そして、現在
シルヴィアは夕食の準備をしながら昔のことをなんとなく思い出していた。
(もしかして……あの頃からヴィンスさんは私の事を好きだったのかしら……)
シルヴィア、正解。
(……いやでも、7年間も?一緒に暮らしてて?……いくらなんでもそんな筈無いわね。嫌だわ、自意識過剰で)
シルヴィア、不正解。
シルヴィアと一緒に暮らし始めたヘタレことヴィンスが、過去に前例のない早さで騎士団長になったのは、彼があまり家に帰らずに仕事をしまくったからである。理由は……語らずともわかると思うが、シルヴィアとひとつ屋根の下、というチャンスをチャンスとして生かせず、ただひたすらに煩悩と闘った結果だ。
今回の件でシルヴィアに『残念な脳筋共』という烙印を押されてしまった団員達だが、彼等はそんなヴィンスを間近で見ているのだ。業を煮やして暴挙に出るのも解らないではない。
特別驚くべき事実ではないが、団で最も残念なのはヴィンス団長に他ならなかった。
そして現在、未だヴィンスはもたもたしている。
「…………はぁ…………」
「いい加減にしろよ?お前」
結婚しても尚続くこの溜め息に、なんとなく事を察した副団長フレッドは暫く様子を見ていたものの……流石にどうかと思って声を掛けた。
終業後、嫌がるヴィンスを無理矢理引っ張って一杯付き合わせる。
「…………なにやってんだお前…………」
話を聞き出したフレッドは7年前とは少し違い、呆れるのを通り越してもう可哀想な感じでヴィンスを見つめながらそう言った。
フレッドの言葉にヴィンスは、俺もそう思う、と肩を落とし項垂れて、力なく呟く。そしてその後に力説した。
「そう思うが……しかし!シルヴィアが可愛すぎて無理なんだ!!緊張してしまうんだ!……あんな可愛いのが俺の嫁だと思うともう胸がいっぱいで……せっかく結婚までしたっていうのに……!」
ヴィンスとのやりとりにフレッドは既視感を抱きつつ、どうしたらいいもんかと考えながら酒を飲む。
「お前は結局好きにやってるからいいが、結婚してもまだシルヴィアを待たせるつもりか?彼女だって一人寝は寂しいだろう。ラス地区の女はホラ、あれだ……情が深いんだぞ?」
フレッドは7年前に自分が言い出した適当な事などスッカリ忘れて、また適当な事を言っている。最早『娶るならラス地区の女』はすっかり定説になっていた。
『一人で寝るのは寂しいの……』
と言うシルヴィアの他にもう一人、
『いえ、問題ありませんけど?』
というシルヴィアがヴィンスの中で想像された。
問題の殆どがヴィンスがヘタレなせいではあるが、シルヴィアに問題がないわけでもない。
ここ7年間で、すっかりヴィンスは甘いだけの妄想は抱かなくなっていた。
「……そういや、あの指輪ようやく役に立ったな」
ヴィンスが5年前に買った指輪……告白のチャンス(いくらでもあった)を逃したままずっと渡せずに肌身離さず持っていたものだ。確かに今回の件でようやく役に足った。
これはやはりフレッドに焚き付けられて買った、5年前の最新デザインの物だったが……もうとうに最新とは言えなくなってしまっている。
「遠いどこかの国では『婚約指輪』と『結婚指輪』、二つ贈るらしいぞ?もう言葉での告白は諦めて、指輪を贈ったらOKってことにしちゃどうだ」
「しかし……先立つものがな……」
ヴィンスは浪費家ではない。むしろあまり金を遣わない男だ。それ故に自らシルヴィアに願い出て全財産を彼女にあずけてしまった。
シルヴィアは困った顔をしながら「預かるだけです」と仕方なくそれを受け入れ、生活費以外は全て貯金という形になった。
「出せばある訳だし、シルヴィアは使い途なんか問わないだろう?」
「まあ……そりゃそうなんだが……」
フレッドの言うことはもっともだ。
しかしまだシルヴィアに渡してから間もないというのに、『やっぱり足らないんでください』とは言えない。
ましてシルヴィアは本当に全財産を渡そうとしたヴィンスを嗜め、『お小遣い制』にしてくれたのだ。
なのに足らないとか……恥ずかしすぎる。
実は小遣いも、「立場的になにかと必要な時もあるでしょう?」とかなりの額を貰っていた。
今どれだけあるのか、というフレッドの質問に答えると、「ならなんでも買えるだろ?!」と怒られた位だ。
しかしヴィンスは逆ギレした。
「5年前以上に俺のシルヴィアに対する気持ちは大きいんだ!こんなはした金で彼女に気持ちが示せると思っているのか?!」
……甚だ面倒臭い男である。
喧嘩腰になりながら店を出たが、
「ウチも小遣い制だが、その3分の1も貰ってねぇよ……そりゃ俺は団長じゃねえけど……」
と嘆くフレッドの為に、支払いはヴィンスがもった。
「ヴィンスさん、おかえりなさい」
今日は定時じゃなかったのかな?と思いながら、シルヴィアはヴィンスを迎え入れた。
「っただいま……!」
無論、ヴィンスフィルターを通してのことだが…… シルヴィアの微笑みは果てしなく眩しく、神々しさすら感じられる。毎日の事なのにヴィンスは玄関を開け、彼女が微笑み「おかえりなさい」と言うと、一瞬息を飲む。
結婚してからというもの、今まで普通に出来ていた事がヴィンスは出来なくなっていた。
『シルヴィアは俺の嫁』という実感が、嬉しくて仕方ないのだ。
上着を脱がしてくれる彼女の指をチラリと盗み見る。そこには自分が贈った指輪。
(……嬉しい)
ヴィンスはおもわずシルヴィアを抱き締めた。
「!あ…………あの…………」
驚きつつもシルヴィアは胸を高鳴らせた。
(急にどうして…………でも)
夫婦、なんだし……
そう思い、ぎこちなく自分もヴィンスの背中に腕を回して応える。
「…………シルヴィア…………」
ようやく新婚らしく甘い雰囲気。
しかし無駄に真面目なヴィンスは、やはり頑なに自分ルールを守る姿勢を変えなかった。
『キスやそれ以上は、想いを伝えてから』
シルヴィアがそう思っているように、全くもって今更なこのルールだが……ヴィンスにとっては『己の誠実さをシルヴィアに示す』という重大なルールである。
なのでここで強制終了だ。
この流れで告白をすればいいだろうに……そこでそうできない辺りがやっぱりヴィンスである。
しかしこの甘さへの未練とその流れを止めざるを得なかったことへの後悔から、ヴィンスは皆が思いも寄らなかった、思い切った行動にでることになる。
……勿論、斜め上の方向に。
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