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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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22話 史上最大の危機はクライマックスの前に その1


 数百という騎馬兵たちが、明け方に街の門前へと辿り着いていた。


 追放者食堂の常連である馬車屋の親父は、偶然その場に居合わせてしまった。

 朝に別の街へと出掛ける用事があったので、早めに馬の用意をしに来たのだ。


 なぜこんなに接近されるまで、これほどの軍勢に気付かなかったのかと馬車屋の親父は不思議に思った。それはあまりに突然現れた蜃気楼のように、現実感がなく、どこか夢見心地に彼は感じた。


 彼は知らないことだが、国王直属の近衛騎馬兵団たちは、平均して通常の騎士団や兵団よりも練度の高い面々が揃えられている。彼らは風の属性魔法が扱える兵科を小隊毎に配置し、音もなく長距離を移動することに長けていた。

 通常存在しないそのような兵科を、彼らは独自に『森隠し(フォレットキャッシー)』と呼んでいる。


 騎馬兵たちは門前に辿り着くと、その前列を走っていた中隊が両翼へと広がり、騎馬隊の指揮官たちを隊列から押し出すようにして散開した。

 王室騎馬兵隊の連隊長とその隷下各中隊長は、最前列でさらに陣形を整えると、その背後を走っていた馬車に道を譲る。


 馬車が止まると、中から黒地に金の刺繍がされた礼服を身に纏ったオールバックの男が現れた。


 その姿を見て、馬車屋の親父は眉をひそめる。


「……デニス……?」


 馬車から現れた男が、あまりにもデニスと瓜二つだったので、馬車屋の親父は思わずそう呟いた。


 その背格好、体格、顔付き。服装も髪型も違うが、たしかにデニスにしか見えない。

 違う所を挙げる方が難しい。強いて言えば、デニスより近寄りがたい雰囲気をしており、目つきがやや……本当にほんの少しだけ、鋭いように見えるだけだ。


 馬車から現れたデニスにそっくりの黒服の男……ヒースは、門前で呆気に取られている馬車屋の親父を見つけると、気さくな雰囲気で声をかけた。


「やあ、そこの親父さん」

「あっ、ああっと……な、なんだい? いや、なんで、しょうか?」

「人を探していてね。僕にそっくりの顔をした奴が、この街にいるはずなんだ」

「あ、ああ……はい。デニス……ですね?」

「ちっぽけな食堂を経営してるよな。街のどこにあるか教えて欲しいんだ」

「で、デニスの、親類ですか? いや、兄弟……?」


 馬車屋の親父がそう呟いた瞬間、ヒースの裏拳が飛んだ。


 体前で組まれた両手から素早く伸びた拳は、馬車屋の親父の鼻頭を砕く。

 その瞬間に鼻から血液が噴出して、馬車屋の親父はその場にうずくまった。


「ぐぅっ!? ぐぁっ……!」

「質問してるのは僕なんだぜ。まだ質問を許したわけじゃあないだろう? なあ、会話にならない奴っているよなあ? 僕、ああいうのって嫌いなんだ」

「い、痛……! ぐ、ず、ずいまぜん……!」

「もう一度聞くが、その食堂はどこにある? 可及的速やかに行きたいんだ。教えてくれるよな? なあ、どうだ? また質問に質問で返しやがったら、次は腕の骨をへし折ってやるからな」


 上からそんな声を投げかけられて、馬車屋の親父は折られた鼻を押さえながら、混乱した頭で考える。

 い、言ってしまっていいのか? この男は……デニスにそっくりのこの男は? 何者だ? 食堂に行って、彼らをどうするつもりだ?


「あ、あの、その……」

「急に歯切れが悪くなったな? どうした? 気分が悪いか? 不愉快な思いをしたか? 突然殴って悪かったな。ほら、立ちなよ。膝が汚れちまってるじゃないか」


 ヒースは馬車屋の親父を立たせると、跪いて汚れたズボンの土をほろってやった。


「さあどうだ。綺麗になったよな。話す気になってくれたか?」

「し、知らなくて……俺は、その……」

「なあ……」


 ヒースは彼の肩に手を回すと、顔を近づけた。

 いつの間にか、馬車屋の親父は何人もの騎馬兵に囲まれている。


「舌を引っこ抜かれても、人は死なないって知ってるか?」

「い、いえ……」

「生きたまま舌を抜いても、人間ってのは普通に生きていけるんだ。ペンチなんかを使って引っこ抜いてやるんだが、これが案外むずかしくてね。下手に抜くと死んじまうんだ。コツがあるんだよ……教えてあげようか?」

「…………」


 馬車屋の親父は、鼻に添えた手の指からボタボタと血を流しながら、一瞬黙りこくった。

 そして意を決したように顔を上げると、背の低い街の塀から届くように、声を張り上げる。


「デニス! 逃げろ! 誰か! 逃げ……」



 ◆◆◆◆◆◆



「聞こえた」


 早朝の食堂で、アトリエがそんなことを呟いた。


 起き抜けに朝の仕込みをしていたデニスは、彼女の方は向かずに、鍋の具合を確かめながら問いかける。


「何が聞こえたって?」

「声」

「俺は聞こえなかったな」

「聞こえた」

「そんなことより、エステルを起こして来いよ。あいつ、放っといたら昼まで寝てるぞ」


 デニスはため息をつきながら、煮沸している鍋のアクを丁寧に取っている。


「そろそろ一人で起きられるように、お前からも言ってやれ」

「大事な声」


 アトリエはテーブル席から立ち上がると、デニスの方を向いた。


「悪意が迫ってる。とても大きな悪意。みんなが危険。エステルを起こす」



 ◆◆◆◆◆◆



 昏倒させられた馬車屋の親父は、崩れ落ちるようにその場に倒れ伏した。


「誰かこいつを捕まえておけ」


 ヒースがそう言うと、控えていた騎馬兵たちが彼の身柄を引き取った。

 騎馬兵の連隊長が馬に乗って近づいて来て、ヒースに尋ねる。


「殺しますか?」

「おいおい。もったいないことを言うんじゃない。色々と使い道があるだろう?」


 ヒースはそう言いながら、殴りつけた際に乱れたシャツのカフスピンを正した。


「連隊長殿。第一騎馬中隊を僕に貸してくれないか」

「わかりました」


 ヒースは引き連れて来た騎馬兵たちに向き直ると、笑顔で声を張り上げる。


「さあ、お姫様狩りだ! みんな、頑張ろうな! 市中引き回しだ!」


 ヒースは左右に散開して整列する騎馬兵たちの間を歩きながら、彼らを鼓舞するように叫んだ。

 

「捕縛に貢献した者には、莫大な報奨金と何階級もの特進を約束しよう! お姫様と一緒に馬車を貸してやってもいいぞ! どうせ処刑するんだ! 帰り道で何をしようが構わん! 犯そうがどうしようが知ったことか! 必ず捕らえろ! 絶対に逃がすな!」



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