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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第2部 追放メイドとイニシエの食卓
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2話 追放メイドは笑わない (中編)



「危ないトコロを助けていただき、ありがとうゴザイマス」


 カウンターに座りこんだメイド服の女性は、礼儀正しい所作で頭を下げると、そう言った。


「ワタクシ、メイド型ぜんまい式魔法人形(オートマタ)の、オリヴィアと申します」

「お、魔法人形(オートマタ)……?」


 隣に座り込んだビビアが、オリヴィアの顔や体を眺めながら、そう呟いた。


「そ、存在するのは知ってたけど、初めて見た……でも、こんな精巧に、人間そっくりに……? ちょっと片言入ってる、綺麗な女の人にしか見えないけど……」

「お褒めいただき光栄デス。ありがとうゴザイマス」

「す、すっごいなあ……凄すぎて、感動しますよ。デニスさん、こういうものなんですか? 魔法人形って……」


 ビビアにそう聞かれて、デニスは心の中で首を横に振った。


 魔法人形といったって、マジックアイテムの一種であることに変わりはない。


 それは基本的に、単純な行動要領を備えただけのマネキンのようなものだ。


 使役する魔法使いによっては、それにローブやマスクを被せて偽装することはあれど、それを剥ぎ取ってしまえば人間ではないことなど一目でわかる。人形に特有の不自然な歩き方でも、一瞬でそれとわかるのだ。


 しかし、デニスの目の前にいる魔法人形……オリヴィアは、ほとんど完全に人間だった。


 少なくとも、人間のようにしか見えなかった。


 ビビアは高位の魔法使いが従えるような“普通の”魔法人形を見たことがないから、そういうものかと思っているようだが…………

 デニスは実際に、オリヴィアのぜんまいと怪しげな鉱石だらけの“中身”を見ていなければ、彼女が“人間ではない”なんて、信じなかっただろう。


「重ね重ね、ありがとうゴザイマシタ、デニス様。あのままだと、内部温度がレッドゾーンに到達し、ワタシは成す術なく爆発四散していたデショウ。危ないところデシタ……」

「想像以上に危ないところだったな。危なすぎるだろ」

「いやあでもほんと、すごいなあ!」


 ビビアはオリヴィアを眺めながら、目をキラキラと輝かせて興奮しきっていた。


「ほんと、本物の人間にしか見えませんよ! でもこれが、人間じゃないなんて! 魔法人形(オートマタ)だなんて! すごいですね!」

「人間では、ナイ……」


 オリヴィアはそう呟くと、表情は変えないまま、ズーンと沈みこむような雰囲気を醸し出す。


 あれ? とビビアとデニスは思った。

 もしかして、地雷を踏んだかな?


「そうです……ワタシは人間ではありまセン……どれだけ人間に寄せて作られたとシテモ、結局人間とは違う、不気味な人形デス……ハイ」

「あ、あれ。どうしました、オリヴィアさん。あれー?」


 ビビアは突然沈んだ様子のオリヴィアに、そう話しかける。

 ビビアはデニスのことをチラリと見ると、「まずったかもしれません……」という顔をした。


 このオリヴィアというメイド、意外とナイーブな部分があるようだった。

 デニスは何とかフォローしようとして、口を開く。


「お、おい、ビビア。失礼だぞ。オリヴィアさんはその、どっからどう見ても立派なレディじゃないか! ただ、暑いときに肋骨が外側に開くだけだ!」

「そ、そうですね!? オリヴィアさん! 全然気にすることないですよ! 誰だってそういう……人と違うところはありますよ! みんな違ってみんな良い、ですよ!」

「ほ、本当デスカ? ワタシ、不気味じゃないですか? ちゃんと人間みたいにできてますか?」


 オリヴィアがそう聞くと、ビビアはうんうん、と頷いた。


 彼女の左隣に座るアトリエは、興味津々な様子でオリヴィアの事を眺めていた。

 アトリエは恐る恐る手を伸ばして、オリヴィアの陶器のように白い左手を、ツンと指先で押してみる。


 すると、ガチャンという音がして、オリヴィアの左手が手首から一回転すると、手の甲と指の背がそれぞれガチャガチャガチャリと開いた。


「な、何をやってるんだアトリエ! 勝手に人様の手をツンツンしちゃいけない!」

「うわっ! すごい顔してる! アトリエちゃん、びっくりしすぎてすごい顔してる! アトリエちゃんそんな口開くんだ!?」

「ヤハリ、仕掛けで手が半分開くような構造をしたワタシは、不気味な……」

「そ、そんなことない! 誰でもそういう所はある! 全然気にすることない! 俺だって手ぐらい開くかもしれない! 試したことはないけど! 押してみろアトリエ! 俺の手も押してみろ!」

「デニスさん落ち着いて! フォローしようとしすぎて逆におかしくなってるぞ! いや、違うんだオリヴィアさん! 表情変わらないのにそんな悲しそうな雰囲気を出さないで! これは僕のツッコミ癖がなあ!」




 そんなこんながあってやっと落ち着いた食堂の面々は、一通りオリヴィアの話を聞き終わっていた。


「それじゃあ、全然覚えていないんですか?」


 ビビアがそう聞いた。


「ハイ、全く」

「どこで、誰に作られたかも?」


 そう聞いたのはデニスだった。


「ハイ。ワタシはどこで誰に作られ、なぜ作られたのか? それはワタシ自身が知りたいことでアリマス」

「ええと、これは困りましたね……じゃあ、覚えているのは?」


 ビビアがそう聞くと、オリヴィアが顔を上げた。


「ハイ。ワタシが覚えているのは、“仕えるべき主人を探し”、“これに誠心誠意お仕えする”という使命です」

「……ですって」

「もう一つ覚えていることがあるって言ってたよな?」


 デニスはそう聞いた。


「ハイ、ワタシはもう一つ覚えていることがアリマス」

「何を覚えているんだ?」

「ハイ、ワタシは“追放されました”」


 オリヴィアがそう言った瞬間、食堂の気温が一度ほど下がったような感覚があった。


「追放って、どこから? どうして?」


 そう聞いたのは、ビビアだった。


「ワカリマセン。記憶が消去されてしまったヨウデ、どうにも思い出せないノデス。しかし、それは事実であるヨウデス。ワタシは追放されました。ワタシは仕えるべき主人を探しています。ワタシは誰かを探しているような気がシマス。ずっと探してきたような気がシマス。それを考えると、ワタシはとても悲しい気持ちにナリマス」


 オリヴィアはそう言って、感情の読み取れない表情を浮かべた。


 デニスはその姿をまじまじと見てみるが、やはりこうして見ると、オリヴィアは表情の乏しい金髪メイド服の美女にしか見えない。


 しかしデニスも、同じように表情に乏しいアトリエとそれなりに長いこと暮らしてきただけはある。

 こういう無表情については、ちょっとした権威のようなものだ。


 そのデニスから言わせてもらえば……オリヴィアの表情というのは、基本的に、本当に何も読み取れない無表情だった。

 感情の存在を感じさせることはあるものの、ふとした時に見せるその表情は、文字通り血の通っていない無表情だ。いくらかは先入観もあるだろうとは思うが、アトリエの浮かべる複雑な寡黙さとは、また性質の違うものだった。


 まさに、人形。


 いつ、そのまま彼女の時間が永遠に止まってしまってもおかしくないような無機質の雰囲気が、そこにはあった。


「サテ。重ねて申し上げマスガ、デニス様、アトリエ様、ビビア様。危ないトコロを助けて頂き、大変感謝シマス」

「お、おう。まあ無事なら何よりだ」

「つきましては、ワタシはお三方にお仕えシタイと思います。このオリヴィア、不束者ではありマスガ、どうぞよろしくお願いシマス」

「うん?」


 デニスはオリヴィアの言葉の意味が上手く理解できなかった。


 オリヴィアは立ち上がると、長い脚を交差させ、短いフリルのスカートの裾をつまんで独特のお辞儀をした。


「このオリヴィア、仕えるべき主人を探し求めて参りマシタ。なんなりとご命令ヲ」

「えっ? どうしてそうなるの?」

「命を助けて頂いた相手に永遠の忠誠を誓うのは、トテモ自然な流れデス。サア、このオリヴィアにご奉仕させるのデス。ご奉仕させナサイ。存分に命令するのデス」

「待て。うちの食堂はもう、無表情キャラは間に合ってるんだ」


 デニスがそう言った。


「待てというのが命令デスカ。それではお待ちしまショウ。ご心配なく、ワタシはメイド型ぜんまい式魔法人形(オートマタ)、オリヴィア。主人と認めた方にお仕えすることが使命。どんな命令でもお聞きいたしまショウ」

「くそっ! こいつ、意外と図々しいぞ!? また変なのがうちに住み着きやがる!」

「ああ、デニス様。何でも命令を聞くと言いマシテモ、あまり破廉恥な命令は、アトリエ様がいらっしゃいます手前よろしくないと思われマス。例えば……」

「待て! それより先は言わなくていい! ビビア! お前の家はどうだ!? メイドの一人くらい居た方がいいんじゃないか!?」

「ええっ!? 食堂の方が良いですよ! 僕んちなんてやることないし! ちょうど人手が足りてなかったところじゃないですか!」

「サア、このオリヴィアにご奉仕させナサイ! ご奉仕させてクダサイ!」




ビビア「人のコンプレックスは難しくてデリケート! よければブックマークと評価ポイント、よろしくお願しまーす!」


次回『追放メイドは笑わない(後編)』

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