15話 小さな追放者は その4
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むかしむかし。
まだ王国が存在する前のこと。
家族や慕ってくれた仲間たちを殺されたイニスは、狂気に陥りました。
イニスはどす黒い復讐の心に支配され、従えていた部族たちを鍛えて束ねると、村を焼き払った者たちが住む土地を灰に変え、串刺しにして、皆殺しにし始めました。
イニスの力はより強大になり、その力はついに、山を砕き空を切り裂き、果ては未来を見通すまでになりました。
その支配はより広くなり、イニスは自分の支配する部族たちを、恐ろしい規律によって縛り始めました。
人の世に絶望し、悪しき心に支配されたイニスを止めることができるのは、ユングフレイしかいません。
ユングフレイはイニスの支配から逃れた民を集めると、彼らの先頭に立ちこれを導きました。
イニスの恐ろしい圧政から人々を救済し、その優しい心によって次々と仲間を増やしたユングフレイは、ついにイニスと対峙することになりました。
ユングフレイとイニスの力はとても大きかったので、他の如何なる者も、如何なる軍勢も二人の間に立ちはだかることはできませんでした。
ユングフレイはかつてイニスを目指して振り続け、そうしてこの世界から『スキル』を発見した剣を握り、これに『スキルグラム』と名付けました。
対してイニスは、彼の巨大な膂力を象徴するような、二振りの槌にも似た分厚い短剣を握りました。
イニスはその目で未来を見通し、幾度もユングフレイの頭を叩き潰し、その身体を真っ二つに切り裂きました。
しかし、ユングフレイは何度殺され潰されようとも立ち上がり、民を守るために剣を振りました。
山々が退き、雲が千切れ飛ぶ激しい戦いは六日間に渡って続き、七日目に決しました。
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「うわあ、すっごーい……」
ティアは目の前の車椅子的な物を見て、思わずそう呟いた。
車椅子には不似合いな大きめの車輪、部品ごとに綺麗だったり錆びついていたりする金具に、あまり統一性の感じられない色違いの布地。
そこにフライパンの取っ手やフライ返し、それに底敷きの厚底鍋などが装備されて、色々と歪ながらも確かに車椅子的な機能が有りそうな物体が完成していた。
それを部屋まで運んできたエステルは、誇らしげに胸を張る。
「ふははは! 余の指揮能力と統率力があれば、ザッとこんなもの!」
「これって、エステルが作ったの?」
「余の力だけではない! 街のみんなが手伝ってくれたのであるぞ! ほれ、ティア。座ってみい!」
エステルに促されて、ティアはその車椅子に座ってみる。
座り心地はよろしくないが、まあ一応座ることはできる。車輪が大きすぎるので、自分で移動することはできなさそうだった。
「ようし! 凱旋と参ろう! 父上殿、ちょっとティアを借りてゆくぞ!」
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「よい天気であるなあ、うん!」
エステルはティアの車椅子を押しながら、街路を歩いている。
久方ぶりに外へと出たティアは、太陽の光を眩しそうにしていた。
「本当だねえ。いいお天気」
「これからは、体調を気にせずとも外に出られるな! 余が居ない時には、父上殿に押してもらえばいいのだ!」
「そうだね。ありがとう、エステル」
「ふはは! 礼など要らぬわ!」
エステルは街の広場まで来ると、背負っていた麻袋から二人分のお弁当を取り出した。
デニスが用意してくれた弁当を二人で食べながら、ティアはニコニコと楽しそうにしている。
「ティアの身体は、いつ良くなるのだ?」
エステルはフォークで卵焼きを刺しながら、そう尋ねた。
「うーん。実は、治らないって言われてるんだよね。あんまり長生きできないみたい」
「それじゃあ駄目じゃ! 最初から諦めていたら、治る物も治らんぞ!」
エステルがご飯粒を飛ばしながらそう言うと、ティアは困ったように笑う。
「私の胸って、普通の人より弱いんだって。昔、王都のお医者さんに診てもらったの。もしも強い発作が起きたら、わからないって」
「これまでもあるのか? そういうことが」
「うん、何度かね。冷や汗がどっと出て、胸がぎゅーって苦しくなるんだ。その時は大丈夫だったけど、次はどうなるかわからないな」
ティアが弁当を箸でつまみながらそう言うと、エステルは立ち上がる。
「だーいじょうぶじゃ! そうなる前に、余が何とかしてくれる!」
「あはは、無理だよ。王都の偉いお医者さんでも駄目だったんだから」
「いーや! 大丈夫じゃ! 余が必ず、王国中の医者たちをかき集めてお主の病を治してくれる!」
「集めるって、どうやって?」
ティアがそう聞くと、エステルはチッチと舌を鳴らした。
「ふふん。実は余、お主が聞いたら驚いてぶっ倒れてしまうような、やんごとなき血筋なのである!」
「うーん、食堂で働いてるのに?」
「まあ……今はわけあって食堂で働いておるが、いずれ余は必ず王都に返り咲くぞ! その時には、まず初めにお主の病気を必ず治してやる! 約束じゃ!」
エステルが真剣な様子でそう迫ると、ティアは可笑しそうに笑った。
「なんだかわからないけれど、ありがとうね」
「信じてないなあ!? このお!」
「信じるって。あはは」
どうも受け流された感じのあるエステルは、不満げに頬を膨らませる。
しかし次の瞬間には笑顔になり、ティアの肩を掴んだ。
「身体が治れば、学校でも何でも好きなところに行くことができるぞ! そうじゃ! 余、天才かもしれん! きっと、王国にはお主のような病気の子がたくさんおるに違いない! みんな探して集めて、まとめて治してしまえばいいのじゃ!」
「まあ、できたら凄いね」
「ふはは! 余に不可能があるものか! こりゃあよいぞ! 余も流浪の身となった時はどうしようかと思ったが、王城に居ては決して気付かぬ発見である! 何事も勉強であるなあ!」
エステルが弁当を片手に高笑いすると、ティアはそれを見て、楽しそうに微笑んだ。
「まあ、期待しないで待っておくよ」
「ふはは! 期待しておれ! いずれ王都を案内してくれる!」
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車椅子を押して街中を巡った頃には、空はすっかり赤く染まり、太陽が沈もうとする時間になっていた。
エステルがやや疲れた様子で車椅子を押していると、ティアはそれに気付いて、尋ねる。
「大丈夫? 疲れたんじゃないかな」
「ふ、ふはは! 心配せずとも、大丈夫である! 余がこれくらいで疲れるものか!」
エステルは、重い脚を引きずりながらそう言った。
ティアは、彼女が疲れ切っていることにはもちろん気付いていたが、そこについては触れなかった。
「エステルは、優しいね」
「なんじゃ、いまさら。余が優しく、慈悲深いのは当たり前である」
エステルがそう答えると、ティアはまた、微かに笑った。
「出会ってから、そんなに経ってないのに。こんなに良くしてくれて」
「共に過ごした歳月が多かろうと少なかろうと、関係無いじゃろう」
エステルはそう言って、自分の体重を預けながら車椅子を押す。
重量などを無視して突貫工事で作ったため、車椅子はとても重かった。
「そういうのを、優しいって言うんだよ」
「あーもう! そういうことを言われると恥ずかしいわ! 黙って押されておれ!」
エステルはそう言って、重い車椅子を少しずつ押していく。
ティアは座り込みながら、赤く染まる夕焼けを眺めていた。
窓から覗くよりも、ずっと綺麗だ。
暗色が混じり始めた空には、ひときわ輝く星の光が現れようとしている。
そこに輝きの鈍い星の光も合流して、夜空が星々で満たされるまでには、もう少し時間がかかるだろう。
どうして、夜空に輝く星の光は、強かったり弱かったりするんだろう。
どうして、人は生まれながらに、強かったり弱かったりするんだろう。
どうして、人生は長かったり、短かったりするんだろう。




