AFTER2 ビビア (前編)
王都立ユヅト魔法学校。
魔法の祖であるとされる奇械王を祀ったこの学校は、バチェルが准教授として籍を置いている他、現在のオリヴィアの本拠地でもある。
そんな魔法学校に、今日から通うことになった少年……少年なのか少女か微妙な容姿の、暫定的に少年であるとされる少年が一人……。
「おおー! ここが、ここが魔法学校!」
ビビア少年は、革のカバンを抱えながらその正門前に立っていた。
先の幻霧祭における活躍により、ビビアはエステル王直々に学費の免除を受けている。それに冒険者として貯めた貯金を生活資金にして、彼は魔法学校における4年間の課程へ進もうとしていた。
「いやあ、デニスさんと来たとき以来だなあ」
そんなことを思い出しながら、ビビアは歩き始める。
とある少女と共に、ヒースの腹心である元騎士団幹部の女性を押し留めたビビアは、騎士団の二人の副長からも学校卒業後の騎士団入りを期待されている。特に防衛騎士部隊のコールドマン副長からは、防衛騎士部隊がいかに素晴らしいか、いかに筋トレ設備が整っているか、勤務を通していかにビルドアップができるかが書かれた手紙が毎週のように送られていた。
ピアポイント警騎副長からは端的に、「お前、警騎部隊入っちゃいなよ」とのことだった。
「いやあ、やっぱり僕って期待されてるのかなあ。困っちゃうなあ」
ニヤニヤと浮ついた表情を浮かべながら、ビビアは校舎までの道のりを歩いている。
正門を通ったすぐの場所には、大柄な灰色の狼……ポチが寝ていて、登校途中の生徒たちがその毛並みを好きにモフっていた。
「わー! モフモフー!」
「かわいいー! でかいー!」
『“…………。”』
校舎脇の校庭では、オリヴィアが朝っぱらから上空を飛び回っているのが見える。
その下に集まっている教授陣が、オリヴィアが音速を突破するたびに叫び声なのか悲鳴なのか嬌声なのかわからない声を上げていた。
「はあー。やっぱり王都って凄いなあ。なんだか、あの町とは全然世界が違っちゃってるよなあ」
「ねえねえ、きみきみ!」
不意に声をかけられて、ビビアはそちらを向いた。
見てみると、自分と同じ初等学年の制服を着た赤髪の少女が、彼に歩調を合わせるようにして隣を歩いている。
「きみ、もしかしてビビア・ストレンジくん?」
「えっ、そうだけど……」
「やーっぱり! ねえねえねえ! きみってあれだよね! 幻霧祭の騒ぎの時に、テロリストを制圧したって噂の子だよね!」
「えっ!? な、なに? そんなことになってるの?」
突然そんなことを言われて、ビビアは困惑する。
あの夜の一件は、それほど公にはなっていないはずなのだが……広場に転がっていた群衆から、噂が広まっていたのだろうか。
「わたし、ヴィンツェンツィオって言うの! よろしくね!」
赤髪の少女は、ビビアの隣を歩きながらウィンクした。
「ヴぃ、ヴぃんつぇ……な、なんて?」
「ヴィン・ツェン・ツィオ! 長いから、好きに呼んでくれていいよ!」
「あー……それじゃあ、ヴィンツェで!」
「りょうかーい! よろしくねー!」
笑顔でそう言ったヴィンツェに身体を押し付けるように接近されて、ビビアはどぎまぎとした。
しかしもちろん、悪い気分ではない。
王都には知り合いがたくさん居るし、デニス“料理長”も、ブラックス・レストランで毎朝ビビアのお弁当を作って渡してくれている。
しかし馴染みの人たちと大勢離れてしまったおかげで、王都でいささか孤独を感じないわけでもないビビアではあったが……。
うん! なんだか、上手くやっていけそうな気がするぞ!
ビビアはそう思った。
◆◆◆◆◆◆
魔法学校に入学してから、いくらかが経った頃。
昼休みに、友達と一緒に食堂へ足を運んだビビアは、バチェルとばったり出くわした。
「おや、ビビア君やん」
「あら、バチェルさんじゃないですか」
二人がそんな風に挨拶を交わし合うと、後ろの友人たちが訪ねる。
「ビビア君、バチェル准教授と知り合いなの?」
「まあね。色々あってさ」
それを聞いて、男の子の級友が「へえーっ」という声をあげた。
「ビビアって、顔広いよな」
「うーん。まあ、ちょっとはね」
そんな風に答えると、一緒に来ていた級友たちが話し始める。
「この前なんて、騎士団の偉い人と話してたよな」
「本当に? 私、ビビア君がすっごい背の高い女の人と歩いてるの見たよ」
「俺、ビビアが国王陛下と知り合いだって聞いたぜ!」
「い、いやあ。えへへ。色々とね」
そんな風に言われて、ビビアはニヤニヤが止まらなかった。
激しい勢いで承認欲求が満たされるのを感じる。
デニスと出会ってからの一連の騒動により、ビビアはかなーり性格が落ち着いたものとして自他ともに認められている。しかし、元来のややナルシストの入った調子に乗りやすい性格は、この魔法学校で過去の出来事を掘り返されるたびに、その自尊心をコチョコチョとくすぐるのであった。
そんなビビアの様子を見て、バチェルは彼のことを引っ張った。
「ちょっとこっち来て、ビビア君」
「ど、どうしましたか?」
ビビアを級友たちから少しだけ離すと、バチェルは彼に顔を近付ける。
「うーんとね、ビビア君。言っておくことがあるんやけど!」
「は、はい……なんでしょうか?」
ビビアは、何が何だかわかっていない顔を浮かべた。
「ええか? たしかにビビア君は、普通とはちょーっと違う経験をしてきたけども! あんまり調子に乗ったらあかんで!」
「ちょ、調子になんて乗ってませんよ!」
「ほんまにー? ええか? そういうのは、黙って心の中に仕舞っておくのが一番かっこええんやからな!」
「わ、わかってますよ……」
ビビアはそう言って、ちょっと不服そうにほっぺたを膨らませる。
「まがりなりにも! ビビア君は王国の秘密をかなーり深い所まで知っちゃってるんだから。おだてられて、あんまりペラペラ話したら駄目やからね!」
「そんなことしませんよ!」
ビビアが反発すると、後ろから歩いてきた生徒の一団が、バチェルのことを見つけた。
「わー! バチェル准教授だ!」
「エステル真王と一緒に、幻霧祭の夜に戦ったって噂の!」
「敵の攻撃をめっちゃ防いだんですよね! サインくれますか!」
そんな風に話の腰を折られたバチェルは、苦い顔を浮かべる。
「ま、まあ……お互い、うん。頑張ろうやないか……」
「は、はい……そうですね……」
◆◆◆◆◆◆
先のバチェルやビビアの件からもわかる通り。
幻霧祭の一件については、当初集団パニックか催眠状態の類かと思われていたようだが……現在では、その舞台裏で「どうも大変な何かがあったらしい」という認識が広まっているようだ。
魔法の授業を受けながら、ビビアはぼんやりとそんなことを考えている。
エステルが率いる王政府は対応を迷っているようではあるが、情報を小出しにして開示し始めている。それは主に、幻霧祭の夜における騎士団部隊の活躍や、事態の収束にあたった功労者たちの情報について。
それでも全容を明らかにしない王政府に対して、国民は色々な推測や噂話に熱を上げていた。
特に、幻霧祭の渦中で死亡したとされる『英雄王ヒース』と『料理王ジーン』は……王国転覆を企んでクーデターを起こしたジョヴァン元騎士団長と戦い、命を落とした……そんな類の話が、まことしやかに囁かれているのだ。
そして、ここにも……。
「すげえー! ベルペン先生も戦ったの!?」
「ふふふ……まあ、その辺は秘密の情報だからな。多くは語れないが……」
教鞭を取っていたベルペンという若い男の先生が、授業の雑談で生徒の質問攻めにあっている。
「ねえ、ジョヴァン団長がクーデターを起こそうとしたって、本当!?」
「英雄王は? 料理王は!?」
「ま、まあ……その辺はな。秘密だからな」
生徒の質問をしどろもどろに受け流しているベルペンを見て、ビビアは目を細める。
…………なんかこいつ、怪しいな……。
ビビアはそう思った。
どうやら幻霧祭の渦中で、このベルペンという教諭は騎士団と共に戦った……ということになっているらしいが、どこまで本当なのかはわからない。
あくまで自称の域を出ないのだ。
そもそも事件の全容を知っているような素振りでいるが、ヒースの件まで知っているのは王政府の中でも本当に数名のはず……もしも戦線に参加していたというのが本当であれ、そこまで知っているわけはないのだが……。
「ベルペン先生! 料理王ジーンと会った!? 一緒に戦った?」
「まあ……彼女は……そうだな、ちょっとは……」
「おおー! マジか!」
「ねえ! 料理王ってどんなスキル使ってたの!?」
「英雄王は!?」
「まあ……それは、秘密だからな……ははは!」
生徒が盛り上がっている中で、ビビアはカチーンと怒りが湧き上がって来るのを感じた。
ジーン料理長と、幻霧祭で一緒に戦っただって!?
そんなわけないだろ!
こいつ……怪しいぞ! 絶対知ったかぶりで嘘をついてるぞ!
怒髪天になりながらも、ビビアは頬杖をついて冷静になろうと努めた。
「くっそー……」
でも……バチェルさんに言われた通り、黙ってた方がいいよな……。
たとえ本当のことを知ってても、知らないふりをしていないと……。
ああ! でも!
話したい!
こいつの話は全部ウソだって、言ってやりたい!
ビビアがそんな風に悶々としていると、生徒の一人がビビアの方を向いた。
「でも! ビビアくんも幻霧祭の時に、エステル王と一緒に戦ったんだよね!」
突然そう尋ねられて、ビビアはびくりとした。
盛り上がっていた生徒たちが、一斉にビビアの方を見る。
「そうだ! この前、騎士団の偉い人と話してたしね!」
「テロリストを制圧したって聞いた!」
「バチェル先生とも知り合いだし!」
生徒たちが次々にそんなことを口走る中で、
ベルペン先生は、ビビアのことをじっと見つめた。
「本当かね……ビビア君?」
ビビアはそう聞かれて、一瞬フリーズする。
ど、どう答えるべきだ?
「いや、そんなことないよ」
「噂は噂だよ」
「知らないなあ……」
頭の中にポコポコと選択肢が湧いて出てくる。
し、知らんぷりをしないと、受け流さないと……!
で、でも……!
そんな葛藤があってから、
ビビアは腕を組んで、ベルペン先生のことを睨みつけた。
「え、ええ! 本当ですよ! 本当ですとも! 僕は、本当のことを知ってますとも!」
ビビアの宣言を聞いて、「おおー!」と生徒が沸き立つ。
そんな盛り上がりの中で、ビビアはベルペンのことを睨みつけたまま、
や、やってしまった……。
と思った。
◆◆◆◆◆◆
その日の授業が終わった後、ビビアは廊下をふらふらと歩いていた。
校舎の中は、授業が終わって下校しようとする生徒で溢れかえっている。
「どうしよう……バチェルさんに言われたばっかりなのに……で、デニスさんにも怒られるぞ……」
その場の勢いであんなことを言ってしまって、ビビアは激しく後悔していた。
で、でも……ずっと嘘だって言い続けることもできないし……!
ま、まあ! 仕方なかったんだ!
仕方ないよな! うん!
僕は悪くないぞ! だって、本当のことを本当だって言っただけなんだからな!
肝心なところは言わなければいい! うん! そうだ!
あのウソつき野郎だって、これでちょっとは大人しくなるはずだ!
僕はあの夜に戦った人たちの、名誉を守るために言ってやっただけなんだ!
「……でも、デニスさんには内緒にしておこう……」
そんな風に呟いて、ビビアはため息をついた。
トボトボと歩いていると、横でパタパタとした足音が響く。
ビビアは、自分の横に並んで歩いて来る子に気付いた。
「ビビアくん。ビービアくん」
そんな風に声をかけられて、ビビアはそちらの方へ顔を向けた。
見てみると、入学初日に出会った赤髪の女の子だった。
「あー……ヴィンツェ、さんだっけ?」
「ご名答! 覚えててくれたんだ!」
「ははは、一番最初に話したのが君だったから」
ビビアがやや元気の無い声色でそう言うと、ヴィンツェは悪戯っぽく笑った。
「ねえねえ、ビビアくんさ。これから用事とかってある?」
「え、ないけど?」
「それじゃーあ」
ヴィンツェは彼の耳元に口を近付けると、吐息をかけながら囁く。
「……ねえ。このあとさ、二階の実験室に来てよ」
「えっ? どういうこと?」
「いいから。あの部屋って、放課後は誰も来ないんだ……」
それだけ言うと、ヴィンツェは笑って、廊下を駆け出した。
「それじゃあねー! 待ってるから!」
「えっ!? ど、どういうこと!?」
「誰も来ない部屋に、二人っきり! わかるでしょー!」
「ヴぃ、ヴィンツェさーん!?」
色っぽく唇に指を当てながら駆けていくヴィンツェに手を伸ばしながら、ビビアは口をポカンと開けていた。
わ、わからない!
いや、わかるけどわからないぞ!
そういうことなのか!?
わかるような気はするけど、僕はわからないぞー!!
そういう経験が無いからなー!!
アトリエ「『追放者食堂へようこそ!』、サイン本企画が開催中。詳しくは作者の活動報告にて」
デニス「一体誰が欲しいんだ!」
ビビア「デニスさん! そういうこと言わないで!」
次回「『AFTER2 ビビア (後編)』」