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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
1st Season アフターストーリーズ
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LAST AFTER デニス (前編)


「1年か」


 デニスはそう呟いた。


 定休日のレストランのホールで、彼は一人ぽつんと椅子に座っている。

 四人掛け用の広いテーブルに着きながら、彼は頬杖をついて、ホールを見回した。


「もう1年か」


 デニス……デニス・ブラックスがレストランの『料理長』に就いてから、ちょうど1年ほどが経過していた。つまりはあの幻霧祭の夜から1年と少し。アトリエが幼年部の2学年に上がり、ビビアも何とか、無事進級できたと聞いている(疑似強化(バフ)系の魔法が苦手なようで、必修科目を落としかけたようではあったが)。


 デニスは立ち上がると、手洗いの方に歩いて行って、冷水で顔を洗った。


 ふと鏡を見ると、1年前と少しも変わっていないように見える自分の顔があった。正確な年齢はわからずとも、20歳はちょうど過ぎているはずの自分であるから、1年でそう顔かたちは変わらない。しかしどことなく、あのヒースに雰囲気が似てきているようにも思える。おそらく気のせいだろうが。


 腰に差していたタオルで顔を拭きながら手洗いから戻ると、ホールにアトリエが居た。


 アトリエは頭上に発現させた魔力の塊の上に逆さまで浮かびながら、デニスのことを待っていたようだった。


「アトリエ。その逆さまになるのをやめろと言ったろ」

「スカートはめくれない。大丈夫」

「本当にどういう原理なんだ」


 アトリエは普通に立ち上がると、デニスの前にパタパタと歩いてきた。


 彼女は1年で少し背が伸びて、雰囲気も少しだけ大人びた感じがある。

 この年頃の子供というのは、おそらく成人済みのデニスとは違って、1年でめまぐるしく成長するものだ。

 ビビアなんて、最近は見るたびに背が伸びているように感じられる。成長期なのだろう。


 彼女は小さな手を伸ばすと、デニスのことを見上げた。


「お小遣い。欲しい」

「お小遣い? 珍しいな、どうした」

「チムニーと遊びに行く」

「ああ、あの娘か」


 アトリエとよく一緒にいる女の子のことを思い出しながら、デニスは財布を取り出した。


「いくら要るんだ?」

「金貨20枚くらいあれば足りるって言ってた」

「高級ホテルで豪遊でもするつもりか、この馬鹿」

「冗談」


 アトリエが真顔でそう言った。


 この1年の成長として、彼女はぎこちないながらも冗談を言えるようになっていた。

 一時期は行動全てが冗談になりかけていたものだから、大した成長だ。


 銅貨を何枚かアトリエに渡すと、彼女はそれをポーチの中に大事そうに仕舞った。


「ありがとう。行ってくる」

「おう、行ってらっしゃい。気を付けろよ」

「うむ。問題無い」

「待て。だから逆立ちの空中浮遊で移動しようとするな」

「歩くより楽」

「楽だからって人間性を捨てるな」



 ◆◆◆◆◆◆



 デニスがこの1年間を一言で総括するとすれば、それは「平和」だった。


 もちろん、料理長に就いてから諸々のゴタゴタはあったし、いくらかトラブルもあったのだが。


 みかじめ料がどうだというギャングと物理的に話し合うことになったり、ジーン料理長が就いていた王国の料理協会長の後任を巡るちょっとした揉め事があったり、ヘズモッチがまた病んでしまったりと色々あったと言えばあったのではあるが。


 それでも、それが主要なトラブルであったと言えるほどには「平和」であることには間違いなかった。レストランが燃やされたり、レベル90級の猛者と戦ったり、町を舞台に軍勢と戦ったり、玉座を巡る戦いに巻き込まれたり。


 果ては世界の終焉を賭けた死闘を繰り広げたり……そういう修羅場は存在しなかった。


「これが普通の生活ってやつか」


 料理長室で帳簿を確認しながら、デニスはふと、そう呟いた。


 普通に働いて、普通にトラブルがあって、それでも普通に日常へと戻っていく。

 戦う必要も殺し合う必要もない。

 腕力を振るう必要もなければ、命を賭ける必要もない。


 それがここ1年の、デニスの普通で平和な日常だった。


 それでなによりだ。


 それは心の中で呟いたのか、実際に声に出して呟かれたのか、定かではなかった。



 ふと、ホールから女性の声が響くのが聞こえた。


 来客だろうか。

 デニスは机の中に帳簿を仕舞って立ち上がると、厨房を通って、ホールまで歩いて行った。


 そして、レストランの入り口に立つ女性の姿を見て、デニスは目を丸くする。


「あー……お前は」

「どうも」


 その銀髪の女性はそれだけ言って、軽く会釈した。


「フィオレン……ツァ? と言ったけ」

「そうです」


 彼女……フィオレンツァは、ゆったりとした所作でレストランのホールを見回した。

 以前に見た時よりも、少しだけ髪が伸びているようだった。


「定休日という札がかかっていましたのに、入ってしまって申し訳ございません」

「いや、気にするなよ」

「鍵が開いていましたので」

「そうだろうな」


 フィオレンツァは傍のテーブルをちらりと見やると、デニスに尋ねる。


「座ってもよろしいですか?」

「なにが食べたい?」

「お任せします。あまりお金がありませんので、高くない物が良いですね」

「なにか、思い出の料理でもあるか?」


 デニスがそう聞くと、フィオレンツァは少しだけ考えた。


「……炒飯、ですかね」

「良いね。得意料理だ」


 デニスがそう返すと、フィオレンツァは静かに、クスクスと笑った。


「だと思いました」



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