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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第1部 追放者食堂へようこそ!
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7話 追放魔法使いは夢見がち (前編)



「うーん! 拉麺もおいひぃー! コシのある縮れ麺に絡みつく、魔法のスープ! どうしてこんなに美味しいのー!?」


 幸せそうに麺をすするヘンリエッタの前で、カウンターの奥に立つデニスは複雑そうな笑みを浮かべていた。


「美味しそうに食ってくれるのは構わないんだがね、ヘンリエッタ」

「ふむ、うむ? どうしたんですか? 大将―」

「お前……いつになったら、次のパーティー見つけるんだ?」

「…………っ!?」


 麺をすすりながら一瞬止まったヘンリエッタは、啜った分の麺を咀嚼して飲み込むと、流し目で遠くの方を見つめた。


「まあ……何事も順調ってわけにはいかないのが人生ですよね……」

「お前、一回もお金払ってないからね!? そろそろ罪悪感とか、そういうの無い!?」

「わ、わーたしだって色々頑張ってるんですよ! でも、腹が空いてはパーティーは探せぬですよ!」

「もうあれから結構経つけどね! すっかり常連みたいな顔してるけど、お前ずっとタダ飯だからな!」

「はーっ! それは大将がいけねえなあ! 何だかんだ食べさせてくれるもんなあ! そうやって女剣士を甘やかすからなあ!」

「この野郎、そろそろちゃんと探しやがれ! そして一括でツケを払いやがれ!」

「えーっ!? ツケだったんですかー!?」

「最初は絶対払うとか言ってたのになあ、お前なあ!」


 昼の閉店間際にそんな言い合いをしていると、一人のお客が入ってきた。


「っと、いらっしゃい――」


 そのお客を見て、デニスは一瞬戸惑う。


 別に恰好がおかしいというわけではない。


 ただ、その少年……少女? が、男か女かわからなかったからだ。


 端的に言えば、人形のように整った顔立ちをしたお客だった。


 瞳のすぐ上あたりで切りそろえられた、金髪のボブカット。中性的な顔立ち。一見して少年のように見えるが、少女のようにも見える。それくらい整った顔立ちのお客だった。


 少年(暫定的に、デニスは第一印象から少年と断定した)はカウンターの端に座ると、落ち着いた調子でメニューを眺めた。


 昼はこれで終わりだな。

 デニスはそう思って、アトリエに外の片づけをしてもらう。

 少年はその間もメニューを眺めながら、ふと物憂げにため息をついたりしていた。


 ヘンリエッタも何となく気を遣って、静かに拉麺を啜る。

 少年はしばらく、何だか意味ありげなため息をつきながら、憂鬱そうな表情でメニューを眺めていた。


 なんかあったのか……?

 デニスはそう思って、しばらく少年の注文を待った。


 しばらく待った。


 結構待った。


 少年は一向に、注文を決めようとしない。

 というより、迷っているのかどうかすらもわからない。

 デニスは落ち着いた声色で、少年に聞いた。


「えっと、どうする? お客さん」

「……ああ……」


 少年は初めて口を開くと、気だるそうな調子で、逆に聞き返す。


「何が……美味しいですかね……」

「うちは、なんでも美味しいよ?」

「そういうのが……一番困るんですよね……」


 店に、再び沈黙が訪れた。


 少年の声色は、やはり少年とも少女とも判別しがたい、中性的としか言いようのない声質だった。


「ああ、なら、カツ丼とかどうだい? みんな美味しいって食べてくれるよ?」

「丼物っていう気分じゃないな……」

「それなら、パスタも美味しいですよ! がっつりスパカツとかどうです?」


 横のヘンリエッタがそう言った。


「重たいのはなあ……」


 少年が流し目でそう言った。


「なら、蕎麦とか……」

「蕎麦はなぁ……」

「じゃあ一体何が良いんだこの野郎!」

「大将落ち着いて! こういうナイーブな時期もあるんですよ! 若者には!」


 カウンターから身を乗り出そうとするデニスを、ヘンリエッタが止める。


 そんなとき、いつの間にかカウンターから出てきていたアトリエが、少年の着ているコートの裾を引っ張った。


 少年は、少しびっくりした様子でアトリエを見る。


「そういうときは、炒飯」


 アトリエが、静かにそう告げた。


「えっと……じゃあ、炒飯で」


 少年がそう言った。




「なんだい少年。何かあったのかい」


 デニスは炒飯を頬張る少年に、そう聞いた。


 なんだか聞いてほしそうな雰囲気を絶えず醸し出しているからだった。


「ふっ……別に、なんでもありませんよ……」

「そうか。何でも無いなら別にいいんだが」

「まあ、強いて言うなら……」


 あ、言うんだな。

 デニスはそう思った。


「周りのレベルが、低すぎるってことですかね……」

「そうか。それは大変だな」

「どういう意味か、気になりますか?」


 それほど気にならないが、パッと見た感じお前のレベルは俺の五分の一以下だな。

 Lv.99のデニスはそう思った。


「意識が低いんですよ。みんな、目の前の依頼をこなして小銭を稼ぐことしか考えてない。もっと上級のパーティーに成長していこうっていう意識が、そもそも無いんですよ」

「だってよ、ヘンリエッタ。小銭も稼げないお前は地中に埋まるべきかもしれないぞ」

「大将はたまにナチュラルに失礼ですよね」


 少年は拳でカウンターを叩くと、顔を上げた。


「僕は、それが嫌なんですよ! 吐き気がする! 向上心の欠片も無い連中が、のうのうと冒険者を気取ってるのが許せない! そうでしょう! 冒険者ですよ! 開拓されきった安全な領域じゃなく! 未知の領域を探検していくのが! 真の冒険者だと! 思いませんか!?」

「そ、そうだなあ。しかし君は、熱いのかどうなのかよくわからん奴だな」

「……ふふ、そんなことを大見得切って話したら、パーティーを追い出されちゃいましてね……ふふ……」

「なあ、ウチのカウンターはパーティーやら何やらを追い出された奴が集まるフェロモンでも発してるのか?」

「知りませんよお、大将」

「ま、あんな低レベルなパーティーはこっちから願い下げですよ! 僕はいずれ、あの冒険者たちの頂点! 『銀翼の大隊』に加入する……伝説のヒーラーになる男なんですからね!」


 そこに加入していた『料理人』ならここに居るんだがなあ。

 デニスはそう思った。

 あと、やっぱり少年で合ってたのね、良かった。


「まあ、なんだ。あんま気張りすぎて、孤立しないようにな? 冒険者は何だかんだ、パーティーあってこそだからよ」

「ふんっ……まあ、僕のレベルに付いてこれるパーティーが存在すれば、ですけどね……」


 お前の今のレベルは、いっても十の後半じゃないか……?

 デニスはそう思ったが、口には出さないようにする。


 少年は炒飯を綺麗に平らげると、銀貨三枚と銅貨を二枚カウンターに置いた。


「釣りは要りません。ごちそうさまでした」

「うん。ぴったりだな」


 少年は立ち上がると、店を出る前に振り返った。


「僕の名前は、ビビア……ビビア・ストレンジです」

「そうか。また来てね」

「次は、エビ炒飯を食べに来ます」


 そう言って、少年……ビビアは去って行った。


 炒飯、美味しかったんだな。

 デニスはそう思った。




 数日後、ビビアはもう一度来店した。


 前と同じカウンターの奥端に座ると、ビビアは顔の前で手を組んで、メニューを見ずに言う。


「エビ炒飯で」

「はいよ。あれからどうだい? 新しいパーティーは決まった?」


 デニスは料理を作りながら、背中越しにビビアにそう聞いた。


「ふんっ……僕くらいのヒーラーになれば、押す手あまたという奴ですよ」

「たぶん、引く手あまた、か?」

「ここいらでも一番のパーティー……『夜の霧団』に加入することになりましてね、ええ」

「そいつは凄い。しかし……失礼かもしれんが、レベルはマッチしてるのか? ほら、君はけっこう年齢が若いみたいだから」

「レベルなんて、後から付いてくるんですよ。僕には上級スキルがいくつもありますので。あとは、実践あるのみですね」

「若いのに精力的な奴だな」

「向こうのパーティーも、僕の将来性を見込んで選んでくれたようでね。やっぱり、上級パーティーは視点が違いますね。しっかり長期的な目線で運用してくれるものですよ」

「そうか。まあ、しっかりやっていけるならそれに越したことはないよな」


 デニスはエビ炒飯を炒め上げると、綺麗に皿に盛って、スープを添えてビビアに出した。


 ビビアは出されたエビ炒飯を前にして、顔を綻ばせる。

 絶妙な茹で加減で添えられたプリプリのエビをそっと口に含むと、ビビアは目を瞑って幸せそうな顔をした。


 やや自意識過剰というかそういう部分のある少年っぽいが、こういう所は可愛い気があるというものだ。デニスはそう思った。


 それに、向上心があるのは別に悪いことじゃない。しっかりとしたパーティーでじっくり育ててもらえば、そのうち実力も追いついてきて、ひとかどの冒険者になれることだろう。


「最初の依頼はいつなんだい?」

「はふっ……あ、明日ですね」

「おお、それは頑張ってくれ。どんな依頼か聞いてる?」

「希少な鉱石の採取で、第五層まで行くみたいです」

「……第五層?」


 デニスは耳を疑った。


 第五層?


 ビビア少年は、どう見たってレベル十の後半だぞ。


 デニスはこっそりサーチをかけて、ビビア少年のメイン・パラメータを探った。

 レベル17。

 年齢にしては高い方だとは思うが、どこのダンジョンだって第五層の適正レベル帯は30後半以上だ。

 新人研修にしたって潜り過ぎだ。レベル十台を連れて行っていい領域じゃあない。


「……潜りすぎじゃないのか?」

「おや、店長。わかるんですか?」

「まあ、それくらいはな」

「大丈夫ですよ。メンバーの最精鋭陣が、しっかりサポートしてくれるみたいですし……まあ、それくらい期待されてるっていうことですかね」

「お前、サポートっていったって……限度があるだろうよ」

「なんですか。店長はダンジョンなんて、潜ったこともないでしょう。冒険者にしかわからない世界があるんですよ」


 ついこの前、第三十七層まで潜った時は死にかけたぞ。

 デニスはそう思ったが、口には出さなかった。


「本当に大丈夫なのか? おい……」

「大丈夫ですよ、上級パーティーなんですから……ん、ごちそうさまでした。美味しかったです」


 ビビアは銀貨と銅貨を組み合わせてぴったり払うと、席を立った。


「それでは、店長。次はカニ炒飯を食べに来ますよ。その時には、武勇伝もお聞かせしましょう」


 そう言って店から出て行くビビアを眺めながら、


 デニスは無理にでも、彼を引き留めるべきか迷っていた。




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