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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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10話 追放鍛治屋に御用かな? その4


「お父さん?」


 ジュエルの父親が王城に召し仕えられていた頃。


 王家に最も信頼される鍛冶一族の一人娘として、父親の跡を継ぐと信じて疑わなかった頃。


 ある晩に血相を変えた様子の父親は、ジュエルの小さな肩を掴んで言った。


「いいかい、ジュエル。私の話をよく聞くんだ」

「お父さん、顔色が悪いよ」

「これから、お前は色んな人に質問をされるだろう。だが、絶対に「知らない」と答えるんだ。いいね」

「何を? 何を知らないって言えばいいの?」

「全てだ。お前は何も知らない。いいね?」

「お父さん? ねえ、お父さん。どういうことなの?」

「大丈夫だよ、ジュエル。お父さんの言う通りにしてくれよ。お前は何も知らない。何も知らないんだからね」


 その父親が国家反逆の罪で処刑台に上げられたのは、それから数週間も経たない内だった。


 まだ小さかったジュエルも、王政府の色々な役人に質問責めにあった。

 それはほとんど尋問で、常に、もう一歩で拷問に変わるような雰囲気があったことを覚えている。


 その最後の日に、役人たちとは雰囲気の異なる男が、ジュエルの前に現れた。

 背の高い男で、不思議な髪の色をした紳士だった。


 最初、ジュエルはその男が総白髪だと思った。

 しかしよく見てみれば、その髪は全て綺麗な銀色だった。


「ワークスタット卿」


 銀髪の紳士の隣に控えていた役人が、彼にそう耳打ちした。


「卿の精神干渉の魔術で、この娘の嘘を暴いて欲しいのです。この小娘は、王家の秘密を知っているはずです」


 そう耳打ちされた銀髪の紳士は、連日の尋問で憔悴しきったジュエルのことを一瞥すると、役人に問い返した。


「まだ小さい子供だ」

「反乱分子の可能性があることに、違いはありません」


 役人がそう言い返すと、銀髪の紳士は一つため息をついて、ジュエルの前に座った。


「やあ」


 銀髪の紳士はジュエルの前で手を組むと、気さくな調子で声をかけた。


 ジュエルは緊張して、身がすくむ思いだった。

 連日恫喝され尋問された条件反射もある。

 しかし、目の前に座るこの銀髪の男が、明らかにこれまでの役人とはレベルが違うことに気付いたのだ。


「私はファマス・ワークスタット。ファマスでいい。お嬢さんの名前は?」

「じゅ、ジュエル。ジュエル・ベルノー……」


 そう言った瞬間、ジュエルは奇妙な感覚に気付いた。

 頭と心臓を鷲掴みにされているような感覚。

 奇妙な切迫感。


 ジュエルがそれに気づいて顔を上げると、ファマスと名乗った紳士は、軽く微笑んだ。


「ジュエル。私には特技があって、人の心が読めるのだ」


 ファマスはジュエルに目線を合わせるようにして、腰を丸めて、肩の位置を下げた。


「心を読んだり、条件付きで操ったりすることができる。だから、君が嘘をつくと私にはすぐにわかる。君の血族は『複製(コピー)』という特殊なスキルを持っているが、私の血族にはそういうスキルがあるのだ」


 ファマスがそう言うと、ジュエルは言いようのない焦りに襲われた。


 きっと本当だ。

 この男の言うことは、全部本当だという確信があった。


「だから、それを踏まえて答えて欲しい。君は、お父さんから何か聞いたのかな? たとえば、王剣にまつわることを。他の人が知らないようなことを」

「私は、その……」


 ジュエルは全身から冷や汗を噴出させながら、何とか声を絞り出そうとした。


 ジュエルは知っていた。

 父親から聞いた話を知っていた。


 ずっと知らないと言い続けてきたが、彼女は確かに、彼らが求めている情報を知っていたのだ。


「し、知らないです。何も、何も知らないです」

「本当に?」


 ファマスは優しく微笑みながら、ジュエルにそう聞いた。


 頭の中に手が滑り込んでくるような感覚があって、ジュエルは背中に怖気を感じていた。

 閉め切った部屋の中にも関わらず、絶えず風が吹いているような感覚。

 このファマスという男が何かを発していて、ジュエルはそれにあてられているのだ。


 駄目だ。わかるのだ。

 やっぱり、この男にウソはつけないのだ。


「私にも、君みたいな娘がいる。君よりもう少し小さいけれど、アトリエという名前なんだ」


 ファマスがとつぜんそう言った。


「は、はい」

「娘には、私よりも強い才能があるんだ。まだ発現はしていないが、とても大きな力を秘めている。そのせいかちょいと無口なのが気になるけれど、まあ、何とかするだろう。みんなそうするものだよな」

「は、はあ……」


 ジュエルはその言葉の意図がわからないまま、何となく頷いてみせた。


「だから、君みたいな娘を持つ父親としてだな。君のことを処刑台に送るようなことはしたくない。もう一度だけ質問しよう」


 ファマスは一呼吸置くと、ジュエルにもう一度聞いた。


「本当に、王剣について、何も知らないのかい?」


 ジュエルはそう聞かれて、ほとんど泣きそうになった。


 駄目だ。全部バレている。

 本当のことを言うしかない。

 自分は……。


 ジュエルが真実を打ち明けようとしたとき、

 彼女の頭の中に、直接響く声があった。


 頭の中で、『言うな』という男の声が響いた。

 ジュエルは目の前のファマスを見たが、彼の口は一切動いていない。


 『知らないと言いなさい。もう一度だけ、知らないと答えなさい』


 そんな声がまたジュエルの頭に響いたが、やはりファマスの口は微動だにしていなかった。

 彼の唇は一文字に閉じられており、その瞳だけがジュエルのことを見つめていた。


「し、知りません。本当に、知りません」


 ジュエルがそう言うと、ファマスは満足気に立ち上がった。

 傍の役人が、彼に問いかける。


「どうでしたか。卿の発言があれば……」

「いいや。やはり何も知らないようだ」

「そんなわけがありません」


 役人は、驚いた様子でそう言った。

 ファマスはその顔を見て、肩をすくめる。


「釈放してあげなさい。この娘は無関係だよ。ワークスタット家当主である、この私が保証しよう」

「卿、それでは困るのです。もう一度、試してもらえませんか?」

「何度やっても同じだな。心を読むのは疲れるから、あまりやりたくないんだ。それに、こんな小さな娘を極刑にしようとするのはそもそも間違っている」

「そこを何とか。間違いがあっては困るのですよ」


 役人がそう言ってファマスに詰め寄ると、彼は一瞬だけ、役人の瞳をじっと見つめた。


「君も夜遊びは大概にした方が良さそうだな。王政府の役人が、娼婦街に入り浸ってるのは感心しないぞ」

「な、なぜそのことを」

「ちょっと読めばわかる。さて。仕事もしたし、私は帰ろうかな」



 結局、ジュエルはその後すぐに釈放された。


 一族追放という憂き目にはあったが、とにかく命だけは助かって、王都から離れることになった。


 その後は自分の特殊スキルを使ってその日暮らしで生き延びながら、街から街へと転々としながらの生活が続いた。

 ジュエルには何となく、自分は一生こうやって生きていくんだろうな、という感覚があった。


 一度追放されたら、どこにも居場所は無いような気がしていた。

 どこかに居を構えて、誰かに頼るの気にはなれなかった。


 誰かに頼ってどこかに居座ったりしたら、また自分のあずかり知らぬ所で何かが起きて、全部ひっくり返されるような気がしてならなかったからだ。


 だからジュエルはそうやって盗人として、おおむね自分の力だけで、何にも頼らずに何にも所属せずに生きていた。



 ◆◆◆◆◆◆



「ごほっ! げほっ……けほっ……!」


 ジュエルはむせながら、苦しそうに呻いた。


 両手両足を縛られて、ジュエルは床に這いつくばっていた。

 その髪を掴んだ男が、もう一度ジュエルの顔を水面に沈めようとする。


「がはは。てめえみたいな生意気なガキをいたぶるのは楽しいぜ」

「その辺にしておけ。あまり衰弱されると、高値で買い取ってもらえん」


 彼女の小さな頭を押さえつけていた男に向かって、上裸の刺青の男が声をかけた。


「げほっ……けほ……ひゅー……」


 水責めで散々いたぶられたジュエルは、すでに虫の息になっていた。

 その前にしゃがみ込んだ刺青の男は、ジュエルに向かって無感情な声で呟く。


「反省したか? 小娘よ」

「は、はぃ……ゆ、許してください……」

「そろそろ顔が真っ青になって、反省の色が見えてきたな。これくらいで勘弁してやるか」

「あ、ありがとぅござぃます……ぁりが……」


 ジュエルは頬を床に押し付けながら、何とか声を絞り出していた。

 その様子を眺めた刺青の男は、ふと思いついたように声をかける。


商人組合(ハンス・ユニオ)っていう組織を知っているか?」

「ぃ、いぇ……いえ……」

「ロストチャイルという頭のおかしい男が組織した、商人だけの互助組合でね。表向きは王国の商人ギルドの代表を気取っているが、裏では色々とヤバいことをしている組織なんだ。俺たちのお得意様が何人もいる」


 刺青の男はジュエルの髪を掴むと、無理やり顔を上げさせた。

 頭皮を引っ張られる痛みにジュエルが悶え、それに構わず刺青の男は語り掛ける。


「その中に、『少女商人』という奴がいる。少女商人といっても、別に女の子が商人をやってるわけじゃない。商人組合は『扱う売り物』と『商人』の組み合わせで呼ばれるから、そいつは『少女を専門として取り扱う商人』ということになる。知っていたか?」

「ぃ、いえ……知りません……」


 ジュエルは頭の痛みに顔をしかめながらも、荒くなった呼吸で何とかそう答えた。


「以前まで商人組合(ハンス・ユニオ)の代表は『幻獣商人』ロストチャイルだったんだが、彼は牢屋に入っちまってね。今は幹部だった『暴力商人』と『義肢商人』、それに『少女商人』が仕切っている。そいつらに恩を売っておきたいと思っていたんだ」


 刺青の男はそこまで言うと、ジュエルの瞳を見つめた。


「ところで、お前の盗品だが。どうやって埋め合わせてくれる?」

「必ず、必ず埋め合わせますから。だから……」

「うむ。それなら、すぐに埋め合わせてもらおう。お前はその『少女商人』に売り飛ばす。それでいいな?」

「あの、許してください。何でもしますから。あの……」

「少女商人は、俺達だって身の毛がよだつような奴なんだ。女の子なら何だって扱うんだからな。聞いたところによると……いや、これ以上はやめておこうか。舌を噛み切られても困る。きっと、お前が想像もつかないような商品にされるぜ。まあ、知ったこっちゃないが」

「お、お願いします。許してくらさい。何でもしますから……」

「お前は一匹狼を気取って盗人で喰ってたみたいだが、これが本当の狼の世界さ。俺達の世界じゃ、ぜんぶ自己責任だ。知っていただろう?」



 ◆◆◆◆◆◆



 ジュエルが拘束されている、街の外れにある宿。


 その前に、ジャケット姿の強面の男が二人立っている。

 そこに、一人の紫髪の女性が歩いてやってきた。


 強面の男たちを無視して宿へと入ろうとした紫髪の女性……ポワゾンの前に、男がスッと身を出して進路を遮る。


「ご婦人。残念ながら、今日はこの宿は貸し切りなんだ。他をあたってくれないか」

「貸し切り?」


 とポワゾンが聞いた。


「困るわ。ちょっと用のある娘がいるのよ。通してくださらないかしら?」

「俺達以外にはいないよ」

「いいえ、居るはずなのよね」


 ポワゾンが無視して宿へと歩を進めようとすると、強面の一人がその肩を強く握った。


「おい、優しく言ってやるのはこれで最後だぜ。痛い目を見たくなかったら……」

「あら。タイが曲がってらしてよ」


 ポワゾンはそう言って、男の襟首を掴んだ。

 その瞬間、ポワゾンのスキルが発動する。


「『蝶の鱗粉(プドル・デ・パピヨ)』」


 ポワゾンが握り込んだジャケットの襟から、紫色の鱗粉のような粉末が発生する。


 それを吸い込んだ瞬間、強面の男は顔を真っ赤にして、呼吸が出来なくなった様子でその場に倒れ込んだ。

 それを見たもう一人の男がジャケットの裏から刃物を取り出そうとした瞬間、ポワゾンはその手を押さえつけて、彼に密着するようにして身体を寄せる。


「ぐぉっ!?」


 ポワゾンの首筋から、甘ったるい香水のような香りが漂った。そしてそれを鼻から吸い込んだ瞬間、男は痙攣しだして、その場に倒れる。


「ごめんあそばせ? 致死量じゃあなくってよ」


 一瞬で制圧した二人の男を眺めながら、ポワゾンは悪戯っぽく微笑んだ。


「さてさて。いつもの私なら、ああいう生意気なガキが一人くらい痛い目に遭ったところで別に気にしないんだけども。むしろご飯が進むところなんだけども。重要参考人だからねえ」


 ポワゾンはドレスのスカートから杖を取り出すと、宿へと歩を進める。


「まったく。てめえで対処できない相手に喧嘩を売るなって話よね。白兵戦は得意じゃあないんだけど、ちょっくら救出してあげますか」



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