心が乙女のこの騎士団長は、シルヴィアを着飾らせ自慢して回りたい気持ちと、そんな美しいシルヴィアを見ていらぬ虫が付くんじゃないかという不安で心が揺れていたのだった。
そんな話をしたせいでヴィンスはようやく気付いた。
互いの両親に挨拶をしていないことを。
だからシルヴィアは「それはまだ早い」と言って婚姻を渋っていたのだが、とにかくあの時のヴィンスはシルヴィアを囲い込むことで必死だったのだ。そしてその判断を今だってヴィンスは後悔などしてはいない。
……してはいないが……気にはなる。
「突然娘さんをかっさらわれた形で挨拶もせず……大丈夫だろうか」
不安げにそう呟くヴィンスを見てシルヴィアは呆れた。
今更何言い出すか、この男は。
「出しちゃったモンはしょうがないんじゃないでしょうか。それともなかったことにするよう役場に頼み込んでみます?」
「そんな……冗談でもやめてくれ!!」
勿論冗談だが……ちょっとイラッとはした。
だがまるで捨てられる仔犬のような瞳で珍しく声を荒げるヴィンスに、シルヴィアの溜飲はあっさり下がった。
急に色々強引なヴィンスに不満がない訳ではないが、こうなるともう仕方ない。
「ただ……こう、なんというか……嫌われはしないだろうか?君のご両親に……」
いい年の男が頬まで赤らめて何を言うかと思えばそんなこと気にしてたのか。
「大丈夫じゃないですか?こんなトウがたった娘をもらってくれるんだから、感謝されても嫌われるだなんて」
本当は私の方が心配だ……とシルヴィアは物凄く思ってはいたが口には出さなかった。
これからに不安がないわけはない。
ヴィンセント・スタンフォードは騎士団長で王都出身で……しかも一人息子。
自分はというと田舎中の田舎の出の上に28の年増だ。
しかしシルヴィアは既に腹を括っている。
もともと芯の強い彼女は『こう』と決めたらそう易々とは動じない、鋼メンタルの持ち主なのだ。
騎士舎に二人が入ると、いきなり米粒やお菓子や花びらが飛んできた。
「団長、とうとうやったね!!(二重の意味で)」
「おめでとう!ヴィンスさん!!」
第四騎士団団員だけでなく、食堂のおばちゃんやシルヴィアの先輩達、駐留中の第七騎士団の面々まで皆祝ってくれている。
「おめでとう、シルヴィア」
ヴィンスがむさ苦しい男共に無邪気に飛びつかれる様を眺めていたシルヴィアも、唯一の後輩であり第四騎士団分隊長ロベルトの嫁であるルルゥに肩を叩かれた。ルルゥを始め、ソルドラ騎士舎に働いている女性はほとんど騎士団員の嫁だ。
「ルルゥ……やだ、恥ずかしいわ」
そう言って少し頬を赤らめたシルヴィアは肩をすくませた。彼女の言葉は、皆が昨夜の出来事を知っていてこうなっていることを指している。
「いいじゃないの、あんな機会でもなければあのヘタレのことだもの……何もないまま人生を終えてたかもしれないわよ?」
もっともなご意見だと思う。シルヴィアも実はそう思っていた。
「マジおめでとうっす!シルヴィアさん!!」
「ロベルトさん……」
分隊長ロベルトがシルヴィアに声をかけるとそれを機にヴィンスに群がっていた団員たちがわらわらとシルヴィアに声をかけた。
「おめでとう、シルヴィアちゃん!」
「も〜皆団長にはやきもきしてたんだよ!!」
「家に囲い込む癖に手ぇ出せないとか意味わかんねぇよな!」
皆がシルヴィアとヴィンスの周りを囲み、口々に好きな言葉をもって、からかいながら祝ってくれる……やはり恥ずかしいが、シルヴィアはヴィンスが皆に好かれ、慕われていることを再確認し、素直に嬉しく感じた。
次の瞬間までは。
「やっぱり思い切って団長を盾に使ってみて良かったっす!」
————思い切って……なんですって?
シルヴィアは口角を上げたままフリーズした。
その横でルルゥが『あっ』という顔をしてやはり動きを止める。
「えっ?マジで?ロベルトも?」
「『も』ってことはテムさんもっすか?!」
「あっ!ずりーぞ、お前ら!!俺だってワザと団長に大袈裟に助けを呼んだのに!!」
『俺も』『俺も』と次から次へと第四騎士団の面々が『なんとかヴィンスを媚薬まみれにしようと努力した』と誇らしげにその戦果を自慢しあう。
第四騎士団にとって巨大ワームがある程度集団で現れたところで所詮は雑魚。
思い返してみればシルヴィアが勤めているこの8年間、巨大ワームの毒液(媚薬)を職務中に採取しいかがわしい店に売りさばいて処分を受けた者はいても、それを受け媚薬に冒された者は……いない。
(こっ……こいつら……!!)
あまりのことに固まったまま身体を戦慄かせるシルヴィアを横目で見て、ルルゥは戦々恐々としながらも取り敢えず声をかけた。
「シ、シルヴィア……?ほら、悪気はないのよ?彼らも……」
「……わかってるわ、ルルゥ……」
そう、シルヴィアはわかっている。悪気の無い馬鹿ほど質の悪いものはないことを。
それでもシルヴィアは心を落ち着けようと、第四騎士団の面々から目を逸らしてなんとなく駐留中の第七騎士団の人たちを見た。
「うわ〜マジかよぉ……媚薬とかずるくねぇ?反則技だ!」
「そうだ!無効だ!!」
「ダメだね、賭けは賭けだ。向こう一週間の俺の酒代はタ・ダ!!」
彼らは彼らで酒代を賭けて『自分らの駐留中にヴィンスがシルヴィアを落とせるか』という賭けをしていた。
…………もう何も言うまい。奴らは所詮脳筋なのだ。
脳筋につける薬などない。あったところで筋肉弛緩剤だ。
『肩凝りがちょっと良くなった』程度の効能しかないに違いない。
「……ヴィンスさん?」
シルヴィアは脳筋どもへの罵倒を胸に死んだ目でどす黒い空気を纏いながら、まだ団員たちに揉みくちゃにされているヴィンスに近付くと、口角を上げたまま優しく言った。
「団員たちに慕われていて、なによりですね」
その威圧感に、今まではしゃいでいた団員達は一様に軽口を止め、後ずさるように一歩下がって背筋を正す。
本来の目的である、結婚の報告の為に第七騎士団団長の執務室へヴィンスを促すシルヴィアを見て、その場の誰もが納得をした。
彼女こそが第四騎士団団長の嫁であることを。