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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第1部 追放者食堂へようこそ!
15/139

15話 商売繁盛はクライマックスの前に (前編)



 昼時。


 冒険者食堂の前。


「こ、これは……」

「きょ、今日もすんごいことになってますね……」


 ビビアとヘンリエッタは、そう呟いた。


 二人が目の当たりにしているのは、デニスの経営する冒険者食堂に並ぶ、長蛇の列。


 店の入り口からずっと続く長い列の一番後ろで、『こちら最後尾』という看板を抱えたバチェルが対応にあたっている。


 見てみれば、その列を形成しているのは多くが独特のローブを身に纏った魔法使いや賢者のようで、明らかにこの辺りの人間ではない者ばかりだ。

 中には、従者を引き連れて並んでいる者までいる。

 従者に神輿のような椅子を持たせて、座りながら待っている者まで居た。


 ビビアとヘンリエッタがそろりと中の様子を覗いてみると、中はいつものお客さんや遠方はるばるお越しになったと思われる魔法使いや賢者たちでごった返していた。


 アトリエが知識の邸宅からいくらか本を持ってきてから一週間ほどが経ったが、その蔵書の噂が広まってからは、もうずっとこんな感じなのだ。


「ほ、本当に、本物のユヅト写本が!? 歴史に名を残す大賢者や偉大な魔法使いたちが探し求めた窮極の魔導書が! 本当に定食屋の本棚に!」

「お、おい! ネクロノフィコだぞ!? 伝説上の魔導の書が!? なんだこの定食屋!? 噂は本当だったんだ!」


 中は、魔法使いや賢者たちの阿鼻叫喚の渦になっている。


 注文を待ちながら名のある人物らしき人たちが熱心に魔導書を読みふけり、また普通にご飯を食べていたりしていた。


 そんな滅茶苦茶な状態の冒険者食堂の中で、デニスは忙しそうに怒号を飛ばしている。


「おいコラぁ! 百歩譲って飯食いながら読むのは構わねえが、食い終わったらサッサと帰りやがれ! ここは図書館じゃあねえんだぞ!」

「ま、待ってくれ! このアンゴルモア全書のこのページを解析すれば、妻の命が助かるんだ! 妻の病気が治せるかもしれないんだ!」

「お前はもうその本持って帰れ! 今度返しに来い!」


 外で、列の対応にあたっているバチェルが声をあげている。


「本日、夕方は臨時休業やでー。よろしくお願いやー」

「そんな! 夕方やってないのか!?」

「今日の夕方は臨時休業やでー。また明日来てくださーい」

「人類と魔導の進歩が一日遅れるんだぞ! お願いだ! 入れてくれ!」

「許してなー。おおきにー」




 その夕方。


 『本日臨時休業』の掛札を入り口にかけると、デニスらは荷車に道具を積み込んで、広場へと向かう。


 夕方の広場はすでに人が失せかけていて、事を始めるにはちょうど良さそうだった。


 デニスたちは広場の一角に陣取ると、テーブルや椅子、それに焼肉用の網や炭を用意する。

 みんなで準備を終えると、一人ずつコップに飲み物を持った。


 ニヤニヤした様子のデニスは椅子に座り込むと、ヘンリエッタを指さす。


「おら、ヘンリエッタ。最初の挨拶はお前だ」

「え、ええっ……わ、私ですかあ……?」

「お前しかいないだろ。ビビアも考えておけよ」

「ぼ、僕もですか?」


 ビビアは困った様子で笑った。


 ヘンリエッタは立ち上がって深呼吸すると、たどたどしく話し始める。


「え、ええと……本日は皆さん、お忙しいところ、お集まり頂き、このような場を設けて頂き……」

「長い」

「口下手かー!」


 アトリエやデニスが、好き勝手に野次を飛ばす。


「う、うう……え、えっと! 今まで、大変お世話になりましたヘンリエッタですが、あの……」


 そこまでヘンリエッタが言うと、空気を読んで野次が飛ばなくなる。


「つ、ついに! 就職が決まりました! みなさん! ありがとうございます! 大将! 今までお世話になりましたあ!」

「おおー!」

「ニート脱出だぁ!」

「どこに決まったかも言ってやれよ、ヘンリエッタ」


 デニスが、楽し気な様子でそう聞いた。


「は、はい。えっと、実は冒険者パーティーじゃなくて、騎士団に就職が決まりまして……はい」

「えっ、そうだったんですか?」

「う、うん……実は色々悩んでたんですが、ちょっと、その、あの……」


 ヘンリエッタはやや言葉に詰まりながら、続ける。


「ええと、やっぱり、人を助けるような仕事をしようと思いまして。それは、大将の影響だったり、色々あるんですけど……まあ、色々考えて……。少し経ったら、別の場所で警察騎士みたいなことをすることになります……はい」

「そ、そうなんですか……」


 ビビアがそう言うと、デニスがその肩を叩いた。


「お前も言うことがあるんじゃないか?」

「あ、ああ……そうですね」


 ビビアは立ち上がると、その場にいるみんなに向かって言う。


「あの……僕も、次のパーティーが決まりました。それほど大きい所ではないんですけど、これからは、そっちで頑張っていきたいと思います。あ、僕はまだここにいる予定なので、みなさん、これからもよろしくお願いします」

「おおー! ほんま! 頑張ってな! ビビア君!」

「ありがとうございます! バチェルさん!」

「ビビア君も、私と一緒にニート卒業だね!」

「いや、僕はヘンリエッタさんとは違って、基本お金払ってましたし……」

「あ、あれ?」



「よし! それじゃあ今日は焼肉だ! バーベキューだ! それぞれの門出を祝って! 今日は、食べるぞー!」


 デニスがそう言って飲み物を掲げると、その場にいる全員が、グラスを交わした。




「だーかーら! ごめんなさいって! 本当にごめんなさいって、大将!」

「お前途中から調子乗ってたからなあ……」

「しゅ、就職の前金でだいぶ払ったじゃないですかあ! 最初の給料で不足分は払いに来ますから! 確かに調子乗ってました! 許してくださいー!」

「わかったわかった。今度持ってこい。それよりよぉ……」


 デニスは麦酒を煽りながら、やや顔を赤くしてヘンリエッタと話し込んでいた。


 網で肉を焼いているアトリエが、焼いていた肉を一枚箸でつまんでバチェルに差し出す。


「もう食べれる」

「た、食べれないで!? アトリエちゃん! まだめっちゃ赤いやんか!?」

「アトリエは食べれると思う」

「なんでそこはかたくななんや!? 食べないかんな!?」


 その様子を眺めていたビビアが、軽く酔った様子のデニスに言う。


「アトリエちゃんとバチェルさん、仲良くなりましたよね」

「そうだな……バチェルもよ、今度実家に帰すんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。いくらか回復したからな。あとは故郷に帰って、ゆっくりした方がいいだろ」

「そうですか……なんだか、みんないなくなっていきますね」

「そんなもんだよ」


 デニスは麦酒を一口飲んで、そう言った。


「そういえば」


 とビビアが言った。


「法廷で、デニスさんって元ブラックス・レストラン副料理長……デニス・“ブラックス”って紹介されてましたけど」

「ああ、そうだが?」

「それって、あれですか? 以前にちらっと聞いた、育ての親の料理長っていう……」

「そう。俺が使ってるブラックスっていうファミリーネームは、その料理長のを使わせてもらってんだ。今はちょっと喧嘩別れしちまってるから、あんまり使いたくねえんだけどよ。王都の戸籍にはそう登録されてっからなあ」

「喧嘩っていうと……?」

「……まあ、色々だよ」


 デニスはそう濁すと、少し遠くの方を見て、呟く。


「結局、レベル100にはなれなかったなあ」




「あー……結構飲んだなあ」


 フラフラとした足取りのデニスの身体を、下からビビアが支えてやりながら、一行は食堂への帰路についていた。


 夕方から二時間ほど焼肉で酒盛り。報告会と送別会を兼ねた宴会だった。

 ヘンリエッタとバチェルがこの街を後にするのは、実際にはもう少し先になるのだが、何があるかわからないから、できるうちにやってしまおうという話だ。


 デニスに代わって荷車を押していたヘンリエッタが、何かに気付いて呟く。


「おや、何だか明るいですね。焚火でもしてるんでしょうか」


 デニスが見てみると、確かに店の方角が明るかった。



 いや、明るすぎた。


 ほどなくして、悲鳴のような声が聞こえてくる。


 闇夜を照らす赤色の光の中から立ち上る不穏な煙は、夜空に向かってふらふらと上昇を続けていた。




 冒険者食堂は燃えていた。


 冒険者食堂は炎上していた。



 立ち上る炎は悪魔のように蠢き、揺らぎ、デニスたちの小さな店を灰に変えようとしている。


「なんだこりゃ……」


 その光景を目の当たりにしたデニスは、力なく呟いた。


「水だ! 誰か水魔法が使える奴はいないのか!」

「燃え移るぞ! 誰か! 早く!」


 喧噪の中で、デニスたちは立ち尽くしていた。


「て、店長。な、何とかした方が、いいんじゃ」


 バチェルが、震える声でそう呟いた。


「あ、ああ」


 デニスも、力なく答える。


「そ、そうだな。火を消さないと……」


「こいつらだ! こいつだよ!」


 そう言って、ツインテールとポニーテールの魔法使いが、二人の冒険者をひっ捕らえてきた。


「こいつらが火を点けたんだ! 私、見てた!」

「臨時休業だって知らなかったから来てみたら、こいつらが、それで!」


 デニスは彼らに見覚えがあった。


 ビビアが第五層まで潜らされた時に、そのことを嬉々として語っていた二人の中年冒険者。


 『夜の霧団』の二人。


「かっ! かははは! かははは!」


 男たちは魔法使いたちに取り押さえられながら、高笑いをしていた。


「お前たちは、調子に乗りすぎたんだ! これがその報いだ!」

「俺たちのせいだと思うのか? いや、お前たちのせいさ! これは俺たちの、『夜の霧団』だけの命令じゃない! もっと上から来た依頼だ! ひひひ、ひひひひ!」


 中年冒険者たちは、捕らえられているにも関わらず、自分たちの勝利を確信した口ぶりで笑っていた。


「『銀翼の大隊』! 大貴族ワークスタット家! みんなお前らを潰したがってる! かははは! お前らは終わりだよ! 調子に乗りすぎたんだよ! 終わるのは俺たちじゃない! お前たちの方なんだ!」



 デニスは、そうやって叫ぶ彼らを眺めていた。



 冒険者食堂は炎上していた。



 冒険者食堂は全焼しようとしていた。



 その炎は、この世の全てを燃やし尽くそうとしているのではないかと思えた。






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― 新着の感想 ―
これ実行犯と計画犯は、宮廷魔術師を含む全ての魔術師からタコ殴りされるゾ
>「お前はもうその本持って帰れ! 今度返しに来い!」 いや、駄目でしょ……。
[一言] 貴重な魔導書がー!
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