4話 追放悪役令嬢ですが、何か問題でも!? その1
追放者食堂には、新しいウェイトレスの姿があった。
アトリエと同じ白とピンク色の前掛けを着たピンク・ブロンドの少女は、テーブル席に座った馬車屋の親父に向かって、堂々とした薄い胸を張る。
「さあなんじゃ!? 注文を申すがよいぞ! 庶民よ!」
「待て、エステル」
その第一声を聞いて、デニスがカウンターから口を挟んだ。
「なんじゃ!? 食堂の主よ!」
「お客様に庶民はないだろ」
「事実であろう?」
「まあ庶民なんだけど。俺も含めてな。でも庶民呼ばわりはやめなさい」
「面倒くさいものじゃなあ。それじゃあ何を注文する!? 客!」
「お客様と呼べ!」
エステルに接近された馬車屋の親父は、困った様子で鼻をかいた。
「い、いやあ。この食堂のウェイトレスは、いつもレベルが高いねえ……アトリエちゃん然り、オリヴィアちゃん然り」
「レベルが高い? はーはっは! こいつめ口の上手い奴じゃな! 自慢ではないが、余のレベルは6であるぞ! お世辞が過ぎるわこのぉ!」
「本当に自慢できない! アトリエより低い! あとお前フランクすぎない!?」
デニスがカウンターから叫んで、馬車屋の親父は困ったように笑った。
「あはは、そういう意味じゃなくて……じゃあ、このカツ丼を」
「おおーっ! お主、カツ丼が好きなのか? 無類のカツ丼好きか?」
「ま、まあね。いつも食べてるんだよ。ここのカツ丼は、卵の具合が神懸かりで」
「余も大好きじゃ! お主とは気が合いそうじゃのう! 余が王座に返り咲いた時には、お主を食堂大臣に召し仕えてくれようぞ!」
「あ、ええと……おうざ?」
「まあまあよいではないか。余もついこの前に、カツ丼とやらを初めて食べたのじゃがの? これがもう……」
「エステル! お前が意外と客商売向きの性格してるのはわかったから! 仕事に戻れ!」
デニスに一喝されたエステルは、ひらりと身体を返して馬車屋の親父から離れると、後ろでその様子を見ていたアトリエに歩み寄った。
「どうじゃ? アトリエ! 余の“セッキャク”はどうじゃった?」
「花丸百点満点。見込み有り。将来性有り」
アトリエはそう言って、胸元で親指をビシッと立てる。
「本当か! やっぱり余、才能あるんじゃなあ! あったり前じゃなあ!」
「でもお水。出し忘れてる。マイナス百点満点」
「下げ幅大きすぎない!?」
「花丸ゼロ点満点」
二人でわちゃわちゃしているアトリエとエステルを無視して、デニスはカツ丼を作り始める。
馬車屋の親父は、そんなデニスに声をかけた。
「そういえばデニス。例の“魔女”の話は聞いたかい?」
「“魔女”? なんの話だ?」
デニスは箸スキルで卵を高速で溶きながら、そう聞いた。
「街の外れに越して来たっていう“魔女”のことだよ。街のトラブルにデニスありだから、すでに聞いてるかと思ったけど」
「人を疫病神みたいに言うな」
デニスはそう返しながら、鉄鍋の中で材料を煮立たせた。
「何だか、怪しい奴って噂なんだよな。越して来たってのにご近所に挨拶もしねえで、昼間もカーテンを閉め切ったまんまって話だ。デニス、ちょっと見てきたらどうだ?」
「別に悪いことしてるわけじゃあねえんだから良いだろ。人付き合いが好きじゃねえ奴だっているってことだ。あんまり交流を押し付けるのはよくないぜ」
「でも、夜には狂ったような笑い声が聞こえるらしいぜ。ちょっと危なくないか?」
「面白い本でも読んでるんじゃないのか?」
デニスが雑にそう返すと、食堂の扉がカラカラと開かれた。
「いらっしゃ――」
デニスはそう言いかけて、言葉に詰まる。
そこに立っていたのは、全身黒ずくめの、背が高い女。
紫色の長い髪がクルクルと巻かれており、その髪は乱れっぱなしで顔を覆い隠して、口元しか見えない。
その紫髪の女はまるで幽霊のように食堂の中を歩くと、何も言わずに隅っこのテーブル席に着いた。
「いらっしゃい……あ、アトリエ。いやエステル。カツ丼持って行ってくれ……」
デニスがそう言うと、馬車屋の親父が立ち上がった。
「ああ、いいよいいよ! 俺が自分で貰えばいいんだから」
「いや、そういうわけには……」
馬車屋の親父はカウンターに身を乗り出すと、デニスに囁く。
「あれだよ、あの女だよ! 例の“魔女”!」
「あれが?」
デニスはそう言うと、隅っこの席に座り込む紫髪の女を見た。
彼女は背中を丸めて、どこか不気味な様子で静かに座り込んでいる。全身黒ずくめのコートを羽織っており、足元まで伸びる長いコートの先には、これまた黒いハイヒールを履いているように見えた。
女は眼前に垂れた紫髪から覗く口元で、カチカチと親指の爪を齧っているようだ。
「絶対許さないわ……絶許……ただじゃあおかないわ……見てなさい……」
そんな物騒な呟きが、デニスの耳に届く。
「本当に、もう見るからに“魔女”って感じだが……」
デニスがやや警戒している様子でそう言うと、
その女性に向かって、エステルが歩いて行った。
「はーはっは! まあ、余に任せておくといい! 黒い客よ! ご注文はなんじゃ? カツ丼か? お主もカツ丼か?」
エステルがそんな調子で紫髪の女にズカズカと近づくと、
その女はエステルの顔を見るなり、
ガタリと立ち上がった。
「な、なぁっ!?」
紫髪の女が、もじゃもじゃ髪の奥からエステルを睨みつけて、大きな口を開いてそう叫ぶ。
「な、なんじゃ? 余が何か?」
エステルはびっくりした様子でそう言うと、
その女のことをよくよく見つめて、
何かに気付くと、同じように叫んだ。
「あ、あぁーっ!? き、貴様はぁ!?」
「な、なぁーっ!? あ、あんたはぁ!?」
「あの性悪女がどうしてこんなところに!?」
「あのチビ姫がどうしてこんなところに!?」
互いに指を指し合いながらそう叫ぶ二人を見て、
「ええと……お知り合い……?」
デニスは、カウンターからそう聞いた。
「誰がこの性悪と!」
「誰がこのチビと!」
「お知り合いなものかあ!」




