2話 追放の料理人 (後編)
デニスが『銀翼の大隊』本部の私室で荷物を纏めていると、その扉が勢いよく開かれた。
見てみれば、大隊副隊長のケイティだった。
彼女は息を切らせて肩で息をしており、相当飛ばしてきたことが伺える。
ケイティは赤毛の女剣士で、一目で彼女とわかる赤い甲冑に、『大隊』メンバーの証である黒と銀のコートを羽織っていた。
「ちょ、ちょっと!? どういうことよ、デニス!?」
「どうもこうもないぜ。追放されたんだよ」
「な、なんであんたが追放されるのよ!? おっかしいでしょ!?」
ケイティはそばかすの散った頬を赤くして、興奮気味だった。
どうやら、後から話を聞いたらしい。あの場にもいなかったのを考えると、副長不在のまま全ての話は進んでいたのだろう。
『大隊』は隊長のワンマンパーティーではあるが、ケイティが話に参加していれば、こういうことにはならなかったはずだ。
それでもケイティが断固反対することを見越して、すでに王族には報告済みで既成事実にしてしまっているはずだが。
「あ、あんたがいなくなったら、薬剤調合だとか錬金とかどうするのよ!? あと、料理は!? 今日の夕飯は?」
「薬剤調合はフロリアンがスキル持ってるし、錬金とかも持ってる奴いるだろ。あと夕飯は……すまんがどっかで食ってくれ」
「実質、あんたが陰で全部やってあげてたんでしょうが! みんな言わないけど! あの娘らレベルとスキルはあっても、実践経験値がほっとんど無いのよ!」
「まあ、あいつらのは結局、張りぼてスキルだからなあ」
デニスは荷物を纏めながら、そう言った。
高級神官の育成学校などでは、実戦を経験させないまま、高い学費と寄付金を払う大貴族の子息に対して安全に上級レベルとスキルを習得させる技術が確立されている。
それは実際の運用を度外視した裏技だが、実践経験値まで覗くのは一般に失礼とされているので、メイン・パラメータにさえ表示されてしまえば出世には役立つ。
そもそも、レベル差が大きいとサーチ自体が通らなくなるため、下々の者を従えるにはそれで充分ということだ。
「俺みたいに実践というか料理で鍛えたのとはちょっとわけが違うから、上手くいかないところは助けてやってたけどよ。まあ、何とかなるだろ」
「何とかならないわよー!」
ケイティは傍の机に両手を付いて、うめき声をあげた。
「うわあ……見えるわ。もう未来が見えるわ。絶対まずいことになるわよ。前衛の連中は、後衛の連中をみんなあんたがサポートしてたの知らないでしょ? こっそりサポートのサポートしてたの知らないでしょ!?」
「そんなこと言ったら、あいつらの面子が丸つぶれだろうがよ。というか、うちは後衛じゃなくて前衛で引っ張ってるパーティーなんだから。大丈夫だろ」
「うわー! もうやだあたし! 崩壊確定じゃない! 絶対めっちゃくちゃなことになるわよこれー!? ガッタガタよー!」
ケイティは頭を抱えて、そう叫んだ。
デニスの言う通り、『銀翼の大隊』は完全に前衛職種で持っているパーティーだった。
その要となるのは、やや規格外な戦闘能力の持ち主である『蒼色の破剣』大隊長ヴィゴーと、『深紅の速剣』副長ケイティという二人の剣士。
その脇を固める前衛も破壊的な面子を揃えて、圧倒的な突破力でダンジョンを切り開いていくのが『銀翼の大隊』の攻略スタイルである。
『大隊』が競合パーティーを大きく離してこれほどの知名度を誇るのも、その異常な力技でもってダンジョン未踏域を切り開いていく姿に、色々な噂が尾ひれをついて広まったせいでもあった。
だから、後衛のメンバーは実質的に添え物であり、デニス以外は隊長であるヴィゴーの言いなりメンバーが揃えられている状態だった。というより、後衛の女性比がおかしかった。それは主に、彼女らがレベルと顔、それと家柄で採用されたからである。
しかしその辺りは、パーティーメンバーに高貴な家柄の人物が一人でも多く居た方が、大口の顧客である上流階級層の印象が良くなるという側面もあり、一概に無能采配と断じることもできないのではあるが。女性ばかりなのは隊長の趣味だろう。
「ね、ねえねえ! 今からでも、戻って来てよ! あたしが何とかするから! お願いだってえ! デニスぅ!」
「今さらだぜ。隊長の腰ぎんちゃくしかいねえようなパーティーにはもう用はねえよ」
「せ、せめて、夕飯だけ作って行って……」
「最終的にそこ!? 一番はご飯かな!? 料理人冥利に尽きるけどさ!」
「あと、作り置きで何食分か……」
「ただの食いしん坊かお前は! 育ち盛りか!?」
デニスは最低限の荷物を纏めると、それを肩提げ袋の中に突っ込んだ。
大隊メンバーの証である銀の両翼が背中に刺繍されたコートもベッドの上に投げると、デニスはケイティの脇を通って部屋から出る。
「……マジで、もう戻る気はないの?」
真剣なトーンでそう聞かれて、デニスはケイティを見た。
元々、デニスがパーティー入りしたのは、このケイティに誘われたからだった。
その前は王都のレストランで普通に料理人をしていたのだが、そこの料理長と喧嘩して飛び出した先で、ケイティと出会ったのだ。
最初に出会ったとき、デニスの異常な実力を見抜いたケイティは、彼が料理人だということを信じなかった。
どこか高名なパーティーを渡り歩く高級助っ人冒険者か、個人傭兵の類だと思ったのだ。
一つのパーティーに腰を据えずに、複数のパーティーの要請に応じてヘルプで参加するようなフリーの上級冒険者は、デニスのような後方支援を主とした万能型のスキル構成にしていることが多い。
ケイティはそう考えて、酒場でデニスのパラメータをサーチで眺めながら、その正体を暴いてやろうと詰問したものだ。
「料理人の錬金スキルがどうしてこんなに高いのよ」
「フライパンとか鍋とか整備するために決まってるだろうが。お前料理したことねえのか」
「薬剤調合スキル高すぎるでしょ。あんた絶対料理人じゃないでしょ」
「お前、調味料とかテキトーに入れるタイプだろ」
「刃物スキルがレジェンダリークラスなのはどうしてよ! 暗殺者じゃないのあんた!?」
「朝から晩まで野菜やら魚やら捌いてたら勝手に上がってたんだよ!」
「なんでただの料理人が、ダンジョン最深部まで通用するようなスキル構成になってるのよ!」
「料理極めてたらこうなってたんだよ! 頑張ったんだ!」
「どう頑張ってもそうはならんやろ! いや待って本当だ、実績が料理関係しかない! 麺類と炒飯の実践経験値がカンストしてる! すげえ初めて見たわ! こいつ本物の料理バカだわ! 『レジェンダリー炒飯』って字面だけでウケるわ!」
ということで、面白がったケイティが無理やり引っ張ってきたのがデニスだった。
隊長は加入を渋ったのだが、ケイティが最強の掘り出し物だと言って聞かなかったのだ。
そういう経緯もあり、デニスは副長のケイティと仲が良かった。
気の置けない仲という奴で、実は二人はできているのではないかとパーティーで噂されるほどだった。
「ねえねえ、またケイティとデニスが二人で話してるよ」
「やっぱりあの二人、付き合ってるんだって! きゃー!」
ダンジョンで肩を並べて話していれば、よくそんなことを言われたものだ。
実際に二人が話しているのは、
「今日の夕飯はハンバーグがいいわ、デニス。うん、ハンバーグだわ」
「駄目だ。昨日も肉だから栄養バランスが悪い」
「もうあたし、ハンバーグの腹になったわ。もうあたしの腹はハンバーグ以外受け付けないから」
「今日は野菜炒めとサラダだな。俺の体調管理スキルが野菜たっぷりにしろと囁いている」
「死ね、レジェンダリー炒飯」
「レジェンダリー炒飯って呼ぶのやめてくれない?」
大体いつも、こんな内容だったのだが。
しかし、そういう所も隊長は気に入らなかったのかもしれない、とデニスは思う。
隊長は明らかに、ケイティに対して気があるようだったから。
ケイティは顔が良い。黙っていれば、めちゃくちゃに綺麗な顔立ちをした女剣士だ。
当人はそばかすを気にしているようだが、それも愛嬌なのではないか、とデニスは思う。
隊長はことあるごとにケイティと二人きりの状況を作ったり、頻繁に大隊首脳会議と称してケイティを連れ込んではアプローチに躍起になっているのを、デニスは知っていた。これは半分公然の事実というもので、この不自然さに気付いていないのは当のケイティくらいなものだった。
実際には、口を開けば飯の話しかしない食いしん坊なのだが、それを知るのはデニスしかいない。
「これから、どうするのよ」
ケイティがそう聞いた。
「決まってるだろ。料理を作るんだよ」
「そうじゃなくて!」
「貯金も貯まったから、田舎で自分の店でも開くさ」
「…………」
デニスはそのまま立ち去りたかったが、このままケイティを残していくのは気が引けるのも確かだった。
「あ、あんたはあたしが見つけたのに……デニスは“あたしのもの”なのに!」
「いつから俺はお前の所有物になったんだ。まあ、元気でやれよ」
デニスはそう言ってケイティの肩を叩くと、提げ袋を抱えて歩き出した。
「で、デニス!?」
後ろからそう呼びかけられたが、デニスは振り返らなかった。
「“戻ってきなさい!” これは副長命令よ、デニス!」
「隊長命令で追放されたからどうしようもない。お前には感謝してるよ、ケイティ」
そう言って、デニスは手を振った。
「だがすまんな。俺は結局、冒険者じゃなくて料理人なんだ。元気でな」
本部から出ると、外は晴れた青空だった。
まぶしい日差しに、デニスは手で光を遮った。
暖かな陽光で照らされた街は、道行く人たちで活気に溢れている。
追放されるには良い日だな、とデニスは思った。
終わりよければすべて良しとは言うが、終わり方が悪かったからといって、あんまり気に病んでても仕方ない。
入ったからには自分なりに何かしてやろうと思って、こっそり手助けしてやったり、色々と頑張ったものだが、
結局は裏切られて、責任をなすりつけられて、挙句の果てにはスパイ扱い。
まあたしかに最悪の終わり方だな、とデニスは思う。
だが、くよくよしたって仕方ない。
冒険者としての人生は終わったが、俺の料理人人生は始まったばかりだ。