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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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9話 追放鍛治屋に御用かな? その3


「こーんな古臭い本が値打ち物ってねー。わっかんないもんだなー」


 追放者食堂からいくらか離れた通りの道端に座り込み、ジュエルはアトリエから拝借した古本をペラペラとめくっていた。なんだか古めかしい単語ばかりが並んでおり、ジュエルにはその文意がよくわからない。


「うーん……『道の始まりの剣、行きて来たりし者達の道を直し……道が違えれば異なる道の』……はー、さっぱりだねー。ま、どっかで売りさばいちゃおーっと!」


 パタンと本を閉じると、ジュエルは立ち上がる前に、長い脚に顔を寄せるようにして周囲を覗き込んだ。

 あの食堂の連中が、自分のことを探し回っていることだろう。早いところこの街をあとにして、この本を売りさばくことのできる所を探さなければ。


 大体の連中に見つかっても何とかなるだろうけど、あの食堂の若い店長と紫髪の女は厄介だ。特に、あのデニスとかいう店長は見るからにレベルが高い。レベルいくつなんだろう……でも、今まで見てきた中でもとにかく高いことには間違いないし、もしも見つかったら逃げ切る自信もない。


「とはいっても。そんなにビビッててもしゃーないしねー」


 そう言って、ジュエルは立ち上がった。

 しかし、街からすぐに出て行くつもりではない。


 どうせ、街の出入り門なんて真っ先に封鎖しようとするだろう。焦って出て行こうとすれば、飛んで火にいる夏の虫という奴だ。適当に時間を潰して、どこかのタイミングで積み荷にでも紛れてしまえばいい。


 ジュエルは露店の屋台に歩み寄ると、食堂のビビアとかいう美少年のコートからスッた財布を取り出した。その中身を見て、ジュエルは顔をしかめる。ちえっ。小銭ばっかりじゃん。


「嬢ちゃん、何が欲しいんだい?」


 屋台の主人がそう聞いた。

 ジュエルは屋台に貼られた雑な紙のメニューを眺めると、鶏肉のサンドを注文する。

 それを聞いて、屋台の主人がサンドイッチを用意しながら気さくに話し掛ける。


「おたく、見ない顔だね。どこの人だい?」

「訳あって根無し草なのさ。昔は王都にいたんだけれど」

「それなら、ここは良い街だと思うぜ。ちょっくら暮らしてみたらどうだい。みんな仲良くて面白い奴ばかりで、最高さ」

「訳あって、長居できないもんで」


 ジュエルは鶏肉のソテーと野菜が挟まれたサンドを受け取ると、また裏路地に入っていって、そこでサンドを頬張った。


 妙に甘いソースのサンドイッチだ。あの食堂の料理ほどじゃあないけれど、まあ嫌いじゃない。サイズも大きいし。でも、あの焼肉定食美味しかったなあ。


 ジュエルがそんなことを考えながらサンドを頬張っていると、路地に一匹の犬が歩いてきた。

 飼い犬っていう雰囲気ではない。野良だろう。


「あっちに行きな、犬公。お前にやる飯は無いよ」


 ジュエルは手のひらを振って、犬にそう言った。


 しかし手招きされたと勘違いしたのか、野良犬はジュエルに寄って来る。なるほど、とジュエルは思った。こいつはこうやって人懐っこい顔を浮かべて、町民から餌を貰いながら生きてるわけだな。


「だーめ。お前も根無し草なら、自分の食い扶持は自分で見つけなきゃあね」


 ジュエルはそう言うと、サンドイッチにまたぱくついた。野良犬はジュエルの足元にちょこんと座り込むと、物欲しそうな目で彼女のことを見つめる。

 可愛らしい顔して、なんと小賢しいことだろう。人間が動物をついつい可愛がりたくなる感情を心得てやがる、とジュエルは思った。


「……だーめ。お前にサンドイッチはやらないよ。このサンドイッチは、あたしが買った物なんだからね。……人の財布で」


 ジュエルがそう言うと、野良犬はその場に転げて腹を見せた。

 なるほど、芸も心得ているわけだ。

 こいつは野良犬界でもやり手の奴だな、とジュエルは思う。


「はいはい。お前の芸達者なことには負けたよ。大した奴だね」

「わん! わん!」


 ジュエルの態度が軟化したのを察したのか、野良犬はジュエルにじゃれ始める。


「ちょ! 舐めるな、この! あはは! わかったから!」


 ジュエルはそう言うと、じゃれついてくる野良犬を押さえつけながら、手の平に乗せたサンドイッチを掲げてみせる。


「『複製(コピー)』!」


 そう言った瞬間、食べかけのサンドイッチの上に、もう一つ量の減ったサンドイッチが重なった。

 ジュエルはオリジナルの方を犬に差し出すと、犬はジュエルの指を噛まないようにして、サンドイッチを食べ始める。


「どーう? 結構おいしいサンドイッチだよねー。あたしにゃちょっと量が多かったから、複製した方で十分さ。さっきもちょっと食べたし」


 ジュエルがそう言いながら、野良犬がサンドイッチを食べるのを面白そうに眺めていると、


 突然ガッと首根っこを掴まれて、ジュエルは凄まじい力で宙に持ち上げられる。


「いっ、いったぁー!? な、なにすんだ!」


 ジュエルはそう叫びながら、身をよじって背後を見ようとした。

 あの食堂の奴に見つかったか! おそらく、あの店主!? いやはや。見つかるにしても、こんなに早く見つかっちゃうとは。追跡スキル持ちか……


「離せ! 離せって! ねえ、許してくれよ――」


 ジュエルがそう叫びながら背後を見ると、自分の小さな身体をつまみ上げたのはあの食堂の店主ではなかった。


 恰幅の良い、ゴツゴツと筋肉質な男。身体中の刺青を見せびらかすように、その上半身には何も身に着けていない。その刺青だらけの上裸の筋肉男は、同じく刺青だらけの顔でジュエルのことを覗き込むと、後ろに控えている男たちに聞いた。


「こいつか? うちの積み荷から薬をパクったって奴はよ」

「へえ、間違いねえですよ。この野郎、俺に色目使いやがって、その隙に」


 ジュエルはその男たちを見て、顔を青ざめる。

 前の街で騙くらかしてやった、怪しい商売をしている連中だ。あの食堂の連中みたいに、話の通じる奴らじゃない……


「探したぜ、お嬢さん。こんな所まで追ってきて、意外だったか?」

「ま、まあ、そりゃあ……」

「そりゃあ俺たちのことを舐めすぎだぜ。こちとら、真っ当な仕事で稼いでるわけじゃあねえんだ。表の世界じゃあ信用が何より大事だが、うちらの世界じゃあ面子が何より大事なのさ。なぜそうするかわかるか?」

「い、いや……その……」


 ジュエルは冷や汗を噴出させながら、全身刺青だらけの男のことを見た。

 明らかにレベルの高い奴だ。50……いや、60以上? 昔に、父親に連れられて王城に行った時しか見たことのない、マジでレベルの高い奴の雰囲気……!


「虚仮にした奴は地の果てまで追い回して、絶対に許さねえ。お前みたいなのが、二度と現れねえようにするためにな」


 刺青の男がそう言った瞬間、ジュエルは悲鳴を上げようとした。

 牢獄送りだって何でもいい! 誰か! やばいって! これはマジで――!

 しかしその叫び声が喉元から出る前に、ジュエルはその細い首筋に一撃を喰らう。


 ジュエルはそのまま真っ暗な穴の中に落ちていくようにして、意識を失った。



 ◆◆◆◆◆◆



「ったく! あのジュエルっていう奴、僕の財布まで盗んでいったな!」


 デニス達と手分けしながら街を探し回っているビビアは、そんなことをブツクサと呟きながら街路を駆け回っていた。


 先ほどツインテールとポニーテールにも会っておおまかな事情を説明して協力を仰ぎ、すでにあのジュエルを捕まえるための包囲網はできつつある。

 一番可能性が高い門側にはすでにデニスが向かっているが、なにせレアスキル持ちだ。どうやって街から出るかわからない部分がある。


 ビビアは走り回って疲れると、街路の道端で立ち止まった。

 膝に手をついて息を整えながら、どこかで甘い飲み物でも飲みたいと思ったところで、財布をスられていたことに気付く。


「はぁ……デニスさんに、手間賃でいくらか貸してもらえばよかったなあ」


 ビビアはそんな風にため息をつくと、また歩き出そうとする。


 すると、ビビアの目の前にとつぜん、一匹の野良犬が現れてその進路を遮った。

 何やら自分に向かってワンワンと吠える犬に、ビビアはあっちへ行けという仕草をする。


「ワン! ワン!」

「なんだ。最近有名な、女の子にしか寄り付かないっていうスケベ犬じゃないか」

「ワン! ワワン!」

「あっちに行けよな、もう。こっちはそれどころじゃないんだ」

「いや、ちょっと待ってくれ。真剣な話なんだ」

「はい?」


 ビビアの目の前で吠えていた犬は後ろ脚で立ち上がると、突然ぐんぐんと身長を伸ばし始める。

 そうして魔法を解いたその野良犬は、中肉中背の男へと姿を変えていた。


「は? は? えっと?」


 ビビアには、その男の姿に見覚えがあった。

 たしか、前に食堂の求人面接に来ていた……


「もしかしてセブバ、セブバ何とかさんですか?」

「そうだ。私の名前はセヴヴァヴルヴヴォルム。魔法で変化した野良犬は、夜を忍ぶ仮の姿。これが私の本当の姿だ」


 以前にエドリゴセルバンティタキトゥヌスやエルポリッチと共に食堂の求人面接に来ていた男……セヴヴァヴルヴヴォルムはそう言った。


「な、なんですかいきなり。怖いんですけど。どういうことですか」

「実はさっき、女の子が危ない連中に連れ去られていくのを見たんだ。業の深そうな連中だ。ちょっとヤバそうなんだ」

「いや、その前に。どうして犬の姿に? わざわざ変化の魔法で?」

「犬の姿でいれば女の子が構ってくれるからな。撫でたり抱きしめたりしてくれるからな。顔とか舐め放題だからな。まあ今は、そんなことは良いんだ」

「良いのか!? 業が深すぎないか!? 混乱してきたぞ僕は!? あれ? そういえばあなた、王都の魔法学校で教員やってたとかいう人か!? 面接で女生徒の下着がどうのって言ってた人か!?」


 ビビアが指をさしながらそう言うと、セヴヴァヴルヴヴォルムは諭すような口調でビビアに語り掛ける。


「いいかビビアくん。この私が以前には女生徒の下着を数百盗んで懲戒免職になった追放教員で、この街では魔法を悪用して野良犬の姿で女の子の顔とか首とかを舐め回していたことは事実だが、今はそんなことはどうでもいいだろ! あの店長の力が必要なんだ! しっかりしろ、ビビアくん!」

「ど、どうでもよくなくない!? ど、どうすればいいんだ僕は!? デニスさん!? デニスさーん!? 助けてくださーい! 色んな意味で!」

「ちなみにビビア君、君は女の子みたいに可愛い顔をしているね。私はそういうのも全然オーケイなんだ」

「丁寧な口調で何を言ってるんだこの人!? 本当に助けてくれ!」



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