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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第2部 追放メイドとイニシエの食卓
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7話 出張追放料理人! 炎の授業参観! (前編)



 ワタシが何をしたと言われますか?


 これが長年の忠誠の結果であるならば


 こんなにひどい仕打ちはございません


 たとえ幾千年の時がかかろうとも


 あなたをこの世界から見つけ出し


 必ず





「やはりですね、デニスさん。この世は学歴社会なんですよ」

「そうか、ビビア。今度は何の影響を受けたんだ?」


 プリプリの海老をスプーンに乗せるビビアに、デニスがそう聞いた。


 最近のビビアは、店が空いていればご飯を食べ終わってもなかなか出ていかずに、カウンターでお茶を飲みながらのんびり本を読んでいたりしていたので、その何かから影響を受けたのだろう、とデニスは思った。


「影響を受けただなんて、人聞きが悪い! 書物から知識を得たと言って欲しいですね!」

「それで? 学歴がどうしたって? ついでに俺は生まれてこのかた、学校っつーもんに通ったことは一度もねえけどな」

「えっ、マジですか? 色々どうしてたんですか?」

「料理長に詰め込んでもらったんだよ。あの人、かなりのエリートだからな。見ての通りだが」

「なるほどー。じゃあ、デニスさんって本当に学校とか行ったことすら無いんですねー」

「まあ大体どういうとこかは知ってるけどな。あれだろ? 机と椅子があるんだろ?」

「すごいそこからかー」


 ビビアは棒読み気味にそう言うと、肩に提げていた鞄から、一枚の紙を取り出す。


「そーんなデニスさんに、これですよ! これ!」


 ビビアが見せつけた紙を見てみると、王都の魔法学校の案内であるようだった。


「なに、お前入学するの?」

「いやあ。僕もそろそろ、スキルアップのために魔法学校でも通おうかなあと思って!」

「そんなお金ないだろ、お前」

「ですから、体験入学なんですよ!」

「体験入学しても学費は払えないだろ」

「はあ……わかってないですね、デニスさん」


 ビビアはやれやれ、といった調子でデニスのことを見た。


「この体験入学で、向こうの先生の目に留まったりするかもしれないじゃないですか! おお! なんて輝かしい才能! 学費はいりませんから、ぜひうちの学校に! 生活費も支給しましょう! ってなるかもしれないじゃないですか! 僕みたいに才能豊かで将来性バッチリな魔法使いを、放っておく手はありませんからねえ!」

「お前のそういう所、なかなか治らないよな」

「ということで、行きましょう! 体験入学!」

「えっ? 俺も行くの?」

「もっちろーん! 一緒に行きましょうよ! ちょうど、明日は定休日じゃないですか!」

「えー、俺はいいよー」

「何でですかー、行きましょうよー。一人でってのも寂しいじゃないですかー」

「興味ねえしなあ。オリヴィア、お前ビビアと一緒に行ってみるか?」


 デニスがそう言うと、テーブルを拭いていたオリヴィアが両肩から一対の砲身を展開させた。


「護衛任務でショウカ。このオリヴィア、ビビア様を学校まで徹底的に護衛して送り届けマショウ」

「いや。遠慮しときます、オリヴィアさん。怖いんでその砲身仕舞ってください」

「うん。やっぱいいや。登下校の送り迎えにはちょっとオーバースペックだったわ。大砲仕舞って、テーブル拭いといてくれる?」


 オリヴィアが砲身を両肩に格納すると、ビビアが駄々をこね始める。


「えー、でもやだなー。僕、デニスさんが来てくれないとやだなー。王都とか怖いもんなー。都会マジで怖いもんな―」

「将来性バッチリの魔法使いとは思えない思考回路だな」


 しかしなあ、とデニスは思った。


 アトリエもずっと食堂の手伝いさせるわけにもいかないし、いつかは学校とかも考えなければいけないわけだ。


 その時のために、ちょっとくらい見学に行くのも悪くはない……かな?




「ということで! 来たぞー! 魔法学校!」


 食堂での会話の、次の日。


 ビビアは王都の、ある魔法学校の前までやってきていた。

 その隣にはデニスが居て、以前に買った外行き用の礼服を着ている。


 デニスは学校の大仰な正門を眺めると、感心したように言う。


「おおー、これが魔法学校か。なかなかでかいところだな」

「ワクワクしてきましたねー! じゃあ、行きましょう!」


 正門前で受付のお姉さんに話しかけると、受付嬢が前から体験入学に申請していたらしいビビアの名前を名簿から見つけた。


「ビビア・ストレンジさん……はい、どうぞ。そちらの方は?」

「ああ、うちの店長です」とビビアが言った。

「ああ、店長だ」とデニスが答えた。

「店長……? えーと……保護者ということでいいでしょうか?」


 受付を済ませて正門から続く長い道を歩きながら、ビビアがデニスに色々と説明をしていた。


「この『都立ユヅト魔法学校』は、伝説の魔法使い、『奇械王ユヅト』にちなんで建てられた学校なんですよ」

「『奇械王』? 討伐メンバーの一人だっけか」

「そう! かの討伐メンバーの一人であり、金属や鉱石を対象とする魔法の法則を確立した人物としても知られてますね。『からくり使い』と呼ばれることもありますよ」

「なるほどねえ。歴史のことはよく知らんが」

「他の討伐メンバーとしては、『冒険王ナチュラ』とかも有名ですよね。まとめて『銀色の五翼』って呼ばれますけど、デニスさんが元居た『銀翼の大隊』も、それにちなんで付けられたんですよね?」

「うん? うん、あ、ああ! そうだなあ! そうだよ!」

「この人絶対気付いてなかったなー」




 学校の中では、体験入学者向けの出店が開かれていた。


 その中で、書物コーナーに目を付けたビビアが色々と物色している。


「おお! 『奇械王』シリーズじゃん! しかも全巻揃ってる!」

「なんだ、面白い本か?」

「これ、王都でめっちゃ流行ったらしいんですよ。エントモリっていう作家の本なんですけど、一時期は全然手に入らないくらい人気だったんですって! 王都の『読者が選ぶ、この伝記小説がすごい!』ランキングの一位だったんですよ!」

「意味があるのかよくわからんランキングだが、人気だったんだな」

「うわー、全巻買っちゃおうかなー。全然こっちまで入ってこなかったんですよねー」

「帰りに買った方がいいんじゃねえのか? 荷物になるだろ」

「いや! 買っちゃいましょう! ここで買わないと、帰りには売り切れちゃうかもしれませんし!」


 ビビアがそう言って財布を取り出すのを眺めながら、デニスは山積みになっている『奇械王』シリーズを見てみた。

 かなり積まれているようだから、そんなに心配しなくても良さそうだが……。


 というか、積まれすぎでは?


「なあビビア、これ大量に積まれすぎじゃないか? どっちかというと在庫処分じゃないのか?」

「それくらい人気ってことですよ! これ、全巻ください! はい! うわー自慢したいなー。布教用に二冊ずつ買っちゃおうかなー!」

「ったくお前はミーハーだからなあ。二冊もいらねえだろ……って、あれ!? 待てよ!? 『脱冒険者、飲食店開業マニュアル!』の第五版じゃねえか! いつ出版されてたんだ!? 読書用と観賞用と保管用と布教用で四冊買わないと! あれー幻の第三版もあるー! 欲しい―!」




 それから十数分後。


「おおー、これが教室かあ。思ってたよりでかいなあ」


 デニスが両手に紙袋を抱えてそんなことを言いながら、開放された講義室の中を眺める。


「でかいですねー」


 ビビアも両手に紙袋を抱えながら、そんなことを言った。


 講師が立つステージと黒板を最奥として、そこから半円状に広がっていく作りの広い講義室だった。黒板から遠くなるに従って段々と床の位置が高くなっていき、デニスらが立つ一番後ろの壁側からは講義室全体を見下ろすような形になる。


 講義室の前には、『魔法史概論基礎』と書かれた張り紙がされていた。


「これであれだろ? 先生が黒板に白い奴で、色々書いたりするんだろ? 俺はちゃんと知ってるんだ」

「原始人みたいなことを言わないでくださいよ、デニスさん……あ、先生が来たみたいですね」


 ビビアがそう言うと、講義室の教員用の扉から、一人の背の低い女性が書類を抱えながら入ってくる。

 茶髪のそばかす顔、思ったより幼い……。


「……あれ、バチェルさんでは?」

「……そういや王都の学校勤務に決まったって言ってたな」


 やや大きめの赤い礼服に身を包んだバチェルは、教壇の上で色々と準備を終えると、広い講義室を眺めた。


 その最奥に、見知った顔が二人いるのに気づくと、バチェルは一瞬目を丸くする。


 デニスとビビアがニヤニヤして軽く手を振ると、バチェルは顔を明るくして手を振り返そうとしたが、生徒たちの目の前なので、控えたようだった。


「バチェルもやりづらいだろうし、俺たちは出てくか」

「そうですね、デニスさん。元気そうな姿が見れて良かったですよ」


 デニスとビビアがそっと講義室から出ていくのを眺めると、バチェルはまばらに座る生徒たちに向かって講義を始める。


「えっと、それじゃあ、今日もやっていくで!」


 バチェルは講義の資料を眺めながら、声を大きくして言った。


「えーと前回は、魔法の歴史における『奇械王ユヅト』の立ち位置を確認したところやったな。前回の内容に付け加えるなら、最新の研究ではこの奇械王に仕えていたとされる原初の魔法人形の存在が指摘されていて……」




 学校の色々な場所を巡ってから、デニスとビビアは食堂で昼食を摂っていた。


「いやあ、なかなか良いところだなあ。アトリエを通わせたりするにはもってこいかもしれん」

「最近改装されたっていうことで、施設も綺麗ですしね」


 ビビアがそう言うと、デニスは頷いてから、やや顔をしかめた。


「だが、この食堂の飯だけはちょっといただけねえな。なんか、味気なくないか?」

「学食なんてこんなもんですよ。学生向けに出来るだけ安くがモットーなんですから」

「安いっつってもやりようがあるだろうよ。見てみろ、生徒が死んだ顔で炒飯食ってるぞ」


 デニスが顎で指した方向に、死んだ顔をした生徒が数人座っていた。


「……この炒飯、モサモサするよな……」

「我慢しろよ……安いんだからさ……」

「試験勉強で疲れたぜ……ハンバーグが食べたい……」

「ハンバーグもモサモサしてるぞ……試験終わったら、週末にレストランでも行こうぜ……」

「そんな金ねえだろ……」


 その様子を眺めていたビビアが、薄味の玉子スープをすする。


「まあ、厨房にレベル100の料理人でも居れば別なんでしょうけどね」

「おっと! いたいた! いるやーん!」


 声の方に振り向くと、デニスらを探していたらしきバチェルが、料理をお盆に載せて歩いてきた。

 バチェルはデニスらのテーブルに自分の料理を置くと、嬉しそうに笑った。


「ひっさしぶりやで店長―! それにビビアくーん!」

「バチェル、久しぶりじゃねえか。立派にやってるみたいだな」

「おおきにやで。店長にはたくさんお世話になったけど、あたしもようやく再出発って感じや」

「講師姿のバチェルさん、かっこよかったですよ」

「恥ずかしいとこ見られたもんやで、ほんま」


 そう言って、バチェルは恥ずかしそうに笑った。


 バチェルと一緒に昼食を食べながら、デニスが聞く。


「バチェルってあれか? もう教授とか、そういうやつなのか?」

「いんや、まだ全然そんなんじゃ」


 バチェルはそう言って空いている方の手を振ると、フォークを置いた。


「今は非常勤で、これから色々と研究とかを発表すると、場合によっては准教授だとかになって、教授はそのさらに上やな」

「でも、すごいですね。追放者食堂の出世頭じゃないですか」

「そんなんじゃないってほんま……それに、ヘンリエッタさんも居るやんか」

「あいつは一応騎士団に入団したけど、まだ候補生みたいだしな。それも幹部じゃなくて、平の方の。出世というよりは……まあ、元気でやっててくれればいいよ。騎士団は安定してるし」

「そろそろ訓練が終わって、正式に入団する頃じゃなかったでしたっけ?」


 とビビアが聞いた。


「そうだっけ? まあ今はあいつが一番忙しそうだからな。訓練中にこっちから顔見に行くわけにもいかねえし。落ち着いたら向こうから来るだろ」


 デニスたちが食堂のテーブルで顔を突き合わせてそんなことを話していると、長身の人影がそばを通りかかった。


「おや。バチェル先生じゃありませんか」


 通りがかりの声に反応して、バチェルはそちらの方を見た。

 そこには黒い礼服を着た教員らしき長身の男が立っており、病的な白い顔を浮かべていた。


「あ、ど、どうも……カットナージュ准教授……」


 バチェルはなんだかばつの悪そうな表情を浮かべると、そう返事をした。


「次の時間は一緒に、戦闘魔法の講義ですね。よろしく」

「え、ええ……どうも、よろしくやで……です……」


 カットナージュと呼ばれた男は、バチェルに向かってにっこりと微笑むと、食堂の奥の方の席へと引っ込んでいった。


 なんとなく、居心地の悪い笑みだった。


「……大丈夫か? バチェル。なんかあったか?」


 デニスがそう聞くと、バチェルは明らかな作り笑いで手を振った。


「いいや、全然やで! あ、次の公開授業もあたしがやってるやつがあるんやけど、うちの授業は見に来ないで欲しいわ! 恥ずかしいわあほんま!」


 バチェルはそう言って、あはは、と笑った。




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