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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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6話 追放悪役令嬢ですが、何か問題でも!? 終


「つまり、ポワゾンよ。お主は、レオノールが前王を…我が父君を暗殺したという確信があるわけであるな」

「まあ、憶測の域を出ないところではあるけども」


 昼の営業が終わった追放者食堂のテーブル席で、エステルとポワゾンが顔を突き合わせて話し込んでいる。

 ポワゾンはもう何杯目かわからない麦酒を煽ると、爪の長い指先でエステルのことを指した。


「でも、何もかも計画されていたと考える方が自然よ。前王の突然の病死、あんたの王剣の儀の失敗、レオノールの即位に手際のよすぎる正統な後継者の追放。この前代未聞の混乱で、誰が得をしたと思う? レオノールとその一派以外にいないでしょうが」

「ならば。レオノール自身ではなく、その腹心の企てということもありうる」

「ヒース……一等王族護衛官のことね」


 ポワゾンはそう言うと、デニスの方を向いた。


「ねえ。店長って、あのヒース護衛官の兄弟か何かなわけ?」

「あ? 俺が? 俺が誰と兄弟だって?」


 わけがわかっていない様子のデニスだが、エステルもそれに頷いた。


「たしかに。他人の空似にしては、あまりに似すぎておる。ちょっと、その髪を後ろに回してもらえぬか?」

「オールバックにするような長さじゃねえんだが」


 デニスはそう言いつつも、困った様子で両手を使って短髪をかきあげる。

 前髪を全て後ろに撫で付けてみると、ポワゾンとエステルの二人はうんうんと頷いた。


「これは完全に、あのヒースだわ」

「双子か何かといったところかのう」

「こっちも似合ってる」


 嬉しそうな無表情で最後にそう言ったのは、アトリエだった。


「待て待て。俺は自慢じゃねえが、生みの親もわからねえようなストリートチルドレンの出身なんだ。そんな王政府の重役なんかに親戚はいねえぞ」

「しかし、それは自分の正確な出自を知らないということでもあろう?」

「もしかしたら、ありえるわね。あのヒースに血縁者がいるなんて、聞いたこともないけれど」

「さっきからヒースヒースと。俺に大層そっくりさんみたいだが、一体何者なんだ?」


 デニスが両手を広げてそう聞くと、ポワゾンが答える。


「王国騎士団の最高幹部の一人にして、王政府の実権の一端を握る男よ。若い騎士官にすぎないんだけれど、過去の功績から諸侯たちに英雄視されている」

「大した奴がいるもんだな」

「大した、なんてもんじゃないわよ。王国を救ったこともある英雄なの。勇者と呼ぶ諸侯もいるわ」

「そんな大げさな」


 デニスがそう言うと、エステルが首を振った。


「残念ながら、大げさではない。あのヒースが率いていた騎士団の最精鋭部隊といえば、今でもそういった武勇伝好きな貴族たちの話のタネじゃ。あの一件の際に、そのほとんどが死んでしまったという話じゃが……」

「そいつに、この俺がそっくりだと?」

「食堂の店長をしてなければ、本人と見分けがつかないレベルでね」


 デニスはカウンターから出てくると、エステルらが座るテーブル席に着いた。


「まあよくわからんが、そういう奴がいるってのは覚えておくよ」

「話を戻しましょうか。レオノールかヒースの企てによって、前王が毒殺されたのはほとんど間違いないと思うの。でも、それを立証するのは難しい。ほとんど不可能に近いわ」

「なぜじゃ? 悪逆非道の輩たちを、放っておくわけにはいかないじゃろう」

「前王の遺体は火葬済み。暗殺の証拠なんてどこからも出てこない。しかも仮に、レオノールらが暗殺を命じた人間、実行した人間、実行手段と実際に使われた毒物とかを一つ一つ追っていったとしても、どこかで足を切られればそれで終わり。しかも現在の王は、レオノール本人なんだから」

「ならば、どうすればよいのじゃ? 打つ手は無いと?」

「そうも言ってないじゃない」


 ポワゾンは麦酒を持ち上げながら、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。


「わたくしは、前提条件を確認しただけ。そもそも、こういうのは完全に証明する必要なんてないのよ」

「どういう意味だ?」


 そう聞いたのはデニスだった。


「いい? こういうのは、最終目標から逆算すればいいのよ。最終的な目的は、あのレオノールを王座から引きずり下ろすこと。そのためには、わざわざ裁判所の法官に調べてもらって証拠を突き付けるような手続きを踏む必要すらない。本当にやったかどうかさえ関係ない。要は……」


 ポワゾンは麦酒を一口煽ってから、エステルらに顔を突き出す。


「王国臣民たちが、レオノールは王位簒奪者の偽王だと強く信じさえすればいい。さて、偽王が王座に座っているからには、国民たちは真王の登場を求めるはずよね?」

「そこで立ち上がるのが、余というわけか」

「その通り。民衆のために偽王の支配に立ち向かう、流浪の真王。国民がそのストーリーを信じさえすればいい」

「そんなに上手くいくものかの」


 エステルがそう聞くと、ポワゾンは邪悪な笑みを浮かべる。


「心配ないわあ。みんな、そういうくだらない正義の物語が大好きなんだもの。自分が正義の手助けをしていると信じたい生き物なんだもの。それに、火の無いところに煙は立たず。刺激の少ない貧しい人生を送る愚民どもを、ちょーっと頭を使って焚きつけてやれば、不可能じゃあないはずよねえ! おーほっほっほ!」

「こいつ、すげえ生き生きしてるな。王位簒奪コンサルタントなのか?」

「頼りになる。憧れる」

「アトリエ、考え直しなさい」


 四人がそうやって話していると、食堂の扉が開かれた。

 

 食堂の戸を開いたビビアは、テーブル席を囲む面々を眺めてから、デニスに声をかける。


「ええと、なんだこれ。あ、あの、デニスさん。こんなのが街に……」

「ええーっ!? なにこの子!? かわいいじゃない!」


 テーブル席から縮地気味で距離を詰めたレベル57のポワゾンに、身の危険を感じたビビアが数歩後ずさる。


「だ、誰すか。知らない人がいるんですけど」

「なあにこの美少年! かわいい! こんな可愛い顔した子、初めて見たわあ! ねえねえ、お姉さんの愛人にならない? 今夜うち来ない?」

「デニスさん! デニスさーん! ちょっとー!? この人何なんですか!!」


 背の高いポワゾンに詰め寄られる小さなビビアを眺めながら、デニスとアトリエが呟く。


「自分に正直ってのは、確かに憧れるところだな」

「強い。憧れる」



 ◆◆◆◆◆◆



 ビビアが持ってきた手配書を見て、ポワゾン以外の面々は神妙な面持ちをしていた。


 エステル・キングランド

 国家反逆の咎により、王政府が身柄を捜索中。

 情報求む。有力な情報提供者には、騎士団から高額の謝礼有り。

 捕えた者には、その親族を含めた一生の安泰を王政府が保証。生死問わず。


「こんなのが、街にばらまかれていて」


 手配書の一枚を持ってきたビビアが、緊張した顔色でそう言った。

 似顔絵自体はエステルに微妙に似ているか似ていないかという代物ではあるが、たしかに特徴を捉えた絵だった。


 それを眺めたエステルは、思わず押し黙ってしまう。


「…………」

「なんというか、今までやや半信半疑だったわけだが……。どうやらマジみたいだな」


 デニスが、エステルにそう言った。


「ま、こうなるに決まってるわよね。どうするの、あんた。こんなところに居たら、すぐに捕まるんじゃない?」

「……そうであるな。この街に長居するのは、良くはないじゃろう……な……」

「つっても、これからどうするつもりだ? 行く当ても何もねえんだろうが」


 デニスがそう聞いた。

 エステルは押し黙って、ややしばらく考え込むような仕草をすると、

 デニスの横へとツカツカと歩いて行き、


 その場に跪き、額を床に押し付けて土下座した。


「お、おいおい。待て待て、どうしたエステル」

「すまぬ……道理の通らぬことを承知で、お主にお願いしたい……! 余を、まだしばらくの間、ここに匿ってはくれぬだろうか……!」

「と、とりあえず顔を上げろって。てめえみたいな女の子に土下座されちゃあ、寝覚めが悪くて仕方ねえ」


 エステルは床に額を擦りつけて、絞り出すような声を上げる。


「何でもする! 靴も舐めるし皿も洗うし、言葉遣いも直す! だから、余が王座を取り戻す算段が付くまで、どうかお願いしたい……! お主に、手配犯を匿う犯罪者になって欲しいと頼むようなものであるが……! 余は、余は! 遠回りをしているわけにはいかないのだ……! 余を助けるために捕まった臣下たちを、助け出してやらねばならないのだ! そのためにはなんだってする! だから、だからどうか……!」

「捕まった臣下? 誰のこと?」


 とポワゾンが聞いた。


「デラニーやエピゾンド……それに、余に仕えておった従者たちじゃ。みな、命を賭けて余のことを逃がしてくれた。余は、その忠誠に応えねばならない……!」

「ああ、あいつらなら……」


 ポワゾンがそう言いかけると、エステルがパッと顔を上げた。


「お、お主! もしかして、知っておるのか!? みな、どのような扱いを受けておる? みな無事か? 良くない扱いを受けている者はいないか!?」

「あ、ああと……あいつらなら……その……」


 ポワゾンは何かを言いかけて、ぐっと飲み込んだようだった。


「ま、まあ。元気にしてるんじゃないの? わたくしは知らないけど」

「そ、そうか……。やはり、秘密裏に牢獄で幽閉されているに違いない。早く助け出してやらねば……」


 デニスは顔を青白くしているエステルの首根っこを掴むと、無理やり立ち上がらせた。


「な、なにをする……」

「まあ、そこまで頼み込まれちゃ断るわけにはいかねえよ。どうせ一度は匿って、乗りかかっちまった舟だしな。アトリエも、それでいいだろ?」

「もち」


 そう言って、アトリエが親指をサムズアップする。


「な、ならば……」

「まあ、しばらくはウチにいれば良いさ。あいにく、俺にはとっ捕まったからといって迷惑かけるような親族もいねえし……まあ、ジーン料理長には断っとかねえとならねえが。しかしあの人だって、そうしなさいって言うはずだぜ。それに俺なら、アトリエを連れてたって一人で何とかできるしな」

「すまぬ。すまぬ……」

「大丈夫ですよ、エステルさん! デニスさんは、こう見えても困ってる人を放っておけない人ですから! 僕も応援してます!」

「本当にすまぬ。感謝する……本当に……ぐぅっ……」


 嗚咽して涙を浮かべるエステルと、それを囲むように励ますデニス達。



 それを一歩引いたところから眺めていたポワゾンは、一人小さく呟いた。


「ま、手伝ってくれるなら良いとしましょうか。もし見つかった時に自分の責任だけで済むと思ってるなら、認識の甘い連中ですけど……」



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