表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第1部 追放者食堂へようこそ!
16/139

16話 商売繁盛はクライマックスの前に (後編)



 街の人々の助けもあり、食堂に上がった炎は何とか鎮火された。


 しかし、結局、冒険者食堂はほとんど全焼だった。


 消火活動によって、今日の昼まで多くの人で賑わっていた一階の食堂部分は、水浸しになっている。壁の薄い部分は燃焼によって崩れ、一部の不燃性の物を除いては、ほとんど全ての物が焼け落ちていた。


 調理器具も、本棚も、二階の生活部屋も、メニューも、テーブルも椅子もカウンターも、何もかも全てが燃やし尽くされていた。


 デニスは燃え残った椅子の一つを持ち上げて、叩いたり力を込めたりして座れることを確かめると、その焦げて灰被った椅子に腰かける。


 アトリエも、自分で無事な椅子を探してくると、デニスの隣に椅子を置いて座る。


 バチェルとビビアは呆然とした様子で、黒焦げの食堂跡を眺めていた。

 ヘンリエッタは泣いていた。


「ひ、ひどい……こんな、こんなことって……」


 ヘンリエッタがしゃくり上げながら、そう呟いた。


「デニスさん」


 ビビアが言った。


「たぶん、彼らの話を総合すると……あのジョゼフが『銀翼の大隊』を通じて、デニスさんとアトリエちゃんの店を焼くように指示したんだ。『夜の霧団』は、その下請けとして放火を実行した。今回の件は、あの三勢力が結託して起こしたんだ」

「そうみたいだな」


 デニスはそう答えた。


 その声には、いつもの力が籠っていなかった。


「ど、どうするんや、店長……その、これから……」

「黙ってられないよ、デニスさん」


 ビビアはそう言って、デニスに近寄る。


「何か力になれるなら、何でも手伝わせて欲しい。一緒に、あいつらを倒そう。なあ、そうだろ? いっつもそうやって、解決してきたじゃないか。今回も、そうするんだろ?」


 ビビアはそう聞いた。


 デニスは意思の無い瞳でビビアのことをちらりと見ると、それには答えずに、傍のアトリエの頭を撫でた。


「な、なあ。デニスさん、ショックなのはわかるけど、次にどうするかを考えないと……」

「そうだな」


 デニスは突然口を開いた。


「俺は……アトリエと一緒に、もうちょっと田舎に引っ込むよ」

「…………は?」


 ビビアは思わず、そんな声を出した。


「調子に乗りすぎたんだな……ちょっと目立ちすぎた」


 デニスはそう言うと、深いため息をつく。


「もっと田舎に隠れて、また小さい店でもやるさ。俺はなんだか……ちょっと疲れたよ。いいじゃねえか。その、幸い、けが人もいなかったんだし」

「な、何言ってるんや、店長……」

「た、立ち向かいましょうよ! 大将!」

「あー……そう簡単に言うけどなあ」


 デニスは、頭をガシガシと掻いた。


「俺だって個人としてはわりと最強だとは思ってるが、そんな一人で何でも相手にできるってわけじゃあねえんだよ。王国で最大の貴族と最強の冒険者パーティーが手を組んで、さらに『夜の霧団』っていうそこそこの手下まで抱えてるんだぜ。それを一人で相手するには……俺の手には余る」


 デニスはそう言うと、アトリエの手を取って立たせた。


「今日はもう解散だ。何でもかんでも腕力で解決できるってわけじゃねえってことだな。学ぶことがあったよ。じゃあな、お前ら。気を付けて帰れよ。元気でな」


 デニスはそう言って、アトリエを連れて二階へ上がっていく。


 ビビアはその背中に、叫んだ。


「お、おい! どうしたんだよ! いつものデニスさんはどこに行ったんだよ! アトリエちゃんのために、王国まで敵に回そうとしてたデニスさんはどうしたんだよ!」

「ちょっと、冷静になったんだよ。じゃあな」


 ビビアは後ろで、まだ何かを叫んでいた。


 デニスは聞かないようにした。




 二階に上がると、屋根も焼け落ちてしまって月明かりが差し込む中で、デニスはスキルを使って灯りを点けながら、まだ使える物を探した。

 金庫に仕舞っていた売り上げの金が無事だったので、鞄に詰める。


「いいの?」


 アトリエがそう聞いた。


 デニスはアトリエの方を見ないまま、荷造りをしながら答える。


「いいって、何がだよ」

「……このままで」

「いいんだよ。どうせ俺がやる気だしたら、あいつらだって付いてくるだろうが」


 デニスは大方の荷造りを終えた。


 ほとんど燃えてしまったので、荷物になるような物はほとんど残っていない。

 ここに来たときよりも、荷物は少なかった。


「それで奴らとぶつかったら、必ず死人が出る。全員無事じゃいられない」


 デニスは鞄を持ってアトリエの方を向くと、その頭を撫でた。


「そうならない内に、ここから離れるとするさ。お前も付いてくるか? 別に、ここに残ってもいいんだぜ」

「アトリエはデニス様についていく」

「そうか。じゃあ、行くか」

「でも」


 アトリエはデニスの目を見ると、言う。


「悲しそうなデニス様は、見たくない」

「人生こういうこともあるのさ。ここは良い街だったよな」


 アトリエはこくり、と頷いた。


「王都より、ずっと好き」

「お前の本もいくらか燃えちまったな。すまん」

「別に良い」


 とアトリエは言った。


「アトリエは、お客様に喜んで欲しかっただけだから」

「そうか。いつかまたほとぼりが冷めたら、旅行がてらこの街に来ようぜ」

「絶対、来る」

「きっと、来ようぜ」




 デニスがアトリエを連れて、カバン一つで焼け落ちた冒険者食堂から出ると、


 そこには、街の人々が立ちふさがっていた。


 大勢の人だかりが、食堂前の道を塞いでいた。


 それはみな、デニスの店の客で、デニスの料理を美味しそうに食べてくれた人たちだった。



 その中央……人だかりの前に立って腕を組むのは、

 ビビアとヘンリエッタ、そしてバチェルだった。


「ふふん……まさか大将がそんなヘタレ野郎だとは思いませんでしたよ」

「店長は、うちらの頼れるヒーローだと思ってたんやけどなあ」

「デニスさん……僕はデニスさんという人間がどういう奴なのか、よくわかりましたよ」


 ビビアはそう言うと、一歩踏み出した。


「つまりあんたは、他人が傷つけられるのは我慢がならないのに、自分が傷つくことには無頓着なんだ」

「誰かが困ってたら助けてあげるのに、自分のことは助けてあげないんだ!」

「誰かが悲しむのは見たくないのに、自分が悲しくてもなあなあで済ませてしまうんや!」


 ビビアとヘンリエッタ、バチェルが順番にそう言った。


「それじゃ駄目でしょうが! 大将!」

「僕たちは、そしてここに集まったのは、冒険者食堂のお客さん方だ! みんなデニスさんのために集まったんだ! これがどういう意味かわかるのか!」

「こんな夜遅くに集まった街の人たちが、どう思ってるのかわからないんか!」


 ビビアが声を張り上げて、叫ぶ。


「デニスさんが悲しかったら、僕たちも悲しいんだ!」

「大将が傷ついたら、私たちだって痛いんですよ!」

「どうしてそれがわからないんや!」


 デニスは呆気に取られながら、彼らの説教を聞いていた。


「お、お前ら……」

「僕たちは色んな場所を追放されてここに集まった! デニスさんだって追放されて来たんだ!」

「追放されるのは、仕方ないかもしれないですよ。そこに居たくないなら、必要とされないなら、追放されたって構わない! 別の、輝ける場所を探せばいい!」

「でも、その場所が大切なら、心から引き留めてくれる人たちがいるのなら! その場所を、そこの人たちを本当に大切だと思ってるなら!」

「立ち止まらないと! 踏ん張って、立ち向かわないと! 僕たちは、デニスさんは、これ以上は追放されない! 追放させない! 一人で戦うだって!? 僕たちがいるじゃないか! これだけたくさんの人たちがいるじゃないか!」


 ビビアが叫んだ。


 それに呼応するように、街の人たちも、少しずつ声を上げる。


「デュフフ……あ、アトリエちゃんを傷つける奴は……許さないですよ……デュフフ……」

「お前は……いつぞやの変態雑貨商……!」


 デニスが驚いて、彼の太った姿を見る。


「ふふ……店長の料理が食べれなくなるのは、耐えられんもんなあ!」

「私たちも、力になりますかあ!」

「ツインテールと、ポニーテール!」


「グリーンの兄貴……俺たちも行きますか」

「やはり王都か……いつ出発する? 俺たちも同行しよう」

「お前たちは……だ、誰だ!?」


 いつの間にか、デニスとアトリエは街の人々に囲まれる形になっていた。


「あ、あー……これは、ちょっともう収拾がつきそうにねえなあ」


 デニスはその熱気に囲まれて、困ったようにそう呟いた。


「夜逃げしようたってそうはいきませんよ! 大将!」

「一緒に戦おうやんか! 店長!」

「かっこつけるのはここまでですよ、デニスさん!」


 デニスは周囲を見やると、叫ぶ。


「しゃあねえなあ! やってみるか! ああ!?」


 デニスがそう叫ぶと、周囲の人だかりがざわめく。


「おお! 店長がやる気になったぞ!」

「チーム名はどうします!? チーム名付けましょうよ!」

「ち、チーム名……? なんだそりゃ」

「そりゃあこれだけ集まったらチーム名くらいね?」

「ないと締まらないよね!」


 半ばデニスそっちのけで、周囲が盛り上がっている。


「……追放者食堂」


 その中で、アトリエがぼそりとそう呟いた。


「つ、追放者食堂ぉ? な、なんかキツイ名前だなあ」

「いいじゃないですか! どうせみんな追放された人ばっかりなんですし!」

「よくねえよ嫌すぎるだろ……ま、まあ……いいか……?」


 デニスがやけっぱち気味にそう言うと、周囲の期待する目に気付く。


「お、俺……なんか言った方がいいのか? これ」

「もちろん!」

「リーダーお願いします!」


 デニスはごほんと咳ばらいをすると、拳を振り上げた。


「ち、チーム、『追放者食堂』……と、『街の愉快な皆様方』ぁ!」

「おお!」

「悪党どもは、ぶっ潰す! この世に悪は、栄えない!」

「おおお!」

「こうなったらどこまでも行くぜ! 反撃開始だ!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
人類の叡智クラスの本に被害出て犯人割れてたら対立貴族や大勢力バチギレしそう
せめて写本を置くとか、消失対策はして欲しかった。by.書痴
[一言] 本の価値考えたら普通に極刑レベルでしょこれ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ