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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第1部 追放者食堂へようこそ!
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最終話 最強の料理人



「俺がレベル100になれねえだって?」


 デニスはそう聞いた。


「どういうことだ、そりゃ」

「あんただったら、良くて99止まりだろうねえ」


 ジーン料理長がそう言った。


「なんだそりゃあ。俺はここまで異常な速度でレベル上げてきてるんだぜ。あんたのレベル100なんて、すぐに追いついてやるよ」

「100にはもうちょっと違うもんが必要なんだよ。あんたみたいな何でも中途半端な荒くれ者には、到達できっこないさ」


 ジーンはデニスに流し目を向けて、そう言った。


「はんっ、なんだよそりゃ。何が必要だってえんだよ」

「そうだねえ。たとえば……」




 刃と刃が重なり合う。


 ミギュィンッ、という鈍く捻じ切れるような高音が鳴り響き、閃光が炸裂する。

 刃同士が物理的に接触したのではない。その前に、両者がこれに載せたスキル同士が衝突したのだ。


 ヴィゴーの剣の一閃を肉切り包丁で受け止めたデニスは、次の瞬間に、ヴィゴーのスキルによって肉切り包丁が粉々に粉砕されていることに気付いた。やはり余分にスキルを載せておかないと、ガードの上から叩き殺される。

 デニスは後方に飛び退きながら、もう一本肉切り包丁を錬金した。奴の攻撃を受けるたびに錬金した包丁を一本破壊されてしまうので、二回までなら連続で剣撃を防げるとしても、三連撃以上をまともに食らうとまずい。


 デニスが距離を取ったら取ったで、ヴィゴーは中距離攻撃スキルを同時展開しながら一瞬で距離を詰めてくる。


 ヴィゴーは上体を捻って肩口から剣を覗かせるように構え、腰を落として膝を曲げながら、まるで滑るように移動する。彼に追随するように紫色の小さな槍のような魔法が八つ飛び出してきて、ヴィゴーを中心とする陣形を組みながらデニスに同時に襲い掛かる。


「—————っ!」


 デニスも自分の周囲に厚底鍋やら揚げ鍋、お玉などを無数に錬金して展開させながら、ヴィゴーの多重攻撃を受けきる構えを取った。それと同時に、薬剤の調合スキルを応用して、自分の足元に化学作用を巻き起こし、周囲に一瞬で濃度の高い土煙を舞い上げて視界を遮る。


 しかしジリ貧だ。このままでは……




「……あ、扱っているスキルの多様さなら、デニスさんの方が上だ……つ、つまり総合力なら……」

「で、でも、あんなスキル構成でレベル99のガチ前衛とやり合ってる方がおかしいんや……直接戦闘スキル極振りやで……あれ」

「な、なにやってるのかわかんない……」


 戦いの様子を眺めていたビビアとバチェル、ヘンリエッタがそう言った。

 アトリエはヘンリエッタの服の袖を掴みながら、デニスの様子を心配そうに眺めている。


 その次の瞬間、

 土煙の中からデニスが高速で吹き飛ばされていき、アトリエは顔を青ざめた。




 っあー……


 視界を奪いながら感覚強化のスキルでどうにかしてやろうと思ったが……

 一撃掠れば終わりの決殺剣撃をあんな風に無茶苦茶に、それでいて精確に振り回されると、やはり分が悪い。


 デニスは吹き飛ばされながら、そんな風に考えていた。


 感覚強化の上級スキルがまだ持続しているおかげで、周囲の動きがやたらにスローに見える。凝縮された時間の中で、土煙の中からその姿を覗かせ、追撃を加えに来るヴィゴーの姿が見えた。


 態勢を立て直さないとまずい……しかし立て直したって、それからどうすりゃいいんだ……やっぱこいつムカつくけど強えなあ……


 もうなんか、わかんなくなってきちまったなあ……



 そもそも何やってんだ俺は。こういうキャラじゃねえのになあ。

 何マジになっちまってんだ。


 自分のしたいことを、出来る範囲で、

 好き勝手やってられれば、よかったのになあ。


 好きな料理作って、自分の店もって、

 適当に人助けして、頼りにされて、兄貴面して、

 そんな風に面白おかしくやってられれば、よかったんだけどなあ


 そんな風に、レベル100なんてすぐになれると思ってたんだけどなあ。



 ヴィゴーの『接触破壊』のスキルで粉砕された二振りの包丁を錬金し直しながら、デニスは空中で回転して、地面に両足をついた。

 踵で地面を削りながら勢いを吸収し、筋力で無理やり態勢を維持しながら、ヴィゴーを迎え撃つ。


「デニスぅぅうううう!」


 ヴィゴーが鬼の形相で剣を構えながら、突進してくる。

 受けきれるか?

 そろそろ両手の感覚がなくなりそうだ。


 そもそも俺、なんで料理人になんか、なったんだっけ。


 あの日、料理長に焼き飯を作ってもらって。

 世界で一番美味い、あったかい焼き飯を食わせてもらって。

 それで、俺もこんなもんを作りてえなあと思って……



 ヴィゴーの一閃が横薙ぎに襲い掛かる。

 それとほぼ同時に、感覚強化が切れた。

 肉眼では捉えきれない速度だ。焦点を合わせないようにぼんやりと構えて、感覚で反応するしかない。

 剣撃を受けるたびに鋭い衝撃が手から前腕にかけて走り、包丁が粉砕される。



 料理長と俺は違う……料理長は究極の料理を追い求めたが、俺は正直、そういうのには興味が無かった。


 追い求めたのは、あの温かい感覚だ。

 涙が止まらなくなるほど美味い焼き飯。

 それは美味さというよりも暖かさだった。

 

 それを振舞う側に回りたかった。


 腹を空かせた人に、辛い境遇にいる人に、悲しいことがあった人に、

 明日生きるための力を与えるための料理。

 美味い美味くないは関係ない。


 最低限、冷めてなけりゃそれでいい。


 そんな料理が……


 そうだ、俺は


 そんな、誰かを笑顔にできる料理を作りたくて、

 そんな笑顔を守ることができる料理人になりたくて、


「店長!」

「大将!」

「デニスさん!」


 刹那に、そんな声が聞こえた。

 一瞬だけ、瞳だけを動かしてそちらを見る。


 バチェルとヘンリエッタとビビア、

 その脇に立つアトリエが見えた。


 もはや見えていなかったヴィゴーの剣の一撃を、何とか凌ぐ。


 あの野郎ども、好き勝手応援しやがって。


 こちとらそろそろ限界なんだ。

 あの馬鹿どもが……



「レベル100は到達点ではない」


 ジーン料理長のそんなセリフが思い出された。


「レベル100はゴールじゃない。過程にすぎない。それが理解できないと、あんたには難しいよ、デニス」



 あの時は何を言ってるんだかわからなかったが、今ならわかる気がする。


 ただ強えだけじゃ駄目なんだな。


 ただ料理が上手いだけじゃ、駄目なんだな。



 なれっかなあ、俺も、


 色々中途半端にしてきちまったけど、


 そんな、誰かの笑顔を守れる、


 最強の料理人に、なれっかなあ……



 デニスが一歩、踏み出す。


 その瞬間、デニスの踏み出した足元から、頭の先まで、


 一瞬だけ、七色のきらめく光の波が、迸った。



「て、店長が!」

「大将が!」

「デニスさんが!」


「レベルアップした!?」



 その一瞬の様子を見ていたギャラリーが、そんな風に叫んだ。


 対峙していたヴィゴーも、その刹那の変化を捉えていた。


 ヴィゴーとデニスが、それぞれの武器を振るったのは同時だった。


 ヴィゴーの剣捌きは、頭上から振り下ろす、デニスを真っ二つにするための一撃。

 デニスも、受けるための包丁捌きではない。ヴィゴーの身体を捉えるための一撃。


 もはや防御を考えていない二人の攻撃の軌跡が、奇跡的に交錯する。


「ヴィゴー、てめえは」


 ヴィゴーの剣と接触した瞬間、デニスの肉切り包丁が自壊を始める。


 しかしそれと同時に、デニスのスキルが発動した。


 【ユニークスキル・アンロック】

 『強制退店の一撃!』


「てめえは出禁だっ! おおらぁ!」

「ぬぐぅあぁっ!?」


 デニスが肉切り包丁を粉砕しながら、ヴィゴーの剣ごと、彼の身体を地面にたたきつける。


 何らかの不可思議な力――おそらくは空間移動の強制によって、自分の意思と物理法則とは関係なしに地面に激しく叩きつけられたヴィゴーは、そのまま地面を割って粉砕しながら、デニスが指定した方向に向かって、その地点からとにかく離れるようにして、強制的に移動させられ続けた。


 強制移動によって地面が何重にも渡って粉砕され、その移動がようやく止まった時には――


 デニスとヴィゴーを中心とした巨大なクレーターが発生し、その粉砕され続けた地面の中に、


 気絶したヴィゴーが、瓦礫の中に身体を埋めていた。



 その数秒後――

 ふらふらとして、そのまま背後に倒れようとするデニスの身体を、

 四人が、受け止めた。


「店長! 大丈夫っすか!? 店長―!?」

「大将! やりましたよ! 勝ったんですよ!」


「あ、あー……」


 デニスは疲労困憊で朦朧としながら、自分に詰め寄る四人の顔を朧げに捉えていた。


「つ、疲れた……もう無理だ。炒飯が食いたい。誰か作ってくれ」


「作りますとも! みんなで作りましょう! ね!?」

「よ、よっしゃあ! 今日は炒飯パーティーですよ!」

「みんなで作りましょう! ねえ!」

「今日は店長は休み! お休みで!」


「て、てめえら、炒飯だからな……ピラフにするんじゃねえぞ。あれは、火力が……」

「わかりました! わかりましたから!」


 指先にすら力が入らない。

 デニスはとにかく体を預けながら、口を開けて、空を眺めた。


 太陽の光を遮るようにして、小さな影が覗いてくる。


 銀色の髪、小さな顔立ち。

 アトリエだった。


 アトリエが片手を握って差し出してきたので、デニスもそれに応えるようにして、何とか握りこぶしを上げる。


 こつん、とアトリエと拳を合わせると、デニスはそのまま、疲れ果てて、眠り込んでしまった。



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