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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第2部 追放メイドとイニシエの食卓
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20話 追放料理人は二人いる!? (後編)



「ほんと美味いなあ、このレストラン!」

「こんな高級な料理、俺っちらみてえな田舎者には一生縁はねえもんだと思ってたけどなあ! 王都からはるばる来てくれたんだってな、ここの店長!」

「でも、俺はやっぱ食堂のが好きかなあ」

「俺っちはこっちだな! うめえうめえ! こういうの、一回は食ってみたかったんだ! ほんと、ここの店長には頭が上がらねえ!」


 相変わらず長蛇の列が並んでいる追放者レストランで、客たちのそんな会話が交わされていた。


 店内の様子を眺めながら、ヘズモッチはほっと安心したような顔を浮かべる。


 よし。いい調子だ。


 リピート率も高い。確実に、追放者食堂から固定客を削っている。


 この調子だ。このままいけば勝てる。


 ヘズモッチがそんなことを考えていると、店先で、従業員が誰かとトラブルの様子だった。


「こ、困ります。列に並んでいただかないと……」

「そう言うな。せっかく、はるばる王都からやって来たのだから。店長を呼んでくれないかな?」


 その会話を小耳に挟んで、ヘズモッチは訝し気な顔を浮かべた。


 王都から?


 噂が広まって、遠方に住む富裕層が旅行ついでに来店する。そういったシナリオも考えてはいたが、そうなるにはまだ早いはず……。


 ヘズモッチがそちらをチラリと見てみると、その人物の姿を見て、血相を変えて厨房から飛び出した。


「ろ、ロストチャイル様!」


 ヘズモッチがそう言って出てきて、従業員はヘズモッチとその人物との板挟みの形になった。


「て、店長? お知り合いの方ですか?」

「お知り合いも何もありません! すぐにお通ししなさい!」

「ははは、よくやってるかい? ヘズモッチ嬢」


 傍にハームを控えさせたロストチャイルはそう言って、顔の細かな皺を寄せて笑った。


「は、はい、おかげさまで。今、すぐにお席を用意させますので。ご無礼をお許しください」

「くはは、それでいい」

「しかし、突然お越しいただけるとは……ご連絡頂ければ、もっときちんともてなしが出来たのですが……」

「別件があってね。そのついでに寄ったのさ。また、帰りにも寄るよ」


 ロストチャイルはそう言うと、微笑みを顔に張り付けたまま聞く。


「それで、店の経営の方はどうだね? 順調かい?」

「お、おかげさまで……。今は開店して間もない故に、やや苦しいですが、すぐに好転するものと考えています」

「開店して間もないから、経営が苦しい? それはおかしくないかね?」


 ロストチャイルは微笑みながら、ヘズモッチに顔を寄せた。


「通常は開店当初こそ、利益は大きく出るものだよ。問題はそこからなのだ。それで大丈夫かね?」

「……は、はい。問題はありません。計画通りです。大丈夫です、失望させるようなことにはなりません」


 ヘズモッチは冷や汗をかきながら、顔を寄せるロストチャイルの重圧を感じていた。


 ユパスウェル・ロストチャイル。


 ジョゼフ失脚後の貴族社会。

 その筆頭と目される、王国の金融界を牛耳る重鎮中の重鎮。


 没落しかけていたロストチャイル家を一代で立て直し、金融界を支配すると同時に、王国最大の商人組織、『商人組合(ハンス・ユニオ)』を組織。諸外国勢力にも、その取り仕切る商人と金融の網を張り巡らせている。

 表の商人組織だけでなく、裏のブラックマーケットまでも支配しているという黒い噂は絶えないものの、誰も彼には逆らえない。


 下手をすれば、王国政府ですらも。


「うむ。それでいい。ヘズモッチ……」


 ロストチャイルは、やや蒼白な顔をしたヘズモッチに吐息をかけるようにして、そう言った。


「君なら出来ると信じているよ。なにせ君は、あの店の副料理長を務めていたのだから。自信を持ちたまえ。きっと君なら、上手くいくさ……」

「は、はい……ありがとうございます」

「そのための金はいくらでも貸してやる。なに、君ならすぐに店を軌道に乗せて、返済できるよ。優秀な君なら出来る。そう信じて貸しているのだ……そうだろう? 君なら、それを証明できるだろう?」

「は、はい。必ず。身に余るお言葉、感謝いたします……」

「それじゃあ、ランチでも頂こうかな? 二人分用意してくれたまえ」


 ロストチャイルにそう言われて、ヘズモッチは厨房へと戻るために踵を返した。


 大丈夫だ。私なら出来る。


 問題ない。何も問題はない。




「……お客様、来ない」

「来ませんネ、アトリエ様」


 昼間だというのに客足の乏しい追放者食堂で、アトリエとオリヴィアがそう呟いた。


 いつもなら忙しなく料理を作っているはずのデニスも、椅子に座って本を読んでいる。


「……いいんですか? デニスさん。本当に、お客さんみんな取られちゃうかもしれないですよ」


 カウンターに座っていたビビアが、デニスにそう聞いた。


「だからってジタバタしてもしゃあねえだろ。焦らずどっしり構えてりゃあいいんだよ、こういうのはな」

「デニスさんは、豪胆なのかものぐさなのかわからないとこあるからなあ」


 そんなことを話していると、食堂の扉が開いて、来客があった。


 様子を伺いながら入って来たのは、ここしばらく来ていなかった馬車屋のオヤジだ。


「オヤ! お客様ー! いらっしゃいマセー!」

「おお、オリヴィアちゃん。久しぶりだね」


 馬車屋のオヤジはオリヴィアに、ちょっと気恥ずかしそうな顔を浮かべながらそう言うと、テーブルに座り込む。


 その様子を見ていたデニスが、腕を組みながら悪戯な笑みを浮かべた。


「おーおー、ひっさしぶりじゃねえかオヤジさん」

「ははは。ここ最近は、向こうに出来たレストランで食べてたんだ。すまんすまん」

「あっちで食わなくてもいいのかい? ここだけの話、あそこの料理はマジだぜ。俺が保証するよ」

「うん。本当に美味しくて、通ってたんだけどな」

「けど?」

「なーんか、違うんだよなあと思ってなあ。やっぱ俺みたいな田舎者には、こっちの定食の方がホッとするのかもしれん」


 馬車のオヤジはそう言って、難しそうな顔を浮かべた。


「なんだ、俺の料理が貧乏くさいってか?」

「そうは言ってないだろお?」

「アトリエ、このおっさんの注文は聞かなくていいからな」


 デニスがそう言うと、アトリエが悪戯っ子な無表情を浮かべてピースサインで返した。


「おいおい勘弁してくれよ、デニスよお」


 馬車屋のオヤジが困ったようにそう言うと、デニスはガハハと笑った。

 つられてオヤジさんも笑って、追放者食堂は大体そんな調子だった。




 数年前、王都。


 ブラックス・レストラン。ホール。


「お前の作る炒飯は世界一だ! ぜひウチに来てくれ、デニス! 言い値で料理人として雇おう!」

「オッサンよお、何回言われたって雇われる気はねえっての」

「そう言わずによ、デニス。ほれ、何が欲しい? なんでも約束してやるぞ?」

「それじゃあ、明日も食べに来てくれよなあ! じゃあな、オッサン!」


 デニスはそう言って、笑いながら手を振ってその場から歩き去った。

 テーブルに残された老人も、楽しそうに笑って手を振り返す。


「また振られちゃいましたねえ、オベスリフ卿」

「ふはは、相変わらず元気で気持ちの良い青年だ。ぜひウチに欲しいものだがなあ」


 そんなホールの様子を見て、ブラックス・レストランの給仕たちが、コソコソと話していた。


「オッサンって……あの老人、伯爵で王政府の重役ですよね?」

「デニス副料理長、なんか普通にタメ口でしたけど……」

「あの人は誰にでもああなんだよ。真似するなよ。絶対真似するなよ」

「それに比べて、ヘズモッチさんは真面目だよなあ」


 給仕の一人がそう言うと、他の給仕が頷く。


「二人でバランス取ってる感じあるよな」

「まあデニス副料理長に比べたら、ちょっとパンチというかキャラが弱いような気もするけどな」

「たしかに。ヘズモッチさんは何でも卒なくこなすけど、デニスさんみたいな圧倒的な感じが無いというか……」

「私がどうかしましたか?」


 給仕たちがコソコソと話している後ろから、ヘズモッチが不意に声をかけた。


「へ、ヘズモッチさん!?」

「何をサボっているんですか。仕事に戻ってください」


 ヘズモッチがそう言うと、給仕たちは蜘蛛の子を散らすように持ち場へと戻って行った。


 その後ろから、デニスがヘズモッチに声をかける。


「どーした、ヘズモッチ? 何かあったか?」

「副料理長」

「うん?」

「私って真面目ですかね」

「それがお前の良いところだ」


 デニスがそう答えると、ヘズモッチはデニスから視線を外した。


「真面目じゃなくていいので、副料理長みたいな強い人になりたかったです」

「一緒に筋トレするか?」

「そうじゃないです。もういいです」


 ヘズモッチはそう言って、ぷいっとそっぽを向くと、デニスから離れて厨房へと戻って行った。


「気難しい奴だなあ」


 デニスはそう呟いて、鼻の頭をちょいと掻いた。




 そして現在。


 追放者レストラン、ホール。


「店長、お話が」

「赤字の件であれば、私も承知しています。心配しないでください、ここまでは想定の内です」

「別件です。追放者食堂に、客が戻りつつあります」


 そう言われて、ヘズモッチは鋭い目線を向けた。


「……原因は? 向こうも何か施策を?」

「いえ、向こう自体は、平常運行です。ただ、その……」

「その、なんですか?」

「やはり、食堂の方が良いという声をよく聞きます。こちらは、たまにでいいかなという……」

「……料理が、ですか?」

「いえ、話によれば、雰囲気とか、店長とか、アットホームな感じとかが……という話で、具体的なところは……」


 経理担当の従業員がそう言うと、ヘズモッチは眉間に指を当てて、目を瞑った。


「……わけの、わからないことを…………だから嫌なんですよ、田舎は……」

「どうしますか、店長。ここは方針を変えて……」

「価格をさらに下げます。仲介屋に連絡して、質の良い食材をもっと仕入れてください。予定していた大広告も、切り上げて打ちます」

「店長、それでは……」

「いいから、言うとおりにしてください!」


 ヘズモッチが怒鳴ると、報告をした従業員は何か言いたげにして、結局は下がっていった。


 ヘズモッチはしばらく、ホールのテーブルに両手を付いて微動だにしなかった。

 しかし、突如爆発するように拳を叩きつけると、絞り出すような声を上げる。


「くそっ、くそおっ……私の何がいけないんだ、何がぁっ……!」




 追放者食堂には、客足が戻りつつあった。


 こっそりと入店しようとしていたツインテールの魔法使いに、デニスがニヤニヤしながら声をかける。


「よおー、ツインテールー。ひっさしぶりじゃあねえかあ」

「あ、あははー……店長―、おひさー?」

「お前は追放者レストランの子になったんじゃあないのかあ? 違うかあ?」

「うーっ。私だってー、ちょっと洒落たレストランでランチみたいな雰囲気を味わってみたかったしー。浮気じゃないしー。選ぶ権利があるしー」

「まあ冗談だけどよ。普通にあっちで食えばよかったじゃねえか。なんか、また割引やってるみたいだぞ。うちはやらねえけどな。二人ほど養ってるもんでよ」

「うーん、なんていうかあ」


 ツインテールはカウンターに座ってメニューを眺めると、頬杖をつきながら言う。


「すっごく美味しいんだけど、それだけっていうかー。なんか冷たい感じっていうかー、やっぱり私は、あんまりマナーとか気にせずガツガツ食べてた方がいいかなってー!」

「あっ、それ俺も思った―!」

「同感だぜ―! こっちには、セクシーメイドのオリヴィアちゃんに、アトリエちゃんもいるしな!」

「呼ばれマシタカ、お客様ー!」


 オリヴィアが、人の戻って来た食堂を嬉しそうに駆けまわっている。


 アトリエはデニスの横に立ちながら、勝ち誇ったようにピースサインで返していた。


「ふふふ……やはり俺たちには、洒落たレストランより、こういう地元密着型の食堂っすね、兄貴……ふふふ……」

「くくく……同感……やはり男は黙って食堂……そしてオリヴィアさんとアトリエちゃんは可愛い……くくく……」


 テーブル席からそんな声が聞こえてきて、デニスは腕を組みながら表情筋をひくつかせた。


「ちょ、調子の良いやつらめ……」

「しかしヘズモッチさんのお店……大丈夫ですかね。すっごいお金かけてるように見えるんですけど」


 カウンターのビビアが、そう聞いた。


「流石に、そろそろ落ち着くんじゃねえのか? 開店記念みたいなもんだろ、今まではよ。あいつなんて俺よりずっと頭良いんだから、その辺はちゃーんと考えてるよ」

「でも、頭の良い人だって」


 ビビアはそう言うと、デニスのことを見つめた。


「冷静じゃないときはありますよ。バランスを崩すことは……あります」

「……なんだか勝手知ったる口だな、ビビア」

「わからないですけど……何となく、嫌な予感がしますね」




「うーむ……」


 追放者レストランのホール席に座ったロストチャイルは、店の売り上げを眺めていた。


 その前にはヘズモッチが座っており、縮こまりながら、やや蒼白な顔をしている。


 夜の追放者レストランには、まだ客が居た。


 食事を摂っている彼らも、何やらただならぬ雰囲気の二人……傍に控えている背の高い男も含めれば三人を、何事かと静かに見守っている。


「……芳しくないねえ。これから、どうするつもりだい?」

「い、一時的なものです。心配はご無用です」

「具体的な話を聞きたいものだが?」


 ロストチャイルがにっこりと微笑みながらそう聞くと、ヘズモッチは背中に大量の冷や汗をかいた。


「……こ、これから、店は話題になっていくはずです。それが広まれば、この街の外からも多くの集客が見込めます。その後に富裕層向けのメニューも用意すれば、徐々に単価を上げながら、黒字に持っていけると思います」

「ふむ。たしかに君の料理にはそれだけの価値がある」

「あ、ありがとうございます……」

「でも、これで仕舞いだな。融資は打ち切ろう」

「は、はい?」


 ヘズモッチがそんな間の抜けた声をあげて顔をあげると、ニコニコとしたロストチャイルが席を立って、傍に立たせていたハームに外套を広げさせた。


 その外套の袖に腕を通すロストチャイルに、ヘズモッチがすがりつく。


「あ、あの、どういうことですか。どういう意味ですか。あれだけ、期待していると言ってくれたではありませんか。いくらでも融資すると」

「君に期待していたのは本当だが、私も金融畑で育ったものでね。感情と理性は全く別のものだ。安心しなさい、融資分を耳を揃えて返せとは言わないよ。しかし、相応の利子は付けさせてもらうがね?」

「そ、そんな! 今融資を切られたら、私は!」

「そう不安がるな、ヘズモッチ。借金なんてすぐに返せるよ。当面は、あの料理長に泣きつけばいいじゃないか。それとも嫌かい? あれだけ反対されたのに、あれだけやめておけと言われたのに、合わす顔が無いかい?」

「……ぐっ、ぐ、う……」


 ヘズモッチは唇を噛んで、うっすらと涙目を浮かべた。

 強く噛み込んだ唇から血が滲んで、口内に鉄の味が広がる。


 錯乱しかけているヘズモッチに、ロストチャイルが畳み掛ける。


「それが嫌なら、良い仕事を紹介することもできる。君みたいに学があって美しい女性なら、一晩で大金を稼げる場所があるんだよ。そういう世界もある。困っているなら紹介してあげよう。あまり働きすぎると壊されることもあるが…………そんなに不安そうな顔をすることはないじゃあないかあ、ヘズモッチ……」


 それを聞いて顔を真っ青にしたヘズモッチは、ロストチャイルに縋り付きながら、頭をうなだれた。


 そうか。


 最初から、そのつもりで……


「私はどちらでもいいんだよ……ヘズモッチ。あのジーン料理長の懐に忍び込むのも魅力的だし、君を夜の世界で働かせるのも面白いと思っている……どちらでもいいんだ……私の欲情としては、後者に傾いているかな……もし君が、悪趣味な客にあたってバラバラにされた時には、君の身体の部位を貰えるように交渉しておかなくてはね。一流の料理人の腕を欲しいと思っていたんだよ。その美しい手が……頭部とセットにして防腐剤に浮かべて、蒐集部屋に飾るのもいい。他に使い道を考えておかないと。きっと色々と使えるさ(・・・・・・・・・・)。楽しみだなあ。なあ、ヘズモッチ……」


 ロストチャイルがそう囁くと、食事を摂っていた客の何人かが、ガタッと立ち上がった。


「お、おい! 黙って聞いてれば、この野郎!」

「貴族だか何だか知らないが、あんまりじゃないのか!」


 義憤に駆られた様子の客たちに、ロストチャイルが冷ややかな瞳を向ける。


「君たちの問題じゃあない。これは単なる、彼女の経営の失敗の話だ」

「で、でもよ! お前……!」

「それなら、なにかい? 君たちが、彼女の借金を肩代わりしてくれるのかい?」


 ロストチャイルがそう言うと、立ち上がった客たちが、気圧されて黙り込んだ。


 その様子を見て、ヘズモッチは頭が真っ白になるのを感じた。



 誰も助けてはくれない。


 そりゃ、そうだ。


 これは自分の失敗なのだ。


 誰も肩を持ってはくれない。


 全部自分が悪いのだから。


 誰の言うことも聞かずに、馬鹿な夢を見て暴走していた自分が悪いのだから。



 ヘズモッチは茫然自失として、床にぺたりと座り込んでいた。


 自分の人生が崩壊する音が、頭の奥の方から鳴り響いてくるようだった。


 それはガラスの積み木のようなものに感じられた。

 建てるのは大変だった。

 生まれてからずっと、必死で積み上げてきた。


 でも、その全てが割れて崩れるのは一瞬で、それはもうきっと、二度と元に戻らない。

 


 そして、誰かがその静寂を打ち破って、叫び声をあげた。



「い、いいだろう! 肩代わりしてやる! 持ってやるぞ、その借金! なあ、他にいないのか!」


 誰かがそう叫んだのを聞いて、ヘズモッチは顔を上げた。


 その声に呼応するように、座っていた客が次々と立ち上がる。


「そうだ! 俺っちたちみんなで返せばいい! 一人で抱えるんじゃなくて、みんなで返すんだ!」

「わ、私、街のみんなに言ってくるよ! 声をかけてくる!」


 ヘズモッチには、彼らの言葉が、上手く理解できていなかった。


 意外そうな顔をしているのは、ヘズモッチだけではない。


 ロストチャイルも、予想外といった、珍しい顔を浮かべている。


「な、何を……言っている?」

「ここは俺らの街だ! 俺らの街で、勝手はさせねえぞ! この貴族野郎!」


「な、なんで、みんな……」


 ヘズモッチが、わけのわかっていない顔でそう呟いた。


「美味しい料理を作ってくれたのは、ここの店長だ! わざわざ王都からここまでやって来て、俺たちのために料理を作ってくれたんだ!」

「そうだ! この街で店を出した以上、店長は俺たちの街の人間だ! ここは俺たちの街だ!」

「俺っちたちはずっと、そうやってきたんだ! デニスの大将のときもそうだ! みんなで立ち上がれば、なんとかできるぜ!」


 ホールの客が総立ちになって、場を支配していたはずのロストチャイルが、一転してブーイングを浴びせかけられていた。


 ブーイングを浴びながら、ロストチャイルは珍しく、困惑した顔を浮かべていた。


「なんだこれは……どうなっている……? この街には、馬鹿しかいないのか……?」


 ヘズモッチは、呆然としながらその光景を眺めていた。


 違うんだ。


 違う。そんなものじゃない。

 私は、くだらないプライドのために、この街に来て、


 この街の人間を、くだらないプライドのために利用しようとしていた、だけだ……


 ヘズモッチの両目から、いつの間にか涙が溢れていた。


 馬鹿だ。


 どれだけ馬鹿だったんだ、自分は。



 勝ち負けとか、そんなもの、どうでもいいじゃないか。

 自分の料理を、美味しいと言って食べてくれる人がいるなら。



 こんな人たちが居てくれたのに、自分は……


 大粒の涙が床にとめどなく零れて、胸が苦しくなって、ヘズモッチは背中を丸めた。



 まだ、料理を作っていたい。


 許されるなら、私は、まだ、


 この街で、料理を作りたい。




「おうおう。良い店になったじゃねえか、このレストランもよお」


 不意にそんな声が聞こえて、ロストチャイルは振り返った。

 ヘズモッチも、そちらの方を見る。


 追放者レストランの入り口に、いつの間にかデニスが立っていた。


 その隣には、息を切らせた様子の、従業員も立っている。


「ふ、副料理長、どうして……」

「わ、私の独断で、呼ばせていただきました、店長!」


 経理の従業員が、決死の表情でそう言った。


 ロストチャイルはデニスの方を振り返り、ぎくしゃくとした笑みを浮かべる。


「デニス……デニス・ブラックス……! 本命はお前だ。この小娘を引っかければ、必ずお前に辿り着くはずだと思っていたぞ……! ちょいと馬鹿どもが興奮したもので、計画違いはあったが……ようやく会えた!」

「ああ? そんなに俺に会いたかったならよお、うちの食堂に食いに来れば良かったじゃあねえかあ! 恥ずかしがり屋か、てめえはよお!?」




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