19話 悪党どもをぶっ潰せ! ざまぁ大作戦! (後編)
「なっ!? お、お前は、お前は!?」
ジョゼフが思わずのけ反り、椅子からそのままひっくり返りそうになるほど驚いた。
「よくもやってくれたじゃあねえか……うちの食堂を食堂跡地に変えてくれたお礼をしっかりしてあげねえとなあ……?」
デニスは拳をボキボキと鳴らすと、額に青筋を立てながらそう言った。
「ヴぃ、ヴィゴー! ホッパー! どうにかしろ! この男を止めろ!」
ジョゼフがそう言うと、ヴィゴーは立ち上がって腰の剣に手を伸ばし、デニスを睨みつけた。
「なんのつもりだデニス……というより、どうしてここに?」
「色々と伝手があってね」
ヴィゴーは既にスキル『一対象集中』を発動させて、デニスの一挙手一投足に全神経を集中させていた。
問題はこの男だけだ。
たとえ伏兵が隠れていたとしても、この男さえどうにかすれば、あとはどうにでもなる。
それにこの男は、複数で囲んで殴りに来るような奴ではない。
侵入の協力者はいるとしても、戦闘要員としてはおそらく単騎で間違いないはず。
「どうするつもりだ?」
とヴィゴーが聞いた。
「ぶっ飛ばす。この場にいる連中は全員ぶっ倒す」
「お前に負けるつもりはないが、正直に言って、お前を相手にして二人を守り切る自信もない」
ヴィゴーがそう言うと、ジョゼフと老法官は顔を青くした。
ホッパーはヴィゴーのセリフの中に自分が含まれていないことに気付いて、顔を青くした。
「だろうなあ。隊長さんよお」
「こんなことをしても、何にもならんぞ。お前はしょっぴかれて終わりだ。大貴族の当主と裁判所の最高法官を血祭りにあげたとなったら、極刑以外にありえない」
「そんなもん知るか。やられたらやり返す。俺の性格は知ってるだろ、隊長」
「いいや」
ヴィゴーは首を振った。
「お前はもうちょっと、実は冷めた奴だと思ってたけどな。ポーズだけは取るが、本当にどうしようもない相手には立ち向かわない主義のはずだ。怒っているふりはするが、それだけだ」
「心境の変化というやつだ」
「そうやって恰好だけはつけておいて、本当にやりはしない。舐められないために、一貫性があるように見せかけたいだけだ。今回もそうだと有り難いんだが?」
「悪いが、今回ばかりは本気だ。俺はキレちまったんだ。生まれて来たことを後悔させてやる。散々いたぶってから息の根を止めてやる。原型を留めないほど悲惨なことにしてやる」
デニスがそう言って一歩近づくと、ジョゼフは慌てふためいて叫ぶ。
「ま、待て! 待て! これは誤解だ!」
「人の店を燃やしやがって、何が誤解だとこの野郎」
「落ち着け! お前の望む物をやろう! 言ってみろ! 王都の一等地に店を建て直してやる! 私にならできるんだぞ! なんでも欲しいものを言ってみろ! なんでも叶えてやる!」
ジョゼフが一心不乱に叫ぶと、デニスは表情筋を恐ろし気に歪めた。
「おもしれえ。アトリエの両親も、燃えちまったアトリエの本も、全部元に戻してくれるってえのか? そいつはすげえなあ!」
「ま……待て。私にも、できないことはある。話し合おう。別の何かで補償しよう。とにかく落ち着いてくれ……話し合おう」
ジョゼフは自分を守るようにして両手を前に掲げながら、弱弱しい調子でそう言った。
消え入りそうな声色だった。
「ああ、話し合ってやっていいぜ。ただともかくは、てめえらが共謀して、うちの店を焼いたってことは認めるんだな!?」
デニスは声の限りに叫んだ。
「い、いや、それは、その、誤解なんだ。話を聞いてくれ」
「この後におよんで、しらばっくれるつもりか! ジョゼフ・ワークスタット! ぶち殺してやる!」
デニスが語気を強めて凄むと、ジョゼフは飛び上がるようにして怯えた。
それは、デニスがスキルの『恐怖の声色』を発動させているからでもあった。
ヴィゴー以外の全員が、半ば恐慌状態に陥ろうとしていた。
「ひっ、ひいっ! そ、そうだ! 私が指示して、この場にいる全員でやったんだ! わ、私だけが悪いわけじゃない! この場にいる全員でやったんだ!」
「聞こえねえなあ! もっとハッキリ喋りやがれ! ジョゼフ・ワークスタット! てめえが『銀翼の大隊』に指示して、さらには『夜の霧団』にうちの店を燃やさせて、アトリエの本を燃やしたんだな!? そのケツは王立裁判所の最高法官殿が持つつもりだったってか!」
「そ、そうだ! 私だけが悪いんじゃない! この場にいる――」
その時、ヴィゴーは違和感に気付いた。
デニスに全神経を集中させていたが、これは、
「ま、待て! それ以上言うな! ジョゼフ卿!」
「全員でやったんだ! だから、全員で補償しよう! 落ち着いてくれ! 悪かった!」
ジョゼフは、ありったけの力でそう叫んだ。
部屋に彼の告白が響き渡り、張り裂けんばかりの自白が、細かな振動となって部屋全体に伝わる。
デニスはそこまで聞くと、耳の穴を指でほろった。
「……だとよ。ビビア、拾えたな?」
「もうバッチリですよ! デニスさん!」
ヴィゴーが振り向くと、そこには、
いつの間にか部屋の隅の窓を開けて、そのまま窓枠に座り込んだ、先ほどの給仕の姿があった。
その傍には、奇妙な形のマジックアイテムを肩に抱えた緑髪の男。
視認は出来るが、気配自体は極わずかしか感じない。風のスキルで気配を消していたのか。ヴィゴーはそう思った。
窓際に立って大きな法螺貝のような形をした奇妙なマジックアイテムを抱えた男は、その後端部分を窓の外に突き出している。
その先には、窓枠に座り込んだ給仕が『柔らかい手のひら』を広げて、ちょうど演説などで使われる拡声用の器材のような、外に向かって広がる円錐の形状を維持している。
「き、さまらぁああああああっ!」
ヴィゴーがそう叫ぶと、ビビった様子の給仕は、傍の男の襟元を掴んだ。
「や、やっばい! 逃げますよ! 飛びますよ!」
「あ、ああ! た、頼んだ!」
ヴィゴーが剣を引き抜き、スキルを用いて一瞬で距離を詰める。
「はっ、はやぁっ!? ま、間に合ええっ!?」
ヴィゴーが引き抜きざまに剣を振ると、そのあまりの破壊力に、窓どころか部屋の壁自体が破壊されて吹き飛んだ。
「うっ、うっおおおおっ! う、受け止めてくださーい! バチェルさん! ヘンリエッタさーん!」
そんな叫び声をあげながら、窓から身を投げた二人が粉砕の瓦礫と共に三階分の高さから落下していく。
風のスキルで気配を極力消しながら、いつの間にかこの部屋に忍び込んでいたのか?
ヴィゴーはそう推察した。
あのデニスがやたらと凝った、意味不明な変態仮装大会のような登場の仕方をしたのは、そのためか!
意味不明な変態仮装ではなく、意味のある変態だったのか!
我々がデニスのわけのわからん登場の仕方に気を取られている間に、給仕とあの男の二人で部屋に忍び込んでいたのだ! デニスから一瞬も集中を解かなかったから、それが仇になった!
ヴィゴーは自身の浅慮を後悔しながら、剣の一撃で粉砕して大穴が空いた壁の下を見た。
そして、その光景を見て、
「なっ…………」
ヴィゴーは、絶句した。
「驚いたか、ヴィゴー」
デニスは窓に近づくと、カーテンを指先でちらりと押しのけて、窓の外に親指を立てる。
窓の下では、魔法と物理で二人を受け止めたバチェルとヘンリエッタの二人が、デニスのことを見つけて手を振っていた。
「い、いつの間に……」
「臨時出張、青空冒険者食堂」
デニスはそう言って、窓の外を眺めた。
「提供は会場準備とウェイターが街の皆様方、料理がブラックス・レストランといったところだな」
窓の下に広がるのは、屋敷に面した通りにいつの間にか展開されていた、たくさんの椅子とテーブル、日よけのパラソル、そこに広がる色とりどりの料理の数々。
ジーン料理長とヘズモッチ副料理長指揮の下、ブラックス・レストランのコックが総動員で振舞っていた絶品料理に舌鼓を打っていたのは、王国中からかき集められた魔法使いや魔導研究家、そして賢者たちだった。
つい先ほどまで臨時で設営された青空冒険者食堂で料理を楽しんでいた彼らは、突然の事態に、慌てふためいている。
「お、おい! どうなってるんだ!?」
「噂の食堂が、貴重な魔導書を山ほど抱えて出張してくるって聞いてたのに!」
「それより、今の聞いてたか!?」
「どういうことだ!? おい! 今の話は本当なのか!?」
「な、なんてことをしてくれたんだ! あの本の価値がわかってるのか!?」
「補償するだと!? いくら金を積んでも手に入らない、姿を拝むことすら敵わない希少本の数々を!?」
「あの野郎ども! 生かしちゃおかねえ! 行くぞ! おい行くぞ!」
下の騒動を眺めていたヴィゴーは、思わず額に手をやった。
怒り心頭の王国中の魔導関係者らが、大挙してここへと押し寄せてくる。
今の会話は、全てあの二人の侵入者によって……恐らくは集音拡声のマジックアイテムと、膜の魔法の応用によってそれに指向性をつけて……
「ということだ。お前の読みは当たったな、ヴィゴー。俺は格好は付けるんだが、どうにも本当に手は出ない性質でね。相手がでかすぎると、啖呵は切っても本当にぶん殴ったらダメだろ、って思っちまうのさ。お前の言う通りだ」
デニスはそう言った。
「だから、裁くのは俺じゃねえ。お前たちを裁くのは、この王都中の魔法使いと魔導研究家、そして賢者の皆様方だ。いくら最高法官が味方とはいえ、これは分が悪いんじゃあないか?」
ヴィゴーは、デニスを睨みつけた。
「本当はこういうのは好きじゃあねえんだが……」
デニスは用意していたセリフを噛み締めると、ヴィゴーを指さした。
「あえて言わせてもらおう! ざまぁ!!」
「デ、ニス、貴様ぁぁぁあああぁあぁあああ!!!」
ヴィゴーの雄叫びは、三階も下の地上まで響き渡っていた。
「やった! やったぁ! 大成功! 大成功!」
「大勝利やで! 完全勝利!」
「やりましたね! やった! デニスさん! やった!」
ヘンリエッタとバチェルとビビアたちは、手を合わせて喜ぶ。
アトリエも、両手でピースサインを作って空に掲げていた。
「我々も、今のは動員できた法官全員で聞かせて頂きました。事後処理には我々であたりましょう」
セスタピッチはそう言った。
「これで、彼らは終わりだ。もうどうにも言い逃れはできない。これで……」
そのとき、
邸宅ホテルの三階に空いた大穴から、一つの人影が、凄まじい勢いで飛翔した。
その人影は三階下の地上まで叩きつけられると、地面を削りながら態勢を立て直し、土煙をあげる。
それはデニスだった。
デニスは片膝を付きながら、敵の動きを目で追い続けている。
その影は、デニスを追うようにして三階の大穴から飛び降りると、地面を割りながら両足で着地した。
「ヴィゴー……これはお前の言う、こんなことしても何にもならない、ってやつじゃないのかね」
「貴様は殺す……これはケジメだ! お前はいつか、この私の覇道の邪魔になると思っていた。追放するだけでは生ぬるかったか!」
ヴィゴーはそう言って、鈍い蒼色に発光する剣を構える。
デニスも、両手に二振りの肉切り包丁を錬金した。
「しゃあねえ。相手になるぜ、ヴィゴー」
「腸を晒してもがいて死ね! デニス!」
その様子を、ヘンリエッタとビビアとバチェル、そしてアトリエたちが眺めていた。
「れ、レベル99同士の戦闘……」
「ぎ、『銀翼』の大隊長が!」
「しょ、『食堂』の店長が!」
「戦闘態勢に入った!」




