7話 追放鍛治屋に御用かな? その1
昼の営業時間前の、追放者食堂。
デニスに呼ばれていたビビアとツインテールは、指名手配を欺くためのエステルの変装とやらを確認しに来ていた。
何やら自信満々な様子のデニスとアトリエに挟まれて立つのは、黒縁の眼鏡をかけて、白色の丸い給仕帽をかぶったエステルだ。彼女自身もなぜか自信満々な様子で、薄い胸を張って堂々と立っている。「どうだ!」とでも言いたげだ。
ビビアはしばらく、自信に満ち溢れた様子の三人が、目の前で立っているのを眺めた。
ややしばらく経っても進展が無かったので、ビビアはついに尋ねる。
「ええと。変装に眼鏡をかけて帽子を被るのはわかったんですけど、他は?」
「何言ってんだビビア。これで変装は完璧じゃねえか」
「マジで言ってるのかな?」
ビビアが呟いた隣で、ツインテールが何やら、うんうんと頷いている。
「なるほど……まさか指名手配の王族が、眼鏡と帽子を付けただけで普通に食堂で働いているとは誰も思わないわけね……」
「好意的解釈すぎない?」
「しかも似合ってるだろ、この眼鏡。俺がポルボの店で買ってやったんだ」
「選んだ」
デニスとアトリエがそう言うと、エステルは眼鏡のフレームをくいっと上げた。
「ふふーん、どうじゃ? 似合っておろう? 余は何でも似合うものなあ! どうじゃ、ビビア!」
「いやまあ似合ってるけど!? そうじゃなくない!?」
「なるほど……手配書には眼鏡なんて一切描かれていないわけだから、眼鏡をかけている時点で心理的なギャップが生まれて見つからなくなるわけね……それに帽子を被っていれば完璧に……」
「ツインテールさん!? 完璧なわけないだろ! まともなのは僕だけか!」
ビビアが叫んでいると、食堂の扉がガラガラと開かれる。
どうやら、いつの間にか昼の営業時間になっていたらしい。時間ぴったりに入って来た馬車屋の親父は、店内の様子を見てやや面食らったようだった。
「おや。取り込み中だったかな?」
「良いところに来た! 馬車屋のおじさん! ちょっとデニスさん達に言ってやってくださいよ! こんなガバガバな変装でいいわけないでしょ!」
「うん、何が? おや、デニス。そっちの眼鏡の子は、新しく雇ったのかい?」
「ああーこれでいいんだー! なるほどー! もういいやー!」
◆◆◆◆◆◆
昼の食堂で、アトリエとエステルが忙しなく駆け回っている。
「パープル唐辛子もやしステーキ炒め。四つ」
「客、いやお客様! こちら、炒飯セットになっておるぞ!」
「カツ丼。お待ち」
注文を聞いて回りながら、パタパタと料理を運ぶ二人の少女の姿を、常連たちが楽しそうに眺めている。
「新しい眼鏡のウェイトレスも、元気があって可愛くていいなあ」
「オリヴィアちゃんが居なくなっちまって、俺っちはいまだに悲しいけどなあ。元気にしてるのかなあ」
「俺、王都で教員やってる奴から聞いたんだけどよ。なんか今新しい機能搭載して、空飛んだりしてるらしいぜ」
そんな会話が飛び交う店内で、注文を聞きに回って来たエステルに、客の一人がニヤニヤ笑いながら聞く。
「あれ? もしかして君、手配書が回ってたお姫様じゃない?」
「な、なはは! 面白いことを言うものじゃなあお主! そんなわけないじゃろ!」
エステルが笑って答えると、冗談で聞いた客も高笑いする。
「あはは! そうだよなあ! そんな子が、田舎の食堂で堂々と働いてるわけねえよなあ!」
「そうだぞお前、ちょっとは考えろ!」
「でもこの食堂って、どっかこっか追放された奴らが集まって来るって評判だからよお」
「それにしたって、お姫様が食堂で働いてるわけねえだろうが。今頃、きっと国外にでも逃げてるんだよ。あんま変なこと言って迷惑かけるな」
「わりいわりい」
そんな風に活気づいている店内を、カウンターに座り込んだビビアが眺めている。
「まあ、そうだよなあ。普通そうなるよなあ。僕が心配しすぎなのかなあ」
ビビアがそう言ってため息をつくと、食堂の扉が開かれて、ポワゾンが現れた。
ポワゾンはいくらか身だしなみを整えたようで、以前の子供を攫って食べそうな魔女のような風体ではなく、普通の綺麗な貴婦人然とした格好をしている。
「おっすー。お昼食べに来たんだけど、何か出してくれないかしら? おや? ビビア君じゃなーい!」
「うわっ。ポワゾンさん……」
「うわって何よ、うわって。隣良いかしら?」
「良いですけど……」
遠慮なしに隣に座ってきたポワゾンに、ビビアが尋ねる。
「そういえば。なんか、ポワゾンさんの家から夜中に高笑いが聞こえて怖いって言ってる人がいますけど、あれって何なんです?」
「高笑い? ああ、別に何でもないわよ。ただ、お酒を飲むとついね」
「笑い上戸なんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。酔っぱらうと、昔にザマァしてやった連中の顔を思い出しちゃって。ついつい腹がよじれるほど笑っちゃうのよねえ」
「聞かなきゃよかったなあ。こわいなあ」
◆◆◆◆◆◆
昼の営業が終わり、すでに店仕舞いをしてしまった店内。
客が引けるのを待っていたポワゾンは、空いたテーブル席に座っていた。
「それで? これからどうするつもりなの?」
テーブル席にだらりと腰かけたポワゾンが、エステルにそう聞いた。
「とりあえずは、レオノールの暗殺に関する証拠集めじゃろう。それに、もう一つ気になっていることもある」
「気になること?」
「王剣についてじゃ。余が儀の際に握った王剣も、偽物とすり替えられていたに違いない。その辺のことについても明らかになれば、追い風になるじゃろう?」
エステルがそう言うと、ポワゾンは背中を丸めて頬杖を突いた。
「でも、きちんと鑑定スキルの結果が出てたんでしょ? 流石に鑑定の結果まで偽装できないわよ」
「ど、どうにかしたんじゃろう……ヒースあたりが。なあ、ポワゾンよ。何か知らないか? 余の知らない王剣の秘密とか、無いものか?」
「うーん」
ポワゾンが唸ると、カウンターに座っていたビビアが聞く。
「そういえば、王剣を整備していた鍛冶屋の一族が居るって話を聞いたことがありますけど」
「ああ、ベルノーの鍛治一族ね。彼らなら、もうかなり前に王家を追放されてるわよ」
「追放?」
ビビアがそう呟いた。
「なんでも、当主が謀反を企てたとかで処刑されたのよ。そのまま一族郎党追放刑。今はどこで何をやってるかも、誰も知らないわ」
「謀反ですか? 一体どうして」
「知らないわよ。でも、王家にえらい信用されてたからね。王族との関係がかなり古くて、ほぼ王家の始まりの頃からって話だったんだけど」
「それじゃあ、なおさらどうして?」
「国王以外で唯一、平時に宝物庫に出入りすることを許された一族だったし。その辺りで調子に乗ったりしたんじゃないの? 別に、金と権力が絡めば理由なんていくらでも思いつくわよ」
ポワゾンは、肩をすくめながらそう言った。
その作戦会議の様子を眺めていたデニスは、傍に座って足をぷらぷらとさせていたアトリエに聞く。
「なあ、うちの食堂で王位簒奪の計画が練られてるって、普通にヤバいよな」
「いまさら」
アトリエは、手短にそう返した。
「アトリエ、お前どう思う? 何とかなると思うか?」
「なるようにしかならない。でも」
「でも?」
「なんとかしようとしないと、なんとかならない」
「どう意味だ?」
デニスがそう聞くと、アトリエがやはり手短に答える。
「そのまま」
「その、そのままがわからん」
「挑戦しなければ成功しない。つまり挑戦すれば、成功するか失敗するだけ。それ自体は五分五分」
「お前の思考回路は、いまだにようわからん所があるな」
デニスがそう言った時、食堂の扉がガラガラと開かれた。
訪ねて来たのはグリーンだった。いつもそばに連れている舎弟の姿は見えない。彼一人のようだ。
「おっ、グリーンじゃねえか。どうした?」
「くくく……店長。ちょっとトラブルでさ。来てくれねえかな……くくく……」
「トラブル? どこでだ?」
「くくく……ポルボの店さ……」
◆◆◆◆◆◆
デニスがポルボの店までやって来ると、その店先に人だかりができていた。
野次馬が囲んでいる中で、数人の町民が小さな人影を取り押さえているように見える。
デニスはその野次馬の輪の中へと入っていくと、とりあえず誰かに話を聞こうと思った。
デニスに肩を叩かれた若い町民は、振り返ると、何やら安心したような表情を浮かべる。
「おう、食堂の店長じゃねえか。ちょうど良いところに」
「なんだって話だ?」
「ポルボの店に、盗人が出たんだと。なんでも、複製スキル持ちらしいぜ」
「コピースキル持ち? 品物を贋作とすり替えたのか?」
「どうもそうらしい」
「よく気付いたもんだ。そんなレアスキル相手にな」
デニスがそう言うと、町民も頷いた。
「ポルボの奴、前の戦いでレベルが上がったらしいからな。ああ、そういえば店長。前に誕生日会のサプライズに協力してくれて、ありがとうな。あいつ、店長が料理作りに来てくれて喜んでたよ」
「別にいいんだ。また出張料理人が必要だったら言ってくれ」
デニスと町民がそんな話をしていると、捕まっている盗人が高い声色で叫んだ。
「くそぉっ! 離しやがれっ! くそっ! このやろう!」
その声を聞いて、デニスがやや驚いたような顔を浮かべる。
「なんだ、ガキじゃねえか。それも、女の子か?」
デニスが人だかりの中からそう呟くと、取り押さえられている少女の前に立ったポルボが、変態的な笑みを浮かべた。
「ンドゥルフフフ……うちの店で盗人しようとは、良い度胸ネ。うちでたっぷりねっとり教育してやるヨ……ンドゥフフフフ」
「くそっ、この変態野郎! このあたしをどうする気だっ! くそぉ!」
盗人の少女がそう叫ぶ周りで、町民たちがひそひそと声を交わす。
「あの娘……終わりだな。よりにもよって、変態ポルボの店で盗みをやるとは」
「ああ、あの筋金入りの変態に捕まったらお仕舞だ」
「徹底的に調教されて、新規顧客と安定的な収益が喜びの敏腕商人に教育されちまう……」
「恐ろしい奴だぜ……盗人家業も終わりだな」
「いつも思うんだが、それはそれで別に良くないか?」
最後のつぶやきは、デニスの素朴な疑問だった。
「ンドゥルフフフ……名前を聞いておこうかネ?」
「へーんだ! 誰がお前みたいな、丸デブに名前なんて教えるか!」
「ンドゥッ、困ったネ……それじゃあ、騎士団にでも突き出すとするかネ……」
「ああー待って待って! ねえ、許してくれよお。ほんの出来心だったんだよお。あたしの名前はジュエル。ジュエル・ベルノーだよ。ねえ、なんでもするから許してくれよう」
少女は急に猫撫で声になって、ポルボにそう言った。
「ベルノー?」
デニスが呟く。
なんだか、さっき聞いたような苗字だ。




