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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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29話 追放者たちは錯綜する 終


「ぐぞぉーっ! なーぜぇー! なーんーでぇー!?」


 収容施設の廊下で、キャンディが近衛兵たちに引きずられている。


「あのメスガキどもぉ! 三角木馬に乗せて引き回して拷問してイジメ倒してやらないと気が済まないわぁ! あとあの気色悪いデブもぉ!」

「勝手な真似は控えるようにとの、ヒース様のご命令ですので……」

「ぐわもぉー! どうじでぇー!?」


 おぞましい拷問器具の数々を持参して現れたキャンディが連行されていく様を見ながら、

 牢屋に入れられていたツインテールとポニーテールは二人で抱き合って、震えあがっている。


「た、助かったぁ……」

「こ、怖かったぁ……」


 その隅には、一緒の牢に入れられているアトリエもいた。

 彼女は部屋の隅でじっと座っている。


「デニス様……」


 アトリエは鉄格子のかけられた小窓を眺めて、そう呟いた。



 ◆◆◆◆◆◆



「処刑……ですか?」


 王城の『王の間』で、ジョヴァン団長がそう聞き返した。


「そうだ。準備はヒースと、お前たちに一任する」


 王座に座り込むレオノール王はそう言って、参上させたヒースとジョヴァン団長のことを眺める。

 その話を聞いたジョヴァンは、信じられないという顔を浮かべた。


「し、しかし。拘束した町民を全員、斬首刑……? 恐れながら、陛下……正気とは思えません!」


 ジョヴァンがそう叫んだ隣で、ヒースはパチパチと拍手を送った。


「さすが、我が王。まったくの英断でございます」

「ヒース、貴様……な、なにを言っているのか、わかっているのか!?」

「団長殿は、国王陛下の真意がわかっていないようですね」


 ヒースがそう言ってニヤリと微笑むと、レオノールは気分を良くしたように口を開く。


「ジョヴァンよ。これは我が王国のための、やむなき犠牲というやつなのだ」

「な、なにが王国のためだと! 罪の無い王国臣民を皆殺しにするのが、本当に国益に繋がると!?」


 レオノールはジョヴァン団長の反抗的な態度は不問として、彼に言い聞かせるように言う。


「この俺を新王だと認めない諸侯も多い。重税に対しても庶民は反抗的だ」

「しかしここで、国家に反抗的な人間を観衆の前で大々的に粛清すれば。その畏怖によって中央集権化は一気に進み、理想的かつ円滑な国家運営が行えるというわけですよ」


 ヒースがそう擁護すると、レオノールはますます気分を良くしたようだった。


「そうだ。元はといえば、前王が寛大だ寛容だ多様性だといって、諸侯や国民への締め付けを緩くしたのがいけない。それがジョゼフ・ワークスタットやヴィゴー、ロストチャイルに商人組合(ハンス・ユニオ)のような連中を助長し、結果として王国の治安悪化を招いたのだ」

「全くもってその通りでございます、我が賢王よ! ここで新王たるレオノール陛下が、ご自身の身を削って恐怖の国王として君臨すれば! 王国騎士団及び近衛兵団の力は絶対的なものとなり! 真に平和で安全! かつ強力な王国が実現するのです!」


 ヒースが拳を握り込んでそう叫ぶと、レオノールは高らかに笑った。


「はははは! そうだろうヒース! お前は俺の考えていることを、本当によく理解してくれている! まごうことなき、この国王たる俺様の右腕である!」

「この僕にはもったいなき、有難いお言葉! 恐縮でございます、我が王よ!」


 そう叫んで、ヒースがその場に跪く。


 ジョヴァン団長はその光景を目の前にして、絶望的な思いを抱えた。



 ◆◆◆◆◆◆



 二人が『王の間』を後にしてから。


 ややしばらく無言のまま歩き、通路を曲がったところで、


 ジョヴァン団長はヒースの胸倉を掴むと、彼のことを壁に叩き付ける。


「ヒース……! 貴様、一体何を考えている……?」


 ジョヴァン団長は、鬼気迫る表情でそう聞いた。


「団長殿。そんなに怒らないでくださいよ。これは国王陛下の決定なんですから」

「彼らを連行して来たのは貴様だろう! あの男が新王に即位するよう工作したのも! 私は全てわかっているんだぞ!」

「唾を飛ばさないでくださいよ、まったく」


 ジョヴァン団長はヒースを壁に押し付けたまま、その鼻先で息を荒くしている。


 彼は憤怒を露わにしたまま、何か言いたげに口を開くと、

 ヒースの目を見つめたまま、複雑な表情を浮かべた。


「裏路地で、小さいお前を拾ったのはこの私だ」

「そうですね」

「なぜそんな風に育ってしまった。お前の背丈が、私の腰にも届かなかった時は……」

「ああもう。何度その話をするつもりですか、お義父上」

「優しくて、正義感の強い良い子だったのに。料理も好きだったな。卵料理を覚えたら、まだ団長に就任する前の私に、よく炒飯を作ってくれたよな」

「昔の話はわかりましたよ。もう行っていいですか?」

「焦げ臭くて味の濃すぎる炒飯を自信満々に振舞ってくれたもんだ。あんなに可愛かったのに……」

「わかりましたから……」


 ヒースはうんざりした様子でそう言うと、礼服の襟を掴むジョヴァンの指に手をかける。


「まだ話は終わっていないぞ、ヒース」

「終わるかどうかは僕が決めますよ」

「やってみろ」

「あなたが僕に敵うと?」

「利き手じゃなくても剣は抜ける」


 ジョヴァンはそう言って、腰の剣に左手を添えた。


 ヒースはそれを見下ろすと、

 困ったように、微笑んだ。



 ◆◆◆◆◆◆



 王都に居を構えるブラックス・レストラン。


 営業時間後の深夜のホールに、デニス一行が集まっている。


「作戦は以上だ」


 大人数用の大テーブルに座り込んだデニスが、そう言った。


 テーブルを囲んでいるのは、エステル、ポワゾン、ジュエルとデニスの四名。

 これに助っ人二名を加えた六名が、「作戦」の実行部隊。


「たった六人で……王国に勝てるかな」


 ジュエルがふと、そう呟いた。


「勝つしかないわけよ」


 ポワゾンがそう言った。


「ときに、ポワゾンよ」

「なに? チビ姫」

「どうしてお主は、我々に加勢してくれているのだ?」

「はあ?」


 ポワゾンが、エステルにそんな声で返した。


「いや、なんというか……お主はてっきり、自分のことしか考えてないというか……そういう系の女だと思っていたのだが……」

「そりゃ自分が第一に決まってるじゃない」

「それでは、どうしてであるか? 正直、我々に与する必要はあるまい」

「寝覚めが悪くなるからね」


 ポワゾンがそう言った。


「キラキラな人生を送るためには、負い目を作らないことが大事なのよ」

「お主がそれを言うか」

「競争相手を蹴落とすのは別に負い目じゃないし。とにかく心がスッキリしてることが大事なわけ。復讐もそのためね」


 ポワゾンとエステルがそう言い合っているのをよそ目に、デニスもジュエルに聞いてみる。


「お前はどうだ?」

「わたし?」


 デニスに聞かれて、ジュエルはふと考え込む。


「あー、まあ、正直雰囲気に流された部分はあるかも」


 ジュエルはそう言うと、デニスのことを見た。


「いけないかな?」

「どうだろう。俺にはわからん」

「でも、このまま行ってもどうせ、盗賊家業でとっ捕まって終わり。実際みんなには助けられたし、昔にあの娘のお父さんにも助けてもらったし」


 ジュエルはつらつらと、そう話した。


「よくわからないけど、そうやって理由を作って闘うのは駄目かな」

「わからんな。俺には何とも言えん」


 そこで、エステルが立ち上がる。


「とにかく……ここには、追放された姫たる余、追放された悪女、追放された鍛冶屋一族の盗賊、それに食堂の店長がおる」

「よくもまあ、追い出されたはぐれ者ばかり集まったものね。それに店長と」

「これに助っ人二人を加えてもう一回、国とぶつかるしかないわけか」


 ポワゾンとジュエルが、そう言った。


「状況は圧倒的に不利。『奇跡』が何度も起きることを期待する他ない。しかし……必ず救出する」


 エステルはそう言って、手元に視線を落した。


 デラニー、エピゾンド。

 みんな……。


 お前たちも、余が必ずや助け出してくれる……



 ◆◆◆◆◆◆



 王城の通路で、歩いていたフィオレンツァに後ろから声をかける人物がいた。


「おいおいおい。フィオレンツァ」


 ヒースが声をかけると、フィオレンツァは振り返って立ち止まる。


 パタパタと歩いてきたヒースは、その手に儀式用の装飾が施された細剣を握っていた。

 式典かなにかに参加してきた帰りなのだろう。


「どうされましたか?」

「どうもこうもない。僕の昼飯はどうした?」

「あっ」

「作っておいてくれと言ったろ」

「すみません。失念していました。今から作ります」


 フィオレンツァが珍しく焦った様子で駆け出そうとして、ヒースは彼女の肩を掴む。


「まあ、それについてはいい。だがな、フィオレンツァよ」

「なんでしょうか……」

「お前、まだあのガキに構ってるのか?」

「いけませんか?」

「いいか、大事な時なんだ。ままごと遊びはそろそろ止めにしろ」


 ヒースがそう言うと、フィオレンツァは居心地の悪そうな表情を浮かべた。


「わかりました。すみません、ヒース様」

「本当にわかったのか?」

「わかりました」

「それじゃあ、今すぐあの小僧も近衛兵に預けろ。一緒に処刑台に上げる」


 それを聞いて、フィオレンツァは悲痛な面持ちで言う。


「それは嫌です」

「いいか、しっかりしろ。フィオレンツァ。お前の力が必要なんだ」

「ヒース様も、きちんと言って下さればよかったのに」

「何を?」

「ネヴィアに似てる子がいると」

「なんだ? それがどうした?」


 ヒースはわなわなと震えると、常に薄ら笑いを張り付けている顔面を、微かに歪めた。


「きちんとお前に言ってやれば良かったのか? おお、フィオレンツァ。デニスの身辺調査をしてたらな、ネヴィアにちょっと似てる子がいたんだよ。僕はそんなに似てるとは思わないんだが、お前はどう思う? そう言ってやればよかったのか、悪かったな! クソッタレ!」


 ヒースは怒りを露わにすると、握っていた剣を床に投げつけた。


 ガシャリという激しい音が鳴り響き、フィオレンツァはビクリと震える。


「す、すみません……」

「いいか。シャキッとしろ。似てるから何なんだ。お茶を入れてやって、可愛がれば満足なのか? お前にそういう趣味があるとは知らなかったぞ」

「ね、ネヴィアが死んだのは、私の責任です。私がもっと早く到着していれば、あの子は……」


 フィオレンツァは吐き出すようにそう言うと、歯を噛み締めて、薄っすらと瞳に涙を溜めた。


 それを見て、ヒースは片手で頭を抱える。


「何度も言うが、あれはお前の責任じゃない。隊長だった僕のせいだ」

「わ、私がもっと速く走っていれば、間に合ったかも、し、しれないのに……」

「獣化したお前より速く走れる奴なんていない。仕方なかったんだ」

「に、似てるんです。あのビビアという子を見ると、どうしても、その……」

「わかった。悪かったよ。わかった。うん……そうだな。今日はもう休め」


 ヒースはそう言うと、フィオレンツァの頭をポンポンと叩いた。


 フィオレンツァは瞼の縁から溢れてくる涙を指で拭いながら、ふと呟く。


「しかし、ほ、本当に責任を感じているのは、ヒース様の方では」



 ◆◆◆◆◆◆



 フィオレンツァと分かれたヒースは、歩きながらポケットの中の鉱石を取り出す。

 それを耳元に押し当てると、彼はだしぬけに口を開いた。


「メルマ。聞こえるか」


 そうすると、鉱石が鈍い光を放って微かに振動し、そこからザラついた声が聞こえてくる。


『どうされました?』

「フィオレンツァが不安定だ。当日の『子供たち』を増員しといてくれ」

『フィオレンツァ様が?』


 鉱石から響く少女の声が、不安げな色を帯びる。


 遠隔で声を飛ばすことのできる『子供たち』の連絡役……ヒースが他の人間から『強奪(スナッチ)』したものを譲ってもらった、レアスキルの適格者。


『大丈夫なのですか?』

「まあ、心配ない。ただ……もしかしたら不安かもしれん、というだけだ。調整はお前に任せる」

『お言葉ですが』


 メルマと呼ばれた少女の声が、厳しげな語調を含む。


『当日の流れが全て計画通りに進んだとしても、最終的にヒース様は、一時的に行動不能状態に陥る可能性があるのですよ』

「そんなことはわかってる」

『そのときにフィオレンツァ様が100%で稼働してくれないと、場合によっては120%で動いてくれなければ困ります』

「いいか、そんなことは百も承知だ。フィオレンツァは上手くやってくれる……とにかく、頼んだぞ」


 ヒースが会話を終わろうとすると、メルマが続けた。


『ヒース様。私は不安です。すべて上手くいくでしょうか』

「上手くいくさ。心配するなよ」

『しかし。もしかしたらその段階で、世界が終わってしまうかもしれません』

「いいか、メルマ」


 ヒースは一呼吸おいて、鉱石に向かって話し掛ける。


「コインの裏が出ることを考えるな。表が出ることだけを考えろ」

『それでも不安です』

「僕たちはこの世界に喧嘩売ろうとしてるんだぞ。どうせ、一つしくじったら全滅するんだ。そんなことを考えても仕方がない」


 ヒースは付け加える。


「公開処刑は明日の12時からだ。きっとコインは表側を向いてくれる。裏が出たら死ぬだけだ。心配するようなことじゃない」



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