16話 商売繁盛はクライマックスの前に (後編)
街の人々の助けもあり、食堂に上がった炎は何とか鎮火された。
しかし、結局、冒険者食堂はほとんど全焼だった。
消火活動によって、今日の昼まで多くの人で賑わっていた一階の食堂部分は、水浸しになっている。壁の薄い部分は燃焼によって崩れ、一部の不燃性の物を除いては、ほとんど全ての物が焼け落ちていた。
調理器具も、本棚も、二階の生活部屋も、メニューも、テーブルも椅子もカウンターも、何もかも全てが燃やし尽くされていた。
デニスは燃え残った椅子の一つを持ち上げて、叩いたり力を込めたりして座れることを確かめると、その焦げて灰被った椅子に腰かける。
アトリエも、自分で無事な椅子を探してくると、デニスの隣に椅子を置いて座る。
バチェルとビビアは呆然とした様子で、黒焦げの食堂跡を眺めていた。
ヘンリエッタは泣いていた。
「ひ、ひどい……こんな、こんなことって……」
ヘンリエッタがしゃくり上げながら、そう呟いた。
「デニスさん」
ビビアが言った。
「たぶん、彼らの話を総合すると……あのジョゼフが『銀翼の大隊』を通じて、デニスさんとアトリエちゃんの店を焼くように指示したんだ。『夜の霧団』は、その下請けとして放火を実行した。今回の件は、あの三勢力が結託して起こしたんだ」
「そうみたいだな」
デニスはそう答えた。
その声には、いつもの力が籠っていなかった。
「ど、どうするんや、店長……その、これから……」
「黙ってられないよ、デニスさん」
ビビアはそう言って、デニスに近寄る。
「何か力になれるなら、何でも手伝わせて欲しい。一緒に、あいつらを倒そう。なあ、そうだろ? いっつもそうやって、解決してきたじゃないか。今回も、そうするんだろ?」
ビビアはそう聞いた。
デニスは意思の無い瞳でビビアのことをちらりと見ると、それには答えずに、傍のアトリエの頭を撫でた。
「な、なあ。デニスさん、ショックなのはわかるけど、次にどうするかを考えないと……」
「そうだな」
デニスは突然口を開いた。
「俺は……アトリエと一緒に、もうちょっと田舎に引っ込むよ」
「…………は?」
ビビアは思わず、そんな声を出した。
「調子に乗りすぎたんだな……ちょっと目立ちすぎた」
デニスはそう言うと、深いため息をつく。
「もっと田舎に隠れて、また小さい店でもやるさ。俺はなんだか……ちょっと疲れたよ。いいじゃねえか。その、幸い、けが人もいなかったんだし」
「な、何言ってるんや、店長……」
「た、立ち向かいましょうよ! 大将!」
「あー……そう簡単に言うけどなあ」
デニスは、頭をガシガシと掻いた。
「俺だって個人としてはわりと最強だとは思ってるが、そんな一人で何でも相手にできるってわけじゃあねえんだよ。王国で最大の貴族と最強の冒険者パーティーが手を組んで、さらに『夜の霧団』っていうそこそこの手下まで抱えてるんだぜ。それを一人で相手するには……俺の手には余る」
デニスはそう言うと、アトリエの手を取って立たせた。
「今日はもう解散だ。何でもかんでも腕力で解決できるってわけじゃねえってことだな。学ぶことがあったよ。じゃあな、お前ら。気を付けて帰れよ。元気でな」
デニスはそう言って、アトリエを連れて二階へ上がっていく。
ビビアはその背中に、叫んだ。
「お、おい! どうしたんだよ! いつものデニスさんはどこに行ったんだよ! アトリエちゃんのために、王国まで敵に回そうとしてたデニスさんはどうしたんだよ!」
「ちょっと、冷静になったんだよ。じゃあな」
ビビアは後ろで、まだ何かを叫んでいた。
デニスは聞かないようにした。
二階に上がると、屋根も焼け落ちてしまって月明かりが差し込む中で、デニスはスキルを使って灯りを点けながら、まだ使える物を探した。
金庫に仕舞っていた売り上げの金が無事だったので、鞄に詰める。
「いいの?」
アトリエがそう聞いた。
デニスはアトリエの方を見ないまま、荷造りをしながら答える。
「いいって、何がだよ」
「……このままで」
「いいんだよ。どうせ俺がやる気だしたら、あいつらだって付いてくるだろうが」
デニスは大方の荷造りを終えた。
ほとんど燃えてしまったので、荷物になるような物はほとんど残っていない。
ここに来たときよりも、荷物は少なかった。
「それで奴らとぶつかったら、必ず死人が出る。全員無事じゃいられない」
デニスは鞄を持ってアトリエの方を向くと、その頭を撫でた。
「そうならない内に、ここから離れるとするさ。お前も付いてくるか? 別に、ここに残ってもいいんだぜ」
「アトリエはデニス様についていく」
「そうか。じゃあ、行くか」
「でも」
アトリエはデニスの目を見ると、言う。
「悲しそうなデニス様は、見たくない」
「人生こういうこともあるのさ。ここは良い街だったよな」
アトリエはこくり、と頷いた。
「王都より、ずっと好き」
「お前の本もいくらか燃えちまったな。すまん」
「別に良い」
とアトリエは言った。
「アトリエは、お客様に喜んで欲しかっただけだから」
「そうか。いつかまたほとぼりが冷めたら、旅行がてらこの街に来ようぜ」
「絶対、来る」
「きっと、来ようぜ」
デニスがアトリエを連れて、カバン一つで焼け落ちた冒険者食堂から出ると、
そこには、街の人々が立ちふさがっていた。
大勢の人だかりが、食堂前の道を塞いでいた。
それはみな、デニスの店の客で、デニスの料理を美味しそうに食べてくれた人たちだった。
その中央……人だかりの前に立って腕を組むのは、
ビビアとヘンリエッタ、そしてバチェルだった。
「ふふん……まさか大将がそんなヘタレ野郎だとは思いませんでしたよ」
「店長は、うちらの頼れるヒーローだと思ってたんやけどなあ」
「デニスさん……僕はデニスさんという人間がどういう奴なのか、よくわかりましたよ」
ビビアはそう言うと、一歩踏み出した。
「つまりあんたは、他人が傷つけられるのは我慢がならないのに、自分が傷つくことには無頓着なんだ」
「誰かが困ってたら助けてあげるのに、自分のことは助けてあげないんだ!」
「誰かが悲しむのは見たくないのに、自分が悲しくてもなあなあで済ませてしまうんや!」
ビビアとヘンリエッタ、バチェルが順番にそう言った。
「それじゃ駄目でしょうが! 大将!」
「僕たちは、そしてここに集まったのは、冒険者食堂のお客さん方だ! みんなデニスさんのために集まったんだ! これがどういう意味かわかるのか!」
「こんな夜遅くに集まった街の人たちが、どう思ってるのかわからないんか!」
ビビアが声を張り上げて、叫ぶ。
「デニスさんが悲しかったら、僕たちも悲しいんだ!」
「大将が傷ついたら、私たちだって痛いんですよ!」
「どうしてそれがわからないんや!」
デニスは呆気に取られながら、彼らの説教を聞いていた。
「お、お前ら……」
「僕たちは色んな場所を追放されてここに集まった! デニスさんだって追放されて来たんだ!」
「追放されるのは、仕方ないかもしれないですよ。そこに居たくないなら、必要とされないなら、追放されたって構わない! 別の、輝ける場所を探せばいい!」
「でも、その場所が大切なら、心から引き留めてくれる人たちがいるのなら! その場所を、そこの人たちを本当に大切だと思ってるなら!」
「立ち止まらないと! 踏ん張って、立ち向かわないと! 僕たちは、デニスさんは、これ以上は追放されない! 追放させない! 一人で戦うだって!? 僕たちがいるじゃないか! これだけたくさんの人たちがいるじゃないか!」
ビビアが叫んだ。
それに呼応するように、街の人たちも、少しずつ声を上げる。
「デュフフ……あ、アトリエちゃんを傷つける奴は……許さないですよ……デュフフ……」
「お前は……いつぞやの変態雑貨商……!」
デニスが驚いて、彼の太った姿を見る。
「ふふ……店長の料理が食べれなくなるのは、耐えられんもんなあ!」
「私たちも、力になりますかあ!」
「ツインテールと、ポニーテール!」
「グリーンの兄貴……俺たちも行きますか」
「やはり王都か……いつ出発する? 俺たちも同行しよう」
「お前たちは……だ、誰だ!?」
いつの間にか、デニスとアトリエは街の人々に囲まれる形になっていた。
「あ、あー……これは、ちょっともう収拾がつきそうにねえなあ」
デニスはその熱気に囲まれて、困ったようにそう呟いた。
「夜逃げしようたってそうはいきませんよ! 大将!」
「一緒に戦おうやんか! 店長!」
「かっこつけるのはここまでですよ、デニスさん!」
デニスは周囲を見やると、叫ぶ。
「しゃあねえなあ! やってみるか! ああ!?」
デニスがそう叫ぶと、周囲の人だかりがざわめく。
「おお! 店長がやる気になったぞ!」
「チーム名はどうします!? チーム名付けましょうよ!」
「ち、チーム名……? なんだそりゃ」
「そりゃあこれだけ集まったらチーム名くらいね?」
「ないと締まらないよね!」
半ばデニスそっちのけで、周囲が盛り上がっている。
「……追放者食堂」
その中で、アトリエがぼそりとそう呟いた。
「つ、追放者食堂ぉ? な、なんかキツイ名前だなあ」
「いいじゃないですか! どうせみんな追放された人ばっかりなんですし!」
「よくねえよ嫌すぎるだろ……ま、まあ……いいか……?」
デニスがやけっぱち気味にそう言うと、周囲の期待する目に気付く。
「お、俺……なんか言った方がいいのか? これ」
「もちろん!」
「リーダーお願いします!」
デニスはごほんと咳ばらいをすると、拳を振り上げた。
「ち、チーム、『追放者食堂』……と、『街の愉快な皆様方』ぁ!」
「おお!」
「悪党どもは、ぶっ潰す! この世に悪は、栄えない!」
「おおお!」
「こうなったらどこまでも行くぜ! 反撃開始だ!」




