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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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34話 追放姫とイツワリの王権 その5


「世界を救う鍵だと?」


 デニスがそう聞いた。


 王城の通路。


 互いに差し出した前腕を交差させる鍔迫り合いの中。


「そうだ。僕たちは『世界の終わり(ハッピーエンド)』に到達する。全人類を救済する。全ての追放者たちを救い出す。そしてこの世界の終わりの扉は、二錠建てになっているのだ」


 ヒースがそう言った。

 デニスは眉をひそめる。


「教祖様でもやった方がいいんじゃねえのか?」

「救世主のつもりではあるんだが」

「それは大したもん、だなぁっ!」


 次の瞬間、先手を打ったのはデニスの方。


 交錯した左腕を滑らせるように打ち込む、デニスの予備動作無しの突き。

 ヒースはその突きを、元々かけていた押圧から最小の力で逸らす。

 しかし、そこまではお互いに想定内。

 至近格闘の予定調和。


 本手は、続けざまに繰り出す右の拳――をほんの僅かに引く予備動作を陽動(フェイント)として、


「シッ!」


 次の瞬間に爆発の如き勢いで繰り出される、コンパクトな軌道の左ミドルの蹴り。


 回避、防御共に不可能な速度と軌道。

 脳筋(レベル100)のデニスの蹴りを受けるのはヒースといえども危険。

 ヒースの選択は霧状化。

 無形化して物理攻撃を無効化し、そもそも避けないという選択。

 それも想定内。


 本当の本手は、左ミドルによって引かれた右の手に瞬時に錬金した、肉切り包丁。


「『強制退店の一撃』!」


 異常なほど発達したデニスの体幹(フィジカル)が可能にする、滅茶苦茶な連撃(コンビネーション)

 無形の敵を無理やり実体化させて強制発動させる、デニスの凶悪スキル。


 ヒースの選択は実体化。右から襲い薙ぐ致命スキルを帯びた肉切り包丁。これを手首から叩き落すように受け流すと同時に、デニスの胸へと突き刺すような掌底。

 脅威の排除と制圧を同時に行う、警騎部隊仕込みの護身格闘術。


「ヅァッ!」


 命中。

 デニスは背後に背負った壁へと叩きつけられる。


 流れるように繰り出す、ヒースの連撃の左。

 最小の弧を描いて視界の外側から襲う、真横から顎と脳震盪を狙う軌道の殴打。


 ――――『反射神経SSS+』!


 ヒースの左フックが顎を狩る直前、デニスは頭を先に振って衝撃を逃がした。


 同時に肉切り包丁を手放し、デニスは右の掌底を当てずっぽうに素早く突く。

 手のひらの固い部分が、骨を砕く手応えがあった。

 その瞬間、ヒースは素早いバックステップで距離を取る。


 息が詰まるような一瞬の攻防。


「ぐはっ……はぁ……はぁ……!」


 デニスは壁を背中にしながら、肩で呼吸をする。


 距離を取ったヒースは、

 自分の顔からダラリと流れる血に気付いて、


「鼻血だ」


 と呟いた。


「喰らわしてやったぞ……! 黒ずくめ説教野郎……!」


 デニスがやや興奮した様子でそう呟き、


 ヒースは微妙に状況がわかっていなさそうな表情で、自分の鼻からボタボタと垂れる血を手で受け止める。


「鼻血……? いつ以来だ? 当たったのか……?」

「現実を受け止めな……鼻を砕いてやったぜ。お揃いだなあ?」

「そうだ。雑な掌底を喰らったんだな……鼻が砕けたのか……僕が……?」


 ヒースは砕けてズレた鼻骨を正しい形に直しながら、礼服の胸ポケットから白いハンカチを取り出した。

 鼻孔からとめどなく溢れる血を受け止めながら、ヒースは不思議そうに呟く。


「……やはりおかしいな。以前に戦った時と違うぞ」

「こちとら年中成長期なもんでね。人間、人様に説教するようになったら終わりだぜ」

「…………」


 ヒースはハンカチを鼻に当てながら、デニスのことを見つめる。


 上等そうなシルクの布地が、徐々に血の色へと染まっていく。


「まさか……『王剣』に、何かスキルを引き出されたのか?」

「あ……?」

「反応速度を上昇させる強化(バフ)スキルか? そうだろうな。それはつまり……やれやれ……」


 ヒースは真っ赤に染まったハンカチで鼻を覆いながら、デニスを睨みつけた。


「つまりはそういうことか……! とてつもなく良い知らせであり、とてつもなく悪い知らせでもあるな……! どうやらお前は、ここで全力を以って殺さなければならくなったわけだ……その強化(バフ)スキルが、本当の意味で目覚めてしまう前に……!」

「いいか、能書き救世主野郎! 実は今まで本気じゃなかったみたいなことを言うのはなあ! この世で一番格好悪いことだってわからせてやるぜ!」



 ◆◆◆◆◆◆



 エステルはジュエルから受け取った王剣を掲げて、その小さな声帯から声を張り上げる。


「これが本物の『王剣スキルグラム』である! 誰か、鑑定スキルを持っている者はおらぬか! スキルを通せばわかるはず!」


 金輿の上。


 落下傘の巻き込み事故から立ち上がったレオノールは、目下で掲げられた黄金の剣を見て、眉をひそめた。


「なんだと……? なぜ『宝物庫』にあるはずの『本物』が……?」


 群衆の中で、賢者風の男が鑑定スキルを発動させている。

 彼は上級の鑑定スキルの結果に、思わずアッと声を上げた。


「ほ、本物だ! 鑑定スキルの結果は本物だぞ! あれは本物の王剣だ!」

「本当だ! でも、国王陛下が握っている剣も本物って出てるぞ!」

「他に鑑定スキルが使える奴は!? どうなってる!? 『本物』が『二本』あるぞ! どっちも鑑定結果は『神話(ミソロジー)級』、『王剣スキルグラム』だ!」


 群衆のどよめきと混乱を眺めるエステルは、その高い声で民衆に宣言する。


「これこそが王家の秘密! 『王剣』は『二本』存在する! そして、あのレオノールが持つ王剣こそが偽物! 代々に渡って継承されてきた、王の偽剣である!」

「何を勝手なことを!」


 レオノールは額に青筋を立てて叫ぶと、エステルに向かって七色に光る王剣の輝きを見せつける。


「この輝きこそが本物の証! 鑑定スキルを撹乱する、改竄スキルを使用しているに違いない! それ以上王家を侮辱するか!」

「ならば見せてみろ! レオノール!」


 『王剣』を握るエステルは、『王剣』を握るレオノールに向かって叫ぶ。


「そのような子供騙しの輝きではなく……国王が継承するという伝説のスキルを! 王剣に封じられし、『この世界の全てのスキルを支配し、無効化する力』! それをこの場で発動してみろ!」

「ぐっ……! お、王家の神聖なスキルを何と心得る! このような場で安易に使用するような、安っぽい代物ではないわ! 口を慎め! この薄汚い追放者め!」

「なるほど! それは失敬…… 国王陛下!」


 エステルはふっと身を引くと、『王剣』の切っ先を足元に突き刺し、周囲を見回す。


「しかし……果たして! それで民衆は納得するか! (はなは)だ疑問であるな!」


 断固たる確信の声色。

 威風堂々たるその小さな姿。


 論戦の趨勢は、確実にこの小さな反逆者の方へと傾きつつあることを、その場の誰もが感じていた。


「ちっ……この、小娘が……っ」


 レオノール……レオノール・キングランド王は、


 自分の握る王剣をふと眺めると、目下に立つ小さなエステルと、それを見比べた。


「国王陛下」


 レオノールの背後から、輿に登ってきた側近の役人が囁きかける。


「どうか、ご乱心なさらぬように……!」

「……わかっておる」

「王の『偽剣』には、確かに国王の専用スキルが発現しております……。幾年にも渡る王家の歴史の中で、その存在は確認されています、しかし……」

「くどい。わかっておる。完全に未知のスキルゆえ、危険であるということだろう。王家の歪んだ歴史と思念の中で生まれた、『王の偽剣』の神話(ミソロジー)級スキル……」

「はい。そして恐らく、そのスキルとは……国王や民衆が期待するような形ではございません……!」

「…………」


 レオノールはもう一度、エステルのことを見つめる。


「……一体、何が望みなのだ? エステルよ」


 レオノールはふと、そう聞いた。


「我々が明らかにしたいのは、お主の王権の不当性! それに伴い遡って審議されるべき、王令の無効化である! 不当な王の勅命によって成された暴虐の数々! 改めてもらうぞ、レオノール!」


 エステルが声を張り上げる。


「それにより、公開処刑は無論中止! 捕らえている町民たちは解放し、そして……!」


 エステルは拳を握りこむと、

 力の限りに叫んだ。


「我が従者であるデラニーに、エピゾンド! 余を命がけで逃した召使いたち! 彼らを一人残らず、囚われの身から解放するのだ!」

「デラニーに、エピゾンド? 召使いたち……?」

「そうだ! 彼らに恩赦を与えよ! 無罪放免とし、即刻牢獄から解放するのだ! そもそもが誤った王権の勅命! それが道理である!」


 レオノールはそれを聞くと、

 可笑しそうに破顔し、


 苦しそうに笑った。


「あーはっははは! ひぃ! な、何を言い出すかと思えば!」

「な、なんだ? 何がおかしい……!」

「これが笑わずにいられるか! 何も知らないのか!? まさか、何もわかっていないのか!?」


 レオノールは腹を抱えて笑いながら、困惑した様子のエステルを指さす。


「お前の逃亡を助けた従者に、召使い達だと!? そんなもの、捕らえてはいないわ!」

「えっ。そ、それでは……?」


 エステルは僅かに顔を綻ばせると、たどたどしい調子で尋ねる。


「げ、元気にしておるのか? 今、みんな、どこにおるのだ? なるほど。禁固刑ではなく、追放刑に処されたというわけか。よ、余はてっきり……」

「一人残らず、処刑したに決まっているだろう! 誰一人として、もうこの世には存在せぬわ!」

「えっ?」


 エステルは理解が追いついていない表情を浮かべた。


 処刑?


 えっと?


「処刑って、えっ。ど、どうして」

「国王の勅命に逆らい、生きていると本当に思っていたのか? 流石はエステル姫! 何の苦労も知らずに、温室で純真無垢に育てられただけはあるなあ! グハハハ! いや可笑しい! 傑作だ! そんな考えすらないとは! どこまで世間知らずなんだ!」


 レオノールの愉快そうな、嘲笑の声が響く。


 エステルは段々と、言葉の意味を理解し始めている。


 彼女は震える声で、誰にも届かない声で、

 喉から言葉を絞り出す。


「だ、だって、なにも、殺すこと……ない……」

「安心しろ! お前への恨み言を吐いて死んでいった者は、一人としていなかったと聞いているぞ! 愛されているなあ! そのためにどれだけ死んだか! 奴らが最後の瞬間に、どんな表情で首を()ねられたか想像もつくまい!」


 小さな身体が、その場に崩れ落ちた。


 地面に二つの幼い膝が付き、その膝頭を汚す。


 彼女は口をパクパクとさせながら、その白い顔を、さらに青白くしていく。


「みんな、死んだのか?」


 瞬きの間隔が早くなる。


 呼吸が上手くできなくなり、息が苦しくなって、

 血の気が引いていくように、視界が色を失くしていく。


「デラニーも、エピゾンドも、みんな……処刑……とっくの昔に? じゃあ、余は、余は、なんのために……」

「エステル! しっかりなさい!」


 ポワゾンがエステルの肩を掴み、揺さぶって、立たせようとする。


 幼い追放姫は、決壊したように眼から涙を溢れさせて、泣きじゃくり始めた。


「なんで、どうじで……! ぞんな、むごいことができるのだぁ……っ!」


 エステルはその場で泣き喚く。


 先ほどまでの威風堂々とした佇まいは、面影も無い。

 心の支えをポッキリと折られたエステルは、年相応の泣き顔を浮かべて、錯乱して叫ぶ。


「こ、この、悪魔ぁ! 人殺しぃ! なんで、どうじで! なんでぞんなごとができるのだぁ! なにも、なにも殺すことないのに! なぜだぁ!」

「エステル!」

「なんで、なんでみんな死んでじまうのだぁ! なんで余だけが生きてるのだぁ! ひぃっ! ひぃぃっ!」


 過呼吸の症状が現れ始めている。

 ポワゾンは、彼女をひっぱたいても正気に戻そうとするが……。


「近衛兵!」


 レオノールが叫んだ。


 その瞬間、タイミングを窺っていた赤黒の近衛兵から放たれた矢が、エステルを襲う。


 小さな身体めがけて飛ぶ矢は、一瞬前に気付いて庇ったポワゾンの肩に突き刺さった。


「づっぐぁ!」


 ポワゾンは衝撃でその場に倒れて、周囲に展開していた病毒魔法の結合が解除される。


「ポワゾンさん!」

「ぐぅあっ! くそ! この、畜生がぁっ!」


周囲にもう一度病毒魔法を展開するために、ポワゾンは肩の矢を引き抜きながら立ち上がる。


 しかし……


「遊びはここまでだ」


 一段トーンの低い、冷たい調子の声が響いた。


 周囲を見ると、混乱の中で近づいた近衛兵たちが、剣と矢を構えてエステル達を完全に包囲している。

 ホバリングしながら砲身を向けるオリヴィアは、恐る恐る呟く。


「ど、どうスレバ、良いデショウカ……」

「……くそっ……」


 ポワゾンは負傷した肩に手をやりながら、舌打ちする。


 その様子を見て、レオノールは笑った。


「やれやれ。くだらん茶番に付き合ってやるのもここまでだ……ジョヴァン団長!」


 名前を呼ばれて、ジョヴァンは自分で自分のことを指さした。


「私ですか?」

「そうだ、お前だ」


 レオノールはジョヴァンを指さすと、冷酷に微笑む。


「お前が、あの小さな国賊の首を落してやれ。最初の斬首と同時にな」

「……私が?」

「そうだ、ジョヴァン団長……俺様への忠誠を示してみろ。それで、これまでの不敬の数々は許してやる……。お前は他ならぬ、王政府の剣であるはずだろう。狂言で民衆を動揺させ、公衆の面前で王権を侮辱した国賊の首を刎ねるのだ……できるだろう、ジョヴァン」



おまけ


スキル『強制退店の一撃』

必要レベル:100(ユニークスキル)

使用者:デニス


斬撃により、位置座標の強制移動効果を付与するスキル。


命中と同時に対象と周囲の空間を固定し、強制移動状態を付与するための一瞬のタイムラグが存在する。

(無形状態の対象に関しては、このタイムラグ中に実体化を強制する)

移動状態の付与後、対象は使用者の指定した方向への移動を強制される。

障害となる建造物は全て破壊して進むことを余儀なくされるため、上級位の身体保護・強化スキルが無い者にとっては即死攻撃となりうる。

また空間操作スキルの一種であり、多くのスキル・魔法効果よりも上位の概念として発動するため、基本的に防御不能。

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