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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
1st Season アフターストーリーズ
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AFTER2 ビビア (後編)



 放課後の校舎前には、下校する魔法学校の生徒たちが大勢歩いている。


 そんな中、とつぜん爆発のような轟音が鳴り響いて、校舎の二階の壁が粉砕された。


「うわあっ!?」

「なんだあ!」


 生徒たちが頭上を見上げると、学校教員の制服を着た男が二階の壁を突き破って降って来て、そのまま地面に転がる。


 地面に身体を打ち付けながらひっくり返るその姿を見て、多くの生徒が声を上げた。


「ベルペン先生!?」


 吹き飛ばされて転がったベルペンは、何とか上体を起こすと、突き破って来た二階の穴から顔を出す男を見て、恐怖の表情を浮かべた。


「ひっ! ひぃぃい! 許してくれぇ!」

「ああ!? もう降参か、てめえはよぉ!」


 気絶した様子の線の細い少女……ヴィンツェを抱えたデニスは、肉切り包丁を片手に握りながら、破壊した大穴から校舎前に降り立つ。


 そのまま歩み寄るデニスに対して、ベルペンが悲鳴にも似た声を上げた。


「ま、待て! 降参だ! 助けてくれ!」

「なんだあ、てめえ! まだ何のスキルも使ってねえぞ!」


 ズカズカと歩きながら、デニスはベルペンに対して叫んだ。


「うちの常連を性的な目で見やがって! 再起不能にしてくれる!」

「それは本当に誤解だ!」


 ベルペンが後ずさりながら叫ぶと、周囲の生徒たちが声を上げた。


「ベルペン先生ーっ!?」

「な、なにやってるんですか!? またテロリストですかー!?」

「頑張って、ベルペン先生!」

「幻霧祭の時みたく、蹴散らしてー!」


 生徒たちの声を聞いて、デニスがニヤリと口角を上げた。


「おお? なんだてめえ? お前もあの夜に戦ったのか?」

「い、いや。それは……あの……」

「ならよお! もっと歯ごたえがあったっていいじゃあねえか! こちとら、あれから料理に経営に療養にで忙しくってよお! たまには身体でも動かしてえ気分なんだよなあ!」

「ま、待て! あれは……全部ウソなんだ! 私は戦ってないんだ! 家で震えてただけなんだ!」

「なにがウソでなにが本当なんだ、この野郎!」


 デニスが肉切り包丁を振るうと、その風圧の衝撃破が一直線に地面を走って、ベルペンを吹き飛ばした。


「ぐわあっ! た、助けてくれ! 誰か! 助けてくれえ!」

「なまっちょろいぞ! もっと戦えねえのか! 俺の兄貴だとか言う奴はなあ! 何回ぶち殺そうが立ち上がってきたぞ! もうこの世に、あいつ以上に強い奴はいねえのかぁっ!」


 デニスの怒気が混ざった叫び声が響く。


 その様子を……走って追いついて来たビビアが見ていた。


「で、デニスさん……大丈夫か? バーサーカーになってないか?」


 ビビアがそんな風に呟き、またベルペンの悲鳴が響く。


 あの夜の一件以来……デニスには、もしかするとあのヒース以上に強い者というのが、この世に存在しないのではないかという一抹の不安のようなものがあった。

 お互いに死力を尽くして殴り合い、殺し合ったあの一時の闘争というのが、もう二度と再現されないのではないかという予感。


 全てを尽くしても敵わないような相手というものが、もう二度と自分の前に現れないのではないかという予感。


 もちろん、そんなものは無い方が良いに決まっている。

 そんなものは望んではいない。


 しかしその事実は、デニスに消火しきれないしこりを残していた。

 あの日に拳で殺し合った熱は、お互いの命を幾度も削り合った死闘は、いまだに……彼の身体の奥底で燃焼する灯をくすぶらせている。


「“殺し合う”っていうことがどういうことか、わからせてや――」


 そんなデニスに向かって、群衆の中から歩み出る小さな影があった。


 肉切り包丁を握りしめて、歩みを止めようとしないデニス。

 その目の前に、銀髪の少女が立ちはだかる。


 デニスはその小さな少女を見て、目を一瞬だけぱちくりさせた。


「……アトリエ? どうした」

「帰ろ」


 彼女はそう言って、背の高いデニスのことを見つめた。


「帰ろ……?」


 アトリエがもう一度言うと、

 デニスはその場に立ち止まって、


 ふと空を見上げた。


「……そうだなあ」



 そんな風に立ち止まったデニスを見て、ベルペンは力を振り絞って立ち上がる。


 な、なんだかわからんが止まってくれたぞ!

 今のうちに、逃げ……


 そう思って、ベルペンが正門から走り去ろうとすると。


 そこには、自分の二倍ほどの背丈もある神狼と

 空中でホバリングする、メイドの姿があった。


「……はえ?」

「エート!? どうすれば良いデショウ、ポチさん!」

『“知らぬ。とりあえず、捕まえておくか。”』

「ぶっ飛ばしマスカ!? オリヴィア、ぶっ飛ばしても大丈夫デスカー!?」

『“待て、待て。”』


 ポチの念話が届かないオリヴィアが、ホバリングしながら肩から二連装の砲口をジャキンッ! と伸ばす。


 ベルペンは、今日で一生分叫んだのではないかという悲鳴を、また響かせた。



 ◆◆◆◆◆◆



 オリヴィアとポチによって捕まったベルペンとヴィンツェが、学校の警備に引き渡されてから。


 デニスは正門前で、アトリエと一緒に挨拶をしていた。


 騒ぎを聞きつけて、ちょうど正門前に駆けつけた幼年部の担任教諭に、デニスが頭を下げている。

 彼の姿を見て、アトリエの担任は朗らかに微笑んだ。


「あらあ。アトリエさんの保護者の方ですかあ?」

「ああ、どうも。うちのが、お世話になってます」

「いえいえ。いつも美味しいお弁当を作ってくださって、ありがたい限りですよ」

「どうも、それは良かったです」

「特に炒飯が美味しくって。みんな美味しいって言って食べてますよ」

「いやあ、それはもう。嬉しい限りです……どうも、こいつをよろしくお願いします……」


 デニスが滅多に使わない敬語で先生と接している横で、アトリエが誇らしげにピースサインを送っている。


 その傍には、アトリエと一緒に下校していたおかげで、一連の流れを見ていたチムニーがいた。

 チムニーはアトリエの保護者と名乗る、幼年のチムニーから見ても明らかに色々な格が違う料理人の姿を見て、


「ほ、本当になんですの……」


 そんなことを呟いた。


 デニスはチムニーに気付くと、彼女にも挨拶する。


「アトリエ。この子が友達か?」

「そう。チムニー」

「どうもな、チムニーちゃん。うちの子をよろしくな」


 デニスにそう声をかけられて、チムニーは緊張した面持ちで口をパクパクと開いた。


「え、ええ! ま、まあ! はい! どうもよろしくお願いいたします! ですわ!」

「こいつはちょっとズレてる所があってさ。大目に見てやってくれよ」

「い、いえ! 滅相もありませんわ! ただ、いきなり空中に逆立ちで浮かんでスーッて移動するのは、ビックリするのでやめて欲しいですけど!」

「あれは俺もやめろと言ってるんだが」


 一方のビビアは、その場に立ち尽くして、警備に連れられて行くベルペンとヴィンツェを眺めていた。おそらくは、これから警察騎士部隊の人員が送られてきて、二人の身柄は王政府へ引き渡されるだろう。


 そんなことを考えていると、ビビアはいつの間にか、クラスメイト達に囲まれていることに気付いた。


「ビビア、あの人とも知り合いなの!?」

「あのめちゃくちゃ強いコックの人、なんていうの!?」

「どういう関係なの!?」


 そんな風に聞かれて、ビビアは答えに困ってから……


「さあ……どうだろうね」


 そう言って、薄く微笑んだ。


「えー! 絶対知ってるだろ!」

「なあ、あの人も幻霧祭の時に戦ったの!?」

「知らない、知らなーい! 僕はなんにも知らない!」

「だって、ビビア言ってたじゃーん」

「ごめん、あれウソ。でまかせ。かっこつけたかっただけさ」

「なんだよー」

「ビビアってそういうとこあるよなー」

「ごめんって。許してくれよ」

「ねえねえ、それよりさ。甘い物でも食べに行こうよ。王城前に新しく出来たカフェが……」



 ◆◆◆◆◆◆



 王政府が所有する、とある物件。


 表向きは小さな孤児院とされるその建物の管理室で、白い長髪の男性が資料を眺めている。


「メルマ。ヴィンツェ……なんとか、という子のことを知っているか?」


 顔にやや皺の刻まれた男性がそう尋ねると、部屋の隅で何かの通信を行っていた緑髪の少女が答える。


「ヴィンツェンツィオ、ですね。ジョヴァン隊長」

「どういう子か知っているか?」

「捕縛系のスキルを有した、私たちの一人です。幻霧祭の夜から、行方がわかっていませんでした」


 メルマと呼ばれた少女がそう答えた。


 ジョヴァン……現在表向きは孤児院の院長をしている、ジョヴァン元騎士団長は、資料を眺めながらため息をつく。


「その子が、魔法学校で拘束されたらしい。王政府を通じて、我々へと引き渡される予定だが……説得は可能だろうか」

「かなり我の強い子ですので、難航するかと」

「そうか。根気を入れて、話し合わなきゃならんな」


 ジョヴァンはため息をつくと、書類を机の上に投げた。


「他の子たちの様子はどうだ?」

「それぞれの配置に着いています」

「そうじゃなくて……様子だよ。気の持ちようというかさ。大丈夫かな」

「ご心配なく」


 メルマはジョヴァンの方を向くと、微笑んだ。


「みな、ジョヴァン隊長のことを信頼していますよ。新しい役目のために動いています」

「まあ、そうか」

「そのための『追放者部隊(フォース・エグザイル)』ですから」


 メルマはそう言うと、スキルを用いてまた別の通信を始めたようだった。


 悲劇を繰り返さないために、脅威と不正を未然に防ぐための『子供たち』の諜報部隊。


 彼らは同じ境遇の子供たちを生み出さないために王国全土に散らばり、通信スキルを有するメルマを中心として、あらゆる方面の情報収集に努めている。


 ヒースの父親として彼らを長い時間をかけて説得し、その秘密部隊の長としてここに座っているジョヴァンは、思い出したように口を開いた。


「そういえば。週末、またフィオレンツァのところを訪ねる予定なんだが。お前も一緒に来てくれるかな」

「ご一緒しましょう。ミニョンにも声をかけますか?」

「彼女は忙しくしてるんじゃないのか? 我々の拠点……いや店を開いたばかりだから」

「きっと大丈夫ですよ」

「そうか。なら、頼んだよ」



次回『LAST AFTER デニス』

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