それぞれのチャンス
いい副業がなかなか見つけられなかったシルヴィアは、先輩達に相談することにした。
しかし洗濯頭のシシリアに聞いても、食堂頭のマーサに聞いても答えは同じだった。
「ヴィンスさんが困っているようだから、あの人の世話をしたらいーじゃないの」
シシリア曰く、彼は『溜まった洗濯物を騎士舎に持ち込む常習犯』
マーサ曰く、『昼に食事をひとつ多く頼んで、折詰に入れて持って帰る』……とのこと。
しかしヴィンスが双方に丁寧に頼み込み、心付けや二人の好物の差し入れを度々行っているので、二人共満更でもなさそうだ。
「ヴィンスさんはいい男よぉ?都会から来たエリートなのに低姿勢で。アンタ好かれてんだから、この機会にモノにしちゃいなさいな」
シシリアはしなだれを作り、マーサは悪い笑顔で、シルヴィアにやはり同じような事を囁いた。
(そんな事を言われては逆に行きづらいわ!)
そう思いながらシルヴィアは曖昧に苦笑するよりなかった。
(うーん……ヴィンスさんかぁ……)
ヴィンスが身の回りのことで困っている、というのは事実であり、今もまだ誰かを雇ったりしていないこともわかった。
しかしヴィンスに対してそういう気持ちがないとは言えない為、シルヴィアはシシリアやマーサの言葉がどうしても気になってしまう。
恋愛に夢中になるタイプではないとはいえ、やはりシルヴィアも女の子だ。
気になる相手が綺麗な女性に言い寄られるのを見て何とも思わない訳ではないし、田舎から出てきたという引け目もある。
そこそこのイケメンで長身、都会から来た真面目なエリートであるヴィンスと自分が釣り合うとは全く思えない。
徒に女を出して、嫌われるのも怖い。
幸いなことにシルヴィアには結婚願望が全くと言っていいほどなかったので、まかり間違ってそういうことになってしまっても、ヴィンスとなら一向に構わないが……
真面目なヴィンスのことだ、『責任をとる』などと言い出しかねない。
彼が実際にそう言った7年後には、7年間という時間の中で培ってきたものがあったため割と簡単に受け入れられたが、この時のシルヴィアだったらおそらくあんなにあっさりとは受け入れられなかっただろう。
シルヴィアはヴィンスとの恋愛、ましてや結婚なんて望んでいなかった。
若きエリートである彼には、もっと相応しい女性がいる……そう考えていたからだ。
その足枷になるのは嫌だった。
(あぁでもやっぱりオイシイ副業だわ……)
なかなか魅力的な副業に出会えなかった彼女は、身の回りの管理……なんとかまかなえている『洗濯』『食事』の他にもう一つ、『掃除』をする人を彼が必要としていた場合のみ、ヴィンスに話を持ちかけることにした。
お金が足らないシルヴィアを慮るかもしれないので、できるなら聞くのではなく直接家を見たい。
(でもどうやって家を見せてもらおうかしら……?)
『お家を見せてください』などと言えば、下心があると思われても仕方ない。しかもそれだと、予め掃除をされてしまう可能性もある。
あくまでもさりげなく、普段の家の中の状態を見るのにはどうしたらいいか……シルヴィアは悩んだ末、いい方法を思いついた。
その頃ヴィンスは書類の整理を……するフリをして、シルヴィアをいつ、どこに、どうやって誘うかと思案していた。
サボってはいるのだが、真面目なヴィンスはきちんと仕事を終わらせている。
いつもの2倍位の速度で仕事をやっつけたあと、最終的にムードが盛り上がるようなデートコースを考えつつ、自分に都合のいい展開の妄想に耽っていた。
バァン!!(何故か壁ドン)
「シルヴィア……今夜は帰さない」(絶対言えないくせに)
「ヴィンスさん……私も……帰りたくない」(絶対言わないと思う)
「シルヴィア……愛している」「あっ……」(唐突にベッドシーン)
(————違う!そうじゃなくて!!)
額を机に付け、頭を抱えて短い髪をグシャグシャとかき混ぜたあと、ヴィンスは勢いよく席を立ち、そのままの勢いで当時の副団長グレッグに聞いた。
「副団長!他に仕事はありませんかッ?!」
「えっ?!あっああ…………あったかな?なにか」
春が近くなり、午後の柔らかな日差しが窓から差し込む中……少しウトウトし気味だったグレッグは、ヴィンスの声にビクッとなってからワタワタと引き出しを開けた。
「ホラよ、ヴィンス。頼むわ」
フレッドがさっとその間に入り、軽い口調と仕草でヴィンスの机にバサッと書類を置く。本当は彼にあてがわれた仕事である。
「おいおいフレッド……」
グレッグは苦笑いを浮かべながらフレッドを窘めようとした。
仕事のできるヴィンスは、要領が悪く進捗が遅れている人や、もともとの振り分けが多かったり大変だったりする人の手伝いはすすんでするものの、その真面目さ故にサボったり他人に押し付けたりするものには厳しい。
いつもの彼にならば怒られているところだ。
しかし今日のヴィンスは一心不乱に書類に向かっている。
「あれ?どーしちゃったの、彼……」
「いや〜、もうすぐ春っすからねぇ」
フレッドはしれっとした顔で、質問の答えになっていない返答をグレッグに寄越した。
不埒な妄想を払拭するために猛然と仕事に取り組んだヴィンスだったが、煩悩はなかなか消え去ってくれない。
しかもそのせいでマトモにデートコースなど考えられてなかった。
「…………はぁ…………」
あの後ヴィンスは書類を必要以上に進めてしまい、「もういいから!」とグレッグに止められ定刻に仕事を上がった。
なんだか無意味に疲れた彼は、また深く溜息を吐く。
俯いたままイライラと後頭部を撫でながら歩いていたヴィンスは声をかけられた。騎士舎を出て馬屋の方に進む途中で、西陽に照らされて伸びた影に。
「……お疲れ様です、ヴィンスさん」
影の声にヴィンスはその息を飲み、顔を上げる。その目で姿を確認し、心臓が口から飛び出そうになった。
————シルヴィアが待っていたのだ。
「………どうした、何か用事か?シルヴィア」
努めて平静を装いヴィンスはシルヴィアに話しかけるが、脳内は大変なことになっていた。
(俺を待っていた……だと?!……というか俺を待っていたんだよな?!)
『何か用事か?』などと聞いてしまったが、他の人を待っていたりしたらとても恥ずかしい。そしてそいつは誰だ、許せん。殺す。
不穏な事を考えながらも脳内には都合のいい展開も同時に過る。
「はい……ヴィンスさんにお願いがあって」
ヴィンスは脳内で再生された妄想ボイスと現実のシルヴィアボイスが重なったことに、また鼻血を出しそうになった。心の中では盛大に吹いている。
しかし、当然ながらその後に続く言葉は全く別ものだ。
そしてそれは意外なものだった。
「以前、馬に乗せてくださるって、約束してくれましたよね?」
閲覧ありがとうございます。
なんとか1話ねじ込みましたが、多分1週間位更新できません。
申し訳ありません。
途中のシルヴィアのモノローグが不自然なので、少し文を追記しました。




