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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第1部 追放者食堂へようこそ!
9/139

9話 ブラックパーティーを追放されよう! (前編)



 街のどこからでも見える、背の高い時計塔。


 その屋上で、一人の小さな賢者が立ち尽くしていた。


「…………」


 とても高い。

 ここから一歩踏み出せば、頭から真っ逆さま。


 首の骨やら頭蓋骨やら何やらがみんな折れて潰れて、一瞬で死ねるはずだ。


「なんで、こんなことになったんやろ……」


 賢者の少女は、ふとそう呟いた。




 賢者の少女――バチェルは、ここより田舎から出て来た女の子で、その村一番の天才だった。


 「バチェルは頭がええなあ! 将来は偉い魔法使いや!」


 村の人はみんな、そう言ってくれた。

 王都の魔法学校へも、村の人たちがみんなお金をカンパしてくれて、通うことができた。

 村から出る時、まだもっと小さかったバチェルは、えんえんと泣いたものだった。


 「みんな、ほんまごめんな。こんなたくさんお金出してもらって、ほんまごめんな」

 「ええんやで、バチェル! 頑張って来いよ!」

 「ほんまおおきにな! あたし、絶対偉い魔法使いさんになって、帰ってくるからな!」


 そう言って村を出たバチェルは、魔法学校でも毎日徹夜で勉強したものだった。


 極めて成績優秀だったバチェルは、飛び級で賢者職を取り、魔法学校の年次を短縮して卒業した。

 お金を出してもらってばかりでは、申し訳ないと思ったからだった。


 早くお金がたくさん稼げる冒険者パーティーに就職して、仕送りしてお金を返さないと。

 村の人たちはそんなことしなくていいのにと言うが、バチェルはいやだった。


 すぐに恩返しがしたかった。


 だから、バチェルは王都からは離れることになったが、田舎町で一番の冒険者パーティー『夜の霧団』に就職し、毎月仕送りと一緒に手紙を送り続けた。



 〇×年 〇月 〇〇日 ×××村のみんなへ


 バチェルやで!


 もう『夜の霧団』に入ってたくさん経ったけど、バチェルは元気や!

 冒険者パーティーの人たちもみんな良い人ばっかりで、良くしてもらってるわ!

 ちょっと忙しくて村には帰れてないんだけど、みんな心配せえへんでな!

 お金もちょこっとだけ包んだから、みんな気にせえへんで使ってな!

 あんまりお酒ばっかり飲んでたらあかんで!(笑)

 それじゃあ! みんな、身体に気を付けてなー!




「お前さあ、何回言ったらわかるの?」

「す、すんませ……いえ、すいません……」

「いや、すいませんじゃなくてさあ。すいませんしか言えないの?」

「すいません……はい……」


 『夜の霧団』の本部で、バチェルは頭を下げていた。


「はーっ……もういいわ。この依頼の報告書、明日までに直しといて」

「はい、わかりました……」


 バチェルは書類を受け取りながら、ちらりと腕時計を見た。

 17時。

 一から書き直したら何時に終わるだろう。

 明日も早いから、早く終わらせないと……。


「は? お前さ、怒られてる時になんで時計見るの?」

「あ、いえ。すんませ、すいません」

「なに? 俺の話、そんな長かった? 早く終わらねえかなあ、ってそういうわけ?」

「いえ、そういうことでは……」


 結局、それから一時間ほど。

 ねちねちと怒られ続けて、もう18時だった。


 もうすっかり暗くなってしまった。

 バチェルは自分の机の燭台に火を灯して、書き直しを命じられた報告書に目を通す。


「はぁ……やってられんわ」


 依頼の達成項目の欄が間違っていた。

 クエストチームとの連絡にミスがあって、採取数を実際より少なく書いてしまった。

 それだと達成報酬が低くなってしまうので、書き直さないといけない。

 他にも雑務が残ってるのに……。


 バチェルはそれから、本部で一人作業し続けて、六割がた終わっただろうかというところで時計を見た。


 20時。


 明日は朝早くに発生するクエストに参加しないといけない。

 3時には起きないといけないから、早いとこ終わらせないと。


 しかし、その前にお腹が減った。思えば、昼も夜も何も食べていない。

 頭が回らなくなってきた。

 何か食べたいところだが、もうどこもやってないか……。


 いや、前に出来たという、あの食堂なら……



 バチェルがふらふらとした足取りで夜道を歩いて食堂を訪れると、店先でちょうど、銀髪の女の子が暖簾をさげているところだった。


 ああ、もう閉めるのか……

 バチェルはそう思って、なぜだかわからないが無性に、泣きたくなった。


 どうして自分っていうのは、こうも間が悪いんやろう。


 あと5分だけ早く出ていれば、きっと間に合ったろうに。

 何も、こんなタイミングで閉まらなくたっていいのに。


 ここのところ、いっつもそうだ。


 第一志望だったパーティーには、入団審査の時にちょうど人生最悪というレベルの高熱が出てしまい、入れなかった。

 何とか入れてもらえたこの『夜の霧団』では、何故か自分の代だけ同期がいなくて、雑用は全部自分に回ってくる。


 直属の先輩はパーティーでも最悪と言われている人で、自分の手柄は全部掻っ攫っていくのに、ミスは全部押し付けられる。今日の報告書だって、先輩がちゃんと確認していれば、事前にわかったのに……


 ふと気付くと、店を畳んでいた少女が、いつの間にかバチェルの目の前に立っていた。


 バチェルが驚いていると、銀髪の少女が聞く。


「お客さん?」




「いらっしゃい! っと……どうしたアトリエ。もう閉めるつったろ」

「最後。入れて欲しい。お願い」


 バチェルが店に入ると、何組かのお客さんが食事をしていた。

 アトリエと呼ばれた少女に促されて、バチェルはカウンターに座る。


 気付けば隣にえらい美少年が座っていて、バチェルはまたびっくりした。


「おや。アトリエちゃんがお願いなんて、珍しいですね」


 炒飯を頬張っている金髪の美少年が、そう言った。


「悲しそうにしてた」


 アトリエという少女が、店長にそう言った。

 カウンターの奥に座って定食を食べている甲冑姿の女性が、楽しげな声を上げる。


「アトリエちゃん、やさしー! 大将とは違いますねー!」

「埋めるぞ穀潰し。しゃあねえなあ。ほれ、さっさと注文決めな」


 店長は若い男性だった。頭にバンダナを巻いて、白いシャツに前掛けを着ている。


 一見普通の青年に見えるが、捲り上げた袖から覗く前腕の筋肉が、絞られて鍛え上げられているのがバチェルにはわかった。


 元冒険者なのだろう。

 それもきっと、前衛戦闘職種の……拳闘士あたりか。


「あ……すんません。あたし、この日替わり定食で」



 バチェルは料理を待ちながら、店の雰囲気を楽しんでいた。


 ええ雰囲気やなあ。


 みなさん仲良さそうで、常連さんなんやろな。

 あたしなんてこのところ毎日忙しすぎて、たまの休日は一日寝て終わっちゃうし、友達もいないし。

 こういうお店に通うところから、始めてみよっかなあ。



「……うんま! うまいわ!」


 バチェルは思わず、そんなことを呟いた。


 見たことがない揚げ物とソースだけれど、一体なんていう料理なんだろう。

 こんな美味しい料理、初めて食べたような気さえする。


「まあ、ここの料理は何でも美味しいですからねー」

「泣きつけばタダで食べさせてくれますしね!」


 カウンターの二人が、そんな風に話している。


「変なことを吹き込むな。あとツケだからな。早く払え。ちゃんと計算してるからな」


 店長がそんなことを言って、バチェルは思わず笑ってしまう。

 そこで、バチェルは違和感に気付いた。


「ぅぐ……ひっぐ……?」


 バチェルはいつの間にか、泣いていた。

 涙が溢れていた。


 何で突然泣き始めるんだろう。

 自分でもわからなかった。


 恥ずかしいからやめないといけない。みんなも困惑気味だ。


 でも、涙が止まらなかった。


 世の中にはこんなに美味しい料理があって、

 優しい空間があって、

 素晴らしいことがたくさんあるはずなのに、


 なんで自分の人生は違うんだろう。


 毎日理不尽に怒られて、

 嫌味を言われて、

 夜遅くまで働いて、


 どうして、朝起きるたびに死にたくならないといけないんだろう。


 間違ってるはずなのに、そんな生き方は間違ってるのに。


 田舎にお金を送らないといけないし、辞めたいなんて言ったらなんて言われるわからないし、でも、毎日胃が痛くて、最近はもう身体がおかしくって、


 でもそんなこと言えないし、手紙には嘘ばっかり書いちゃうし。


 心配されたくないからだろうか、惨めに思われたくないからだろうか。

 みんなの期待に応えられてないからだろうか。


 誰にも助けを求められない。


「ぅ、ぅぐっ、ひぃ、ひぃぐ……」


 バチェルは箸を握りながら、何かが決壊してしまって、涙が止まらない。


 揚げ物に涙が何滴か零れて、それは狐色の衣に吸い込まれていった。




「……あの人、大丈夫ですかね」


 バチェルが定食を半分だけ食べて店を出た後で、ビビアがそう言った。

 デニスは腕を組みながら、難しい顔をする。


「うーん……まあ、あんまり大丈夫そうではないよなあ」

「何とかしてあげたらどうです? 大将」

「俺が一体何をどうするんだよ。結局は自分で決めて、自分で何とかしないといけねえだろうが」


 デニスは皿を洗いながら、そんな風に言った。


「困ってたら飯でも食わせてやるけどよ。それくらいしかねえだろ」




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まーた「夜の霧」かぁ もうあの問題しか起こさないクサレ集団は団長をシメて壊滅させた方が世の為だなぁ…
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