9話 出張追放料理人! 炎の授業参観! (後編)
都立ユヅト魔法学校の正門前広場には、多くの人が集まっていた。
戦闘魔法の研究者であるカットナージュ准教授と、体験入学の謎の保護者が事実上の決闘を執り行うという噂が瞬く間に広まったからだ。
授業を受けていた生徒たちはもちろんのこと、他の授業を抜け出してきた生徒や、暇だった教員たち……それに授業を中断してまで見に来た教員や生徒たちで、正門前広場はあふれかえっていた。
「みなさん、これはあくまで戦闘魔法のより実践的な演習に、あちらのお方が協力してしてくださるということですので」
そう説明したところで、そんなものが建前であることは誰もが知っていた。カットナージュ自身、そう思われるのは百も承知だ。
「さあ。やはり辞退しようというなら、今の内ですよ?」
「それはこっちの台詞だぜ。今すぐに彼女に謝るというなら、こっちも矛を収めていいんだ」
「やれやれ」
カットナージュはそう言うと、コートから杖を取り出した。
「それでは、戦闘魔法の実戦演習を執り行いましょう。この演習の際に何らかの不幸なアクシデントが起きたとしても、当学校に一切の責任はございませんので、了承してください」
カットナージュは杖を握ると、心中で笑った。
とんだ身の程知らずの田舎者がいたものだ。
この男も、どこかの田舎ではそれなりの強者なのだろう。ハッタリではなく、戦闘に自信のある雰囲気をしている。
だが、本物の戦闘魔法の研究者にそんなものが一つも通用しないことを教えてやろう。
ちょうど、学校長に色々と怪しまれてきた所だ。妙な告げ口をしようとする輩が現れないように、私に楯突けばどうなるか、この男を血祭りに上げて知らしめてやる。
聴衆の中で、ビビアとバチェルが並んで立ってその様子を見守っている。
「な、なんや大変なことになってしもうたなあ……」
「まあデニスさんはああいう性格ですから。それより、デニスさんの戦闘が見れるのってあの作戦以来ですね」
「せ、せやなあ……」
「いやあ、デニスさんのレベル100ユニークスキル、色々見れるといいなあ!」
「杖を出さなくていいのか?」
とカットナージュが聞いた。
「ああ、スタイルが違うんだ。これで構わねえ」
そう言って、デニスが両の手を何度か閉じたり開いたりした。
「ふんっ……ならば始めようか。死んでも文句を言うなよ!」
そう叫んで、カットナージュが杖を振った。
「『死に至る夕立』!」
カットナージュの魔法が発動した瞬間、デニスの頭上に無数の氷柱が発生した。
その次の瞬間、空中に展開した鋭い氷柱が一斉にデニスめがけて降り注ぐ。
あまりに速い展開に、悲劇を予感した聴衆の多くが目を覆ったり、背けたりした。
「くっくく……もう少し手加減してあげても良かったのですがね」
カットナージュはそう言うと、無数の氷柱によって串刺しにされたはずのデニスを見た。
「……片付けの面倒な魔法だな。飲食店の店長としてはゼロ点だ」
「……なっ……?」
デニスは、周囲に無数の氷柱が突き刺さった状態で、一人無傷のままで立って涼しい顔をしていた。
その様子を見ていたビビアの後ろの年配の教授が、分析を語りだす。
「あの青年……一瞬の内に高度な防御魔法を……彼は瞬きする間に絶対防御の物理遮断防壁を張ったのだ……しかもあれは、薄い布のような……もしや神聖の加護を付した、高貴な魔法かもしれぬ……」
その前の方で、ビビアがバチェルに解説する。
「デニスさんのレベル100ユニークスキル、『食堂の暖簾』ですよ。物理無効の暖簾を、任意の場所に張るんです」
「ほえー。すっごいもんやなあ」
「防御スキルとしてはかなり強いんですけど、いかんせん見た目が暖簾なんですよね。あと、「店長やってる?」って言いながらくぐると通れるんです。それが弱点です」
「ほえー。それでいいんかな、店長」
「ふんっ……ちょっとは使えるようじゃないか。まあ、かなり手加減はしてやったのだがね……」
カットナージュはそう言うと、杖を握りしめて構えを取った。
「だが、次からはそう上手くいくと思うなよ! 『役不足な演劇』!」
カットナージュがそう唱えて杖を振ると、彼の前方の地面がぼこぼこと盛り上がり、四体の土くれのゴーレムが姿を現した。
土くれたちは地面から立ち上がるなり、両手を広げてデニスに向かって一直線に突き進む。
「おっ!? なんだか面白れぇのが来たじゃねえか!」
デニスは瞬時に肉切り包丁を錬金すると、一番前のゴーレムに向かってその包丁を振りかざした。
「『強制退店の一撃』!」
デニスがそう言ってゴーレムを上から叩き伏せるようにして肉切り包丁を振ると、ゴーレムは突然強烈な重しでも乗せられたように地面に叩きつけられて、土を削りながら地中へと押し込まれていった。
その様子を見ていたビビアの後ろの年配の教授が、分析を語りだす。
「あれは……空間操作のスキル! まさか、上位概念である時空に干渉するとは……まさかあの青年、ここではない有名魔法学校から送られてきた、最上級調査員では……」
その前の方で、ビビアがバチェルに解説する。
「出た! デニスさんの『強制退店の一撃』! 対象の位置座標を強制的に移動させる空間操作スキル! ぶっちゃけ普通の人間に使ったらほぼ間違いなく圧し潰されて死ぬことになる凶悪技だ!」
「うわあ! 絶対喰らいたくない!」
迫るゴーレムを一体ずつ肉切り包丁で叩き伏せて地中に送り込みながら突っ込んでくるデニスに、カットナージュは焦った様子で杖を振る。
「な、なんだあの意味不明なスキルは!? 『爆炎』!」
カットナージュの苦し紛れの攻撃魔法も、デニスは地中から錬金した鉄鍋を空中に浮遊させて受けきってしまう。
それを見ていた聴衆の生徒たちが、わっと湧いた。
「あの人すげえ! カットナージュ先生の爆炎を鉄鍋で!」
「簡単に受けきってる! 鍋で!」
「かっこいいけど見た目がアレだ!」
「なんで鍋なんだ!? 凄いのになんかアレだ!」
ビビアとバチェルも湧いていた。
「流石デニスさん! でも見た目がアレだ!」
「さすが店長! 見た目がアレやけど!」
「ぐっぅうっ!? こ、この! 『火槍……」
「させるか! 『味破』!」
一瞬で距離を詰めたデニスがそう叫ぶと、細かな粒子がブワッと空気中に飛散して、魔法を発動させようとしたカットナージュを襲った。
「ぐ、ぐわあっ!? め、目が!? 鼻が!?」
その様子を見ていたビビアの後ろの年配の教授が、分析を語りだす。
「あ、あれは! 何もない空間から……無から有を作り出す、錬金の最高到達点!? あの青年、等価交換の法則を超えよった!? あの粒子はなんだ!? どんな魔法物質なのじゃ!?」
その前の方で、ビビアがバチェルに解説する。
「出た! 無から調味料を作り出す、レベル100スキル『味破』! 無から有を作り出すまでは凄いのに、調味料限定なのが痛い!」
「すごい! でもそれでいいんか店長!」
「たぶんあれ胡椒ですよ!」
カットナージュの目が眩んでいる隙に、デニスはカットナージュに肉薄した。
「意外と筋は良かったぜ……だがお前には、思いやり優しさ謙虚さ慈しみ愛情、そして何よりも!」
デニスは肉切り包丁を振りかぶると、その身体に、衝撃の一撃を叩きこむ。
「レベルが足りない!」
「おっぐぅあがっ!?」
デニスの一撃を食らって、カットナージュは地面に叩きつけられた。
即死級スキルは重複させずに『衝撃』だけを載せた一撃であったが、カットナージュの意識を奪うのには十分なようだった。
カットナージュはすさまじい衝撃を伴って地面に叩きつけられると、背中をしたたかに打ち据えて、そのまま気絶した。
デニスがそれを確認して、錬金していた肉切り包丁の結合を解除するのと同時に……
わあっと、聴衆の歓声が響いた。
「おっ!? ちょおっ!?」
デニスは一瞬で聴衆に囲まれる形になり、デニスに興味津々な様子の生徒や教員たちの質問攻めを食らう。
「今の、なんの魔法とスキルを使ったんですか!? あと何で鍋だったんですか!?」
「あ、あの防御魔法は何なんじゃ!? それに等価交換の法則を超えるあの粒子はなんじゃ!? 教えてくれ!?」
「君は何者なんだ!?」
「あ? あーっと……別になんでもねえよ。ただの、バチェルの友人だ」
デニスがそう言った瞬間、聴衆の一部がバチェルの方へと詰め寄った。
「バチェル先生!? あの人何なんですか!?」
「あの人と友達ってどういうことです!?」
「バチェル先生って何者なんですか!?」
「え!? えっと、あの、あの人は店長で……一時期一緒に暮らしてて……」
バチェルが色々と誤解を招く発言をした瞬間、遠くからけたたましい笛の音が鳴った。
「が、学校の警備だ!」
「騒ぎを聞きつけてきたんだ!」
「一体なんなのこの騒ぎは!? ちょーっと打ち合わせに来てみたら、この騒動は……」
そう言いながら聴衆を掻き分けてきた紅色の甲冑の女性は、騒動の中心人物を見ると、ぽかんとした顔をした。
「……デニス? あんた、何やってんの?」
「……ケイティ?」
学校の警備員を引き連れてやってきたのは、デニスの元所属パーティー『銀翼の大隊』、その現隊長である、『深紅の速剣』ケイティだった。
ケイティとも知り合いの様子を見せて、聴衆のざわめきはひと際大きなものとなる。
「ケイティ、何やってんだお前。こんなところで」
デニスがそう聞くと、ケイティは引き連れてきた警備員をちらりと後ろ手に見せながら答える。
「『銀翼の大隊』も、これからは色んなビジネスで拡大していこうとしてるのよ。これはその一環。うちで訓練した警備員を、年間契約で色々な所に貸し出してるの」
ケイティはそう言うと、出し抜けにデニスに抱き着いた。
「それより! ひっさしぶりじゃなーい! デニスー! 王都に来るなら、一言言ってくれれば良かったのにー!」
「あ、ああ!? く、くっつくな! おい!」
「ね! ハンバーグ食べたい! 私もうハンバーグのお腹になっちゃった! ハンバーグの舌になっちゃった!」
「お前はすぐそれだもんなあ! このハンバーグ魔人がなあ!」
「あっ! ちょうどいいわ! ねえデニス! この際だから食堂の厨房を借りて、みんなにハンバーグでも振舞ってあげればいいじゃない! ナイスアイディアじゃない?」
「えっ? どゆこと?」
「そういうことなので、学校長!」
ケイティはそう言うと、後ろにいつの間にか立っていた老人に向かって言う。
「先ほどお話していたうちの元料理人が、食堂の監修に付いてくれるそうなので!」
「えっ? なにそれ?」
デニスが話が見えていない風にそう聞くと、ケイティがこそこそ声でデニスに言う。
「さっき打ち合わせしてたら、あの学校長が食堂の料理改善もしたいって言いだしてきたのよ! それであんたを紹介しちゃったんだけど、ちょうどいいでしょ! ちょっとハンバーグとか炒飯の作り方とか教えるだけでいいから!」
「なんだそれ! 俺は何も聞いてねえぞ!?」
「レジェンダリー炒飯なんだから、それくらい朝飯前でしょ! あとでちゃんと報酬は弾むからあ! おねがーい!」
「お前なあ!」
その次の日。
追放者食堂に帰ってきていたデニスは、食堂に臨時休業の掛札をかけて、ぐったりとした様子でカウンターの椅子を並べて横になっていた。
デニスに水を持ってきたオリヴィアが、デニスに言う。
「お疲れのようデスネ、デニス様。お水をドウゾ」
「ありがとうオリヴィア……ありがとう……」
「一体どうなされたんデスカ?」
「全校生徒分のハンバーグを作ったらこうもなるんだ……ちょっと休ませてくれ……」
デニスが弱弱しい声でそう言うのを横目に、食堂のテーブルでアトリエと一緒に大量の資料を眺めているビビアが言った。
「いやあ! 良い体験入学だったなあ! 次はどこにしようかなー? アトリエちゃんはどこが良いと思う?」
「デニス様も、ついてくる?」
「きっと来ますよ! ねえデニスさん!」
「俺はもう絶対に行かねえからな!」