表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
79/139

28話 追放者たちは錯綜する その1


 王都。


 王国騎士団の新米女性騎士であり、先日ひょんなことから上等騎士(ファースト・ナイト)(警察騎士の序列最下位から二つ上の階級)に昇進したヘンリエッタは、いつものように昼のパトロールで王都を歩いていた。


 その手に、サンドイッチの包みを抱えて。


「さーてとー! 今日はどこで食べようかなー!」


 ヘンリエッタはそんなことを呟きながら、どこかちょうどいい、人気の無い裏路地を探している。


 軍隊でいうところの新米下士官であるヘンリエッタには、基本的に昼の休憩時間が存在していない。休んでるくらいなら新米はパトロールに出ろというのが警察騎士の風習で、新人はパトロール先でこっそり昼を食べるのが伝統なのだ。


「おおーヘンリエッタ! 今日もサボって昼飯か!」

「いやーサボってないですよー! 本官は全然サボってないですからねー!」


 そしてもちろん、そんな現状は上の人間もわかっている。

 しかし実態がどうであれ、とにかく王都の街を歩いて、新人の内に多くの人と知り合ったり触れ合ったりしておくことは、彼らがもっと上の役職になり、犯罪捜査の指揮を執る際の基礎的な人脈となりえる。


 ヘンリエッタは良さげな狭い路地を見つけると、そこにこっそり入っていこうとした。


 そのとき、


 その手がガッと、甲冑ごと掴まれる。


「……へっ?」


 ヘンリエッタはそのまま裏路地に引きずり込まれると、後ろ手に関節を決められて、口を大きな手で押さえられた。


「むぐー!? んぅー!?」

「落ち着け、ヘンリエッタ! 俺だ。デニスだ」


 ヘンリエッタを裏路地に引きずり込みながら、デニスは彼女の口を押えていた手を離した。


「ぷ、ぷは! た、大将!?」

「久しぶりだなヘンリエッタ! ちょっと来てもらうぞ!」

「お、おおおお久しぶりです!? どうしたんですか!? はい!?」

「色々混み入っててな! 人目の無い所で話そう!」

「な、なんで!? 喫茶店とかで良いじゃないですか!」

「あとで説明させてくれ!」



 ◆◆◆◆◆◆



 一方、同じく王都の魔法学校。


 元カットナージュ准教授の研究室であり、現在はバチェル准教授の研究室。


「余はエステル。エステル・キングランドである」

「私はジュエル。ジュエル・ベルノーだよ」

「ええと……はいやで。とりあえず、その剣下ろしてくれへんか?」


 講義から帰ってきて早々。

 部屋に隠れていた二人に剣を向けられているバチェルは、とりあえずそう言った。


「ええと……お金か? あたし、お金なら無いんやけど……」

「デニスから、お主に接触するように言われていたのだ」

「荒っぽいやり方でごめんね。色々と事情があってさ」


 エステルとジュエルがそう言うと、バチェルは何かを考えるような素振りをする。


「あーと、食堂の関係者かな?」

「従業員兼居候の身である」

「じゃああたしの後輩なわけだ」


 バチェルがそう返すと、とつぜん、


 研究室の扉が勢いよく開かれた。


「バチェル様! 今日も飛行試験に行ってキマス! ンン!? どういう状況デスカ!?」


 扉を開いたメイド服の女性――オリヴィアが、二人に剣を向けられているバチェルに対してそう言った。


「な、なんだこのメイド!?」


 ジュエルが焦って叫び、


「敵デスカ!? ぶっ飛ばしマスカ!?」


 オリヴィアがメイド服の肩紐を解き、肩からジャキッと音を立てて伸びた二連装の砲口を、二人に向ける。


「あー待って待って、オリヴィアちゃん。敵じゃないっぽいんや。ぶっ飛ばすの待ってな」

「ワカリマシタ! オリヴィアは臨戦状態から警戒状態に移行シマス!」


 オリヴィアは二つの砲口をエステルとジュエルに向けながら、研究室をスーッと浮いて移動する。


「なにこのメイド!?」


 ジュエルがそう叫んだ。


「怖っ! なんで肩に大砲ついてるの!? なんで足動かさないで移動してるの!? 浮いてるの!?」

「あー。この娘、前に足動かなくなっちゃって。内部構造が複雑すぎて結局直せなかったんやけど、今は飛行能力付けて代用しとるんや」

「歩けないから浮いてるの!? どういう解決の仕方!?」

「わあすごい。余もこの娘欲しい」


 エステルが最後に、幼女並みの感想を述べた。



 ◆◆◆◆◆◆



 王都の酒場には、毎晩たくさんの人間が集まる。

 その客数や盛況ぶりというのは、デニスの街とは比べ物にならない。


 そのカウンターの隅で、静かに琥珀酒を煽っている男がいた。

 ハンサムで有能そうな男で、年の頃は30歳手前といった具合。

 貴族階級の礼服の上にコートを羽織ったその男は、誰かを待っているわけでもなく、ただこうやって一人で酒を飲んでるのが好きなようだ。


「ごめんあそばせ? 隣に良いかしら」


 その隣にふと、いくらか背の高い美人が座った。

 彼女はバーテンを呼ぶと、一息で注文する。


「ギムレルトを頂戴。ジンとライムを半分ずつね。他には何も入れないでシェイクして」


 彼女がそう言ってバーテンを下がらせると、そのハンサムな男が声をかけた。


「変わった注文の仕方をするね」

「嫌味だったかしら」

「べつに」


 男がそう言った。


「いつもそうやって声をかけているの?」

「いいや。普段はこうじゃないんだ」

「ウソばっかり」

「本当さ」


 そして実際、男が言った事は本当だった。

 職業柄、彼はあまり女性に興味を持つタイプの人間ではない。

 しかし少し話してみると、彼女はとても見識のある女性で、特に医療系の魔法に詳しかった。


「どうして治癒師に?」

「最初は医者と結婚しようと思ってたのよ。給料が高いでしょ」


 女性はそう言うと、可笑しそうに笑った。


「冗談よ」


 そして残念ながら、それは冗談ではなかった。


 男と女性は自然に酒場を出て、王都の夜風の中を歩くと、適当な宿に二人で入った。


 王都ではよくある光景だ。彼らは一晩だけの関係かもしれないし、これから深く付き合うことになるかもしれない。もしかしたら結婚するかもしれないし、適当な時期に破局するかもしれない。とにかくそのどれかだろう。


 しかしその相手がポワゾンだった場合、そのいずれにも当てはまることは無い。


 男は宿の部屋に入るなり、ゆきずりに連れて来たポワゾンにキスしようとした。

 しかし、その瞬間に発動された病毒魔法にあてられて、男はそのまま崩れ落ちる。


「……ぐえっ? ぐぁぁあっ……?」


 男が床にのたうち回っていると、ポワゾンが頭上から声をかける。


「あら、ごめんあそばせ? ちょっと濃度が高かったかしら」


 部屋の奥から、男性と女性が姿を見せた。

 セスタピッチ法官と、ケイティ団長だ。


「この男が?」


 セスタピッチがしゃがみ込み、苦しそうに呻く男の顔付きを眺めた。


「そう。いわゆる、フリーの殺し屋ね」


 ケイティが手元の資料を眺めながら、そう言った。


「界隈では有名なの。貴族とか、上流階級専門の仕事人」

「表の顔は王政府の外交員。その伝手を利用して、色々な裏の仕事を請け負ってるわけね」

「この男が、前王の暗殺に関与したと?」

商人組合(ハンス・ユニオ)を通じて毒を入手していたの。実行犯と指示者は他にもいるだろうけど、暗殺計画の中間あたりには位置していたんじゃないかしら」


 ポワゾンはそう言うと、震える手で懐の杖を取ろうとする男の腕を踏みつけた。


「ぐえっ!」

「さて、夜は長いわよ。知っていることを吐いてもらおうかしら」



 ◆◆◆◆◆◆



 一方、とある一室。


 大きなベッド。

 高級そうな調度品の数々。


 連行された町民たちとは一人別の扱いを受けているビビアは、この部屋で目を覚ました。


「どこだ……ここ……」


 扉と窓はあるが開かない。

 窓から外の景色を見るに、ここが王都であることはわかる。


 街であの銀髪の女性に組み付いてから、気付くとここで寝ていた形だ。


 あれから何がどうなったんだろう。

 自分はなぜ、ここに居るんだろう。


 ビビアがそんなことを考えていると、内側からは開かなかった扉が開いた。


「目が覚めましたか?」

「えっと? えっ?」


 ビビアにそう声をかけて入室してきたのは、街で交戦した銀色短髪(シルバーショート)の女性……フィオレンツァだった。


 彼女は扉を閉めると、持って来ていた小箱からサンドイッチを取り出し、無言でカチャカチャとお茶の準備をしだす。


「あ、あの……」


 ビビアはまったく状況がわからず、街で牙を剥き出しにして、殺されかけたはずのフィオレンツァに聞く。


「僕は……というか、ここはどこですか……ね」

「赤茶はバールジレンですか? それともニールギリン?」

「えっ?」


 恐る恐る接している様子のビビアに、フィオレンツァは再度問いただす。


「赤茶の趣味は?」

「いえ、あの……僕、お茶ってよくわからないので……」

「それならば、バールジレンにしましょう」


 フィオレンツァはそう言うと、手際よく茶葉とお湯の準備をする。

 小さなティーカップに赤茶を注ぐフィオレンツァに、ビビアはもう一度尋ねる。


「あの、ええと……お名前は……」

「私の名前はフィオレンツァ」


 彼女はチャッチャとお茶の準備をすると、それを複雑な意匠が凝らされた丸テーブルの上に置いて、椅子を軽く引いた。


「どうぞ」

「あ、は、はい……」


 ビビアが促されるままに座ると、目の前に赤茶とサンドイッチが差し出される。

 サラダとスープまで揃っていた。


「あの」


 ビビアが口を開いた。


「なんですか?」

「食べていいっていう、ことでしょうか」

「ほかに選択肢が存在すると?」


 フィオレンツァはそう言って、ビビアの真正面に座る。


「…………」


 彼女は食事を摂ろうとはせず、ビビアのことをじっと見つめていた。


「…………」


 ビビアはとりあえず、喉が渇いていたので、赤茶を一口啜る。


「どうですか?」

「えっ、お、美味しいです……」

「そうですか」


 正面に座ってビビアの様子を眺めていたフィオレンツァは、

 そこで初めて、笑顔を見せた。


「よかった」


 ビビアはサンドイッチに手を伸ばしながら、背中に冷や汗を噴出させている。


 な、なんだ?


 どういう状況だ?

 なにがどうなってる?

 僕はどうしてここにいる?


 この女性は?


 みんなはどうなった?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ