5話 追放悪役令嬢ですが、何か問題でも!? その2
時は遡り……
王城の荘厳な通路を、一人の華美な女性が堂々とした様子で歩いている。
強いカールのかかった紫色の髪。派手な色のドレス。つま先から頭の先まで全身宝飾品だらけの、贅の限りを尽くしたかのような見た目。
その紫髪の女性……ラ・ポワゾンは、多数の従者を引き連れながら、興奮気味に王城を歩いていた。
「ついに! ついに来たわあ! このわたくしの時代があ!」
「やりましたね! ポワゾン様!」
「流石ポワゾン様! お美しい!」
「凄い! ポワゾン様素晴らしい! 文句なし!」
従者たちに次々と褒めたたえられながら、ポワゾンは王城の通路を真っすぐに歩いている。
「おーほっほ! まさかこんなことになるとはねえ! こんな幸運が! あの気に喰わないチビ姫が居なくなったばかりか、レオノールが新王になるなんて! 素晴らしい幸運だわ!」
「ポワゾン様! 私めは、必ずこうなるだろうと確信しておりました!」
「やはり神は、このわたくしに味方している! 間違いなく! このわたくしに!」
「これで、レオノール様の婚約者たるポワゾン様が、ついに王妃に!」
「ポワゾン様! ポワゾン様! 王妃となった際には、ぜひ私を!」
「いや、この私を!」
「おーっほほほほほ! まあまあ待ていなさぁい! 悪いようにはしないわ! おーっほっほっほ! ほごっ! ほぐはっ、げほっ」
高笑いしすぎて喉を絡ませながら、ポワゾンは通路の奥の扉を開いた。
「レオノール! 話は聞いたわあ! ついに、ついにわたくしたちが……」
ポワゾンが扉を開いた先には、
大きな椅子に座ったレオノールと……その隣に座る、素朴な雰囲気の可愛らしい娘。
それを見て、ポワゾンは額に描いた眉を歪めた。
「……えっと?」
ポワゾンが状況をわかっていない様子でそう呟くと、レオノールが立ち上がる。
レオノールは深いため息をつくと、ポワゾンのことを軽蔑の眼差しで見つめた。
「ポワゾン……話は聞いたぞ。残念だ」
「な、なにが? えっと……?」
「全てこの娘から聞いた。お前の今までの、悪行の全てをな」
「あ、悪行……?」
ポワゾンはそう呟きながら、大量の冷や汗を背中に噴出させた。
ば、バレた?
何が?
どれが?
王族が集まるお茶会に睡眠薬を混入させて、参加した貴婦人たちを全員蹴落としたこと?
レオノールの花嫁候補を裏から手を回して潰しまくったこと?
あそこに座るような庶民上がりの可愛い娘たちをいびりまくったこと?
もしもの時のために、毒殺用の薬を調合しまくって用意しまくってること?
レオノールが失脚した時にすぐ乗り換えられるように、王都で父活しまくってること?
あのチビ姫が失脚したと聞いたとき、飯が美味すぎてご飯四回くらいおかわりしたこと?
「本当に残念だ。お前との婚約は破棄する。すぐに荷物を纏めて、この王城から出て行け。もう顔も見たくはない」
「そ、そんな! そんなことってある!? あ、あの女にそそのかされたのね!」
ポワゾンはレオノールの隣に座る娘を指さすと、叫んだ。
「ぜ、全部嘘よ! あの女が言ってるのは全部ウソ! わ、わたくしを嵌めようとしてるんだわ! ね、ねえレオノール!」
「無駄ですわ、ポワゾン様……いいえ、ポワゾン?」
娘は立ち上がると、勝ち誇ったような顔でポワゾンのことを見下した。
「全部、証拠はおありでしてよ。あなたが徹夜で貴婦人方のハイヒールの踵を折りまくっていたことも、私の食事に毎回下剤を混入させていたことも、可愛い新人を精神的に追い詰めるために、毎日呪いの手紙を送りまくっていることも、呪いの手紙の内容が迫真すぎて隠れファンが出来つつあることも、むしろ読書会が開かれていることも、毎朝太陽が昇る前から早起きして、化粧に三時間かけていることも。ぜーんぶね」
「そ、そんな! そんなことしてないわ! いや読書会!? ほんとに!?」
ポワゾンがそう叫ぶと、レオノールは冷ややかな目で彼女のことを見つめた。
「言い訳は聞きたくないぞ。今すぐ俺の前から消えろ、汚らわしい」
「そんな! お、お前たち! 何か言っておやり! わたくしが、そんなことするわけ……」
ポワゾンがそう言って周囲を見ると、
取り巻きの従者たちはみな、レオノールへと一目散にすり寄ろうとしていた。
「れ、レオノール様! 私は何も知らなくて……!」
「た、たしかにポワゾン様の呪いの手紙を毎晩送っていたのは私ですが、それはあの悪女に脅迫されて……」
「わ、私もあの女の性格の悪さには、ほとほとうんざりしていたんです! しかし、レオノール様のためにも、あの性悪女を傍で見張ろうと……」
その様子を見て、ポワゾンは厚い化粧が被さった顔をぐしゃぐしゃに歪めた。
「き、貴様ら! 貴様らぁああぁっ!」
◆◆◆◆◆◆
「……ということだったのよ! それで王城を追い出されたわたくしは、こんな田舎まで追いやられることに! 絶対に許せない! 絶対に復讐してやるわあ!」
紫髪の女……ポワゾンは、注文した麦酒の杯をカウンターに叩きつけながら、そう叫んだ。
その詳細を聞いたデニスは、思わずつぶやく。
「う、うわあ……ここまで心から自業自得だと思える奴は、初めてだな……」
「すごい。逆に努力家。逆にすごい」
アトリエが、ポワゾンに小さな拍手を送っている。
エステルは、その話を聞いて普通に引いていた。
「いや、普通にヤバすぎるじゃろ……むしろよく追放で済んだな、お主……」
「もうわたくしの人生終わりよ! あんなに頑張って王族の婚約者にまでなったのに! わたくしの贅沢ライフが! 金と権力の金色人生設計が!」
「斬新なライフプランだなあ」
「あの男……あの女ぁ! 絶対に引きずり降ろしてやるわあ! 絶対にただじゃあおかないからあ!」
「アトリエ、人の恨みは買っちゃ駄目だぞ」
「肝に銘じる」
アトリエがそう言うと、ポワゾンは麦酒の杯を掴みながら、酔って震えたような声を絞り出す。
「わ、わたくしは知っているんだからあ! あのレオノールが、前王の死に関わっていることも……!」
「なに?」
デニスは、その言葉の意味がわかっていない様子でそう返した。
それを聞いたエステルが、ポワゾンに詰め寄る。
「お、お主? 今、なんと言った?」
「なあによ。そのまんまの意味よ!」
「だから、それを何と言ったと聞いておるのだ!」
エステルに掴みかかられて、ポワゾンは酔ったように喉を鳴らす。
「だあから。前王がとつぜん死んだのは、あのレオノールが一枚噛んでるのよ」
「ど、どういうことじゃ? レオノールが? 前王を、父君をどうしたのじゃ?」
「私は、ちゃあんとわかってるんだから。専門分野ですからねえ」
ポワゾンは麦酒を煽ると、迫るエステルに酔っ払いの笑みを向けた。
「毒殺よ。たぶん、ほぼ間違いなく」
「どうしてわかる? 証拠があるのか?」
「ふふん。そんなに知りたい? こういうのはやり方があるのよ。その道の専門家にしかわからない、毒の秘術がね……」
「お前の素性って、まさか…」
デニスがそう呟いて、ポワゾンにサーチスキルを発動させる。
ラ・ポワゾン。レベル57。その素性は……
「この白魔導士ラ・ポワゾン。専門は治癒魔法に薬剤調合。転じて真の姿は病属魔法の毒薬調合師。さあもしかして、女の戦場を奸計と毒薬で潜り抜けて来た、このわたくしの力が必要なのかしら? それなら早く、次のお酒を持ってきたらどう?」




