25話 史上最大の危機はクライマックスの前に その4
所属:王国騎士団
分類:幹部騎士官
階級:一等王族護衛官
兼任:近衛兵団統括将校。
それがヒースという男の肩書きである。
彼のレベル100ユニークスキル『強奪』は、デニスの単体スキルである『強制退店の一撃』とは性質が異なり、大きく分けて二つの部分から構成される。
一つ目は強奪手段である『ガラクタ集め』。
二つ目は発動手段である『ガラクタ趣味』。
つまり『ガラクタ集め』によってスキルを対象から強奪し、『ガラクタ趣味』によってこれを適時発動するのが、ヒースの『強奪』を構成する二要素ということになる。
ただし、ヒースは対象のあらゆるスキルを強奪することが可能であるが、その発動に関しては品質のバラツキを自覚している。
自分の適性に沿った強奪済スキルであれば、彼はそのスキルの能力を最大限に引き出すことが出来る。
逆に自分に適性の無いスキルに関しては、発動の際にそのクオリティが数段……あるいはほとんど効力の無いレベルまで落ちてしまう。
またスキルを無限に強奪できるわけでもなく、ヒース自身が溜め込むことの出来るスキルの量には限界がある。
彼はこれを「容量」と呼んでいるが、単純に「個数」として決まっているわけではない。スキル毎にその大きさや形状といった物が異なるため、強奪スキルを最大限に溜め込んでおくためには、彼にしか感覚しえないパズルゲームのようなスキル容量を最大効率で埋めることを考える必要がある。
この問題を解決するための、補佐的な関連ユニークスキルがもう一つ存在する。
ヒースに言わせれば、その関連スキルこそが最も重要ということであり、実際彼はそのスキルを重用している。
「ぐっ、がぁあぁっ!!」
『ガラクタ集め』によってユニークスキルを抜き取られようとしているデニスは、苦しげな呻き声をあげる。
スキルを抜き取るのに、普段はほんの一瞬しか必要ない。
ただし今回は、デニスが精神的に強く抵抗しているために、ほんの少しだけ余計な時間がかかっていた。
「やれやれ……。あまり無駄な抵抗をするなよ」
ヒースはそう呟いた。
効果の強制発動型のスキルは希少だから、ぜひ自分の物にしておきたい。
しかもこれは、おそらくは自分にも完璧な適性のあるスキルだ。
そして、もう少しで完全に抜き取れそうだというその時。
ヒースは自身の背後から、複数の飛翔物が襲い掛かっていることに気付いた。
瞬間にデニスから手を離し、ヒースは素早く背後を振り返って腕でこれを薙ぎ払う。
魔法の矢と槍。
追って放たれた魔法の矢も転がって躱すと、ヒースはその出所を睨みつけた。
「……強奪中に邪魔するんじゃないよ……まったく。振り出しじゃねえか」
ヒースが睨みつけた先は、広場を見下ろす建物の屋上。
そこに、ツインテールとポニーテールの魔法使いが立っている。
全力で撃ち込んだ魔法を簡単に無力化された二人は、ビビった様子で声を上げた。
「う、うおーっ! 完全に不意打ちだったのにー!」
「や、やべーっ! でもでも店長から離したぞー!」
自分を奇襲した二人の娘の様子を見て、ヒースは何とも言えない表情を浮かべる。
「なんだ、あの馬鹿二人は……」
ヒースは有効な強奪済スキルを準備して、屋上の二人をまとめて消し飛ばそうかと思った。
「待て!」
広場に少女の声が響き渡る。
ヒースがその方向へと意識を移すと、
広場の入り口付近から、一人の少女がカツカツと歩を進めているのが見えた。
「余が、お主らの探すエステル・キングランドである! 今すぐ攻撃を停止せよ、ヒース!」
エステルはそう叫びながら、広場に姿を現した。
その後方で、ビビアが群衆の影から顔を覗かせている。
「く、くそっ! 止められなかった! 戻って来てくれ!」
ビビアがそう叫ぶのも無視して、エステルはヒースと近衛騎馬兵団に向かって声を張り上げる。
「お主らの目的は、余の身柄であろう! ならば! その目的が達成された今! これ以上の侵略行為は不要のはずである! 矛を収めよ! 余は逃げも隠れもせぬぞ!」
エステルの叫びを聞いて、ヒースはツインテールとポニーテールへの攻撃を中断し、立ち上がった。
「どうどう。まさか、そちらから参上してくださるとは。お久しぶりですよ、エステル殿下」
「さあ、連れて行くといい! その代わり、この街にはもう手出しせぬと約束せよ! 余は勝手にこの街に潜伏していたのであり、彼らは全くの無関係である!」
それを聞いて、ヒースはチッチと舌を鳴らした。
「おわかりでないな。すでにそういう穏やかな段階は過ぎ去ったのですよ、殿下」
ヒースはそう言って笑うと、挙手の号令合図を出す。
「第一騎馬中隊! 号令と共に各中隊と連絡し、エステル姫及び、この場に居る全員を捕縛せよ!」
「なっ……!」
エステルはうろたえると、ヒースに向かってふたたび叫ぶ。
「な、なにを言う! 目的は余であろう! 街の人々は関係ないはず!」
「そこが勘違いだ。僕らの目的は『国賊の捕縛』である。そしてすでに、この街は国王陛下に仇なす国賊の群れだとわかった。国賊は一人残らず捕まえてやらないとな」
ヒースはエステルにそう言い放つと、空に向かって叫ぶ。
「キャンディ! 出番だぞ!」
ヒースが叫ぶと、別の建物の影から、ツインテールとポニーテールに向かって飛翔していく小さな影が現れた。
その小さな人影は、屋上の二人へと横合いから突撃し、その一方の横っ腹にドロップキックを突き刺す。
「うっぐおおーっ!?」
「つ、ツインテール!!」
ツインテールを突き飛ばして屋上に着地した小さな影は、二人の顔を見ると、ニヤリと微笑んだ。
「どうもぉ? その節は、お世話になったわねぇ!」
茶色を基調としたチェック柄のジャケットに、黒いスキニーのズボン。
頭にはこれまたツイードの帽子を被り、丸くカールがかった強い癖毛が覗いている。
「お、お前はー!」
「この追放探偵キャンディ! 苦痛はプレゼント、復讐はマニフェストォ! この日を待っていたわ、このメスガキどもがぁ!」
「い、いつぞやの、性悪女……!」
「てめえらにぶち折られた肋骨やら腓骨やら中足骨やら橈骨やらの痛みィ! 身体で払ってもらうわよ、このダボォ! 『探偵の極意』ッ!」
屋上のツインテールとポニーテールの二人がキャンディによって制圧されている間に、広場の騎馬中隊は剣を構えて、エステルや町民たちへとにじり寄る。
「大人しく捕まっておいた方がいいぞ。牢獄の夜の寒さは、折れた骨に堪えるからな」
ヒースが可笑しそうな笑みを浮かべながら、そう言った。
「お、お主は異常者だ! こんな、こんな過剰な行為が! 許されるわけがない!」
騎馬隊に囲まれたエステルが、ヒースに向かってそう叫ぶ。
「異常で結構。普通じゃ救世主は務まらん」
ヒースはそう言った直後に、
周囲の大気の異変に気付いて、その場から瞬時に跳躍した。
脚の力だけで一瞬にして広場を囲む建物の屋上まで退避したヒースは、周囲を見渡す。
「困ったな。そういえば、あの厄介な奴がいたんだった」
ヒースはそう呟いた。
「ぐぅっ……うごぉっ……?」
「がっ……いぎ……!?」
とつぜん、騎馬隊の近衛兵たちがもがき、苦しみだす。
甲冑をひっかくように呻き出した近衛兵たちは、馬上でバランスを取ることができなくなり、次々に落馬し始めた。
その様子を見ていた町民たちが、混乱した様子で叫ぶ。
「な、なんだ!?」
「どうなってる!」
「なにが……ぐ、ぐぉ……!」
次第に、町民たちの中でも背の高い者から順番に、泡を吹いてその場に倒れだした。
混乱の最中、エステルは背後から手を掴まれる。
エステルが振り向くと、そこには手で口と鼻を覆ったビビアがいた。
「び、ビビア殿! これは一体なにごとである!?」
「息を止めるんだ! ポワゾンさんの魔法が発動している!」
「全員、姿勢を低くして息を止めなさい!」
最後にそう叫んだのは、路地の影から現れたポワゾンだ。
ポワゾンに促されて、町民たちが頭の位置を低くしながら、中央通りを北上していく。
その途中で、何人かの町民がデニスや馬車屋の親父の周囲に集まり、肩を貸して退避を手伝ってやっていた。
広場の喧騒を屋上から眺めていたヒースは、ふと舌打ちする。
「うーむ。やはり病毒使いは厄介だな……殺しに行っても良いが、刺し違えて妙な病気を移されるのも嫌だし……」
一人でぶつくさと呟いていたヒースの隣に、一人の銀髪の女性――フィオレンツァが現れた。
「何事ですか」
「病毒魔法の範囲攻撃だ。広場一帯に発動していて、おそらくは地上からの高さで濃度をコントロールしている。乗馬中の近衛兵から行動不能にするためにな。ここは大丈夫みたいだが、あの厄介な使い手がいるのを忘れてたよ」
「『毒状態無効』の強化スキルなら、以前に強奪済のはずでは?」
「容量がかさばってさ。あの子たちに譲っちゃったんだ。お前が居るなら、そこまで優先順位は高くないかと思って」
ヒースがそう言うと、フィオレンツァはため息をつく。
「私が行った方が良さそうですね」
「悪いな、頼んだよ」




