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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第2部 追放メイドとイニシエの食卓
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15話 追放作家のブックマーク (前編)



「……ハイ、問題ありませんネ! どうでショウ!」


 首のコルセットを取ったオリヴィアは、得意気な様子でそう言った。


 得意気といっても、オリヴィア自体の表情は変わらないので、なんとなくそういう雰囲気があるだけだ。


「うーむ。本当に大丈夫なみてえだな。大した奴だ」


 デニスがそう言って首の回復したオリヴィアを眺めると、彼女は得意気に背筋をピンと伸ばして、胸を張る。


「このオリヴィア、首が折れた程度で活動できなくなるほどヤワなメイド型魔法人形(オートマタ)ではアリマセン。さあ、早くご奉仕させてクダサイ! このお皿全部洗えばいいでショウカ!?」

「落ち着け! それはもう洗ってる! あとお前が握ってるのは洗剤じゃなくて食用油だ!」


 その様子を眺めていたビビアが、手元の本を開きながら笑った。


「いやー、とにかく無事で良かったですねー」

「ビビア、てめえはてめえでいつまでカウンターで本を読んでるんだ」

「いいじゃないですかー。ちゃんと料理も食べたし、他にお客さんもいないんですし。最近このカウンターの方が落ち着くんですよ」

「そこはお前の読書スペースじゃねえんだけどなあ」

「それより、今いいところなんですよ! 前に買った『奇械王』シリーズの三巻目で、今主人公が……」


 ビビアが興奮した様子でデニスに語っていると、


 食堂の扉の鈴が鳴り、来客があった。


 その客は、一風変わった格好をしていた。


 大きなとんがり帽子を目深に被っており、濃緑色をした薄手のコートを羽織っている。

 その手元には、やや大きめの茶革鞄が提げられていた。


 すらっとした身長の高い女性のようで、透き通るような青色の髪が首元でくるくると巻かれていた。


 この辺りでは見ない人間だった。


「よっと、らっしゃい」

「お客様デスネ。接客いたしまショウ。全身全霊誠心誠意接客いたしマショウ」

「オリヴィア、お前は病み上がりで興奮気味だから下がってろ。アトリエー、お客さんだぞー」


 テーブルに座って折り紙で遊んでいたアトリエはぴょこんと立ち上がると、パタパタと歩いて水を用意して、とんがり帽子のお客に差し出す。


 カウンターの端の席に座ったとんがり帽の女性は受け取った水を一口飲むと、メニューを眺め始めた。


 その姿を見て、ビビアは何やら落ち着かない様子だった。


「なんだビビア、タイプか」

「いや、そうじゃなくて……あれ? あれー?」


 ビビアは読んでいた本ととんがり帽の女性をしきりに見比べると、少し考えこむような素振りをする。


「あ、すいません」


 とんがり帽の女性が、小さくも綺麗な声でデニスに声をかけた。


「この、パープル唐辛子もやしステーキ炒めを」

「おっ。そいつを頼むとはお目が高い。それを頼んだのはあんたで二人だ」

「そうですか……はい……」

「あ、あの!」


 いつの間にかとんがり帽の女性の隣まで詰め寄っていたビビアが、そう声をかけた。


 とんがり帽の女性はちょっとびっくりしたように体を離すと、帽子を目深に被り直す。


「な、なんでしょう……」

「も、もしかして! 作家のエントモリさんじゃないですか!? この『奇械王』シリーズの!」


 ビビアが本の表紙を見せてそう聞くと、その女性は一瞬、やや怯えたように口元をきつく閉じた。


「……そ、そうだけど……ええ……」

「えええーっ! マジですか! ほんとにエントモリさんですか!? やっぱり! 本の著者肖像と似てるなあと思って! あっ! あの! ファンなんです! サインもらえませんか!?」

「い、いいですが……あの、それより……」


 エントモリという女性は訝しむようにビビアのことを見ると、聞く。


「……ええと……何も、知らない、ということ?」

「? えっと、何がですか?」


 ビビアがきょとんとして、そう聞いた。


「い、いや。いいのよ。何でもないわ」

「いやあ! 前に王都に行ったときに、全巻買いまして! 今三巻まで読んでるところなんですよ! すっごく面白いです!」

「そ、そう……ありがとう……」


 エントモリという女性は、何か意味ありげに、帽子のつばの奥からビビアのことを見つめた。




「うおおー! すっげえー! エントモリさんの直筆サインだ! すっげええー!」


 ビビアがサインを書いてもらった本を興奮しながら眺めていると、デニスが笑って言う。


「いやあ、まさか作家さんだとは思わなかったぜ。俺も色んな奴と会ったもんだが、作家さんに会ったのは初めてだな」

「そ、そんな大したものじゃないわ……ええ……」


 パープル唐辛子もやしステーキ炒めを食べながら、エントモリがそう言った。


「あ、よかったらウチの店宛てにもサインとか書いてくれないか? その辺に飾りたいからさ」

「いや、その、本当にそんな大した者じゃなくて……」

「いいいーですねえ! 人気作家のエントモリさん来店! って店先に貼りましょうよ!」

「オリヴィア―、どっかに色紙があったろ。取ってきてくれ」

「このオリヴィア。そう命令してくださると思い、すでに用意してオリマス」

「それ色紙じゃなくてアトリエの折り紙な」

「あ、あの!」


 エントモリは少しだけ大きな声を出すと、そのやり取りを遮った。


「その……申し訳ないんだけど、サインを飾るとかは……ちょっと……。できれば、居るってことを知られたくないの」

「あー、なるほど」


 デニスは頭をポリポリと掻くと、エントモリに頭を下げる。


「いや、悪かったよ。別に困らせるつもりはなかったんだ。すまなかった」

「こちらこそ、申し訳ないわ……」


 デニスとエントモリが相互に謝って、場が一瞬微妙な雰囲気となる。


「ええと……それでエントモリさん、今日はどうしたんですか? お忍びで旅行みたいな感じですか?」


 その静寂の中で、ビビアが聞いた。


「ええ……まあ、そんなところね」

「あ、あの! よかったら、いろいろお話聞かせてくれませんか? 作家さんに会うのって初めてなんですよ! 僕!」

「いやあ……わたしの話なんてそんな……」

「もーそう言わないで! 人気作家さん! 先生―!」




「そーねえ、『奇械王』シリーズを書くにあたっては、資料集めが凄く大変だったのよ。あ、もちろんそれは史実に基づいたフィクションなんだけど、奇械王ユヅト自身は実在の人物だから」

「ははー、大変ですねえ、作家さんっていうのは」

「そう……フィクションとはいえ、作品に命を吹き込んでくれるのはリアリティーだから……ふふ……」

「うわー! かっこいいー! なんか作家さんっぽい!」

「あはは、そんなんじゃないわよ」


 最初のうちは乗り気ではなかった様子のエントモリも、前のめりで話を聞いているビビアにすっかり気分を良くした様子で、なにかと得意気に語り始めていた。


「じゃあ新作とかはどうなんですか!? 次はどんなの書くとかって、決まってるんです?」

「新作……」


 エントモリは一瞬言いよどんだが、笑顔に切り替えて続ける。


「あ、ああ新作はね、ちゃんとあって……」


 エントモリは鞄の中から原稿を取り出すと、ビビアの前に置いた。


「ん? これは……」

「それ、新作の原稿なんだけど。もう書きあがってるから、読んでみる?」

「ええーっ!? 良いんですかあ!? マジで!?」

「あはは、別にすぐ出版されるんだからいいわよ。特別にね?」

「でも、さすがに原稿を借りるのは……」


 ビビアがそう言うと、エントモリは一瞬明後日に目を泳がせた。


「あー、それは……その……もう必要ない原稿だからいいのよ」

「必要ない?」

「ええと、だから……写しはすでに向こうに送ってて、とにかく無くなっても構わないやつなの。しばらくこっちに居るつもりだから、よければその間貸してあげるわ。内緒でね?」

「うわー! 本当ですか! ありがとうございますー! あ、デニスさん! ぼくちょっと失礼します! これ、帰ってじっくり読みます!」

「おおー、気を付けて帰れよー」


 本と原稿を抱えて店から飛び出して行ったビビアを眺めてから、デニスが聞く。


「食後にお茶でも飲むかい?」

「ええ、いただくわ」


 デニスが煎れたお茶を一口飲むと、エントモリが呟いた。


「ビビア君、といったかしら? 素直で良い子ね」

「まあ色々と年相応ってところだな。ところで大作家さんが、こんな田舎の方までどうしたんだ?」

「ああ、その……ちょっと王都から離れて、静かな場所で新作を執筆しようと思って」

「まあ静かかどうかは保証できないが、少なくとも悪いところじゃないと思うぜ。王都に比べると、情報も流行もいろいろと遅れてるだろうが」

「いいえ、それでいいのよ」


 エントモリは流し目で何処かを眺めながら、つぶやいた。


「そういうところがいいの……そういうところがね」




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