19話 王都 その2
ジョヴァン団長が王城の門を目指して、広い通路を歩いている途中。
壁に背中を預けて寄りかかる黒服の青年が、彼に声をかけた。
「団長殿。人でも殺しそうな顔をされていますが、どうなさいましたか?」
ジョヴァン団長はそう声をかけられて、通路の真ん中で立ち止まる。
オールバックに纏めた黒髪。それと同じくらい黒い、漆黒の特殊な幹部礼装。
「ヒース、貴様……」
「そんなに怖い顔をしないでくださいよ」
ヒースはそう言って笑うと、壁に寄りかかりながら腕を組んだ。
「レオノール王から何を言われたのか、大方の予想はつきますが。エステル殿下の捜索指揮が団長から離れるのは、大体いつ頃でしょうね。一週間といったところかな」
「一体何を企んでいる?」
ジョヴァン団長はそう言って、ヒースの傍に立った。
「ヒース。お前は昔から何を考えているのかわからん奴だったが、最近では何もわからん。あの新王を担ぎ上げて、一体どうするつもりだ?」
「企み事はお互い様でしょう。あなただって、エステル殿下の目撃情報を握りつぶしているはずだ。王国騎士団は情報を収集していても、真剣に捜索に動いている様子は無い。保護して匿うような大胆な真似はできなくとも、せめてもの抵抗といったところですかね」
「お前の勝手な想像だな」
「実に団長殿らしい」
ヒースはクスクスと笑うと、壁から背を離した。
ジョヴァンは白髪に手櫛を通すと、彼のことを一瞬睨みつけてから、その場を後にする。
「たまには私の家に、夕飯でも食べに来い」
ヒースに背を向けながら、ジョヴァンはそう言った。
「都合さえ付けば、ぜひお邪魔させて頂きましょう。御義父上」
◆◆◆◆◆◆
ジョヴァンと会った後、ヒースは昼食を摂るために王城の前の通りの喫茶店に足を運んでいた。そこは彼が贔屓にしている喫茶店で、ほとんど毎食をそこで食べている。
屋外テラスでテーブルを拭いていた小さなウェイターは、ヒースのことを見ると顔を綻ばせた。
エプロンを着た小さな女の子で、名前はミニョンという。マスターの娘であるらしい。
「ヒース様、こんにちは。いつものですね」
「こんにちは、ミニョン。いつもので頼むよ」
屋外テラスのいつもの席に座り込むと、ヒースは通りで配布していた新聞を広げた。
特に新聞が好きであるというわけではないし、別に目新しいことが書いているわけでもない。そもそも、ヒースはこういった新聞に書かれるような事件については、そのほとんどの裏側についてすでに知っている。
「興味が無い新聞を、どうして読むんです?」昔の仲間がヒースにそう聞いたことがあった。彼は青い髪をした魔法使いの少年で、ヒースより少し年下だった。「習慣かな。習慣ってのは良いもんだぜ。毎日必ずこうするってのを決めておくと、気分が良い」ヒースはそう答えた気がする。「ふうん」と少年は言った。「そんなものかな」。その後にどんな会話があったかは覚えていない。
そして、その青髪の少年はもうこの世にいない。他の仲間も。
あの頃から生き残っているのは、もうフィオレンツァしかいない。
悲しいことだ。
「どうぞ、ヒース様」
新聞を読んでいると、ウェイターのミニョンがランチセットのお盆を持って来て、ヒースのテーブルに置いた。
ヒースは新聞を畳んで脇に置くと、ミニョンに微笑みかける。
「ありがとう、ミニョン。マスターにもよろしく言っておいてくれ。ここのランチは世界一だ」
「もう、ヒース様ったら。ここより美味しいところはたくさんありますよ。ブラックス・レストランなんて、王国で一番だって話です」
「一番だって思うことが大切なのさ」
ヒースはそう言って、肉や野菜が挟まれたサンドイッチを頬張った。
僕たちは一番だった。
僕のことを隊長と呼んでくれた彼らは、
僕の仲間たちは、間違いなく世界で一番だった。
◆◆◆◆◆◆
「レオノールが暗殺に使った毒の出所が、わかりそうなの」
ポワゾンがそう言った。
夕方の営業の終わった後。追放者食堂の客はみんな掃けて、カウンターにポワゾンとジュエルが座っている。
「出所?」
とデニスが聞いた。
「商人組合っていう組織に、毒薬を専門に取り扱ってる商人がいるのよ。もちろん裏稼業のね。そいつとちょっとコネがあって」
「嫌すぎるコネだな」
「私だって、毒薬に関しては専門家だから。食いっぱぐれたらそういう道もあるかなと思ってたし」
「お前のライフプラン危険すぎるだろ。なんですぐ裏稼業になるんだ」
「だって贅沢したいじゃない。地道に働きたくないじゃない」
「お前のド正直な所は尊敬すべきだな」
「とにかくそいつが言うには、長いこと継続して発注してくれる金払いの良い顧客が居たらしいのね」
ポワゾンはそう言って、お茶を一口飲んだ。
「でもつい最近、発注がパッタリ止んだっていう話なのよ。その時期が、ちょうど前王の崩御と重なってるの」
「王政府の関係者だったの?」
ジュエルが聞いた。
「その辺はわからない。お互い余計な詮索はしないのがルールの世界だからね。でも、毒薬の種類もかなり遅効性の奴だったって話。専門の治癒士が調べても毒殺ってバレないような……毒で直接殺すんじゃなくて、継続して摂取させることで別の病気を誘発するタイプの」
「そういうのがあるのか」
「私みたいに、治癒の医学知識があれば簡単に作れるわ」
ポワゾンは少し、得意気な顔を浮かべた。
「たとえばだけど。一番身近に存在する『毒』って、何かわかる?」
「なんだろう。油とか?」
「油をそのまま飲む馬鹿はいないでしょ」
ジュエルに対して、ポワゾンがそう答えた。
「答えは『砂糖』よ」
「砂糖?」
とデニスが聞き返した。
「最新の治癒士の研究だと、砂糖の過剰摂取が深刻な病気に発展することがわかってるの。一種の贅沢病って言われてるものなんだけど」
「ええーっ。そうなの? ポルボ店長なんて、一日に三十個はドーナッツ食べてるよ」
「それ多分もう病気だと思うわ。まあわかりやすく『砂糖』と言っただけで、厳密には違うんだけどね。他にも食べ物の組み合わせとか、毒を作る手段は無数に存在するの。それを魔法で再現するのが、私たちの病毒魔法」
「恐ろしい奴らだな」
「意外と知られてない強キャラって奴なのよ、私たち治癒士はね」
ポワゾンはそこまで言ったところで、ふと周囲を見渡した。
「そういえば、あのチビ姫はどこに行ったわけ?」




