28話 追放者たちは錯綜する その1
王都。
王国騎士団の新米女性騎士であり、先日ひょんなことから上等騎士(警察騎士の序列最下位から二つ上の階級)に昇進したヘンリエッタは、いつものように昼のパトロールで王都を歩いていた。
その手に、サンドイッチの包みを抱えて。
「さーてとー! 今日はどこで食べようかなー!」
ヘンリエッタはそんなことを呟きながら、どこかちょうどいい、人気の無い裏路地を探している。
軍隊でいうところの新米下士官であるヘンリエッタには、基本的に昼の休憩時間が存在していない。休んでるくらいなら新米はパトロールに出ろというのが警察騎士の風習で、新人はパトロール先でこっそり昼を食べるのが伝統なのだ。
「おおーヘンリエッタ! 今日もサボって昼飯か!」
「いやーサボってないですよー! 本官は全然サボってないですからねー!」
そしてもちろん、そんな現状は上の人間もわかっている。
しかし実態がどうであれ、とにかく王都の街を歩いて、新人の内に多くの人と知り合ったり触れ合ったりしておくことは、彼らがもっと上の役職になり、犯罪捜査の指揮を執る際の基礎的な人脈となりえる。
ヘンリエッタは良さげな狭い路地を見つけると、そこにこっそり入っていこうとした。
そのとき、
その手がガッと、甲冑ごと掴まれる。
「……へっ?」
ヘンリエッタはそのまま裏路地に引きずり込まれると、後ろ手に関節を決められて、口を大きな手で押さえられた。
「むぐー!? んぅー!?」
「落ち着け、ヘンリエッタ! 俺だ。デニスだ」
ヘンリエッタを裏路地に引きずり込みながら、デニスは彼女の口を押えていた手を離した。
「ぷ、ぷは! た、大将!?」
「久しぶりだなヘンリエッタ! ちょっと来てもらうぞ!」
「お、おおおお久しぶりです!? どうしたんですか!? はい!?」
「色々混み入っててな! 人目の無い所で話そう!」
「な、なんで!? 喫茶店とかで良いじゃないですか!」
「あとで説明させてくれ!」
◆◆◆◆◆◆
一方、同じく王都の魔法学校。
元カットナージュ准教授の研究室であり、現在はバチェル准教授の研究室。
「余はエステル。エステル・キングランドである」
「私はジュエル。ジュエル・ベルノーだよ」
「ええと……はいやで。とりあえず、その剣下ろしてくれへんか?」
講義から帰ってきて早々。
部屋に隠れていた二人に剣を向けられているバチェルは、とりあえずそう言った。
「ええと……お金か? あたし、お金なら無いんやけど……」
「デニスから、お主に接触するように言われていたのだ」
「荒っぽいやり方でごめんね。色々と事情があってさ」
エステルとジュエルがそう言うと、バチェルは何かを考えるような素振りをする。
「あーと、食堂の関係者かな?」
「従業員兼居候の身である」
「じゃああたしの後輩なわけだ」
バチェルがそう返すと、とつぜん、
研究室の扉が勢いよく開かれた。
「バチェル様! 今日も飛行試験に行ってキマス! ンン!? どういう状況デスカ!?」
扉を開いたメイド服の女性――オリヴィアが、二人に剣を向けられているバチェルに対してそう言った。
「な、なんだこのメイド!?」
ジュエルが焦って叫び、
「敵デスカ!? ぶっ飛ばしマスカ!?」
オリヴィアがメイド服の肩紐を解き、肩からジャキッと音を立てて伸びた二連装の砲口を、二人に向ける。
「あー待って待って、オリヴィアちゃん。敵じゃないっぽいんや。ぶっ飛ばすの待ってな」
「ワカリマシタ! オリヴィアは臨戦状態から警戒状態に移行シマス!」
オリヴィアは二つの砲口をエステルとジュエルに向けながら、研究室をスーッと浮いて移動する。
「なにこのメイド!?」
ジュエルがそう叫んだ。
「怖っ! なんで肩に大砲ついてるの!? なんで足動かさないで移動してるの!? 浮いてるの!?」
「あー。この娘、前に足動かなくなっちゃって。内部構造が複雑すぎて結局直せなかったんやけど、今は飛行能力付けて代用しとるんや」
「歩けないから浮いてるの!? どういう解決の仕方!?」
「わあすごい。余もこの娘欲しい」
エステルが最後に、幼女並みの感想を述べた。
◆◆◆◆◆◆
王都の酒場には、毎晩たくさんの人間が集まる。
その客数や盛況ぶりというのは、デニスの街とは比べ物にならない。
そのカウンターの隅で、静かに琥珀酒を煽っている男がいた。
ハンサムで有能そうな男で、年の頃は30歳手前といった具合。
貴族階級の礼服の上にコートを羽織ったその男は、誰かを待っているわけでもなく、ただこうやって一人で酒を飲んでるのが好きなようだ。
「ごめんあそばせ? 隣に良いかしら」
その隣にふと、いくらか背の高い美人が座った。
彼女はバーテンを呼ぶと、一息で注文する。
「ギムレルトを頂戴。ジンとライムを半分ずつね。他には何も入れないでシェイクして」
彼女がそう言ってバーテンを下がらせると、そのハンサムな男が声をかけた。
「変わった注文の仕方をするね」
「嫌味だったかしら」
「べつに」
男がそう言った。
「いつもそうやって声をかけているの?」
「いいや。普段はこうじゃないんだ」
「ウソばっかり」
「本当さ」
そして実際、男が言った事は本当だった。
職業柄、彼はあまり女性に興味を持つタイプの人間ではない。
しかし少し話してみると、彼女はとても見識のある女性で、特に医療系の魔法に詳しかった。
「どうして治癒師に?」
「最初は医者と結婚しようと思ってたのよ。給料が高いでしょ」
女性はそう言うと、可笑しそうに笑った。
「冗談よ」
そして残念ながら、それは冗談ではなかった。
男と女性は自然に酒場を出て、王都の夜風の中を歩くと、適当な宿に二人で入った。
王都ではよくある光景だ。彼らは一晩だけの関係かもしれないし、これから深く付き合うことになるかもしれない。もしかしたら結婚するかもしれないし、適当な時期に破局するかもしれない。とにかくそのどれかだろう。
しかしその相手がポワゾンだった場合、そのいずれにも当てはまることは無い。
男は宿の部屋に入るなり、ゆきずりに連れて来たポワゾンにキスしようとした。
しかし、その瞬間に発動された病毒魔法にあてられて、男はそのまま崩れ落ちる。
「……ぐえっ? ぐぁぁあっ……?」
男が床にのたうち回っていると、ポワゾンが頭上から声をかける。
「あら、ごめんあそばせ? ちょっと濃度が高かったかしら」
部屋の奥から、男性と女性が姿を見せた。
セスタピッチ法官と、ケイティ団長だ。
「この男が?」
セスタピッチがしゃがみ込み、苦しそうに呻く男の顔付きを眺めた。
「そう。いわゆる、フリーの殺し屋ね」
ケイティが手元の資料を眺めながら、そう言った。
「界隈では有名なの。貴族とか、上流階級専門の仕事人」
「表の顔は王政府の外交員。その伝手を利用して、色々な裏の仕事を請け負ってるわけね」
「この男が、前王の暗殺に関与したと?」
「商人組合を通じて毒を入手していたの。実行犯と指示者は他にもいるだろうけど、暗殺計画の中間あたりには位置していたんじゃないかしら」
ポワゾンはそう言うと、震える手で懐の杖を取ろうとする男の腕を踏みつけた。
「ぐえっ!」
「さて、夜は長いわよ。知っていることを吐いてもらおうかしら」
◆◆◆◆◆◆
一方、とある一室。
大きなベッド。
高級そうな調度品の数々。
連行された町民たちとは一人別の扱いを受けているビビアは、この部屋で目を覚ました。
「どこだ……ここ……」
扉と窓はあるが開かない。
窓から外の景色を見るに、ここが王都であることはわかる。
街であの銀髪の女性に組み付いてから、気付くとここで寝ていた形だ。
あれから何がどうなったんだろう。
自分はなぜ、ここに居るんだろう。
ビビアがそんなことを考えていると、内側からは開かなかった扉が開いた。
「目が覚めましたか?」
「えっと? えっ?」
ビビアにそう声をかけて入室してきたのは、街で交戦した銀色短髪の女性……フィオレンツァだった。
彼女は扉を閉めると、持って来ていた小箱からサンドイッチを取り出し、無言でカチャカチャとお茶の準備をしだす。
「あ、あの……」
ビビアはまったく状況がわからず、街で牙を剥き出しにして、殺されかけたはずのフィオレンツァに聞く。
「僕は……というか、ここはどこですか……ね」
「赤茶はバールジレンですか? それともニールギリン?」
「えっ?」
恐る恐る接している様子のビビアに、フィオレンツァは再度問いただす。
「赤茶の趣味は?」
「いえ、あの……僕、お茶ってよくわからないので……」
「それならば、バールジレンにしましょう」
フィオレンツァはそう言うと、手際よく茶葉とお湯の準備をする。
小さなティーカップに赤茶を注ぐフィオレンツァに、ビビアはもう一度尋ねる。
「あの、ええと……お名前は……」
「私の名前はフィオレンツァ」
彼女はチャッチャとお茶の準備をすると、それを複雑な意匠が凝らされた丸テーブルの上に置いて、椅子を軽く引いた。
「どうぞ」
「あ、は、はい……」
ビビアが促されるままに座ると、目の前に赤茶とサンドイッチが差し出される。
サラダとスープまで揃っていた。
「あの」
ビビアが口を開いた。
「なんですか?」
「食べていいっていう、ことでしょうか」
「ほかに選択肢が存在すると?」
フィオレンツァはそう言って、ビビアの真正面に座る。
「…………」
彼女は食事を摂ろうとはせず、ビビアのことをじっと見つめていた。
「…………」
ビビアはとりあえず、喉が渇いていたので、赤茶を一口啜る。
「どうですか?」
「えっ、お、美味しいです……」
「そうですか」
正面に座ってビビアの様子を眺めていたフィオレンツァは、
そこで初めて、笑顔を見せた。
「よかった」
ビビアはサンドイッチに手を伸ばしながら、背中に冷や汗を噴出させている。
な、なんだ?
どういう状況だ?
なにがどうなってる?
僕はどうしてここにいる?
この女性は?
みんなはどうなった?




