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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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17話 小さな追放者は 終


 墓地には多くの人が集まっていた。


 黒色の喪服を着ている者もいれば、そういう類の衣服を持ち合わせていないために、普段と変わらぬ服装で参列している者もいる。


 喪主はティアの父親が務めており、その隣には街の司祭が立っていた。


 ティアの父親は、上等そうな黒色の喪服を着たポワゾンを見つけると、会釈して礼を言う。


「すみません。色々と、ありがとうございました」

「別に。あのチビが世話になったみたいだからね」


 ポワゾンはそっけなくそう答えた。


「お世話になりました」


 ティアの父親は、再度深々と頭を下げた。


 街には相応のレベルを有した納棺師が居なかったので、一応は白魔導士のポワゾンが遺体の管理や身繕い、化粧をしてやったのだ。


 葬儀には、デニスらも参列していた。

 彼には珍しく、いつものラフな装いではない。きちんとした黒い礼服に身を包んでいる。

 その隣に、アトリエが立っていた。


「どうして最近、ティアの家に行かなかったんだ?」


 デニスがそう聞くと、アトリエは俯き気味に答える。


「こうなる気がしたから」

「わかったのか?」

「なんとなく」


 アトリエは伏し目がちに、そう言った。


 デニスはアトリエから目を離すと、ふと考える。


 ワークスタット家の特殊血統……精神感応(テレパス)のスキルという奴だろうか。無意識ながら、すでに発現させているのかもしれない。

 それで、何かを感じ取っていたのか。


 ティアの父親は参列に来た町民たちに挨拶に回っており、デニスに対しても声をかけた。


「生前は、娘がお世話になりました。ありがとうございます」

「いや、すまない。もっと顔を出していればよかった。こんなに、その、突然だとは」

「いえ。娘は、店長の出前を何より楽しみにしておりまして」

「エステルとも仲が良くなったようだし、近いうちに一度、うちで会食でも開くことができればと思っていたんだが……」

「いえいえ、お気持ちだけで大変有難く……」


 デニスとティアの父親がそうやって話し込んでいる傍で、アトリエは棺の方を見やった。


 ティアが寝かされた棺の横で、エステルが崩れるように跪いて、嗚咽を漏らしている。


 見かねた様子のビビアが、彼女に歩いて近づいていくのが見えた。


「もう、埋葬が始まるよ。参列に並んだ方がいい」


 ビビアがそう声をかけると、エステルは顔を上げた。


 泣き腫らした赤い目をしていて、口がわなわなと震えていた。

 泣きすぎて呼吸が上手く取れず、息が荒くなっている。


「い、いやだ。まだ、余はティアのそばにいる」

「大丈夫だよ。ほら、一緒に来よう」

「いやじゃ。離れたくない。今離れたら、もう二度と会えぬ」


 エステルは絞り出すようにそう言った。

 か細い指は、ずっと棺の縁を掴んでいる。


「眠っているだけじゃ。ちょっと疲れたから、寝ているのだ」


 エステルにそう言われて、ビビアはどう答えてやればいいか、迷った。

 彼女は、それを誰かに肯定して欲しいようにも見える。

 とにかく、誰でもいいから。


 ビビアはふと、墓地の端に立った小さな墓を見た。

 ダンジョンの奥深くで震えていた時に、彼の命を助けてくれた少女が眠る墓だ。

 あの時もこうだった、とビビアは思った。


 泣きじゃくって、誰かに信じて欲しかった。

 彼女が確かに自分を助けてくれたことを、誰かに信じて欲しかった。


「そうだね……そうかもしれない」

「ちょっとしたら起きて、また、車椅子に乗って、余が押してやって、お弁当を食べて、それで、それから……」


 エステルはボロボロと泣きながら、うわごとのように呟き続けた。


 周りの大人たちも集まってきて、エステルの身体をそっと棺から離そうとする。

 引き剥がされようとすると、エステルは怯えた様子で棺を掴んで、嗚咽した。

 肩を掴んだ町民の一人が、彼女を落ち着けようと声をかける。


「行こう。ずっとこうしているわけにもいかない」

「よ、余はまだ大丈夫じゃ。し、心配するでない」


 エステルは抵抗したが、彼女の軽い身体は簡単に引き剥がされて、

 少しずつ引きずられるように、棺から遠ざかっていく。


「いやだ、いやじゃ! また起きるかもしれぬ! まだ余は一緒にいたい! ティア! ティア!」



 ◆◆◆◆◆◆



 埋葬が執り行われて、墓地にまた一つ、新しい墓標が立った。


 参列していた町民たちは一人ずつ去って行き、ティアの父親も、何かの手続きに向かわなくてはならなかった。


 やがて、墓標の前に座り込んだエステルだけが残された。


 誰か彼女を、連れて帰ってやるべきではないかと何人かの町民が言った。

 そっとしておこうと誰かが言った。


 エステルは墓標の前に座り込んで、声も出さずに泣いていた。

 どれだけ泣いても、目から涙が零れ落ちるのが止みそうになかった。


「そろそろ帰るぞ」


 不意に、そんな声が後ろから響いた。


 後から戻って来た、デニスだった。

 エステルは背後に立つデニスには振り向かずに、真新しい墓標を見つめながら返す。


「いやじゃ」

「ずっと縋り付いてたってしかたねえ」

「いやじゃ」


 エステルは膝を抱えて座り込み、腫らした目を膝頭に擦りつけている。


 しばらく、デニスはそのまま待っていた。

 すると不意に、エステルが口を開く。


「何もしてあげられなかった。余は、なにも」

「十分してやったじゃねえか。車椅子作ってやったりよ」

「何にもならん。死んでしまっては、なんにもならん……」


 エステルはすっかり掠れてしまった声で、呟く。


「治してやるなんて言って、ぬか喜びさせて、これじゃ。余はなにをしたんだろう。なにをしてたんだろう……」

「悔やむことじゃねえ」


 エステルは服の袖で目を擦りながら、咳き込むように声を上げる。


「余は優しくなんてない……ティア……余は、優しくなんてないのだ……すまぬ……すまない……」


 デニスはエステルの隣に座り込むと、何んとなしに芝生をむしって、風に吹かせた。


「優しくなるためには、なにが必要だと思う?」


 デニスが聞いた。

 エステルは涙目を浮かべながら、少しだけ考える。


「わからぬ」

「教えてやる。筋肉だ」

「こんな時に、ふざけるでない」


 エステルがそう言った。


「いーや。本当だぜ。優しくなりてえなら、筋トレすることだ。そしたら強くなるからな。強くなれば優しくなれる」

「それはお主だけじゃ」

「逆に言うと、強くねえと優しくなれねえ。大抵の奴はてめえのことで精いっぱいで、他人なんか構ってられねえ。むしろ足を引っ張り合う」

「…………」

「強いと余裕が出来る。自分のことを何とかしたうえで、他人のことも助けてやれる。優しいってのはそういうことだ」

「お主の言ってることは極論じゃ」


 エステルはそう言った。

 デニスは座り込みながら、ふと空を見上げる。


「その点お前は弱い。一人じゃ何にもできねえしな。てめえのことだって満足に助けてやれてない」

「うるさいわ……」

「でもな」


 デニスは、不意にエステルの頭をガシガシと撫でた。

 エステルはその手を払う。


「お前は優しい。弱くて自分のことすら守れないのに、この娘のために街中駆け回って、遊びに連れて行ってやって、助けてやろうとしていた。この世界で一番凄いのはそういう奴だ」


 デニスはそう言った。

 エステルの瞳から、また涙が溢れようとしている。


「強い奴が優しいのは当たり前だ。弱い奴が優しくなるのは難しい。だからお前は凄い。お前は本当にえらい奴だ。きっと王様になれる」

「……ひぃっ……ぐっ……うえ……ぐえ……」


 エステルはボロボロと泣き出すと、苦しそうに声を絞り出す。


「胸が、苦しい。どうしてよいかわからぬ」

「そうだな」

「まだ、一緒に居たかったのに。たくさん話したかったのに」

「そうだよな」

「なんで死んでしまうんじゃ。馬鹿者。生きていてくれるだけでいいのに。なんでそんな簡単なことが、できないのだ」

「そうだな……」

「馬鹿者め。この、馬鹿者め……」


 エステルは泣きじゃくりながら、ティアの墓標に向かって、ずっと呟き続ける。


 デニスは彼女の気が済むまで、一緒に居てやることにした。


 今日は臨時休業だ。

 仕方ない。



 ◆◆◆◆◆◆



 数日前。


 重い車椅子を押すのは、とても大変だった。

 エステルの足はもうパンパンに張って、身体中のか細い筋肉が悲鳴を上げていた。


 もう日は沈みかけて、空は朱色の混じった暗い紺色から、真っ黒な夜空へと変わろうとしている。

 ティアの家の前までやっとのことで車椅子を押してやると、エステルは疲れ切った様子で、しかし元気に笑う。


「ふ、ふははは! それでは、また明後日であるぞ! ティア! 明日は大事な作戦会議があるのでな!」

「うん。また明後日ね」


 ティアがそう言うと、エステルは疲れた様子で手を振って、家路に着こうとした。


 ティアは父親のことを呼んで、家に入れてもらおうとする前に、

 振り返って、エステルの後ろ姿を見た。


「エステル!」


 ティアがそう呼ぶと、ぎくしゃくとした足取りで帰ろうとしていたエステルが、振り向いた。


「なんであるかー?」


 遠くからエステルが、よく通る声でそう聞いた。

 ティアは口元に手を添えると、エステルに呼びかける。


「今日は、ありがとう!」


 ティアがそう叫ぶと、エステルは笑って、手を振った。


「よい! 余も存分に楽しんだ!」

「もしも、明後日に私が居なくても!」


 ティアはそこで言葉を区切ると、もう一度肺に空気を溜めて、


 叫ぶ。


「気にしないで! 元気でね! 気を付けてね!」

「なんじゃ? 明後日は、用事があるのであるかー?」

「そうじゃないけどー!」

「なら、変なことを言うでないー!」

「もしもあなたが! 困ったときには! 危ないときには!」


 ティアはもう一度息を吸い込むと、エステルに向かって言う。


「私がきっと、助けてあげるから! きっと!」

「ふはは! 楽しみにしておるぞ! それではな、ティア!」


 エステルはそう言って手を振ると、ティアに背中を向けて、食堂への道を歩いて行った。


 ティアはその小さな背中を見つめていた。


 日は沈み、暗闇が空を覆いつくし、輝く無数の星々は輝きだし、その光が街に降り注ごうとしている。



 人生は長かったり、短かったりする。


 夜空に輝く星の光は、強かったり、弱かったりする。


 でも、輝いたことに変わりはない。



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作者銀魂好きそう
いい話すぎて涙が止まらないです。エステルもティアもすごくいいこで思いやりがあってデニスも他の出てきた人たちみんな優しくて。
涙がなかなか止まらない!
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