幕間 競え、その筋肉! 出張追放料理人、炎のボディビルディング! 中編
追放者食堂の、昼の営業時間後。
デニスは街の大工屋と鍛治屋たちが共同で設営してくれた、専用のトレーニング施設を訪れていた。
鉄輪が嵌められたダンベルに腹筋ベンチ、懸垂用のチンニングスタンドにベンチプレス機材……
突貫工事で作られたためにいささか粗も目立つが、筋トレに必要な機材が一通りそろえられている。
デニスはベンチプレスに寝転がって、左右にポルボやツインテールが乗っかった鉄棒を持ち上げていた。
「ぐうおお……っ! 鉄塊にこいつら乗っけると流石に重てえな……!」
「店長ファイトー! がんばってー!」
「強化スキル使っちゃ駄目だよー!」
「ンドゥフフ……人に持ち上げられるのは、赤ん坊の時以来ネ……」
筋トレの様子を見に来ていたビビアは、デニスが人類でベンチプレスをしている光景を見て、口をあんぐりと開けている。
「……なんでポルボさんや、ツインテールさんも乗ってるんですか?」
ビビアが、トレーニング施設を作ってくれた大工にそう聞いた。
「鉄塊だけだと軽すぎるんだって。今、もっと重い奴を作ってるところだよ」
「ば、化け物か……」
そんな呟きをよそに、デニスの周囲は町民たちで盛り上がっている。
「156……157ァ……!」
「すげえー! どこまで行くんだ!」
「大将もう人間じゃねえな!」
「157回!? ベンチプレスってそんな回数行くもんじゃないだろ!?」
ビビアが驚愕してる横で、アトリエがパチパチと拍手している。
「すごい。すごい」
「すごいというかもはや怖いの領域だ!」
「158!! っとぐわぁ!?」
「うぎゃあー!」
「うおお! 鉄棒の方が曲がって折れたぞ!」
「勝った! 店長の勝ちだ!」
「な、何が!?」
◆◆◆◆◆◆
「バチェルちゃーん……じゃなくて、バチェル准教授ー?」
「なんやー?」
教授室で資料を作っていたバチェルは、突然の訪問者に顔を上げた。
その顔を見て、バチェルは顔を綻ばせる。
「……って、ヘンリエッタ氏やないか」
バチェルがそう言うと、扉を開いた先に立っていた軽装甲冑姿のヘンリエッタもまた、笑顔で胸を張る。
「“准教授”って呼んであげたんだから、私の方もきちんと呼んで欲しいもんだけどねー」
「ごめんって。えーっと……」
バチェルは目を凝らして、ヘンリエッタの階級章を確認する。
「ヘリエッタ“騎士兵長”? また出世したんか!」
「そう! まだ一年目なのに、二つも昇進しちゃった!」
「えらいことやなあ。あたしなんて、このままなら教授に上がるのは十年も先やわ」
「まあ! 仕事は変わらず下っ端業務なんだけどね! お給料は増えたけど!」
「それで、どうしたんや? パトロール中に顔出してくれたんか?」
「いや、ちょっと用件があってさ」
ヘンリエッタは机に歩み寄りながら、そう言った。
「今度開かれる、ボディビル大会の『オランピア』って知ってる?」
「そりゃ知っとるわ。店長が広告塔やっとるんやもん」
「それに警察騎士からも人員を出すんだけど、肉体改造計画の立案を頼めないかって」
「……あたしが?」
「魔法学校に知り合いがいるって言ったら、隊長から直々に頼まれちゃってさ。バチェルちゃんって、専門が後方支援系の賢者職でしょ?」
バチェルは腕を組むと、うーんと唸った。
「でも、もうそんな時間無いやろ? 劇的には変わらんよ」
「まあ……隊長が言うには、出場しても恥ずかしくない程度に、形だけ整えてくれれば良いって。正直、警騎部隊としては優勝は諦めちゃってるから」
「そうなんか?」
バチェルがそう聞くと、ヘンリエッタは複雑そうな顔をする。
「うん。他の部隊なんだけど、すっごく張り切ってる所があってね……そこには勝てないだろうって」
「そんな凄いのがおるんか?」
「防衛騎士部隊っていう、都市防衛専門の待機部隊があるんだけど……そこの副隊長がね。もう、すごい人なんだ。コールドマン副長って言うんだけど」
「でも、店長の鋼の肉体にはかなわんやろ?」
「うーん……どうかな……自信ないかも」
「そんなか……」
「あ、そういえば」
やや唖然とした様子のバチェルに、ヘンリエッタが思いついたように聞く。
「あのメイドロボの、オリヴィアちゃんは? 挨拶しておこうと思ったんだけど」
「ああ、あの子なら……」
◆◆◆◆◆◆
「ということで。レベル100に到達した者が死後に勲章される制度が、『列王制度』だね。その中でも、特に重要だとされてるのは?」
「ハイ! ハイ!」
魔法学校の小さな教室で、生徒がオリヴィアのみの授業が開かれていた。
「オリヴィアはわかりマス! ハイ!」
「それじゃあオリヴィアちゃん。どうぞ」
「ユヅト様です! オリヴィアの最愛、オリヴィアの創造主! 『奇械王ユヅト』様です!」
「その通り! オリヴィアちゃんは賢いね!」
「ヤッター! オリヴィアは賢い! ウレシイ!」
オリヴィアが嬉しそうにそう言うと、背部の出力口が反応して、着席していた席から彼女の身体が少しだけ浮き上がる。
教授は黒板に何かと書きつけながら、説明を続けた。
「『列王制度』は『奇械王ユヅト』や、彼と同時代を生きた『冒険王ナチュラ』の時代から始まったんだ。彼らは『討伐メンバー』や『銀色の五翼』とも呼ばれていて……言い伝えによれば、原初の冒険者パーティーのようなものを作っていたとも言われてるね」
「ハイ! そうでした! オリヴィアもユヅト様と一緒に、それに参加していマシタ!」
「そうだよね! その辺のお話を、詳しく聞かせてくれるかな!」
教授が食い気味にそう聞くと、オリヴィアはこうだったああだったと楽しそうに話し始める。
その後方の席を見てみると、そこには王都中の歴史学の研究者が集まっていた。彼らはオリヴィアの話を真剣な様子で聞いて、その内容を必死に羊皮紙へと書き留めている。
そんな授業の様子を、後ろから眺める二人の人影。
「王立裁判所」のセスタピッチ法官長と、「銀翼の大隊」のケイティ隊長だった。
魔法学校の警備の確認がてらに寄っていたケイティは、別の用件で学校を訪れていたセスタピッチに小声で尋ねる。
「……これは何なの? 王国の名だたる教授陣が、勢ぞろいだけど」
「オリヴィアちゃんから、古代の記憶を引き出そうとしてるんだよ。彼女は『奇械王』の時代からずっと存在した、歴史の生き証人だからね」
「なるほどねー。しっかしあの娘が来てから、王都の教授陣は興奮しっぱなしね。ずっとバタバタしてるわ」
「毎日、歴史学がひっくり返ってるって話だ。なにせ当時の嘘偽り無しの証言が、それも当事者の記憶がそのまま手に入るんだからね」
オリヴィアが一通り話し終えると、いささか興奮しきった様子の教授が、また黒板にチョークを走らせる。
「彼らが『討伐メンバー』とも呼ばれる理由は、『地獄王ゼキス』を打ち倒したからだね。ゼキスは元々王国の英雄だったんだけど、心を病んで終末思想に憑りつかれてしまったんだ。どうやら未来予知のようなユニークスキルの持ち主だったようで、誰も彼を止めることができなかった」
黒板を白字で埋めながら、教授が続ける。
「それを倒したのが、『奇械王ユヅト』や『冒険王ナチュラ』を筆頭とする、『銀色の五翼』だったらしい。残念ながらナチュラはその戦いで死んでしまい、彼女を弔うための制度として生まれたのが『列王制度』だ」
「ゼキスさん……アア! 思い出しマシタ!」
「思い出した!? 会ったことあるかな!」
歴史学の教授が食い気味でオリヴィアに聞くと、彼女はエッヘンという調子で胸を張った。
「ハイ! オリヴィアはゼキスさんに会ったことがあります!」
「本当に! 彼はどんな人物だったのかな! 話を聞かせてもらえるかな!」
「もちろんデス! オリヴィアはとってもスッキリしマシタ!」
「……スッキリ? なにが?」
「イエイエ! こちらのお話デス! 誰かと思ったら、ゼキスさんデシタ! とっても強いところマデ、とってもそっくりデス!」
◆◆◆◆◆◆
そして、大会の一週間前。
ゲッソリとした顔でカウンターに立つデニスは、営業時間中も重りを持ち上げて筋トレに励んでいた。
様子を見に来たビビアは、珍しく生気に欠けるデニスを心配した様子だ。
「た、大変そうですね」
「ああ……やっぱ減量が一番きついな。皮下脂肪をギリギリまで落とさなくちゃいけねえからよ」
「そこまでしなくてもいいのでは?」
「出るからにはちゃんとやりてえだろ。筋肉の上は薄皮一枚が理想なんだ」
そう言ったデニスは、ここ数日は完全に炭水化物を絶っている。それに長いこと野菜と鶏肉のササミ、それにゆで卵しか口にしていない。
筋肉自体は元から出来上がっていたので、あとは大会まで如何に仕上げていくか。腹筋と胸をさらに分厚くして、有酸素運動で皮の下の贅肉を削っていく。広い肩幅が際立つようにウェストは細く、コントラストが映えるように脚の筋肉も追加で搭載する。
とまあそういったトレーニングを、街の皆様の協力の下でずっと行っていたわけだった。
「デニスさんって普通に真面目ですよね。ちなみに、それはどこを鍛えてるんですか?」
「肩だ。こういう角度で持ち上げると、軽いのでも効くんだよ」
「ちなみにそれ、ダンベルじゃなくてアトリエちゃんですけど……」
デニスに襟を掴まれて上下に持ち上げられているのは、アトリエだった。
彼女は上へ下へと浮いたり落ちたりしながら、ビビアにサムズアップで応える。
「重さがちょうど良くてな」
「楽しい」
「二人がそれでいいなら……まあ良いか! うん!」
ケイティ「最近、あたしたち出番無くない?」
セスタピッチ「私もここのところ、事務仕事ばかりでしたから。第四部に期待ですね。それとよろしければ、評価ポイントとブックマークにも期待しておきましょう」




