2話 追放者小隊へようこそ! この社会から追放された俺たちは、騎士団で秘密作戦部隊を作ります! (中編)
————引き続き、数年前。
王都の街中のレストランで、とある貴族が怒号を飛ばしていた。
「なんだっ! この給仕はっ!」
肩にマントを羽織り、首周りに仰々しい白色のフリルを付けたその貴族は、痩せた少女の給仕を突き飛ばした。
給仕はその場に倒れると、何が何だかわからないまま、その場にひれ伏して額を床に擦り付ける。
「申し訳ございません! 申し訳ございません…!」
「ど、どうされましたか!」
支配人らしき男性が厨房から飛び出てきたのを見て、その貴族は足元に跪く少女を指で差す。
「お前がこのレストランの支配人か?」
「え、ええ……そうでございます。何か、うちの者が非礼を……?」
「いいか! はるばる王都まで来たってのに、こんなみすぼらしい、痩せぼった野郎に料理を出させるな! 貧相な匂いがプンプンして、飯が不味くなるわ!」
貴族がそう怒鳴りつけると、支配人は困ったような顔を浮かべる。
やたら気が立っているように見えるが、何が気に障ったのだろう。
たしかに、彼女は人よりも痩せているが……。
「彼女は良い出の者ではありませんが、真面目で……」
「いいか、すぐに辞めさせろ! 今すぐにだ!」
「いや、そんな……」
「なんだ!? このデュランダ伯に口答えする気かっ! この!」
その貴族が支配人に手を上げようとした瞬間。
そこから少し離れたテーブルに座っていた一人の少年が、とつぜん声を上げた。
「デュランダ伯……アア! 思い出したぞ! 国境沿いの辺境伯領家ですよ! なーるほーどねー!」
「辺境伯がどうしてこんなところにいるんだ?」
「暇なのでは?」
突然そんな会話が聞こえてきて、デュランダ伯爵は拳を振りかぶったまま、そちらの方を見た。
見てみると、五人の集団が丸テーブルを囲んでいる席があった。
青髪の、目の周りに溜めたクマがひどい美少年。
食事中にも関わらずトランプをチャッチャと切っている、奇妙な風体の男。
丸い大盾を担いでオドオドとした様子の少女に、背中を丸めて肉を齧っている銀短髪のどこか猫っぽい仕草の娘……。
「なんだ……? 貴様ら……」
デュランダ伯爵が、そう呟きながら歩み寄る。
そうすると、後ろを向いていたガタイの良さそうな青年が、口元をハンカチで拭いながら、彼に対して振り返った。
「お楽しみのところ、すまないね。うちの隊員が、どうやら無礼なことを口走っちまったみたいでさ」
黒髪で鋭い目つきの青年は、騎士団の白色幹部礼服の上からでも体つきが良いのがわかる。
胸には『王国騎士団』、『警察騎士部隊』所属の徽章……。
デュランダ辺境伯はそれを見て、眉間に皺を寄せた。
「名を名乗れ……貴様……。騎士団の警察部隊だな……?」
「俺ですか? 俺の名前はヒース。こっちで一緒に食事をしてるのは、うちの『追放者小隊』。お初にお目にかかりますよ、デュランダ辺境伯」
「つ、『追放者小隊』……?」
その名前を聞いて、デュランダ伯は思わず仰け反った。
こいつらが、『追放者小隊』……!? 噂に聞いている、王国騎士団の武闘派……!
発足当初から数々の難事件に関わり、そのすべてを解決に導いてきたと噂の……!
相手が王族だろうが何だろうが噛み付き、敵対する負い目のある貴族はみな徹底的に没落させてきたという……!
『追放者小隊』には関わるな、と皆が口を揃えて言う——!
「デュランダ辺境伯と言やあ」
バララッとカードを開きながら口を開いたのは、帽子を目深に被ったヒマシキだ。
「最近はずいぶん羽振りが良いって噂じゃないですかい。ワイのとこにも、風の噂が飛んできてるぜ」
「おや、ヒマシキ。何か知ってるのか?」
「ふふん、ちょいとね。酔狂と賭け事はワイの本領だぜ、大将」
「い、いいか! 今日のところは見逃してやる! これから、大事な用があるものでな!」
デュランダ伯は焦った素振りでそう言うと、従者たちを引き連れて、急いで身支度をした。
「あ、あまり調子に乗るなよ! お前たちがどれだけ怖いものなしの、狂った連中だろうと——」
「貴族社会には勝てないと?」
ヒースはそう言って微笑むと、椅子の背もたれを抱きかかえた。
「どいつもこいつもそう言うな。聞き飽きたぜ」
「い、行くぞ!」
デュランダ伯が脱兎の如く去って行った後で、ヒースは気を取り直してスプーンを握り、クリームスープに口を付ける。
「このクリームスープはいけるな。だがどうしてグリーンピースが入ってやがる」
「………………………………………………………………隊長、グリーンピースだけ食べてあげますよ」
「すまんなキャノン。あまり行儀が良くはねえが、取ってくれよ」
「ヒースさん。あの伯爵、何かありますね」
ネヴィアがテーブルに身を乗り出してそう言った。
それに合わせるように、ヒマシキも顔を寄せる。
「あの野郎。噂によりゃあ王都から離れた地方長官であることいいことに、乱交紛いの酒宴で貴族を集めて、毎晩のように超高額の賭場を開いてるって話だぜ」
「パーティーですか。楽しそうですねー」
呑気にそう言ってスープをズズーッと啜ったのは、銀髪のフィオレンツァだった。
「ところでネヴィアさん。“乱交”ってなんですか?」
「フィオレンツァさんは知らなくていいですよ」
「そんなー。私も知りたいですー。ネヴィアさんはなんでも教えてくれるのにー」
ネヴィアとフィオレンツァが話し合っている横で、ヒマシキがヒースに囁きかける。
「それならまだ良いが、酔っぱらって激昂した貴族に、娼婦が顔を切り裂かれたって聞いたことがある。そんなことがしょっちゅうだって」
「その関係で王都を訪れたのかもしれないですね。王政府の高官や有力貴族を招いて、共犯として抱き込んでおくために。噂が漏れ始めて焦っているのかも。それで気が立ってる」
ネヴィアがそう割り込んで、くいっと眼鏡を上げた。
「よし。ヒマシキ、お前の伝手を使って調べてくれ」
「了解だぜ、大将」
「ロストチャイルにも話を聞いてみてくれ。奴からは言わないだけで、何か知ってるだろう」
ヒースがそう言うと、ヒマシキは顔をしかめた。
「大将よ。ユパスウェル・ロストチャイルはとんでもない悪党だぜ。幻獣や薬物の裏取引で死ぬほど稼いでるんだ。いわばフィオレンツァちゃんの仇だぜ。あの野郎をあんまり頼るのは、ワイは気が進まないね」
「悪党は悪党だが、使える悪党だ。なにせ顔が広い。それなりに利口な奴だしな」
ヒースがそう答えた。
商人組合という王国最大の商人連合を束ねる、ロストチャイルという大貴族。彼は、ヒースら『追放者小隊』が最初にその悪行を突き止めた貴族の一人だ。
しかし彼が他の貴族と違ったのは、地位が圧倒的に低いヒース達を見下して舐めてかかるのではなく、むしろその実力を認めて、見逃してもらう代わりに協力体制を取ろうとした所だった。
それ以来、ロストチャイルは自分の犯罪行為を見逃してもらう見返りとして、他の貴族連中のやましい情報をヒース達に横流しにしていた。裏側で奴隷や薬物の専門商人など、様々な犯罪者を擁する商人組合の頭領たるロストチャイルの下には、相応の影の情報が集まる。
彼は『追放者小隊』にとって、非常に重要な情報提供者の一人だった。
「………………………………………………………………どちらにしろ。私たちを避けるということは、何かやましいことがあるということ」
「その通りだ、キャノン。俺たちを避ける連中はみんな敵だ」
「歯向かってくる連中は?」
「もちろん敵だ」
「ヒース様。わたしはー?」
「フィオレンツァ。お前はわからない話に無理に入ってこなくていいぞ」
ヒースはそう言うと、フォークとナイフを握りなおした。
「さてと。飯を食おうぜ、みんな。せっかくの美味い飯が冷めちまう」
◆◆◆◆◆◆
ジョヴァン・ホワイツ……数年後の王国騎士団長、現“警察騎士部隊”所属であるジョヴァン副長は、勤務を終えていつものように夜中に家に帰って来ると、家の灯りが付いていることに気づいた。
玄関の戸を開けてみると、独身の小さな家の台所に、騎士団の白い幹部礼服を着た青年が立っているのが見える。
彼はジョヴァンが帰って来たのに気付くと、底の浅い鉄鍋から炒めた飯を皿によそった。
炒飯を二人前手にしたヒースは、それをテーブルに置くと、一緒にスプーンも添える。
「なんだ、来るなら言ってくれれば良かったのに」
ジョヴァンが甲冑を脱ぎながらそう言った。
「そんなに毎晩遅くまで仕事してたら、身体壊すぜ。義父さん」
食卓に座りながらそう答えたヒースは、スプーンを手にして自分の分の炒飯を食べ始める。
ジョヴァンは上着だけ寝間着に着替えると、下は軽装甲冑のままで食卓に着いた。
「仕方ないだろ、警騎副長なんだから。私だけ休んでるわけにはいかん」
「なあ、その下だけ甲冑で食べるのよさないか? こっちまで息苦しくなるぜ」
「ヒースよ。教えてやるが、これが警察騎士流なんだ。上の甲冑はすぐに着れるが、下は時間がかかるだろ? こうしておけばすぐ出動できる」
「それで、そのまま寝ちまうんだからなあ。天下の警騎副長が臭えなんて話聞きたくないぜ」
「うむ、美味い」
ジョヴァンはヒースが作った炒飯を食べながら、そう言った。
「また手柄を立てたらしいじゃないか」
「部下のおかげでな」
ヒースはスプーンを繰りながら、顔は上げずにそう答えた。
元々手に負えない問題児たちの寄せ集めである『追放者小隊』……正式な部隊編成としては『警騎待機小隊』は、窓際部署であることを良いことに、好き勝手に動き回って功績を上げ続けている。
次々と貴族階級の犯罪行為を摘発するその勢いは、王政府でさえ無視できないものとなっていた。
「国王陛下も、お前に注目しておられるぞ」
「そうかい。興味無いね」
「王族護衛官職に配置されなかったのが、不思議だって言ってたよ」
「そりゃ誰かさんのせいだ。むしろあんな堅苦しいとこに行かないで良かったよ」
「しかし、ヒースよ。油断しちゃいかんぞ」
ジョヴァンは炒飯を食べながら、ヒースのことを見た。
「やはりイェスパーは、お前の活躍が面白くないみたいだ。ジディ家が何かちょっかいを出してくるかもしれん」
「いつかあいつはしょっぴいてやる」
「あんまり敵を作りすぎるなよ。私が庇ってやるのにも、限度があるからな」
「はいはい」
ヒースが気の無い返事をしながら炒飯を頬張っていると、ジョヴァンが何かを思い出したようだった。
「そういえば。今度来賓される他国のお姫様が、お前の『追放者小隊』に興味あるらしくてな。ちょっと顔を出してやってくれないか?」
「はあ? なんだそりゃ」
「知らないのか? お前たちはすでに、貴族連中の間じゃ噂のタネなんだぞ。物語に出てくるような、悪を裁く正義の勇者たちみたいだって」
ジョヴァンは炒飯を頬張りながらそう言った。
◆◆◆◆◆◆
「貴方がヒースね! 気に入ったわ! わたくしの婚約者にしてあげましょう!」
二言三言挨拶を交わしてから、その金髪ロールのお姫様はとつぜんそう言いだした。
呆気に取られたヒースは、とりあえずその返答を保留にして、踵を返して部屋から出て行こうと思った。
もしくは、答える必要はないかと思った。
そんなヒースを、ネヴィアが引っ張って食い止めようとする。
「待ーってくださいよー! ヒースさーん!」
「待たん。俺はこういう、頭の弱い奴が嫌いなんだ」
「国賓なんですからー! 王国経済の未来がかかってるー! 大事な来賓なんですからー!」
「オーホッホ! 緊張して取り乱してしまうのも、無理はないですわ! まずは、ご一緒にダンスでも踊ってからにいたしましょう!」
「ネヴィア。助けてくれ」
「頑張ってもてなすしかないですよー。ヒースさーん」
「オーホッホ! その素っ気ない感じも素敵だわ! 噂に聞いていた通りね!」
そんな様子を、遠巻きに眺める『追放者小隊』の他三名。
「やっぱ大将、モテるなー」
「ヒマシキさん、モテるってなんですか?」
「………………………………………………………………つまり、隊長は異性から好かれやすいって意味だよ、フィオレンツァちゃん」
「おおー。ヒース様はモテるんですかー。とっても良いことですね。子供作り放題ですねー」
「………………………………………………………………フィオレンツァちゃんってネヴィア君の教育でだいぶ人間らしくなってきたけど、野生が抜けきらないよね」
そんなとき。
同じ階の別部屋から突如爆発のような轟音が響き、三人はビクリと飛び上がった。
「な、なんだー!?」
ネヴィアが絶叫し、廊下から喧しい叫び声が響いてくる。
「て、敵襲だ!」
「暗殺部隊だ! 姫を守れ!」
そんな叫び声が響いてくる中で、ヒースは当のお姫様が在室している、この部屋を見渡した。
姫専属の護衛は数名ついているが、お飾り然としていてあまり役に立ちそうには見えない。サーチスキルで確認する気にもなれなかった。
「大将、どうする!? 国賓が暗殺されたとなっちゃあ、王国は大変なことになるぜ!」
「どうするもこうするもねえだろ」
ヒースはそう言うと、一人一人に命令を飛ばす。
「キャノン! お前はそこの姫様について、得意の盾スキルで全ての攻撃から守れ!」
「………………………………………………………………お任せ! 隊長!」
「この非常事態にお前の時間差は致命的だな! そしてヒマシキ! お前は風の魔法で周囲の索敵及び警戒! 及び最終近接防衛線だ!」
「ワイに任せな! 大将!」
「ネヴィア! お前は俺と一緒に姫の前方の護衛及び突破!」
「了解ですよ! ヒースさん!」
「フィオレンツァ! お前は獣化して後方警戒!」
「わかりましたー! ヒース様! ……グルルルァッ!」
獣化したフィオレンツァが後方を固め、そこから三角形の底辺を描くようにヒースとネヴィアが前線に立つ。
大盾使いのキャノンが姫にぴったりと付いて、その死角を補うようにしてヒマシキが風の魔法を発動させて、腰の刀に手をかけた。
四人が素早く陣形についたのを確認すると、ヒースは叫ぶ。
「この陣形で包囲網を突破するぞ! 我ら最強精鋭『追放者小隊』! こんなのは日常茶飯事だ!」
ビビア「この頃のデニスさんは、どうしてたんですか?」
デニス「まだこの頃は、料理長のレストランの厨房でずっと炒飯作って筋トレしてたんじゃねえのか?」
ビビア「社会経験の差だなあ」




