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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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4話 追放悪役令嬢ですが、何か問題でも!? その1


 追放者食堂には、新しいウェイトレスの姿があった。


 アトリエと同じ白とピンク色の前掛けを着たピンク・ブロンドの少女は、テーブル席に座った馬車屋の親父に向かって、堂々とした薄い胸を張る。


「さあなんじゃ!? 注文を申すがよいぞ! 庶民よ!」

「待て、エステル」


 その第一声を聞いて、デニスがカウンターから口を挟んだ。


「なんじゃ!? 食堂の主よ!」

「お客様に庶民はないだろ」

「事実であろう?」

「まあ庶民なんだけど。俺も含めてな。でも庶民呼ばわりはやめなさい」

「面倒くさいものじゃなあ。それじゃあ何を注文する!? 客!」

「お客様と呼べ!」


 エステルに接近された馬車屋の親父は、困った様子で鼻をかいた。


「い、いやあ。この食堂のウェイトレスは、いつもレベルが高いねえ……アトリエちゃん然り、オリヴィアちゃん然り」

「レベルが高い? はーはっは! こいつめ口の上手い奴じゃな! 自慢ではないが、余のレベルは6であるぞ! お世辞が過ぎるわこのぉ!」

「本当に自慢できない! アトリエより低い! あとお前フランクすぎない!?」


 デニスがカウンターから叫んで、馬車屋の親父は困ったように笑った。


「あはは、そういう意味じゃなくて……じゃあ、このカツ丼を」

「おおーっ! お主、カツ丼が好きなのか? 無類のカツ丼好きか?」

「ま、まあね。いつも食べてるんだよ。ここのカツ丼は、卵の具合が神懸かりで」

「余も大好きじゃ! お主とは気が合いそうじゃのう! 余が王座に返り咲いた時には、お主を食堂大臣に召し仕えてくれようぞ!」

「あ、ええと……おうざ?」

「まあまあよいではないか。余もついこの前に、カツ丼とやらを初めて食べたのじゃがの? これがもう……」

「エステル! お前が意外と客商売向きの性格してるのはわかったから! 仕事に戻れ!」


 デニスに一喝されたエステルは、ひらりと身体を返して馬車屋の親父から離れると、後ろでその様子を見ていたアトリエに歩み寄った。


「どうじゃ? アトリエ! 余の“セッキャク”はどうじゃった?」

「花丸百点満点。見込み有り。将来性有り」


 アトリエはそう言って、胸元で親指をビシッと立てる。


「本当か! やっぱり余、才能あるんじゃなあ! あったり前じゃなあ!」

「でもお水。出し忘れてる。マイナス百点満点」

「下げ幅大きすぎない!?」

「花丸ゼロ点満点」


 二人でわちゃわちゃしているアトリエとエステルを無視して、デニスはカツ丼を作り始める。

 馬車屋の親父は、そんなデニスに声をかけた。


「そういえばデニス。例の“魔女”の話は聞いたかい?」

「“魔女”? なんの話だ?」


 デニスは箸スキルで卵を高速で溶きながら、そう聞いた。


「街の外れに越して来たっていう“魔女”のことだよ。街のトラブルにデニスありだから、すでに聞いてるかと思ったけど」

「人を疫病神みたいに言うな」


 デニスはそう返しながら、鉄鍋の中で材料を煮立たせた。


「何だか、怪しい奴って噂なんだよな。越して来たってのにご近所に挨拶もしねえで、昼間もカーテンを閉め切ったまんまって話だ。デニス、ちょっと見てきたらどうだ?」

「別に悪いことしてるわけじゃあねえんだから良いだろ。人付き合いが好きじゃねえ奴だっているってことだ。あんまり交流を押し付けるのはよくないぜ」

「でも、夜には狂ったような笑い声が聞こえるらしいぜ。ちょっと危なくないか?」

「面白い本でも読んでるんじゃないのか?」


 デニスが雑にそう返すと、食堂の扉がカラカラと開かれた。


「いらっしゃ――」


 デニスはそう言いかけて、言葉に詰まる。


 そこに立っていたのは、全身黒ずくめの、背が高い女。


 紫色の長い髪がクルクルと巻かれており、その髪は乱れっぱなしで顔を覆い隠して、口元しか見えない。


 その紫髪の女はまるで幽霊のように食堂の中を歩くと、何も言わずに隅っこのテーブル席に着いた。


「いらっしゃい……あ、アトリエ。いやエステル。カツ丼持って行ってくれ……」


 デニスがそう言うと、馬車屋の親父が立ち上がった。


「ああ、いいよいいよ! 俺が自分で貰えばいいんだから」

「いや、そういうわけには……」


 馬車屋の親父はカウンターに身を乗り出すと、デニスに囁く。


「あれだよ、あの女だよ! 例の“魔女”!」

「あれが?」


 デニスはそう言うと、隅っこの席に座り込む紫髪の女を見た。


 彼女は背中を丸めて、どこか不気味な様子で静かに座り込んでいる。全身黒ずくめのコートを羽織っており、足元まで伸びる長いコートの先には、これまた黒いハイヒールを履いているように見えた。

 女は眼前に垂れた紫髪から覗く口元で、カチカチと親指の爪を齧っているようだ。


「絶対許さないわ……絶許……ただじゃあおかないわ……見てなさい……」


 そんな物騒な呟きが、デニスの耳に届く。


「本当に、もう見るからに“魔女”って感じだが……」


 デニスがやや警戒している様子でそう言うと、

 その女性に向かって、エステルが歩いて行った。


「はーはっは! まあ、余に任せておくといい! 黒い客よ! ご注文はなんじゃ? カツ丼か? お主もカツ丼か?」


 エステルがそんな調子で紫髪の女にズカズカと近づくと、

 その女はエステルの顔を見るなり、


 ガタリと立ち上がった。


「な、なぁっ!?」


 紫髪の女が、もじゃもじゃ髪の奥からエステルを睨みつけて、大きな口を開いてそう叫ぶ。


「な、なんじゃ? 余が何か?」


 エステルはびっくりした様子でそう言うと、

 その女のことをよくよく見つめて、


 何かに気付くと、同じように叫んだ。


「あ、あぁーっ!? き、貴様はぁ!?」

「な、なぁーっ!? あ、あんたはぁ!?」

「あの性悪女がどうしてこんなところに!?」

「あのチビ姫がどうしてこんなところに!?」


 互いに指を指し合いながらそう叫ぶ二人を見て、


「ええと……お知り合い……?」


 デニスは、カウンターからそう聞いた。


「誰がこの性悪と!」

「誰がこのチビと!」

「お知り合いなものかあ!」



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