18話 王都 その1
王都。
ジョヴァン王国騎士団々長は、王城の幅広い通路を歩いていた。
通常の騎士団幹部礼装は王国の国色である明るい青と黄色だが、ジョヴァン団長の礼服は、それよりも一段深い鉄紺と黄褐色の布地で構成されている。
その胸元には勲章の大型星章を着用し、帯章である赤い大綬を肩から襷掛けにしていた。
部下達から鉄芯が入っているのではないかと訝しまれるほど真っすぐな背筋をさらに伸ばして歩きながら、ジョヴァンは浮かない顔をしている。
「はぁ……」
珍しく、ジョヴァンは一人ため息をついた。
部下の目の前では、決して漏らさぬ類の吐息だ。
レオノールが新王を継承してから、一切合切ろくでもないことばかりだ。
新王と癒着している様子のヒースも、一体何をしているのか掴めない。
頭こそ良くなかったが、おおらかな気性であった前王の時代が懐かしい。
思えば良い時代だった。
賢王とは言えないまでも、議会の裁量を保護し認めた良王であった。なんの問題もなく、前王の娘たるエステル殿下が王位を継承していれば……あの幼王を補佐して、これまで通りの王国運営が出来ただろうに……。
『王の間』に入ると、王座に座ったレオノールが彼のことを見た。
ジョヴァン団長はその遠方から跪くと、レオノールに向かって名乗りを上げる。
「王国騎士団、第26代団長ジョヴァン。参上いたしました」
「よい。頭を上げ」
腰に金色の剣を提げたレオノールは、座ったままそう言った。
ジョヴァン団長が顔を上げると、レオノールは面白そうな微笑を浮かべる。
「聞いたぞ、ジョヴァン。あのヒースを拾い育てたのは、お前であるらしいな」
「誰からそのことを?」
「本人からだ」
ジョヴァン団長は腰を上げると、両手を体前に重ねて立った。
「たしかにその通りです」
「聞くところによると、あれはもともと裏路地で残飯を漁るような薄汚い子どもだったらしいじゃないか。どうして育てようと思ったのだ?」
レオノールにそう聞かれて、ジョヴァン団長は一瞬、答えに窮した。
「さあ……強いて言えば、才覚がありそうだったからとしか」
「ふむ。ジョヴァンよ。お前は良い仕事をした。お前には人を見る目がある。今ではヒースは俺の右腕として、王国運営の支柱として活動させてあるぞ」
それを聞いて、ジョヴァン団長は微かに眉をひそめる。
ヒース……奴め、調子に乗りおって……。
小さい頃から腕白な所はあったが……あんなに素直な子だったのに。
「して、ジョヴァンよ。あのエステルはいつ捕まえてくれるのだ?」
「警察騎士に命じて捜索させていますが、未だ手がかりが掴めません」
「あれからどれだけ経ったと思っている」
レオノールは王座から立ち上がると、彼に向かって歩み出した。
それを見てジョヴァンはすかさず、再度その場に跪く。
「どうして、小娘一人見つけることができない?」
レオノールがそう問いただした。
ジョヴァンは、思う所が無いわけではなかった。
しかしそれは心の内に仕舞い込み、ふたたび頭を深く下げる。
「申し訳ございません。私の見立てでは、前王派の諸侯が匿っているのではないかと……」
「ならば、諸侯達の領地をひっくり返せばよかろう」
「諸侯らと我々のパワーバランスには、微妙な領域もあり……」
その瞬間、レオノールは腰に提げていた金色の剣で、ジョヴァン団長の頭部を殴打した。
ガツン、という鈍い音が響く。
鞘に納められたままの剣で殴られて、ジョヴァン団長は一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を固めた。
「ジョヴァン、お前は組織運営には向かないんじゃないのか? 前王からはいたく気に入られていたようだが、俺の治世にはゴマ擦りでは通用せぬぞ」
「申し訳ございません」
「騎士学校の教官にでも退くか? 俺は、次期団長にはあのヒースをと思っているのだ」
「しかし、ヒースはまだ若く……」
「黙れ。引退を命じられたくなければ、すぐに探し出して俺の前にあのガキを連れて来い」
「……かしこまりました」
「生死は問わぬが、できれば生きたまま連れて来い。あの娘は見せしめに、公衆の面前で辱めながら処刑してやる」
それを聞いて、ジョヴァン団長はハッと顔を上げた。
「エステル殿下は、前王の御息女でございます。そのような仕打ちは……」
「黙れ!」
レオノールは、また剣の鞘でジョヴァン団長の頭を殴打した。
団長はそれ以上続けず、黙って頭を垂れる。
「ふん、もう下がってよい。お前に任せたのが間違いであった。あの小娘の捜索は、ヒースに近衛兵たちを任せて指揮させることにする。奴ならすぐに見つけてくれるわ」
「しかし……」
「下がれ、ジョヴァン」
レオノールに厳しく告げられて、ジョヴァン団長は立ち上がり、王の間をあとにしようとした。
その背中に、レオノールがもう一度声をかける。
「それとだな。俺の親衛隊の新設はいつまでに終わりそうだ」
ジョヴァンは扉の前で立ち止まると、振り向かずに聞き返す。
「……女性騎士による、親衛隊新設の件ですか」
「そうだ。来週までに候補生を選び、俺の前に通せ。くれぐれも、美人で体付きの良い娘を選べよ。いるだろう、そういうのが」
「…………」
ジョヴァン団長はそれには応えずに、扉を開いてその場を後にしようとする。
しかしその前に、団長はふと思うことがあり、一瞬だけ手を止めた。
私のレベルは87だ。
帯剣していないとはいえ、この男をこの場で殺すことは容易。
潜んでいるはずのレベル50、60級の護衛達を相手取ることを考えても……おそらく遅れは取るまい。
はたしてこのまま立ち去るか、この場でこの男を殺してしまうか。
どちらが国是であるだろう。




