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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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26話 史上最大の危機はクライマックスの前に その5


「姿勢を低くしたまま! なるべく呼吸をしないように! でも走りなさい!」


 病毒魔法で周囲に毒素を振り撒きながら、ポワゾンが町民たちを誘導して逃がしている。


 ポワゾンを最後端に配置して、広場から中央通りを北上する町民たちの中には、ビビアに肩を貸されたデニスも含まれていた。


「くっそ……」

「大丈夫ですか、デニスさん!」

「脳みそを揺さぶられた。頭がガンガンして、脚にうまく、力が入らん……アトリエは?」

「とりあえず、冒険者ギルドに匿ってもらってます!」


 ビビアが頭の位置を低くしながら、そう叫ぶ。


 デニスに肩を貸しながら、その様子を間近で見ているビビアは、彼がかなりのダメージを負っていることに気付いていた。


 目の感じがおかしい。脚がふらついていて、若干ろれつも回っていない。

 脳震盪の症状だ、とビビアは思った。競技で戦うような拳闘士たちが、顎などを強打された時にこういう症状が出ると、本で読んだことがある。

 デニスのような、対物強化(バフ)強化(バフ)を重ねたような高耐久持ちを効率良くノックアウトするには、こういう戦術が有効なのか。


 もっとも、このデニスと真正面から闘り合って、一方的に殴り勝つような人間がこの世界に存在するとは……ビビアは今でも信じられないわけであるが。


 一方最後端のポワゾンは、馬上の近衛兵に対してのみ致命的な濃度となるように毒霧の制御を行いながら、全力で後退している。


 その視線の向こうで、

 広場の方から、細身の女性が疾走して来ているのが見えた。


「っちぃ! 一人、変なのが追って来たわ! 一旦毒霧を解除するから、周囲を警戒しなさい!」


 ポワゾンはそう叫ぶと、周囲に散布し続けていた毒素の魔学結合を解除した。


 白色の礼服を身に纏った銀髪の女性が、腰の剣に手をかけながら凄まじい速度で迫っている。

 ポワゾンはその礼服を知っていた。王国騎士団の幹部礼服だ。


「ポワゾン! た、対処できるか!」


 前方を走るデニスがそう叫ぶ。


「任せなさい! 『絶命宣告(ペンドゥモルト)』!」


 ポワゾンの病毒魔法が再び起動し、その前方に超高濃度の毒霧が充満する。


 先ほどの加減された濃度ではない。

 全力濃度。物理的な抵抗すら覚えさせる濃色の毒霧。


 銀髪の女性――フィオレンツァは構わず、抜刀しながらその毒霧の中へと突っ込んだ。


 触れただけで皮膚が爛れるほどの濃度で発動した病毒魔法。


 しかし、フィオレンツァはその濃霧の中を、一切のダメージを受けない様子で通過する。

 突破の直前、その影が見えた。

 まさか、毒耐性持ち……!


「や、ヤバイのが来た! 止められない!」


 毒霧を突破して来たフィオレンツァは、ポワゾンに向かって跳躍しながら、空中で(ガード)の無い細身剣を両手持ちで構えた。


 その一瞬の攻撃態勢を見て、飛び掛かって来る銀髪の女性が、自分よりも数段上のレベル帯であることにポワゾンは気付く。


 しまった。


 ポワゾンが戦闘においてレベル以上の実力を発揮するのは、病毒魔法の特殊な性質に由来している。


 いわゆる、壊れスキルの初見殺し。

 しかし毒耐性を持つ相手に対し、ポワゾンは何の有効打も持たない。

 というより、他の戦闘手段が存在しない。


 まずい。何もできない。


 殺される。

 

 その一瞬前に、ポワゾンは後ろから襟を掴まれた。


「『複製(コピー)』だっ! この野郎!」


 死に直面して身体が硬直していたポワゾンから、『もう一人のポワゾン』が剥がれるように複製(コピー)される。


 『本物の』ポワゾンは襟を思い切り引っ張られて後方に転がり、『複製の』ポワゾンはそのまま立ち尽くし、フィオレンツァの袈裟切りを喰らった。


 肩口から脇腹まで一刀両断にされて、『複製の』ポワゾンは真っ二つになり、地面に転がる。

 その瞬間から、『複製の』ポワゾンの肉体はズクズクと音を立てて崩壊し始めた。


 後ろに転がって倒れたポワゾンは、その様子を見て驚く。


「ジュエル! あんた、人間も『複製(コピー)』できるの!?」

「全力で打てばね! すぐにグロい肉塊に溶けて消えちゃうのが玉に(キズ)だけど!」


 ポワゾンを後方に退避させたジュエルは、そう言ってニヤリと笑う。


「さらに! もう一つスキルを重ねてある! 『溶鉄(ディゾルジョン)』!」


 『複製の』ポワゾンを叩き斬ったフィオレンツァの細剣が、熱を帯びてドロリと溶ける。

 フィオレンツァは、その様子を無表情で眺めていた。


「や、やるじゃないの! 助かったわ!」

「王族お抱えの鍛冶一族舐めんじゃねえ! 鋳金スキルなら、お父さんから一通り習ってるんだ! あたしは剣にしか使えないけど!」


 ポワゾンとジュエルが立ち上がる。


 レベル差があるとはいえ……剣士(ソード)系のスキル構成ならば、肝心の剣を封じられれば著しく戦闘能力が落ちるはず。


 ポワゾンが杖を構え、ジュエルが錬金による攻撃の準備をした。


 フィオレンツァは手に絡まった液状の鉄を払うと、二人を見やる。


「私が“剣”を使うのは、ヒース様に“本来”の戦闘方法をお見せしたくないからだ……」

「はい……?」


 ポワゾンがそんな声を上げると、


 フィオレンツァは瑞々しいピンク色の唇を大きく開き、


 その口蓋に隠れた、異常に長く鋭い犬歯を覗かせた。


「いささか見苦しいことになる……が……ヒース様は現在、後方で各騎馬中隊を連絡されている最中ゆえ……問題あるまい……」

「おっとっと……?」

「や、やっぱりヤバそうかも……?」

「グルルルァッ!」


 フィオレンツァの細い首から発せられたとは思えぬような、獣染みた重低音の叫び声が響く。


 その瞬間、彼女は爆発するようにポワゾンに飛び掛かった。

 人間の動きからはかけ離れた、四足の肉食動物然とした動き。


 反射的に振り上げられた杖が、襲い掛かるフィオレンツァの顔前に差し出される。

 瞬時にバキンッ、という音が響き、硬質の杖が牙によって噛み砕かれた。


「づッ、おぉおっ!」


 フィオレンツァの突撃を受けたポワゾンは一瞬にして組み伏せられ、その両肩を押さえつけられる。

 彼女の異常に鋭い爪が、肩の筋肉に食い込んで突き刺さるのを感じた。

 亜人系――? 毒が効かなかったのは、そのせいか――?


 フィオレンツァはふたたび口を大きく開くと、ポワゾンの喉笛を、一噛みで食い千切らんとした。


「『柔らかい手のひら(パーム)』!」


 牙を立てて襲い掛かったフィオレンツァの顔面に、放たれた魔法の膜が押し付けられる。

 なんてことは無い、風に揺られた薄いレースのような抵抗。

 そのままこの女の喉を食い千切って頸椎を噛み砕き、絶命させるに何の支障も無い。


 しかし、ことに戦闘に際しては、些細な異変に対しても過敏なフィオレンツァの性質。

 他でもないその習性が、限界まで開かれた猫目で周囲を確認する一瞬だけ、その噛み付きを遅延させる。


 次の瞬間、全力で飛びついてきたビビアが、フィオレンツァに真正面からタックルをかました。

 もはや魔法使いでもなんでもない、単純な勢いと質量任せの全体重を預けた飛びつき。


 デニスに影響されて少しだけ筋トレをしていたビビアの突撃が、フィオレンツァの細い首にひっかかり、梃子の原理で後方へと仰け反らせる。


 フィオレンツァを押しのけたビビアが、ポワゾンたちに叫んだ。


「逃げて! こいつには勝てない! いや、こいつらには勝てない! 逃げてくれっ!」

「び、ビビア君!」


 ジュエルが叫び、ポワゾンはフィオレンツァの軽い身体を仰向けのままに蹴りつけると、そのまま後ろに転がって、ジュエルの首元を掴んだ。


「逃げるわよ! 全力でっ!」

「で、でも!」

「逃げるしかないんだってば! 今の戦力じゃあ勝てない!」


 ポワゾンとジュエル……そして町民たちが駆けていく。


 ビビアは我武者羅にフィオレンツァに組み付きながら、町民たちと一緒に駆けるデニスを確認して、安心した。


 よかった。

 僕が言った通り、街の人たちに着いて行ってくれてる。


 僕のことを信頼してくれてる。



 しかしその一瞬後、

 ビビアは恐ろしい力で肩を掴まれた。

 獣の爪が深く突き刺さり、その先端は肩の筋肉の深部まで到達する。


「ぐっぅああっ!」

「ガルルルァッ!」


 組み付いていた身体が簡単に引き剥がされ、まるで小さな人形でも吹き飛ばすように、ビビアは空中へと投げ出された後に、そのまま遠心力で背中から地面に叩きつけられる。

 背面を強打し、呼吸が容易く停止する。


「かは……っ!」


 しかしそんなことを気にする間もなく、ビビアの面前に、鋭い犬歯の覗く大口が迫った。


「ガルァッ!」


 やっば……。


 交渉の余地、無かったかあ……。


 顔面か首が、食い千切られる。


「ぅうっ!」


 その瞬間、ビビアは思わず目を瞑った。


「………………」


 死を覚悟してから、数秒後。


 いつまで経ってもその時が来ないので、


 ビビアは恐る恐る、その目を開く。


 目の前……その鼻先。


 キスでもするような至近距離に、とんでもなく整った女性の顔がある。


 ビビアは殺されようとする瞬間にも関わらず、異性とこれほど接近した経験が無かったので、不覚にもドキリとした。


 唇を閉じて犬歯を仕舞ったフィオレンツァは、ビビアの顔を至近距離で眺めると、ふと呟く。


「ネヴィア……?」

「ひえっ、えっ……?」


 ビビアはわけもわからず、何となく、


「ぼ、僕は、ビビアですけど……」


 そんな、間の抜けた返事をした。



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