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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第2部 追放メイドとイニシエの食卓
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16話 追放作家のブックマーク (中編)



「先日貸していただいた原稿! すっっっごく面白かったです! いやもう! めちゃくちゃ面白かったです!」

「あら、本当? 嬉しいわあ」

「売れること間違いなしですよ! いや、舞台化待ったなしですね!」

「あはは、気が早いわよー、もー」


 エントモリは機嫌が良さそうに笑って手を振ると、茶を一口飲んだ。

 興奮した様子のビビアは、喫茶の丸テーブルにつんのめるような形で言う。


「もう、すっごい新作ですよこれ! 特に、序盤も序盤でヒロインたちがゴブリン達に蹂躙される所とか、そこに現れる謎のゴブリンキラーとか、わっくわくして読みました!」

「ま、楽しんでくれたなら良かったわあ」

「あ、お礼といっては何なんですけど! 読書感想文みたいなのを書いてみたので、良かったら読んでください! はい!」

「ええっ!? 本当にー? そーこまでしなくても良かったのにー」


 エントモリは困ったように笑うと、嬉しそうにビビアから読書感想文を受け取った。


 ビビアは珍しく、昼食を追放者食堂ではなく、別の喫茶店でエントモリと一緒に食べていた。


 エントモリが、お昼は追放者食堂にたくさん人が居る時間帯なので、もう少し静かな場所で感想を聞きたいと言ったのだ。


「いやーしかし、『奇械王』シリーズとは全然違う方向性で来ましたね! こんなに色んな作品を書けるって凄いです!」

「あ、あはは……ま、まあね……うん……」


 エントモリはそう言ってお茶を一口飲むと、鞄から別の原稿を取り出す。


「それじゃあ、もしよかったらなんだけど……こっちも読んでみる?」

「ん? それは……それも新作ですか?」

「新作とはまた違うんだけど……まあ、未発表の習作っていう感じかなあ。よかったら、こっちの方も意見を聞きたいんだけど」

「ええー!? そんな貴重なものを! いいんですか!?」

「あはは、いいのよいいのよー。減るもんじゃないしー」


 エントモリは笑って、そう言った。




 夕方の追放者食堂では、カウンターに座ったビビアがニコニコ顔で海老炒飯を頬張っていた。


「なんだか上機嫌のようデスネ、ビビア様」


 お盆を胸前に立てたオリヴィアが、ビビアにそう言った。


「んふふー。いやあ上機嫌も上機嫌ですよ。なにせ、僕はあの大作家さんのアドバイザーみたいなことになってるんですからあ」

「アドバイザーつったってお前、新作の原稿を友達感覚で読ませてもらっただけだろ」


 デニスがそう言うと、ビビアは「チッチッ」と舌を鳴らして指を立てた。


「ふふふ、それがですね。実は未発表の習作まで読ませてもらってるんですよー! 僕の感想に基づいて修正して、出版してみようかなあって! いやあ重要だなあ! 僕の立場めちゃくちゃ重要だなあ! 出版業界を左右する立場で困っちゃうなあ!」

「ほほー。えらく信頼されたもんだな。お前は好奇心の塊みたいなところがあるし、作家とかそういう人にとっては有難いのかもな」

「でしょー! 僕ってもしかして、そういう才能もあるのかもしれないなあ! 魔法使いよりも出版業界なのかなあ! いやでも目指すは世界一の魔法使いですけどね! これは約束なので! 大事な約束なので!」


 ビビアがニコニコしながらそう言っていると、アトリエに料理のお代を払っていたツインテールの魔法使いとポニーテールの魔法使いが、興味津々な様子で顔を近づける。


「あれービビアくん? 作家さんってなんのことー?」

「誰のこと―!?」

「ふふふ……それは守秘義務ということですねえ! まあもしかしたら、彼女の次作には『~この作品を、親愛なるビビア・ストレンジに捧ぐ~』みたいな献辞が書かれてるかもしれないですけどねえ! いやあ困っちゃうなあ! ほんと困るなあ!」

「困りすぎだろお前」




 その数日後、エントモリの言う『習作』を読んだビビアは、また街の喫茶店に来ていた。


「ええと……どうだったかな? そっちの方は……」


 エントモリが遠慮がちにそう聞くと、ビビアは腕を組んで難しい顔をする。


「ううーんと、面白かったんですけどぉ……」

「け、けど?」

「なんていうか、前に読ませてもらった『新作』よりは、パンチが弱いかなあって……」

「パンチが弱い?」

「は、はい。そのー、なんていうか、あの、面白かったですよ? でも、なんだろう……展開がスローというか、登場人物がおっさんばっかりだったり、主人公があんまり強くなかったり……あ、僕思ったんですけど、やっぱり最後がバッドエンドなのは……」


 ビビアがそう言って、お茶を口にしながら読書のメモを取り出すと、エントモリが突然、ガタンと立ち上がった。


「はあ!? なによ! 『新作』は面白いって言ったじゃない! そっちは面白くなかったっていうの!? 私の作品は駄作だっていうの!?」

「うっ、うえっ!?」


 突然怒り出したエントモリに、ビビアは吃驚してティーカップを取りこぼした。


 陶器のカップが床に落ちて、粉々に砕け散る。


 その音を聞いて、エントモリはハッとしたように顔色を青くした。


「あ、ご、ごめんなさい……」

「あ、あの……いえ、すいません……素人が偉そうに……」


 ビビアは少し怯えつつ謝ると、店員を呼んで、割ってしまったカップを片付けた。


 割ったカップを弁償するしないという軽い問答があった後、弁償を断られたビビアは新しい茶を頼んで、エントモリのことをチラリと見た。


 エントモリはバツの悪そうな顔をしていて、片手を使って巻かれた青色の地毛をぐしゃぐしゃにした。


「ご、ごめんね。せっかく読んでくれたのに。ちょっと興奮しちゃって」

「い、いえ。僕こそ。その、調子に乗ってしまって。苦労して書いたのに、いきなりこんなこと言われたら傷つきますよね。すいません。ほんと……」

「い、いや。違うのよ。こういうのはダメなのよね。ごめんね」


 少し気まずい時間が流れて、その間に二人とも何口か茶を飲んだ。


「あの、実は、新作とその習作なんだけど」

「は、はい! な、なんですか?」

「王都じゃなくて、こっちの方で本にしようと思ってるのよね。どう思う?」


 エントモリはビビアの様子を窺うように、そう聞いた。


「えっと……どういうことですか? 王都じゃなくて、この街で……製本とか、そういうのをするってことですか?」

「いや、そうじゃなくて……こっちの街の方だけで、小さく出版しようと思ってるの」

「あ……ああー……どうしてですか? だって、エントモリさんは人気作家ですし、王都でもきっと売れますよ。それに、こんな小さい街で出版したって……」

「ははは……たしかにそうなんだけど、その……」


 エントモリは目を泳がせると、何か思いついたように手を鳴らす。


「その、そう! 王都で出す前に、こっちの街で反応を見ようと思ってるのよ! そこで改善点を洗い出して、王都に乗り込もうと思って!」

「あ、ああ! なるほど! そういうことですかわかりました! いいですね! 戦略的! ……でも、こっちで出版されちゃったら、王都で出すころにはネタバレとか……」

「いや、その辺は問題ないのよ! うん! 王都とこっちって、正直流行とか何年か遅れてるし……そのあたりは問題ないと思う!」

「な、なるほどー! いいですね! 協力しますよ! 僕にできることであれば、なんでも言ってください!」

「ああ、じゃあ……ビビア君に編集みたいな感じで付いてもらってもいいかな? 私、こっちのことよくわからないから……」

「お、お任せください! もちろんですよ! はい!」




 夕方に、ビビアはカウンターでカニ炒飯を食べていた。


 先日とは打って変わって浮かない表情をしているビビアに、デニスが聞く。


「どうしたビビア。メランコリックか」

「いやあ……なんていうんでしょう。難しいなあと思って」

「なになにー?」

「もしかして、例の“作家さん”のことー?」


 カウンターに座っていたツインテールとポニーテールの二人がそう聞いた。


「あはは……なんていうか……はい……」

「どんなの書いてる作家さんなの?」

「いやあ有名な人ですよ! きっと流行に詳しいツインテールさんとかなら、知ってると思いますねえ!」

「ほんとにー!? すごー!」

「ねえねえどんなの書いてる人なのー? 教えてよビビアくーん!」

「いやあそれは言えないですねえ! でもその人の新作に今携わっていて、それはゴブリンが……おっと、これ以上は言えないですね! 危ない危ない!」

「えー、教えてよービビアくーん」


 ポニーテールがそう絡んでいると、ツインテールが何か思い出したような顔をした。


「ゴブリン……あ! わかった! もしかして、『ゴブリンスラッシャー』の続編!? ということは、作家のカギューラ・スパイダだ!」

「カギューラ……? い、いやいや。残念ながらハズレですねえ」

「ええー? でも、ゴブリンといえば『ゴブリンスラッシャー』じゃない? あの……」


 ツインテールが『ゴブリンスラッシャー』のあらすじを説明すると、ビビアは混乱した様子で、ツインテールのことを見た。


「えっ、な、なんでツインテールさんが、その話を知ってるんですか?」

「いや、だからそれが『ゴブリンスラッシャー』のあらすじだって。海外の本なんだけど、翻訳されて舞台化もされたんだから。こっちじゃまだ全然話題にもなってないけど、私はよく王都まで行くから詳しいんだ。翻訳本持ってるけど、ビビア君も読む?」

「いや、だってそれ……エントモリさんの新作の……『ゴブリンキラー』とほとんどそのまんまですよ……はは、やだなあ」


 ビビアがそう言うと、ツインテールは目を細めた。


「エントモリ? あの、盗作で王都の文壇を追放された?」

「えっ?」

「『奇械王』シリーズのエントモリでしょ? あの人、王都で『奇械王』の次がぜんぜん売れなくって……それで焦ったのか、海外の方でまだ有名じゃなかった『ゴブリンスラッシャー』をほとんどそのまんまパクっちゃったのよ。最初はそれで良かったんだけど、結局バレちゃってね」

「はい? えっと、その、えっ」

「それで、ビビアくん」


 ツインテールはカウンターに肘を付くと、ビビアの目を真っすぐ見据えた。


「きみ、そのエントモリっていう人と何してるの?」




 街の外れにある宿の、暗い部屋の中で、


 青髪のエントモリは一人、机上のランプの明かりを頼りに筆を走らせていた。


「早く新作を書かなくちゃ……私は人気作家なんだもの……」


 カリカリと万年筆の先が走っている。

 エントモリは口元を緩めていた。


「この片田舎なら……しばらくはバレっこないわ……ここでならまだ、私は人気作家でいられる……」


 エントモリはカップに注いだ茶を一口飲むと、休まず筆を走らせる。


「その間に、みんながあっと驚くような傑作を書けばいいのよ。過去が帳消しになるような大傑作を。私なら書けるわ。ビビア君だって、『ゴブリンキラー』は面白いって言ってくれたじゃない。あれは、盗作じゃなくて脚色なのよ。その辺の愚図がパクったってああはいかないわ。やっぱり私には才能があるのよ……」


 その目の下には、深く青黒いクマが出ていた。


「だから、また面白いものを書かないと……またみんながチヤホヤしてくれるような物を書かないと……うぅぅうっ……うぅぅうぅうぅぅ……」




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