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5話 Finally, we meet.


 二階建ての建造物ほどの巨体が、小さなバチェルへと倒れ込もうとしている。


 それは攻撃というには緩慢で、何もかもが弛緩しすぎていた。それはつまり、ただ力なく崩れ去ろうとしているだけだった。しかしその巨体の下敷きにされるならば、脆弱な身体構造を持つ人間にとっては容易く致命傷となりえるだろう。


「ぃぅぁああっ!?」


 回避が間に合わないと判断したバチェルは、杖を振り回して瞬時に魔法の防御陣を展開する。倒れ込む巨竜の身体を受け止めるために頭上へと放った防御陣は、その大質量の落下を一瞬だけ受け止めはしたが……


 鉄球と衝突したガラスの如く、一瞬にして砕け散った。


「ひぃぃいいっ!? なんやこれぇ!?」


 転げそうになりながら何とか駆け出すバチェルは、その巨体の下敷きとなって圧死する直前で……

 何者かに横合いから突撃されて、そのまま空中へと飛び上がる。


「おっ! おぉぉぉおおっ!? おおきにやで、オリヴィア!」

「お役に立てましタカ!? とってもウレシイ!」

「命の恩人や! ほんま!」


 ズシン、という地鳴りのような音が響いた。


 飛行機能を持つオリヴィアに救出されたバチェルは、そのまま彼女に抱きかかえられながら空を飛翔していった。自分へと倒れ込んできていた巨竜は、広場の中央付近で力尽きたかのように倒れ伏している。オリヴィアに助けてもらわなければ、今頃あの下敷きになっていただろう。


「バチェル様! あのドラゴン……瞬間移動したヨウニ見えましタ!」


 上空を旋回しながら、オリヴィアが尋ねる。


「ええと……オリヴィアは、あれがドラゴンってわかるんか?」

「ハイ! ユヅト様と一緒に、一度だけ交戦したコトがあります!」

「大層なことをしとるもんやで……」

「デスガ、わかりまセン! ドラゴンというのは、アノヨウニ! 瞬間移動できるモノなのデス!?」

「瞬間移動というか……竜の特性やな。ほんまに死ぬところやった……」


 額の冷や汗を拭いながら、バチェルはそう答えた。


 眼下でまたもや気絶したかのように倒れ伏す巨竜は、そのまま動く様子が無い。

 今の移動で、力を出し尽くしてしまったのだろうか。よくよく見てみれば、その竜は片翼がもげているだけではなく、全身が傷だらけだった。いわば満身創痍。しかしそれらの傷は、直近に付けられた傷ではない。そのどれもが、治りかけの古傷なのだ。


「ドラゴン……もう十何年も、姿すら見せていなかったっちゅうのに」

「オリヴィアは思い出しマス! ユヅト様も、仰られておりマシタ! ドラゴンは最強の生物! 希少にシテ貴重! 獰猛にシテ崇高! 無邪気にシテ策士デアルと!」

「よく知っとるな、オリヴィア! その通りやで!」

「オリヴィアの基幹構造ニモ、ドラゴンの能力が応用されてイルと聞きマシタ!」

「それについては、後で詳しく教えてくれる!?」


 上空を旋回しながらオリヴィアと話していたバチェルは、まだドラゴンが地上で倒れていることを確認して、ふと安堵のため息をつく。


「さすがのドラゴンといえども……『空間を捻じ曲げる』となると、相当な体力を使うようやな」

「空間ヲ、捻じ曲ゲル?」

「これこそドラゴンの特性……最強の幻獣と呼ばれている由縁や」


 ゴクリ、とバチェルは息をのんだ。


 本で読んで得た知識ではあったが。

 『法則そのものに干渉する』、ドラゴンの特性。

 実際に身をもって体感してみると、空恐ろしい限りだ。


 神狼のポチを筆頭とする、ロストチャイルが収集していた幻獣たち。彼らはダンジョンに巣くう生物と似た性質を有した、魔法的な特性を持つ半生物である。何らかの魔力的作用によって誕生する幻獣は、基本的に繁殖しないため個体数こそ少ないながらも、魔法的な特性を持つことから普通の生き物よりも強力であることが多い。


 彼らはそのために、自然界ではいわば動植物たちの長として君臨しているのだ。森の奥深くへと人が安易に踏み入れてはならないのは、そこが多くの場合、幻獣たちのテリトリーであるからに他ならない。


 それでもその強力さというのは、普通の人間にとっては脅威であるというだけであって、神狼のような高度な幻獣種でもない限りは……デニスやケイティのような、高レベル域のスキルや魔法を自在に操る人間種には敵わない。


 しかしその中でも、ドラゴンだけは別格の存在であった。


「ドラゴンには体内の魔力を消費して、周囲の法則を都合よく操作するっていう特性があるんや。そもそもあんな巨体に翼を生やした所で、空を飛べるはずも無いやろ?」

「タシカニ! オリヴィアは、オカシイってわかりマス!」

「だけれども……周囲の法則を都合よく改変する力を持ったドラゴンならば、それが出来てしまうんやなあ」

「トイウト? オリヴィアにもわかるように教えてクダサイ!」

「ええと……ドラゴンには、『自分が出来ると思ったことが出来てしまう』っていう、反則な性質があるんや。ドラゴンは『自分が空を飛べる』と思っているから空を飛べるし、『火を吐ける』と思っているから火を吐ける。いわば自分にとって都合の良い魔法を、その場で生み出してしまうんやな」


 説明しながら、バチェルは昔に本で読んだドラゴンについての報告を思い出していた。


「トスルト、先ほどの瞬間移動ハ?」

「たぶん……身の危険を感じて、空間における自分の位置座標を書き換えた……って所かな? とにかく安全な場所に移動したくて、でも身体がボロボロで動けないから、空間を歪めて無理やり移動した……そういう魔法を作った?」

「ソレガ、バチェル様の後ろダッタのデスカ?」

「たぶん。運が悪かったことに」


 力なく横たわるドラゴンに、応戦のために集まっていた職員たちが近づいていく。


 彼らは巨竜がいつ目を覚まして動き始めるかとビクつきながら取り囲み、陣形を組んで魔法の術式を組もうとしていた。ドラゴンが弱っている間に、複数人で構築する強力な魔法を準備して、封じ込めてしまいたいのだ。


「あたしらも降りようか、オリヴィア。手伝わんとあかんで」

「ワカリマシタ! ア……バチェル様! オリヴィアは、もう一つ聞きたいことがアリマス!」

「なんや?」


 オリヴィアの背中に内蔵された飛行機能によって着陸しながら、彼女に抱きかかえられたままのバチェルはそう聞き返した。


「ドラゴンさんが王国に来たノハ、十数年前と言っていまシタガ……そのトキは、一体どうシタのデスカ?」

「ああ……そのときはね、ガト家の『龍殺し』が……」


 そんなことを話しながら地上へと降り立った瞬間。

 キインという耳鳴りと共に、バチェルの脳内に不思議な声が響き渡った。


『“HUMAN.”』


 その低く唸るような声色は、脳の奥の方で直接響き渡っているかのように響く。


『“I WON'T TAKE ANYTHING FROM YOU.”』

『“I'M JUST HERE TO BRING IT HOME.”』

『“I AM WEAK, TIRED, AND FRIGHTENED.”』

『“I DON'T WANT TO FIGHT YOU.”』

『“I DON'T HAVE THE POWER I ONCE HAD.”』

『“LEAVE ME IN PEACE.”』

『“IF YOU DO, I WON'T HURT YOU.”』


 それはゆっくりと、厳かに。

 しかしどこか、捲し立てるようにも聞こえた。


「あ……えっと?」


 バチェルは教職員という仕事柄か、それが何処から発せられた言葉かよりも、その言葉の不思議な響きに戸惑った。

 自分たちが使っている言語とは、似ているが違う。語彙を共有しているような響き方を感じたが、それは文法自体から違うようにも思えた。しかしそれは明らかに、自分たちに何かを伝えようとする言葉の響き方だった。


 バチェルがその場に立ち尽くしながら戸惑っていると、周囲から恐怖に染まった悲鳴が響く。


「竜が喋ったぞ!」

「念話だ! 頭の中に直接語りかけている!」

「早く封じ込めないとまずい! 術式を準備しろ!」


 慌ただしく陣形についた教員たちが、一斉に魔法を展開し始める。

 芝生の上に倒れ伏す竜の巨体を覆い尽くすようにして魔法陣が発生し、強固な封印が為されようとした。


「あ、あの!」


 その共同術式を指揮する年配の教授に、バチェルは声をかける。


 しかし彼は……いやその場の誰もが、年少の助教授からの問いかけに応じられる状態ではなかった。彼らはいつ動き出し、人知を超えた能力でもってどれほど凄惨な災厄をもたらすかわからぬ巨大な怪物を前にして、一種の恐慌と激しい義務感と勇気でもって、事に臨んでいるのだ。


「準備はできたか!?」

「起動するぞ! 封じたまま、エステル真王の到着を待つ!」

「可能ならば、このまま殺す!」

「ま、待って――」


 何か嫌な予感がしたバチェルが、彼らの術式の発動を制止しようとする。


 しかしそれは、すでに遅かったのであった。



 ◆◆◆◆◆◆



 一方……。


 ドラゴンが墜落した校舎では、アトリエとチムニーが速足で歩いていた。

 すでに避難は始まっている。教師に誘導される生徒たちは、第一校舎から離れて正門へ向かい、そのまま学校の外を目指しているようだ。


 避難行動に移っている生徒たちにうまく合流できた二人は、安心したように互いを見合う。


「なんだか、よくわからないですけど……助かりましたわね」

「うむ。助かった」


 ざわめく生徒の雑踏の中で、チムニーの隣を歩くアトリエがそう答えた。

 

「なんていうか……さっきは、取り乱してしまって申し訳なかったのですわ」

「大丈夫。誰でもああなると思う」

「ええと……助けられちゃいましたわね」

「うむ。助けた」


 教師の誘導する声が響く中、アトリエとチムニーは正門前までたどり着いた。


 校舎から出た先に続く一本道。その先にある正門は、今朝にアトリエとデニスが別れた場所だ。その正門付近には、今ではすっかり番犬めいて座しているポチがいる。いつもは正門横で寝ているか寝転がっているかの二択であるポチであるが、今日の今ばかりは、周囲を警戒するように起き上がっていた。


 避難していく生徒たちの人混みの中で、アトリエとチムニーはぽつぽつと歩きながら肩を並べている。


「その……ありがとう、とは言っておきますわ」


 横を歩くチムニーは、照れ臭そうに頬を指でかきながら、ボソボソと呟くようにそう言った。


「うむ。それとね、チムニー」

「なんですの? アトリエ」

「手。汗ばんでる」


 そこでチムニーは、あれからずっと手を繋ぎっぱなしだったことに気付いた。


 不安からか、無意識のうちにずっと、アトリエの手を握りしめていたのだ。


「あ、あばばばばっ! そ、そうですわね! 離さないといけませんわね!」

「いつ言おうか。困っていた」

「は、早く言ってくれれば良かったですのに……」


 二人が、そんなことを言い合ったとき。


 広場の方から、何かが爆発するかのような音が響いた。

 二人はチラリとそちらを見やるが、校舎が邪魔で広場の様子はわからない。

 おそらく、学校の職員たちがドラゴンと交戦しているのだ。


 アトリエはその職員たちの中に、バチェルやオリヴィアも含まれているだろうことを察していた。

 怪我をしていないといいな、とアトリエは思った。

 危なくなる前に逃げてくれればいいな、と思った。


 しかしドラゴンが再び動き出したとなったら、ここにもすぐに危険が及ぶかもしれない。

 振り向いていた二人は再び前を向いて、正門の方へと駆けようとする。


 だが、その歩をそれ以上進めることはできなかった。


 アトリエとチムニーの目の前を、あの巨竜が塞いでいたからである。


『“FINALLY.”』


 二人の脳裏に、低く険しい声が反響する。


『“WE MEET.”』


エステル「もうすぐ余が大活躍する書籍3巻が発売するというのに、余の出番はまだなのか!?」

ポワゾン「落ち着いて、チビ姫! もう書影は出ているわ!」

エステル「本当か! ほー! 余、めっちゃ可愛いじゃーん!!!!」

ジュエル「死ぬほど改稿した『追放者食堂』3巻、よろしく!」

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