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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第3部 追放姫とイツワリの王剣
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1話 無礼者! 余をどの追放姫と心得る! その1


『追放者食堂 スタッフ募集

 未経験者歓迎! アットホームな職場です!

 年齢・スキル・レベル・素性不問

 学歴不問。むしろ店長は最終学歴無し。

 給料応相談、まかない有り、休みの取りやすい職場です!』


 そんな張り紙が、追放者食堂の店先に貼られている。


 営業中の店内では、中央付近のテーブルに座ったデニスが仕事の合間を縫って、求人を見て来た者たちの面接をしていた。


「ええと……お名前は?」

「エドリゴセルバンティタキトゥヌスです」

「えどりご……エドリゴなにバンティス?」

「エドリゴセルバンティタキトゥヌスです」

「あ、はい……ええとじゃあ、この職歴の、空白期間は何をしてたの?」

「王都の刑務所に入ってました」

「刑務所? なぜ?」

「恋人と一緒に、行商人を襲いました」

「あっ、ふーん……」

「採用ですか?」

「今回は、うん! 縁がなかったということでな! 大丈夫! すぐに職は見つかるさ! 次の人! 次の方どうぞ!」


「エルポリッチです」

「エルポリッチさんねえ……どうしてうちの食堂に勤めたいと思ったの?」

「神の導きです」

「神の導き」

「です」

「ええと、職業は神官系ではないみたいだけど……」

「私、結構聞こえちゃうタイプなんです」

「聞こえるんだ」

「気持ちよくなれる粉を吸うと、よく聞こえるんです。注射だともっと……」

「な、なるほどね! なるほどー!」

「採用ですか?」

「うん! 不採用! 次の方!」


「セヴヴァヴルヴヴォルムです」

「セブ……セブなに?」

「セヴヴァヴルヴヴォルムです。セブバ・ブルブ・ボルムと3つに分けて発音すると覚えやすいです」

「ええと、それじゃあセブバさん。前職は王都の魔法学校の教員? なんでこんな定食屋に?」

「お恥ずかしい話、女生徒の下着を……」

「次だ! 次ィ!」


 ◆◆◆◆◆◆



「……まともな奴が来ねえなあ!」


 数人の面接を終えて、カウンターに戻って来たデニスがそう叫んだ。


「見事にすごい人ばっかり来ますね……」


 カウンター席から面接の様子を一通り見ていたビビアも、そう呟く。


「えっ? そんな求人のハードル高くないよな? むしろ低すぎるくらいだよな?」

「あんまり低すぎるのも、考え物かもしれないですね……最終学歴だけ、王都の学校卒とかにしてみればどうですか? 冒険者の副業で始めてくれる人がいるかもしれないですよ」

「ええっ!? 店長の俺が学歴無いのに!? やだよ! そんな高学歴の奴、どんな顔して使えばいいんだ!」

「それ言ったら、バチェルさんだって高学歴だったじゃないですか! しかもあの人、飛び級次席卒業ですからね! 地味にレベル40間近ですからね!」

「あいつはそういうのひけらかすタイプじゃねえから良いんだよ!」

「意外と学歴コンプ持ちなのか!?」


 デニスとビビアがそんなことを話していると、同じくカウンターに座るアトリエが、椅子から足をぷらぷらと振りながら愉快そうな無表情を浮かべていた。


「来た人。面白かった」


 アトリエがそう言った。


「面白くても仕方ねえんだよなあ……」

「エドリゴセルバンティタキトゥヌスさん。エルポリッチさん。セヴヴァヴルヴヴォルムさん」

「よく覚えてるな、アトリエ。よく噛まずに言えるな。あと字面がやかましすぎる」

「エドリゴセルバンティタキトゥヌスさん。エルポリッチさん。セヴヴァヴルヴヴォルムさん。早口言葉みたい。楽しい」

「もしかしてハマった? そんなことにハマらなくていいよ?」

「エドリゴセルバンティタキトゥヌスさんがエルポリッチさんとセヴヴァヴルヴヴォルムさんと一緒にセヴヴァヴルヴヴォルムさんの家でエドリゴセルバンティタキトゥヌスさんの誕生日を……」

「わかった! わかった! やかましい! お前が意外と早口言葉が得意なのはわかったから!」


 三人がそんな風に話していると、


 食堂の扉がカラカラと開かれる。


 入って来たのは、薄汚れたローブを羽織って、フードを目深に被った子供のようだった。


 フードを深く被っているせいで顔はよく見えないが、その奥から垂れるピンク色がかった長い金髪のおかげで、どうにか少女らしいということはわかる。


「おっと、お客さんか」


 デニスがそう言うと、アトリエがぴょこんと椅子から降りて、店じまいにかかる。


 昼の営業はこれで終わりということだ。

 もはや阿吽の呼吸である。


 少女はややふらついた足取りで店内を歩くと、特に遠慮する素振りもなくカウンターに座ろうとした。


 その直前に、ちらりとデニスのことを見ると、


 ひっ、と小さな悲鳴を上げる。


「ひっ? ひ、ヒース……?」

「あ? なんだ? ヒース? 誰だそりゃ」


 デニスがそう聞くと、少女はフードの奥から覗く目で、デニスのことをしばし見つめた。


 そして何かを確認すると、ほっと胸をなでおろしたように呟く。


「……い、いや。なんでもない。人違いじゃ……世の中には、似ている者がいるものであるな」

「デニスさんに似てる人ですか? どんな人ですかね」

「面白えな。ちょっと興味あるぜ」

「いや、よいのだ……今の話は忘れよ」


 少女はそう言って、気を取り直して椅子に座ると、しばらくそのままじっとしていた。


「…………」


 メニューを見ようとする気配もない。

 しばし、何もせずにじっとするだけだった。


 隣に座っていたビビアが、その様子を見かねて尋ねる。


「ええと……どうしたんですか?」


 ビビアがそう尋ねると、少女はフードから覗く小さな口元を動かした。


「待っておる」

「待つって……人を?」

「料理に決まっておろう。余は知っているぞ。『食堂』とは、料理を出すところであろう?」

「……でも、何が食べたいか決めないと、出てこないですよ」

「余が決めるのか?」

「ええと、そこのメニューで……」


 ビビアがカウンターの前に差されたメニューを指さすと、少女はそれを恐る恐る指でつまんで、自分の目の前に広げた。

 しばらくメニューを睨みつけるように眺めると、少女はその中の一つを指さして、ビビアに尋ねる。


「定食とは?」

「定食っていうのは、その……メインのおかずがあって、それにご飯と汁物が付いてるような奴です」

「このカツ丼というのは?」

「ええと、お肉の上に卵とか玉ねぎを載せた奴で……どう説明すればいいのかなあ」

「腹は膨れるか?」

「まあ、ボリュームのある方ではありますね」

「……わかった。これでよい」

「あ、カツ丼ですって、デニスさん」

「ん? ああ、了解」


 デニスはそう言って料理に取り掛かろうとすると、ビビアをさりげなく引っ張って、耳打ちする。


「おい、大丈夫かあの娘?」

「ええっ……ちょっと、世間知らずなお嬢様なのでは?」

「世間知らずなお嬢様が、あんな身なりしてるか? たっぷり数週間は放浪してきましたって感じだぜ」

「ぼ、僕に言われたってわかりませんよ……放浪系お嬢様なのでは?」


 とにかく、デニスはカツ丼を作ってやると、それをお盆に載せて少女に出してやった。


 それを見た瞬間、少女は飛び跳ねるようにして突然立ち上がる。


「な、なんであるか! このグチャグチャな料理は!」

「なにって、カツ丼ですよ……」


 ビビアがそう言った。


「うちは卵の半熟感が強いけど、もうちょい火通した方が良かったか?」


 デニスがそう聞くと、少女はわなわなと震えながら、トロトロの半熟部分と火が通ってフワフワな部分の二重奏が奏でられているカツ丼を見つめた。


「な、なんじゃこの料理……こんなグチャグチャな料理、エピゾンドも食わんぞ……」

「犬も食わないじゃなくて? どんな人なの?」


 デニスがそう聞くと、少女はその質問は無視して、椅子に座りなおす。


「せ、背に腹は代えられん……しょ、食してやろう……」

「大丈夫か? ちょっと期待と違ったか? 無理して食う必要ないぞ?」

「黙れ! 余を愚弄する気か! 一度出された物は食べるわ!」

「愚弄されてるのはカツ丼の方だけどね! あとそういうポリシーはあるんだ!?」


 少女は覚悟を決めたようにカツ丼を睨むと、置かれた箸をふと手に取って、ビビアに尋ねる。


「これはなんであるか」

「ええと、それは箸ですね……」

「何に使う?」

「その、料理を食べるために」

「ナイフとフォークは? スプーンは?」

「それじゃあ、ご飯とかカツが食べづらいでしょう?」

「……そうか。よい。ご苦労であった」


 少女は二本の箸を握りしめると、それをカツに突き刺そうとして、何かが違うことに気付く。


「……? ……?」


 そこからしばし試行錯誤して、しばらく格闘した後、少女は諦めた様子で箸を置いた。


「そこの者、そこの者」

「は、はい。なんでしょう」

「この“ハシ”とやらは、どうやって使う」

「ええと、それは……」


 ビビアは少女から箸を受け取ると、手の中で箸を持って見せた。


「こうやって、挟むようにして」

「……なるほど」


 少女は箸を受け取ると、自分でもビビアのように箸を持ってみようとする。

 しかし、どうにも上手くいかない。


「……なにか、これを使うためのスキルが?」


 少女が見よう見まねで不格好に箸を持ちながら、そう聞いた。


「いえ、箸のスキルはちょっと……聞いたことないですね」

「あるぞ。箸スキル」


 デニスがそう言った。


「えっ。箸スキルなんてあるんですか?」

「うん、ある。俺レジェンダリー箸だから」

「それ逆に何ができるんですか?」


 ビビアがデニスにそう聞いた。

 少女はその様子を眺めると、諦めた様子でため息をつく。


「……わかった。もうよい」

「スプーンとフォーク出すか?」

「余を愚弄する気か……余ができぬことなどない……ないはず……ない……ない……? …………あるかも……余、できないことあるのかも……」

「うん、スプーンとフォーク出すわ。そんな自信喪失しなくていいから」


 デニスがスプーンとフォークを出してやると、少女はフォークでカツを刺して、一口食べてみた。


 すると少女は大きく目を見開いて、次々にカツを食べ始める。


「うむ! 美味い! 美味いではないかぁ!」

「そりゃどうも」

「なんだこのぉ! 心配させおって! グチャグチャで嵐が過ぎ去った後の黄色い泥沼みたいな見た目をしとるのに、これがこんなに美味いとは! おみそれいったぞ、食堂の店主!」

「俺よりもカツ丼に謝った方がよくない?」

「うむぅ! 美味い! 卵の半熟の部分と火の通った部分がジューシーな肉に絡みついて、余の舌を絶えず楽しませてくれるぞ! 肉汁と甘い卵が染みたご飯もたまらん! 柔らかくも歯ごたえのある玉ねぎと控えめな椎茸の触感が、これまた主張しすぎずとも飽きさせぬ絶妙な塩梅よのう!」

「放浪系食レポお嬢様なの?」


 スプーンとフォークを使い分けながら食べたおかげでいくらか時間はかかったが、少女はそのカツ丼をペロリと食べ終わると、満足気な様子でほっと息を付いた。


「うむ。ひじょうに美味であったぞ。よい仕事である」

「そりゃどうも、お嬢さん」


 デニスがそう答えると、少女はフォークとスプーンをこつりとも音を立てずに静かに置いて、椅子から立ち上がった。


 そしてそのまま流れるように食堂の扉を開き、優雅な歩みで外へとスタスタと歩いて出ていく。


 ボロボロのローブを羽織っているというのに、なんと優雅な歩き方なのだろう。

 その辺の子供じゃあこうはいかない。あの威風堂々とした雰囲気とピンと伸びた背筋、そして威厳のある足運びは、生まれながらに上流階級層として生まれた者でないと身に着かないものだ。


 語らずとも溢れ出す気品とは、まさにこのこと。


 口元に米粒が付いていた気はしたし、何だか色々とお騒がせな少女ではあったが、それらを帳消しにするような高貴な佇まいがそこにあった。


 デニスとビビアは互いに、やはりあの少女は何か事情を抱えた、どこか良家の出のお嬢様に違いないと思った。


 それもきっと、とびきりのお嬢様に間違いない。


「…………」

「…………」


 それはあまりに迷いの無い、自然な流れの退店だったので、


 デニスとビビアは、退店していった少女の気品の塊のような所作に浸るばかりで、大事なことに気付かなかった。


 そんなデニスの前掛けを、アトリエが引っ張る。


「どうした? アトリエ」

「お代」

「ん?」

「お代。もらってないよ」


 アトリエがそう言っても、デニスとビビアが事態を察するには、いささかの時差が必要だった。


「…………く、食い逃げだー!?」

「ええっ!? 今のつまり食い逃げ!?」



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