11話 追放鍛治屋に御用かな? 終
ポワゾンは宿に入っていくと、左右に開けた通路を眺めた。
一階に見張りは居ない。少なくとも通路には。
「さあて。あの盗人娘はどこに捕まってるのかしらね」
予想としては、二階の隅の部屋だろう。
悲鳴などが上がってもいいように、他の建物から一番離れた部屋に監禁されているはず。
位置的には、二階の左奥の角部屋か。
ポワゾンは部屋の辺りをつけると、左側の通路から真っすぐ奥の階段へと向かう。
そこで後ろからトタトタという足音が聞こえて、ポワゾンは振り返った。
「ど、どうじゃ、ポワゾン! だ、だだだ大丈夫か!」
倒れている外の見張りを踏み越えて着いてきたのは、緊張した表情を浮かべたエステルだった。
それを見て、ポワゾンは呆れたような顔を浮かべる。
「あんた。ついて来るなって言ったでしょ」
「王族たる者が、危険事を人に任せていられるか! 余も着いてゆくぞ!」
「レベル一桁に着いてこられる方が危ないんですけど。何も出来ないんだから、大人しく食堂で待ってなさいよ」
「立ち向かう敵を選ぶようでは、王族など名乗れぬわ!」
「はあ。勇気と蛮勇の区別くらい付けて欲しいわ」
ポワゾンがそう言ってため息をつくと、左右の階段から複数人が駆け下りてくる足音が聞こえてきた。
それを聞いて、エステルはポワゾンのドレスにしがみ付く。
「ひ、ひい! 来るぞ! 来るぞポワゾン!」
「わかってるわよ。あんた、何秒くらい息止められるの?」
「なんじゃ? 三十秒くらいかの」
「二分止めなさい」
ポワゾンはそう言うと、胸の前で杖を細かく繰った。
「『死の霧』」
◆◆◆◆◆◆
「ボス」
一人の男が、刺青の男に声をかけた。
「下の階で騒ぎが」
刺青の男は握っていたジュエルの髪を離すと、その場に立ち上がってデニムのポケットに手を突っ込んだ。
立ち上がった姿を見ると、やはり体格が大きく筋肉質な男だった。肉体労働で鍛えたという雰囲気ではない。大きいながらも無駄なくついた筋肉。その肌に、無数の刺青が載せられている。
彼は、連絡を寄越した男に顔を寄せた。
「駐在の警察騎士か?」
「わかりません。今、見張りを向かわせています」
「お前も、他の奴らを連れて出向け。ここは俺だけでいい」
「わかりました」
男はそう答えると、部屋に控えていた連中に手で合図した。
「エリオット。警察騎士ならお前が上手く捌け。話が通じないようだったら連絡しろ。別の連中ならお前に任せる」
刺青の男がそう言うと、腹心と思わしき男が何人かを連れて部屋から出て行く。
それを見ると、刺青の男はジュエルの傍に再びしゃがみ込んだ。
「お前を助けに来るような奴がいるのか?」
「し、知らない……」
「まあ、誰が来たところで無駄だが。商人組合は警察騎士とも繋がっている。王政府の重役に仲介者が居るのさ」
刺青の男はそう言った。
「仲介者……?」
「昔に大混乱があった時に、色々な組織の関係を取り持った奴がいるんだ。俺も直接会ったことはないが、代理人を通して面倒を見てもらっている」
刺青の男がそこまで言ったところで、背後の扉がガチャリと開かれた。
「エリオット。早かったな――」
刺青の男は振り返ると、それ以上言葉を続けなかった。
そこに居たのは、背の高い黒髪短髪の男。
デニスだった。
デニスは先ほど手下を引き連れて部屋から出て行った男の襟を掴みながら、堂々とした様子で立っている。
「エリオットってえのは、こいつのことか?」
デニスは引きずって来た男をその場に離すと、手を払って刺青の男に向き直る。
刺青の男は隠す様子もなく、デニスに対してサーチスキルを発動させた。
その結果を見て、彼は表情を硬くする。
「レベル100……? 限界レベルが、なぜこんな片田舎にいる?」
「俺にサーチスキルを通せるっつうことは、レベル60以上か」
デニスは開いた扉から肉切り包丁を一本錬成すると、それを握った。
「小せえギャングのボスにしては、ずいぶんの強者だな」
「わかったぞ」
刺青の男はデニスを見て、何か閃いたように人差し指を一本上げた。
「ロストチャイルを倒したという料理人か」
「だとしたらどうする」
デニスは様子を見ながら、一歩だけ刺青の男に近づいた。
筋肉質な身体付きだが、第一感としては拳闘士や剣士というタイプではない。
別の職種だな。
「その娘を渡してもらう。うちの従業員が、彼女に用があるようでね」
「渡せと言われて言う通りにしていたら、俺達の世界じゃあやっていけないんだぜ」
刺青の男はそう言うと、立ち上がるようにしてさりげなく腕を垂らし、指先で床に触れた。
錬金系だな。デニスはそう察した。筋肉質な身体を見せびらかして近接戦闘系のスキル持ちと誤認させ、不意の一撃必殺で刈り取るタイプだ。殺し合いに慣れてない相手なら騙される。
「勝ち目は無いぞ。抵抗しない方がいい」
デニスはそう忠告した。
お前の手の内は割れているぞ、という意味合いも含んだつもりだった。
刺青の男はそれを聞いて、床に指で触れたままニヤリと笑う。
「そう言われてもな。やってみないとわからん」
「お前はとんでもない悪党みたいだが、なかなか骨のある奴みたいだ」
デニスはそう言うと、肉切り包丁にスキルをいくつか重ねて構えた。
「敬意をもって屠ってやる。来い、刺青野郎」
「一つ忠告してやるが、俺をやったら商人組合に喧嘩を売ることになる。ある幹部と繋がっているんだ」
「この前、そこのボスをぶっ飛ばしてやったばかりだ」
「わかってないな、お前は」
刺青の男は、デニスに対して笑みを浮かべた。
「代表が不在になったせいで、かろうじて纏まっていたイカれた連中が野放しになったのさ。今じゃみんな好き勝手にやってる。制御不能だ。今はまだロストチャイルにならって紳士の商人ごっこをしているが、いつか大変なことになる」
「ごちゃごちゃしたことはわからねえが、喧嘩を売って来るなら一人ずつぶっ飛ばすだけだ」
「一人で来るとは限らない」
刺青の男はそう言うと、ふと息を吸った。
それと同時にデニスの左側面の壁が歪み、刺青の男が叫ぶ。
「『錬金』! 『形状変化』!」
壁が柔らかいゼリー状にたわむと、次の瞬間に壁から無数の槍が伸びて、デニスに襲い掛かった。
デニスは素早く肉切り包丁を構え直すと、スッと重心を下に落として膝を曲げる。
なかなかの錬金だ。速さも威力も申し分ない。
しかし昔の上司……あのヴィゴーの全力の猛攻に比べれば、
脅威に感じるようなことは少しもなかった。
◆◆◆◆◆◆
「さてと」
一撃喰らって伸びている刺青の男を確認してから、デニスはジュエルの拘束を解いてやった。
やや衰弱している様子のジュエルは、弱弱しい力で何とか起き上がると、デニスのことを見つめた。
「どうして……助けたの?」
「別に。自業自得だとは思ったんだがな。死なれたら寝覚めが悪いし、本もかっぱらわれたから回収ついでに助けてやっただけだ」
デニスが辺りを見回すと、部屋の隅にアトリエの本が置いてあった。
土で汚れた本を手で払うと、ちょうどポワゾンとエステルがやって来る。
「あら。こっちはもう片付いてたのね」
気絶している様子の刺青の男を見て、ポワゾンがそう呟く。
その背後から、顔を真っ赤にしたエステルがポワゾンの肩を叩いた。
「ぽ、ポワゾ……おご……んご……」
「ん? ああ、もう息吸ってもいいわよ。効果範囲外だから」
「は、はぁ……はぁ……こ、怖かった。人がバタバタ倒れていくのめっちゃ怖かった……。普通に殺戮兵器じゃな……あれ」
エステルはポワゾンに寄りかかりながら何度か深い呼吸を繰り返すと、地べたに座り込んだジュエルを見つけた。
「おお! 無事だったか、ジュエル!」
「ぐわっ。ちょ、ちょっと……」
「いやあ、良かった、良かった! 大事にならなくてよかったのう! 一時はどうしたものかと思ったぞ!」
本気で心配していた様子のエステルに、ジュエルは面食らってしまう。
その様子を見て、デニスが本を抱えながら微かに笑った。
「ま、とりあえずは良かったな」
「まーったくこの罰当たりめ! よりによって、アトリエ殿のワークスタット家の家宝を盗むとは! 反省しろこの!」
「ワークスタット家?」
ジュエルはその名前に反応すると、デニスのことを見た。
「あの子、ワークスタット家のなんなの?」
「アトリエのことか?」
デニスはそう聞き返すと、そのまま続けた。
「その家の跡継ぎだった奴だよ。フルネームでアトリエ・ワークスタットだ」
「そんな娘が、こんな田舎の食堂にいるわけないじゃない」
「色々あったんだよ」
デニスはそう言って、肩をすくめた。
まあ本当に、色々あったものだ。
ジュエルはエステルに抱き着かれながら、昔のこと……王政府に尋問を受けていた時のことを思い返す。
あの少女と同じ、銀髪をした紳士。
自分のことを庇ってくれた、あの心を読む魔法使い。
たしか、アトリエという名前の娘がいると。
食堂では気にも留めていなかったが、まさか……。
「よし、ジュエル! 我々に協力してもらうぞ! お前の知識が必要なのじゃ!」
エステルがジュエルの肩をぽんと掴んでそう言った。
ジュエルは何だか戸惑ったような表情を浮かべると、ぽつりとつぶやく。
「わ、わかった……うん」
「なんだ、急に改心しやがったな。相当あいつらに絞られたか?」
不意にしおらしくなったジュエルを眺めて、デニスがそう言った。
◆◆◆◆◆◆
ポワゾンに後処理を任せたデニス達は、食堂へと戻った。
食堂にはアトリエと一緒に居たビビアと、あとはセヴヴァヴルヴヴォルムが待機していた。
「無事で良かったよ、お嬢さん」
「えっ? 誰?」
ジュエルは思わず、セヴヴァヴルヴヴォルムにそう返した。
その疑問はとりあえず置いておき、ジュエルはアトリエの方に向かう。
ジュエルはテーブル席に座るアトリエの前に立つと、何となく言いづらそうにしながら口を開いた。
「あの、ごめんなさい……その」
「別にいい」
アトリエは無表情でそう返した。
「無事で何より」
「あの、実は私ね。昔、あなたのお父さんに会ったことがあるの」
ジュエルがそう言うと、アトリエはピクリと眉を上げて、珍しく無表情を崩しかけた。
「そう」
「ファマスっていう人だよね? あのさ、今どうしてるのかな? できれば、お礼が言いたくて……」
「もういない」
アトリエはそう言った。
「どういうこと?」
「そのまま」
アトリエが短くそう答えると、ジュエルは何かを察した様子で、その場に立ち尽くした。
「そうか……そう。わかった」
◆◆◆◆◆◆
「ということでじゃな、ジュエル」
テーブルを挟んでジュエルの前に立ったエステルは、彼女に向かって事の経緯を説明している。
「『王剣の儀』で、余は王剣スキルグラムの発動に失敗したわけじゃ。余はそれがすり替えられた偽物じゃったと睨んでおるが、そうなると直前の鑑定スキルの結果と噛み合わん」
エステルはそこまで説明すると、ジュエルのことを見た。
「お主はどう思う? 王剣の鍛冶一族、ジュエル・ベルノーよ」
そう聞かれて、ジュエルは唇に指をやりながら、何かを考え込んだ。
そして顔を上げると、エステルに向かって口を開く。
「つまり純血王族にも関わらず、『王剣』が発動しなかったわけね?」
「そうじゃ」
「しかも、その『王剣』は直前に鑑定スキルによって、本物であることが確認されていたと。その後の混乱の渦中ならいざ知らず、少なくともあんたが握るまでの間には、すり替えることはまず出来なかったと」
「その通り」
「わかった」
ジュエルは一呼吸置くと、エステルに言う。
「結論から言うと、あなたが握ったのは『本物の王剣スキルグラム』よ」
「余の血統を疑っておるのか?」
「いいえ。そうでもない。あなたが経験した『王剣の儀』で実際に起きたことを推測すると、こうなる」
ジュエルは立ち上がると、テーブル上に指を置きながら、出来るだけ順序立てて説明しようとした。
「まず、その王族護衛官が持ってきた王剣は『本物』だった。だから、鑑定スキルの結果は当然『本物』になる。あんたはその『本物』の王剣を握り、発動に失敗した」
ジュエルはテーブル上に置いた指を、中心付近でいったん止めた。
そこで小さな円を描くようにして指を回すと、ジュエルは続ける。
「その後、混乱の中で何らかのスキルにより、王剣は『本物』から『偽物』へとすり替えられる。そのレオノールとかいう奴が発動したのは、『偽物』の王剣の方」
「待て。どういうことじゃ? レオノールによって、王剣は確かに発動したのじゃぞ」
「私が父親から聞いた話が正しければ」
ジュエルはテーブル上から指を離すと、腕を組んだ。
「王家が現在使用している王剣は、偽物でありながら本物なの。偽物の本物と、本物の本物が存在する。そして、現在の王家は『本物の王剣』の力を引き出すことができない。だから、あんたが王剣を発動できなかったのは当然。そもそも、今まで本物を発動させた者は存在しないんだから」