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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第2部 追放メイドとイニシエの食卓
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1話 追放メイドは笑わない (前編)



 彼女は歩いていた。


 もうずっと歩いている気がしたけれど、確かなことはわからなかった。


 彼女の記憶構造は本物の人間よりもずっと信頼性の高いものだったけれど、その容量は心もとなかった。


 彼女は自分の記憶容量が限界を迎えるたびに、古い記憶、比較的重要ではない記憶を消去し続けなければならなかった。


 大切な記憶もたくさん、消さなければいけなかった。


 だから彼女には、自分がどれだけの間この世界をさまよっているのか、正確なところはわからなかった。


 自分が何を忘れてしまったのかも。




 暑い夏の日。


 頭上に昇るぎらついた太陽が、地上の全てを燃やし尽くさんと画策しているような、そんな真夏日。


 昼の追放者食堂は混み合っていた。


 カウンターやテーブルに座る客のほとんどは、常連といって差し支えない顔ぶればかりだ。


「てんちょー、こんど食堂でー、イベント開きませーん?」


 カウンターに座ったツインテールの魔法使いが、不意にそんなことを言った。

 いつもならポニーテールが一緒のはずだが、今日は珍しいことに、ツインテール一人だった。


「イベント?」


 鍋を火にかけているデニスが、そう聞き返した。


「なんだそりゃ。うちをダンスホールにでもする気か?」

「そうじゃなくてー。音楽祭とかやったら絶対盛り上がりますってー。楽器弾ける常連さんとか集めてー、みんなで歌うたったりー、料理食べたりしてー」


 ツインテールが楽しそうにそう言うと、デニスも何となくイメージが湧いてくる。


「音楽祭ねえ……ま、やってみてもいいかもな」

「でしょー? じゃあ今度、二人で準備しに行きましょうよー! 楽器とかピアノとか貸してくれるところ探してー、それでー」

「そりゃまだ気が早えだろ。いろいろ話がまとまってからな」

「えー。行きましょうよー。というか二人でどっか遊びに行きましょうよー」

「俺は店が忙しいからよ。アトリエとかビビアを誘ってやれ」

「えーーーー。むーーーー」


 ツインテールの魔法使いは、不満そうに唸ってほっぺたを膨らませた。


 その背後で、アトリエがテーブルに料理を運んでいた。


「……日替わり定食、どうぞ」

「アトリエちゃん! ピースしてー!」

「笑って―!」

「ピースサインは無料。スマイルは銅貨一枚」


 アトリエは小さな手でピースサインを作りながら、そう説明する。


「ご、ご主人様って呼んでくれないかな……ドゥルフフフ……」

「ご主人様呼びは銅貨三枚」

「アトリエ!? 変な商売を始めるな!」


 デニスがそんな風にツッコミを入れていると、扉の鈴が鳴る。

 見てみれば、緑色の薄手の半袖コートを羽織ったビビアだった。


「おう、ビビア」

「どうも。いつもので」


 ビビアはそれだけ言って、カウンターの隅に座った。


「繁盛してますねー」


 ビビアは店内を眺めながら、そう言った。


「そうだなあ。忙しい時は、アトリエ一人じゃ手が足りなくなってきたよ」


 デニスがそう答えた。


「新しい人を雇ったらどうです?」

「良い奴がいればな。ビビア、お前やってみるか?」

「僕は冒険者の仕事があるんで……」


 ビビアはそう言って、苦笑した。


 このビビアは最近髪型を変えたらしいのだが、デニスにはどう見ても今までと全く同じ髪型にしか見えない。

 サイドを刈り上げて上から髪を垂らすようにするとボリュームがどうとか涼しいとか耳にかけるとどうとか説明されたのだが、基本短くしておけば良いと思っているデニスにはさっぱりだった。


「新しいパーティーはどうだ?」


 デニスは鍋に油を馴染ませながら、そう聞いた。


「いやあ、色々忙しくしてますよ」

「そういや、バチェルが王都の学校の講師職を見つけたんだってな。聞いたか?」

「あ、僕のとこにも手紙届いてました。あの人、実はかなり優秀ですからね。ヘンリエッタさんの近況も知ってます?」

「騎士団の候補生訓練で死にそうって手紙が届いてたな。3回吐いたらしいぞ」

「ま、まあヘンリエッタさんは体力と物理が高いから大丈夫でしょう……たぶん」




 ビビアが炒飯を食べ終わる頃には、昼の客も掃けてしまっていた。


 一挙に客の波が引いてガランとした様子の店内を眺めると、アトリエが外の暖簾を片付けにパタパタと歩いていく。

 店仕舞いの判断は、このところはアトリエに一任されていた。


 ということで、店仕舞いのタイミングを見極めたアトリエが、ガラガラ、と扉を開けて外に出て行った。


 そして一瞬後に、ガラガラ、と扉を開けて店に戻ってくる。


「ん? どうした、アトリエ」


 あまりにも早すぎる帰宅に、デニスがそう聞いた。


 いくら追放者食堂看板娘にして最近では妙な客商売が成立し始めるほどの町民人気を誇るアトリエといえど、0・5秒ほどで店を閉める超技術はまだ体得していないはずだった。

 きっと外の様子を見て、くるりと反転して戻ってきたのだ。


 アトリエは何も言わずに、手をひらひらとさせて、デニスとビビアを外に招いた。



 誘われるままにデニスとビビアが外に出てみると、食堂のちょうど真ん前に、人が倒れていた。


 うつ伏せに倒れるその人物は、砂や泥で薄汚れたフード付きのローブを着ており、被り込んだフードから、ショートに切り揃えられた金髪を土の上に散乱させていた。

 顔は金髪に隠れてしまっていたが、かろうじて口元が覗いており、女性らしきことがわかった。


「お、おいおいどうした。大丈夫か?」


 デニスが女性に近づいてしゃがみ込んでみると、その女性は顔にかかった艶やかな髪の奥から、綺麗に整った大振りの瞳を薄く開いて、掠れた声を出す。


「ァ……ァ―……すみません、日陰マデ、運んでもらえないデショウカ。自立行動が出来なくなって、シマイ……」

「ね、熱中症か?」

「そんなモノデス」

「それじゃ、あれだ。今からあんたに肩を貸してやるけど、これはセクハラや下心のある行為じゃなくて、れっきとした救護活動であるということを……」

「内部温度が危険な状態ですノデ、早急に頼みマス……」


 デニスが恐る恐る女性の肩に手を伸ばして触れると、手のひらから伝わる異常な温度にびっくりした。


「な、なんだこの熱!? ビビア、手伝え! ちょっとヤバそうだぞ!」

「え、ええっ!? なんですか? 高熱ですか?」

「わ、わからん! 大丈夫かお前!? ちょっと普通の体温じゃないぞ! というか重い!? 重てえ!?」

「レディに失礼ですよデニスさん! あっ、重っ!? これ重たいですわ! 重すぎない!?」


 デニスとビビアが女性の肩を担いで食堂に連れて行くと、彼女は首が座っていない様子で薄目を開きながら、やや奇妙な口調で呟く。


「ア、ァー……ソ、そこの椅子に、座らせてクダサイ。お願いシマス」


 デニスとビビアが食堂の椅子に座らせると、女性は頭を後ろに垂らしながら、ガキガキとした不自然な動きで両手を上げて、羽織っていたローブを剥ぎ取った。


 その姿を見て、デニスとビビアが目を見開く。


 ローブの下から現れたのは、きっちりと着こまれたメイド服だった。


 白いフリルの付いた漆黒のワンピースと純白のエプロンを組み合わせた、格調高い完璧なエプロンドレス。

 フリル付きのスカートは短く、そこから覗く彼女の長い脚と白い太ももが、惜しげもなく晒されている。

 ショートに切り揃えられたブロンドと、頭に添えられた白いカチューシャ。顔立ちはひどく整っていた。精巧な彫像のように、完璧に配置された目鼻立ち。


 まるで、そのように設計されたかのような。


「め、メイドさん?」


 デニスが思わず、そう呟く。


 メイド服の女性は肩紐の固定を腰のボタンから外すと、ややギクシャクとした動きで白いエプロンを上体から外した。


「え、えーと、暑い? ウチワとか要る?」


 デニスがそう聞いた。


「イイエ、ご心配なく。自分で排熱できますノデ。運んでいただき、アリガトウございます。おかげで、遮光と適切な気温と体勢を得られマシタ」

「あー、待って待って。どこまで脱ぐつもり?」


 女性は目だけでデニスを見ると、両手でワンピースの前ボタンを外し、バリっと両側に引き破るようにしてはだけさせた。


「モチロン、上衣は全て脱ぎます。ご不快でしたら申し訳ありマセン。ですがこうしないと、大事な衣服が修復不能になってしまいマスノデ」


 金髪メイド服の女性はそのまま、発育の良い胸を覆う下着まで、躊躇なくずらしてしまう。

 その一瞬前に、デニスはビビアの両目を手で覆った。


「うおあっ!? デニスさん!? ず、ずるいぞ! 卑怯だぞ!」

「店内が突然18禁になったからな。お前にはまだ早い」

「くそっ! これが大人のやることか! この野郎!」

「でかい」とだけアトリエが呟いた。

「何がでかいんだ! くそお! でかいんだな! くっそお!」


 ビビアが目を塞がれながら叫んでいると、


 バシンッ、という音がして、女性の胸元から白い蒸気が噴出した。

 はだけた胸元にピシリと幾何学的な亀裂が走り、それらはガチャンッという機械的な音と共に、外側へと“展開”する。


 奇妙な光景だった。


 椅子にだるそうな様子で座るメイド服の女性のはだけた胸元は、まるで肋骨の一本一本が仕掛けで体外に開いたように、大きな口を開いている。


 しかし、その大穴から覗くのは、人間の内臓や骨といった器官ではなく、


 複雑に組み合わさった無数の歯車とバネ、その各所の渦巻ばねの中心で不思議に発光する色とりどりの鉱石、そして胸の中心部で光り輝く、紅色の心臓代わりの宝石。


「お、魔法人形(オートマタ)…………?」


 デニスは思わず、そう呟いた。


 魔法で動く、自立式機械人形。


 高度な魔法使いが、単純な行動術式を書き込んだ人形を使役することがあるのはデニスも知っていたし、何度か見たことがあった。


 しかし、これは……。


 メイド服の女性は開いた穴から蒸気を吐き出すと、ややカクカクとした動きで首を持ち上げて、デニス達の方を見た。


「二次排熱完了……ドウモ、ご迷惑をおかけいたしマシタ」

「あ、ああと……どうにかなったなら、なにより」

「トコロデ、なぜそちらの方は、目を塞がれているのでショウ」

「ええと……健全な教育のために?」




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